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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


グラドル、狙われり
●オープニング【0】
 その男が草間興信所を訪れたのは、今日から3月となった日の午後のことであった。紺のスーツ姿に身を包んだ、細身で長身の男であった。
「マネージャーさん……ですか」
 草間興信所の所長・草間武彦は訪問者の男が差し出した名刺を手にし、じっと見つめていた。そこには芸能プロダクションらしき名称とマネージャーという肩書き、そして男の氏名――目黒裕太という文字が記されていた。
「ええ。現在はグラドル……グラビアアイドルとして弊社が売り出しております、柚村れもんの担当をしております」
 目黒は静かな口調でそう言うと、右手の人差し指を目と目の間に押し当てて軽くくいと上に動かした。
「はあ、柚村れもん、と」
 目黒が口に出した名前を繰り返す草間。その言い方から察するに、草間は知らないのであろう。しかし目黒は彼女のDVDを鞄から出してきたので、そのパッケージ写真によって顔や姿を知ることが出来た。そこに居たのは、むっちりとした健康的な肉体をやや露出度高めの水着に包んでいる、童顔ショートカットの小柄な娘であった。
「……失礼ですが、彼女の年齢は?」
 高校生、いや下手すると中学生にも見えかねないれもんの姿を目にし、思わず草間が尋ねた。
「19です。去年高校を卒業いたしまして、弊社に所属を」
 と目黒は答えたが、草間が質問したことからも分かるように、とても年相応には見えない。
「実はイベントでの彼女……れもんの護衛をお願いしたく本日は参りました。こちらの事務所の評判をお聞きいたしまして、その……」
 依頼の内容を口にすると、目黒は額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。過去にいくつもの芸能界絡みの依頼を解決しているがゆえに、業界では草間興信所の名は世間一般よりも知られているのである。
「護衛と言うからには、何か気になることが……?」
「これを見ていただけますか」
 草間のその質問に対し、目黒は鞄から写真を1枚取り出して草間の前に置いた。
「……な……?」
 草間が眉をひそめた。写真に映っていたのは、リボンと包装を解かれた箱の中に入っていたうさぎのぬいぐるみであった。ただ、焼け焦げていることさえ除けば……。
「これが昨日の夕方のイベントを終えた後、プレゼントの中に混じっていたんです」
「受け取ったのはどなたですか」
「いえ、あの、プレゼントは箱を用意いたしまして、ひとまずそちらに入れていただくことにしておりまして……何分その箱についておられたのが、会場となったショップ様の店員の方で、それも交代制でしたから……」
 要するに贈られたタイミングこそ分かっているものの、誰が贈ったのかは分からないということだ。
「本人はこれを……?」
「見てませんよ! 私がチェックをしている最中に見付けたんですから……」
 慌てて頭を振る目黒。で、事務所の社長と相談した上でここへやってきた訳だ。ちなみにれもんに対しては『変な物を贈ろうとした者が居たので、少しの間はちょっと探偵さんに調べてもらう』などと、中身をぼやかして伝えてあるそうだ。
「ところで。その日のイベントで、妙な人物を見かけたりといったことは……」
「そうそう、それなんですよ」
 と言って、目黒はまた鞄から新たに写真を1枚取り出して置いた。
「これは?」
「はあ。昨日、妙にそわそわとして落ち着きない様子の方を見かけましたので……虫の知らせとでもいうんですか、とりあえず撮っておいたんです」
 目黒の説明を聞いてから、草間はその写真を取り上げた。眼鏡をかけて長身の、がっしりとした体格の青年がそこには居た。
