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<東京怪談ノベル(シングル)>


ケリュケイオン



 ――効率良く勉強するためのコツは人によって様々だ。
 例えば、好きな科目を先にやって気分を乗せてから苦手な科目をやるとか。
 雑念を追い払うために机の回りは整頓しておくとか。
 ごく小さな音量でBGMを流した方が良いとか、無音にした方が良いとか。
 ガムを食べながら勉強すると集中するとか。食べ物を口に入れると頭がそっちに行っちゃうからだめだとか。
 夜寝る前に勉強した方が記憶出来るとか、いや夜は早く寝て早朝に勉強した方が集中出来るとか。
 とにかく、いっぱい。いっぱい。
 何であたしがそんなにたくさんの“コツ”を知っているかと言うと――、中学生だからだ。
 中学生ともなれば期末試験があるから嫌でも勉強しなきゃいけない。でも他に気になることがいっぱいある。雑念が多すぎる!
(あたしの場合は家事もあるし、アルバイトだってあるし、それに人魚のことだって……)
 ただでさえ勉強時間が少ないのに、その時間内でさえ集中出来なかったら効率が悪過ぎる!
 だから期末試験が近くなると、友達同士で「勉強に集中するためのコツ」というテーマで盛り上がる。このテーマにはみんな興味津々。クラスの大勢で「あの方法がある」「この方法がある」と話しこんでしまって、肝心の勉強時間が削られてしまうことも――。ち、ちゅうがくせいだから……。
 女の子の間で流行っているのは、THE・栞作戦。お気に入りの綺麗な栞を用意して、苦手な科目の教科書に挟むだけ。
 気分的な問題なんだけど、お気に入りのものが入っていると苦手意識が中和されて教科書を開く気になるから、意外と効果がある。
 あたしの栞は押し花をラミネート加工したもの。小さい頃、花を摘んだのはいいけれど、花はすぐ枯れてしまうものだと知って泣いていたあたしに、お父さんが作ってくれた。
 可愛かった青い押し花はとっくに劣化してしまったけれど、大事に取っている。思い出は鮮やかなままだから。


 お父さんから荷物が届いた。
「はい、どうぞ……あ、重そうですね……そこで大丈夫です、すみません。差出人の確認ですね………………ぁ。あの、いえ、何でもないんです! ハンコですよね、ありがとうございました!」
 しどろもどろになりながら宅急便のお兄さんを送り返し、あたしは荷物の入った段ボール箱を凝視した。
 ……お父さんからの、荷物。
 過去の色々な出来事を思い出しつつも、ひとまず忘れて。
(だって久々なんだもの、お父さんからの便り……)
 差出人の字に、お父さんらしさが出ている。きっと十人分の“偽の荷物”があったって、あたしは本物を見つけることが出来る。
 宛名には、海原みなもさま、とある。
(他の誰でもなくて、あたしだけの荷物なんだね)
 それはあたしをちょっとだけ特別な気分にさせてくれる。特別なっていうのは、今日は誰も家にいないと分かっていても、自分の部屋でひっそりと開けたいような気分ってことだ。
 持ってみると、すっごく重い。二十キロは超えていそうだ。人魚の力があるから、あたしには運べるけど、普通の女の子なら絶対無理だろうな。
 部屋まで運ぶと、カッターで丁寧に箱を開けた。中に入っているのは、手紙と………………え?
「あれ? あれ?」
 箱の隅々まで見ても、手紙と大量の二リットルペットボトルしかない。ペットボトルの中身は銀色にキラキラと光っていて、全然食欲をそそらない。これは普通のものではないな、注意すべきだと、あたしの本能が言っている……。
 おそるおそる、手紙を広げる。

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 この手紙を読んでいるとき、お前はペットボトルを前にして、きっと好奇心と不安感の混じった瞳をしているだろうね。その中には、嬉しさや寂しさも含まれているかもしれないな。手紙を送るのは久々だからね。
 みなも、安心しなさい。このペットボトルの中身は、飲み物ではないが、ちっとも怖くない。
 だから気を楽にして触りなさい。飲み物ではないとは書いたが、多分、おそらく、きっと、あるいは、飲んでも平気だ。結果は変わらないのだから。
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(ああ、やっぱり出だしから変なことが書いてある……)
 がっくりと肩を落とす一方で、納得しているあたしがいる。そうだよね、お父さんだもの。
 続きに目を通す。

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 ペットボトル内の液体は“ケリュケイオン”と呼ばれる杖だ。正しく使えば、みなもが人魚検定のときにしたことを、可能にしてくれるだろう。いや、それは言い過ぎか。似たようなことを、と訂正しよう。

 ケリュケイオンには基本となる形状が三つある。杖、体内収納、全身スーツ。
 ……杖を“使用”するときには、アスクレピオスの杖を連想させるものとなるだろう。
 まず、全ての形状を出せるようになりなさい。やり方はみなも自身が考えた方が良い結果を生むだろうから、お父さんは言いたくてたまらないのだが黙っておこう。
 今までの経験を生かして頑張って欲しい。
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(な、何だか表現の端々がすっごく気になるけど……)
 この手紙を読み終えたときには、ペットボトルの中の銀色の液体に期待しているあたしがいる。
 新しい能力が増えるかもしれない、という高揚感。
 ――と、妙な不安感もあるけど。
(とにかく、試してみないと……)
 不安でいっぱいの本能を安心させるために、あたしは準備から始めることにした。少しばかり油断したばっかりに、大変なことになった過去がいっぱいあるからだ。準備は万全に!
(ええっと……最初に試す場所を決めないとね)
 液体なんだから、濡れてもいい場所でないといけない。少なくとも畳の上ではだめ。全身スーツって言葉を考えると、服を脱ぐ必要がありそうだから、庭もだめ――うーん、お風呂場がいいかな。
(春とは言え、お風呂場ってまだ寒いよね)
 先にお風呂を沸かしておこう。気温も上がるし、寒さで耐えられなくなったら湯船に浸かればいい。風邪になったら困るものね。
 多分大丈夫だと思うんだけど、ケリュケイオンが排水溝に流れてしまったら大変だから、ケリュケイオンを入れるタライが要る。
 それから姿を確認する必要があるんだから、大きな鏡も必要だ。これはお風呂場にある。ただお風呂を沸かしていれば曇ってしまうから、鏡を拭くタオルを持っていかないといけない。……これは結構、盲点かも。あと、身体を拭くバスタオルもいる。
 お父さんからの手紙も読み返すときがあるかもしれないから、持っていこう。紙がふやけてしまわないように、透明なビニール袋に入れておいて……。
 ケリュケイオンの杖と、アスクレピオスの杖についても調べてみた。ギリシャ神話に出てくる言葉だった。アスクレピオスの杖の持ち主、アスクレピオスの話を読むと人魚検定のときのあたしの想いが甦ってきて――心に霧がかかった。杖の見た目がわかったから、紙に描いて、透明なビニール袋に入れてお風呂場へ持っていくことにした。
 それから……ええっと……、
 ――肝心なことを忘れるところだった!
 人魚検定のときにあたしのやったことに“似た”ことが出来るのなら、あたしは誰かの治療か、再生か、変質かのいずれかに“近い”ことが出来るということになる。
 それを試すには、対象が必要だ。
(何にしよう? うちでは回復させるようなものなんて……。怪我をしたペットはいないし……)
 最初に思い浮かんだのは、冷蔵庫の中に入っているサンマだった。
 完全に死んでいる動物を今あたしが甦らせられるかという疑問があるし(甦るとは違うかもしれないけど、部分的な再生は可能そうな気もする)、そのあとのことを考えると困ってしまう。出来れば冷蔵庫から取りだしたあとは、そのまま生き返らずに塩焼きになって欲しい……。
(って、あれ?)
 再生させられるなら、お野菜なんかも瑞々しく出来ないんだろうか。
(理論上は可能だよね?)
 これが毎日出来たら家事が大助かり――って、これって中学生の発想じゃないよね、と自分で気づいてしまうところが悲しい。そもそも、毎日って、そんな気軽に出せる能力かどうかもわからないのに。
(でも、その後のことや難易度を考えると、試す対象は植物になるだろうなあ……)
 と思いを巡らすと、一つ思い当った。
 甦らせたい花があったのだ。
 ――あたしは古い栞を手に取ると、表面に張り付けられた透明なフィルムを丁寧に剥がした。