「それでですね。次回のイベントが3月の3日、夕方にあるんですよ。もちろん昨日とは場所は異なりますが、ショップ様の催事スペースをお借りいたしまして……」
 件の贈り物をした主が当日また現れないとも限らない。草間は即座に当日の護衛を約束したのだった……。

●いくつかの確認を【1】
 その日の夕方、今回の仕事の話を知った者たち5人が草間興信所へと集まっていた。
「柚村れもんというグラドルは知らなかったわ」
 柚村れもんのDVDパッケージを手に取り、興味深げに裏表眺めながらミネルバ・キャリントンが言った。
「俺だって知らなかったよ」
 と言ったのは草間武彦である。まあ草間が最近のグラビアアイドルにやたらと詳しくても、それはそれで何だか嫌ではあるけれども。
「あ、私は1度だけ見たことありますよ。深夜のバラエティ番組でしたけど」
 意外な答えを返してきたのは草間零であった。そういえば、深夜バラエティといえばグラビアアイドルが出てくることも少なくはない。時には大量に出てくることもあるから、恐らくは画面の見栄えがよくなる割に売れっ子でなければ単価が安く済むのであろう。
「そもそも数は多いから。……その上で、生き残るのも一握りさ」
 そんな草間たち3人の会話に夜神潤が割って入った。アイドルという立場上、芸能界というのは潤にとっては日常生活の場である訳で。その言葉は確かな重みがあった。
「でも確かに人気の出そうな子ね。19歳には見えないわ」
 ミネルバもまた、マネージャーの目黒が依頼に来た時に草間が思ったことと同じようなことを口に出して言った。
「だろ? 中学生かと思って悩んだんだ、俺も」
「私が19歳の頃は、実際より年上に見られたわね。……いえ、老けていた訳じゃなくてね」
 草間が何か言おうとするよりも先に、ミネルバは後の言葉を付け加えて言った。
「確認なんですけれど……」
 その時、すっと右手を小さく挙げ、細身の可愛らしい顔立ちの少年――真行寺拓海が草間へ顔を向けた。
「ん、何が聞きたいんだ?」
「結局、れもんさんは焼け焦げたぬいぐるみのことは知らないんですよね?」
「ああ、その物については知らないな。変な物を贈ってきた奴が居たということはマネージャーが伝えている」
「だとすれば、護衛だと悟られないようにする必要も……?」
「そうだなあ。探偵だと知られるのは問題ないんだが、建前はあくまでも変な物を贈ってきた奴について調べているってことで押し通すか。皆もそのつもりで頼むぞ」
 拓海だけではなく、他の皆にも向けて草間は言った。
「……その、挙動不審の男についても気になりますよね」
 拓海と同じ華菱学園に通う背の高い少女――十七夜静琉は草間の机の上に置かれている写真を指差して言った。例の、挙動不審だった男が映された写真である。
「そうだな。こいつについても調べる必要はあるよな。関係あれば大当たりだし、逆になければ調査対象から外せる訳だからな」
 静琉の言葉に頷き言う草間。そして黙って皆の話を聞いていたシュライン・エマに同意を求める。
「だよな、シュライン?」
「……えっ? あ、ええ、そうね」
 一瞬はっとした表情を見せてから、シュラインは草間の言葉にこくこくと頷いた。何か考え事でもしていたのだろうか。
「ともあれ、護衛の件は任せて。それに日本の芸能界や、このグラドルという仕事にも興味があるし……」
 ミネルバはそう言ってDVDを草間の前に戻した。
「ほほう、頼もしい言葉だな。ま、多少は知れるんじゃないか、そういう業界のことも」
「ありがとう。SASの頃に戻ったつもりで完璧な護衛をしてみせるわ」
 くすっと笑みを浮かべるミネルバ。
「……それはいいが、あんまり相手をやり過ぎるなよー」
 草間は苦笑いを浮かべながらミネルバに言ったのだった……。

●目黒により尋ねてみる【3B】
 そして翌日遅めの午後、一同はれもんの所属する芸能プロダクションへと赴いた。芸能プロダクションといってもその規模はピンからキリまでで、ここはれもんの他に数人程度が所属している小規模な事務所であった。もっとも事務所は小さくとも、他の大手芸能プロダクションの流れを汲んでいるというケースもあったりする訳だが。ちなみにこの芸能プロダクションはそうではない、念のため。
「あ、お待ちしておりました」
 出迎えてくれたのはもちろんマネージャーの目黒である。草間たちが来るということだったので、れもんも今別の部屋に居るとのことであった。
「手分けして、聞くこと聞いて調べることは調べた方が効率はいいな……」
 とつぶやく草間。確かにその通りで、れもんから話を聞く方と、目黒から話を聞く方とに分かれることにした。
 目黒から話を聞くことにしたのは、拓海と静琉と潤、そして草間の4人であった。しかしながらひとまず全員の顔見せということで、目黒の案内でれもんの居る部屋へとぞろぞろとついてゆく。
「あっ、おはようございまぁす♪」
 部屋に入ると、中に居たショートカットの小柄な女の子が椅子からぴょこんと立ち上がり、ぺこんと頭を下げた。声はといえば、いわゆるアニメ声と呼ばれるものであった。彼女がれもんであるのだが、化粧をしていないからだろうか、DVDパッケージで見たよりもさらに幼く感じられた。
 そして目黒が『この人たちが例の件で調べてくれる探偵さん』と大雑把に紹介し、部屋にミネルバとシュラインと零の3人を残したのであった。
「ええと……私は何をお話しすればよろしいのでしょうか」
 違う部屋に入ってから、目黒は草間たち4人へと尋ねた。
「とりあえず……普段のプレゼントの対処をどうしているかを」
 潤が最初に口を開くと、目黒は恐縮するような素振りを見せた。まさか活躍しているアイドルが自分の所のような小さな芸能プロダクションに現れるとは思っていなかったし、ましてやまだまだ駆け出しといってもいいグラビアアイドルに降ってきた事件の調査に関わっていることに強く驚いたからであろう。
「あ、は、はいっ。普段はですね、贈り物がある際はこの事務所に宛てて送っていただき、我々がチェックを行ってから本人に渡しております。これはれもんだけに限ったことではなく、チェックは手紙も小包も開封して行っております」
「今回のようなイベントなどの時は……?」
「イベントの際はですね、そちらの探偵さんにもお話ししたのですが、箱を用意いたしまして、そちらの入れていただくことにしております。ただ、握手会などを行います際には、手紙に限り本人に手渡しすることを認めております。もちろん後で一旦回収し、我々がチェックを行うのは同様ですが……」
「……なるほど……」
 目黒の説明を聞き終わり思案顔になる潤。この手順はごく普通であり、チェックに落ち度がなければ別段問題ない流れであろう。
「それじゃあ、イベントで贈り物を受け取った段階では中身はチェックされていないんです……ね?」
 拓海が尋ねると、目黒はこくんと頷いた。
「ええ。チェックは事務所に引き上げてから全て行っております。やはりこれもそちらの探偵さんにお話ししておりますが、箱についておられたのがショップ様の店員の方ですので、そこまで手を煩わせる訳には……」
 と言って目黒は額の汗を拭った。
「ところで。件の挙動不審の男についてですけれど」
 今度は静琉が目黒に尋ねる番だった。
「よくイベントでは見かけるのですか?」
「あ、いえ……私の記憶では、恐らく一昨日が初めてかと」
「写真を撮られたのはいつ頃でしょう」
「そうですね、イベントが始まって……半分ほど済んでからですかね。ちょうど私が気付いたのがその辺りでしたので。おおよそ50人ほどでしたから、1度気付くとどうしても気になってしまいまして……はい」
「途中から入ってこられた可能性は?」
「それはありませんね。といいますのも、このようにショップ様のスペースをお借りする形態のイベントですと、予め対象商品を購入された方だけが参加出来るようになっておりますので。ただ、当日イベント開始前までに購入された方も若干居られたとショップ様より聞いております」
(そうしますと、当日に商品を購入して参加したのですかしら……?)