 あたしは服を全て脱いで、お風呂場に入った。三月のお昼とは言え、お風呂場はやっぱり寒い。お風呂を沸かして正解だった。
 ペットボトルの中身をタライに空けていく。ケリュケイオンは水と違って、ペットボトルを逆さにしたくらいでは、ゆっくりとしか落ちていかない。ペットボトルを両手で持って、中央の凹みの部分をギュウっと押す必要があった。
 この時点では、ケリュケイオンには触らないように気をつける。中身を全て出す前に“何かが”起きたら困るし、気持ちの上でもまだ覚悟出来ていないからだ。
 ペットボトルは十二本。
 半分終えたところで寒さに耐えかねて、残りはお風呂に浸かりながら作業を進めることにした。というか、最初からこうすれば良かったのかも。
 ――タライに入ったケリュケイオンは、室内の光を反射してキラキラと光っている。小さい頃に見た、水銀のような色をしていて、綺麗だけど妖しげにも見える。観察していると、僅かながら動いている気がする。ギュルリ、ギュルリ、という金属が擦れるような奇妙な音まで聞こえるようだ。
(綺麗……だけど……怖い……)
(ギラギラしてるし……あたし、これに触るの……?)
 ピチャリ。
 迷いながらもあたしは湯船から出た。戸惑いのせいか、無意識に時間を引き延ばしたかったのかもしれない――丁寧にゆっくりとバスタオルで身体を拭いた。
 ――タライからは軋むような音の群れ。
 意識を持つ、生き物のよう。
(不安だけど……少しだけ……)
 爪の先から、ゆっくりとケリュケイオンに浸していく。キンキンと冷えるような感覚に一瞬襲われるが、次の瞬間には寒くなくなっていた。
(大丈夫、みたい……)
 ピチャア、ギュルギュル……。
 足を静かにケリュケイオンに浸す。問題のないことを確認して、ゆっくり、ゆっくりと腰を落としていく……。
(ギリギリする、肌がギリギリ……けど、平気……)
 両手と両足、おへその下までケリュケイオンに浸した。痛みもなく、何も起きない。
 ……………………何も起きない。
 よく見ると、ケリュケイオンはタライの中で気ままに動いている。距離はとても近いし、あたしの身体と触れ合っている筈なのに、すごく遠く感じる。
(拒絶されている……?)
(じゃなくて、あたしがケリュケイオンを拒絶している……?)
 あたしは身体を硬くしていた。“何かされるかもしれない”という恐怖や疑心が先に立っていて……あたしがケリュケイオンを遠ざけていたのだ。
 これじゃあ、癒すどころか、基本の形状パターンだって見ることが出来ない。
(ちゃ、ちゃんと受け入れなくっちゃ……)
 今まで息を止めて、肩に入れていた力をそっと抜いた。
(そう、リラックスして……怖くなんて……ないんだから……)
 熱い息をじっくりと時間をかけて吐いていく。
 と。
 ジュルジュルジュルジュルジュル……。
 ケリュケイオンがあたしの肌の中に入り込んでくる!
「…………っぁ」
 途方もない異物感に眩暈を覚える。
 あたしが声を漏らすと、ケリュケイオンはますます力を持ってあたしの中に収まってくる。
 ケリュケイオンの動きは、あたしの呼吸と連動しているように思えた。息を吸うと動きが止まり、息を吐くとあたしの中に侵入してくる。通常、人は息を吸うときには力が入り、息を吐くと力が抜ける。きっとそのせいだ。
 中に入ってくるのは……体内収容型の形状……だと思う……頭がぼんやりするから長く考えていられない。
 とにかく、全部あたしの中にしまわなきゃ……。
 あたしは深呼吸を繰り返した。特に息を吐く時間が長くなるように注意して。
 手にケリュケイオンを掬い、自分の体内に流し込むイメージで身体にかけていった。
 煮立ったお湯のようにグラグラとケリュケイオンは動きながら、あたしの肌に染み込んでいく――。