 今の目黒の話から考えてみると、挙動不審の青年についてはそのような推理も成り立つ。だとすれば、わざわざれもんを狙っているのではなく、誰でもよくてそのような行動に出たのではないか……という考えも出てくる。そういえば例の焼け焦げたぬいぐるみに、メッセージが同梱されていたとは目黒の口から一言も出ていないのではないか?
「事務所の人間が直接手渡した訳じゃあない……」
 静琉が目黒に質問していた間もずっと思案していた潤が、そこでぽつりとつぶやいた。
「どういうことだ?」
「送り主に悪意があるとしたら、直接手渡すのはかなり勇気のいる行為ですよ。贈る側からしてみれば、もし顔を覚えられていたらという心理が働くはず……」
 尋ねてきた草間の方を向いて、潤は自分の考えを口にする。
「わざわざ出向いてそわそわしているぐらいなら、偽名など使って郵送した方が簡単では?」
「だが、そうはしていない……」
「ええ。とすれば、犯人は予めプレゼントの対応をショップ店員がすることを……その詳細を知っていた可能性もあるのではありませんか」
「だ、誰かから漏れたというんですか?」
 慌てた様子で目黒が潤に尋ねる。
「もちろん。ただ先程の説明からすると、イベントのパターンとしてファンが知っていてもおかしくない話だ。すなわち……」
 潤は一呼吸置いてから言葉を続けた。
「必ずしも写真の人物が犯人とも言えないし、犯人じゃないとも言えない」
「……思い込みは避けろってことだな」
 潤の言葉に草間がそう付け加えた。こういう調査の時、思い込みほど怖い物はない。一旦こうだと思い込んでしまったら、他に証拠などが出てきてもそれに合うように推理をねじ曲げてしまう可能性が高いのだから……。
 そんな時だった。れもんから話を聞いていた3人が、例の挙動不審の青年の写真を手に慌ててやってきたのは――。

●店員の証言【5】
 芸能プロダクションを後にして、拓海と静琉は草間に何やら耳打ちされてから、2人で一昨日れもんのイベントが行われた店へと向かっていた。プレゼントを受け取る箱についていた店員たちから話を聞くためだ。念のため、目黒から名刺を受け取っているので、話は問題なく聞くことが出来るだろう。
 そして店に着いた2人は、当日交代で箱についていた3人の店員から順番に話を聞いてみた。1人目は大柄な柔道でもやっていそうな感じの青年、2人目は茶髪でパーマをかけている細身の青年、3人目は紅一点で若い女性の店員であった。
「プレゼントを受け取る際、何か変わったことはありませんでしたか?」
 といったことを3人ともに静琉が尋ねたが、返ってきた答えは一様に気付かなかったというもので。不審な者を見なかったかという質問に対してもやはり同様。結局、質問したことに関しては何の情報も2人は得られなかった訳なのだが……。
 その帰りのことだ。静琉は草間に電話をかけていた。
「……ええ、はい、確かにその通りでしたわ……はい、分かりました……」
 そして電話を切ってから、静琉は拓海へ向き直った。
「この様子なら、変身の必要性はないようですわね」
 小声で拓海にそう伝える静琉。拓海はこくんと頷いてから口を開いた。
「うん、伝えておかなくちゃ……」
 と言ってから、拓海はその伝えるべき相手への会話を試みる……念話にて。
(……どういたしましたか、拓海様? 何か私にお尋ねになられたいことがおありなのでしょうか……)
 拓海の心の中に相手の女性――ルルティアの声が広がってゆく。
(あ……尋ねたいんじゃなくて、伝えたいことがあって……)
 そして拓海はルルティアに先程の静琉の言葉と、これまでに判明した情報などを全て伝える。
(そうなのですね。拓海様、了解いたしました。ただ1つご注意申し上げるのでしたら……明日はぜひともご確認を)
 ルルティアのその言葉に拓海が聞き返すと、何について確認すればよいかを教えてくれた。その確認結果次第で、灰色であるのがより黒へと近付くということなのであろう。
「……確認しなさいって」
 ルルティアのアドバイスを拓海は静琉にも伝えた。