 二十四リットルものケリュケイオンを身体に仕舞い込んでみると、あたしの意識は一点の曖昧さもなく冴え切っていた。細い糸が頭の中で通っていて、少し触れただけでも敏感に察知して大きく揺れてしまいそうな感じがする。
 鏡で見てみると、外見上変わったとこはなかった。ケリュケイオンは体内に完全収容されている。成功だ。
「良かったぁ。一つクリアっ」
 と、気を抜いたのがいけなかった。
 あたしがピョコンと一つ跳ねたいくらい喜んだところ、頭から「ピョコン」と音を立ててケリュケイオンが出てきてしまった!
「な……っ?!」
 鏡には、あたしの頭から二つの細長い楕円が出ている。その二つの先は、少しばかり垂れていて、これじゃあまるで……。
「ウサギみたい」
 あたしの声を合図に、お尻に違和感が走った。おそるおそるお尻を鏡に映すと、どうみてもウサギのしっぽにしか見えない白くて丸いものが生えている!
「だめ、だめぇ! 入って入って!」
 力いっぱい叫んでしまったせいで、しっぽも耳も更に大きなものになってしまった!
 肌という肌から白いフサフサした形状のものが出てきて、これではまるでウサギの毛だ。
 力を入れては、ケリュケイオンはあたしの身体からどんどん出ていってしまう。
「もぉ、押したら出るなんてっ、トコロテンじゃないんだから……っ」
 しまった、と思った頃には、頭の上の二つの大〜きな耳が、ぷるんぷるんと左右に振れだし――。
 って、これじゃあ埒があかない!
「………………あれ?」
 ケリュケイオンを体内に戻すべく、平常心を取りかえそうとして気づいた。
 何だか、ウサギの耳もしっぽも、ウサギの毛も、あたしの身体みたいだ。だって、耳が風を切る感覚があるし、毛のフワフワした部分がお風呂場の湿気を吸いこんでいく温かな感覚もある。
「そんなまさか……痛っ」
 くい、とウサギの耳を引っ張った結果、あたしは理解した。ケリュケイオンはあたしと感覚を共有しているんだ。凄い!
 あたしの中にケリュケイオンをしまったあと、今度は意図的に出してみることにした。お父さんの手紙に書いてある、全身スーツをイメージして……。
(って、どんな格好なんだろう?)
 そう言えば、お父さんの手紙には一言も全身スーツがどんなものなのか触れていなかった。どんなものを想像すればいいんだろう?
 戸惑っていると、あたしの体内からケリュケイオンが煙のようにモワモワと出てきてしまう。曖昧なもののイメージを具現化しているらしい。
「だめだめっ。戻って戻って」
 自分に言い聞かせて、ふーっと息を吐く。
 オロオロすることなんてないんだ。だって全身スーツというのは、ケリュケイオンの基本的な形状なんだから。
 心を落ち着かせるために目を閉じる。
 身体に纏うようなイメージで、静かに息を吸いこんで……。
 ――キイイイイイイン。
 耳をつんざくような、鋭い金属音。
(……出来たかな)
 と目を開けると、
「ええ?!」
 ――思わず声が出る。
 だってこれって……ピッタリしすぎてて身体のラインが丸わかりなんだもの!
「こ、これが定型なの……?」
 くるり、と鏡の前で一回り。お風呂場のゆらゆらした光を反射して、水銀色の光が無数に舞う。眩しくなって目を細めると、狭くなった視界で小さな宝石がいくつもあるように映った。
 ……綺麗。