「彼女がそう言ったのでしたら、それは必要なのでしょうね」
 小声でつぶやき納得する静琉。
 さて、このやり取りでも分かるように、静琉はルルティアの存在を知っている。もちろんその正体についても。だがそれは、2人の秘密なのである……。

●本番【6】
 そして当日、3月3日の夕方がやってくる。この日にわざわざイベントを組んだのは、もちろん今日が桃の節句のひな祭りであったからだ。
 すでに一同は自分の持ち場にて待機をしていた。ミネルバと零はステージの両脇で、何か起きたらすぐにでもステージに飛び出してれもんを守れるようにしている。静琉は帽子を被ったり伊達眼鏡をかけたりして、変装をして客席側に居る。シュラインはといえば会場の後方、全体が見渡せるような位置に立っている。拓海は客席後方にて、ファンの中に混じっている。逆に草間は客席最前列に姿があった。ちなみに潤の姿が見当たらないが、アイドルという立場が立場なだけに今日はこの会場には姿を見せていなかった。
 つまりはこの場に居ない潤と、ファンの中に混じっている拓海と草間を除いては、全員スタッフとして会場に居るのであった。
 やがてイベントが始まり、れもんが元気よくステージに登場すると、会場は温かい拍手に包まれた。
「れもんちゃーん!!」
 そんなかけ声が飛ぶのも、この手のイベントならではだろう。れもんはそちらの方を向いて、手を振ったりしている。
「武彦さん。言ってた相手……客席の中程に居るわ……今の所、動く気配はないみたい」
 客席後方で全体を見渡していたシュラインが、小声で襟元につけたマイクへと語りかけた。その言葉は無線を通じて、草間の耳のイヤホンに届いていた。
 イベントは何事もなく進んでゆき、1時間ほどして無事に終了をした。れもんがステージを去った後、順番に客席のファンたちが退場してゆく。そんな時、零が1人のファンの男を呼び止めてこう言った。
「すみません、落とし物が届いておりますので、こちらでご確認いただけませんか?」
「え? ええ……はあ……」
 その男は零に案内されてステージ裏へと連れてゆかれた。そこで待っていたのは、静琉と拓海とシュラインの3人であった。
「あっ」
 拓海に気付いたその男の口から思わず声が漏れた。その拓海の手には、ラッピングされリボンのかかったプレゼントと思しき箱が抱えられていた。
「お客様、困ります……何が入っているか分からない物を置いてゆかれては」
 と言ってシュラインは、小型のビデオカメラを男に向かって見せた。それはプレゼントを入れる箱のそばに隠しておいた物であった。
「このプレゼントを渡す瞬間は、ちゃんとここに記録されているわ」
 とシュラインが言った途端、男は3人に背を向けて逃げ出そうとしたのだが――。
「逃がしはしませんわ!」
 後ろに隠していた木刀を手に取り、静琉は男に向かって居合い一閃浴びせたのであった。
「うあっ!!」
「恥を知りなさい……!!」
 帽子と伊達眼鏡を取り去り、静琉が床に倒れている男へ迫ろうとした。男は這ってでも逃げようとしたが、その行く手にミネルバが立ち塞がった。
「逃げたい? なら逃げてもいいわ」
 見上げた男に向かってミネルバは冷静にそう言い放った。まあ逃げた所で、即ミネルバに捕まるのが落ちだろうが。
「そうだな、SAS仕込みを味わいたいのなら……な」
 草間がミネルバの後ろから現れて、先程の言葉を補完した。それを聞いた途端、男はがくりとうなだれたのであった。
「確かにあいつが言った通りだったな。茶髪でパーマをかけた男……か」
 床に倒れている男は茶髪でパーマをかけている細身の青年。その正体を一同は知っていた。3日前、れもんがイベントを行った店の店員であることを。

●依頼を終えて【7】
「ま、糸を解いてみたらシンプルになったんだよな」
 と草間が言ったのは、イベント翌日に一同を労う席でのことだった。まあ場所はいつもの事務所であるのだが。
「あの写真の人が従兄だったのは驚きました」
 零がしみじみと言った。そう、例の挙動不審の青年は何とれもんの従兄であったのだ。従兄は別の所に住んでいるのだが、先月の週末は用事で東京に出てきていたのだそうだ。そして従妹のれもんのイベントがあると知って、当日に商品を購入して見に来たという話である。
「結局挙動不審だったのは、イベントの場に慣れていなかったのと、普段と違うれもんさんの姿を見たからだった訳ですね」
「そういうことだな」
 零の言葉に草間が大きく頷いた。分かってみれば非常に簡単なことであった。
「2人は土曜日に一緒に買い物に出ていた。それを偶然見たのが……」
「あの男だった訳ね」
 シュラインとミネルバが続けて言った。捕まったパーマをかけた店員のことだ。草間がまた頷いた。
「そうだ。あいつはれもんの熱心なファンだった。だが男と一緒に楽しそうにしている所を運悪く見てしまった。それでれもんに対するファンとしての愛情が、嫉妬やら何やらにベクトルが変わって――」
 焼け焦げたぬいぐるみを作ることになったのである。だが男曰く、用意はしたものの本当に贈るかどうかは躊躇していたそうだ。しかしそこに昨日見かけた従兄が現れたものだから、男の背中を押してしまう形になったという訳だ。
「でも、急にこういう風貌の店員が居ないか調べてほしいって言われた時は驚きました」
 拓海は草間にそう言ってから静琉と顔を見合わせた。
「ああ、それはこいつから……な」
 と言って草間は潤に視線を向けた。
「いや、たまたまのことさ……」
 潤はそうとだけ語り、手の中のグラスに口をつけた。
「元々、スタッフに紛れてプレゼントを仕込んだのではないかと漠然と思っていた所、実際にそういった方が居られましたから、はっといたしましたわ」
 静琉が草間に向けてそう言った。あれは静琉にとって、スタッフに紛れてではなく、スタッフ自身が行ったのだと気付いた瞬間であった。
 そしてイベント当日に拓海が男の勤める店に電話をかけてみた所、今日は休みであるとの答えが返ってきた。かくしてターゲットは絞られ、イベント開始前から男はずっとマークされていたという訳だ。
「依頼主の意向もあって警察沙汰にはしなかったが……」
 草間は大きく溜息を吐いた。
「全く、馬鹿なことをしたもんだ」
 いやはや本当に――。

【グラドル、狙われり 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 7038 / 夜神・潤(やがみ・じゅん)
                / 男 / 青年? / 禁忌の存在 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
                / 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】
【 8048 / 真行寺・拓海(しんぎょうじ・たくみ)
              / 男 / 16 / 学生/ルルティア 】
【 8315 / 十七夜・静琉(かなぎ・しずる)
                    / 女 / 17 / 学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、グラビアアイドルのイベントの模様……もとい事件調査についてのお話をお届けいたします。
・今回のオープニングなんですが、ミスリードさせるようにちょっと意識して書いてみました。目黒や写真の青年が怪しく思えるようにしてみたんですが……さて、いかがだったでしょうか。
・ちなみに目黒は元々眼鏡をかけていたけど、レーシック手術で視力回復して眼鏡をかけなくなったという、意味があるようなないような設定がありました。右手の人差し指を目と目の間に押し当てて軽くくいと上に動かすという仕草は、眼鏡をかけていた時の癖だったんですね。
・真行寺拓海さん、初めましてですね。店員に着目したのはよかったと思います。犯人があの通りでしたからね。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。