 眩しいのに、もう一回、もう二回と回転する。ところが、足がふらついてしまって、鏡に手をついてしまった。
(体力が消耗されるみたい……)
(遊んでる場合じゃないものね。他のも試さなくっちゃ)
 大きく息を吐いて身体の中にケリュケイオンを取り込んで――今度は杖の形を再現することにした。
 自分で描いた図を目に焼き付けてから、目を閉じて集中する。
 スーツと違って、もっと離れたところに杖を形作らねばならない。両手を前に出して、手から杖を出すイメージ……。
 なかなか身体からケリュケイオンが離れていかないから、あたしの身体もこわばってしまう。
「…………んっ、…………っ」
 勢いをつけて息を吸い込み、一度息を止めてから再び強く息を吸い込み……。
 全てのケリュケイオンがあたしの体内から離れた気がして、あたしはゆっくりと目を開けた。
 ――眼前に一本の杖が浮いていた。
 羽を纏い、二匹の蛇が絡み合う美しい杖――成功だ。
 そっと手を伸ばして杖に触れると、不思議な感触に襲われる。
 あたしの掌に、あたしの身体があるのだ。握っている者と、握られているモノとが同じである証。
「…………すごい……」
 こくん、と唾を飲む。この杖を目にすると、自然と背筋が伸びる。
 とても神聖な場にいるような気がする。それはきっとこれからあたしがすることを表わしているように。
 栞から剥がした押し花を広げる。ラミネート加工から外すときにバラバラに千切れてしまったが、全ての破片を持ってきてある。もしあたしに“あのときに似た”能力があるのなら……。
 あたしはケリュケイオンの杖を両手で優しく抱き、尊厳を持って掲げた。銀色の光が輝く中で、一匹の蛇が静かに目を覚ます。その蛇はスルリと杖から降り、花弁の上に乗ると素早く霧となった。
 あたしの神経は目に見えない細かなものになると、花弁の一つ一つに侵入し、溶け込んでいく。
 それは白昼夢を見ているのに等しい程の歓喜。花弁の細胞と混じり合い、蕩けていくのだから。
 花弁の外側は乾いて冷たかったが、芯はぬるく湿っている。あたしは……ケリュケイオンは、中へ進むに従って花から拒絶されないよう、抱き込むように入り込んでいった。
 ――ケリュケイオンの機械音など遠い過去のように思えた。
 今花に溶け込んでいるものは、水のように穏やかで、あるいはあたしたちに流れている血のように脈打っている。再生という名の動作なのだから。
 褪めた色の古びた花は、今や空色の鮮やかなものとなっていた。
 当初はここでやめるつもりだったけど、これをまたラミネート加工するのも忍びない気がして、あたしは生命の脈打つままに花の形状を変化させていく……。


 心地の良い変化を楽しんだあとには強烈な疲れが残った。頭もぼんやりして、ひどい睡魔が襲ってくる。
 何度も倒れそうになる身体を持ち上げて、お風呂場を出たあたしは部屋で布団を敷いた。
 ――結果は大成功だった。あのとき、あたしのしたことに近いことが出来たのだから。一つ失敗があるとすれば、
「準備、足りなかったぁ……」
 少しも残念さを感じさせない、達成感に満ち足りた声であたしは独り言を呟いた。
 机の上に野花の種を置いて、布団に倒れ込む。
 続きの言葉は殆ど夢の中で言った。
「あした、ちいさな……はちうえと……かわりのしおり……かってこなきゃぁ……」



終。