|
月が騒ぐ
今日は満月。
こんな月の夜は嫌いだ。
自分が自分でなくなってしまうから‥‥。
10年前、まだ小学生だった俺は友達を食い殺した。
自分が吸血鬼だと知らなかった、知りたくもなかった。
あの日もこんな満月の夜だった。
月を見ていたら、嫌に胸が騒いで、喉が渇いて、狂うほどの飢餓感が俺を襲った。
気がついたら、血を抜かれて死んでいる友人と口の周りを真っ赤にした自分がいた。
誰が、こんな事を――?
そんな事を思う必要はなかった、口の周りを真っ赤にしていた俺、きっと俺が殺した。
「もう嫌だ‥‥こんな事が一生続くなんて、死んでしまいたい」
(「死にたい? なら俺が代わりに『水嶋陽一』として生きてやるよ――」)
自分の頭の中に声が響いたかと思うと、俺の意識は消滅した。
消滅する寸前、10年前のあの日、友達を食い殺したのは俺の中に潜むコイツだったんだと悟った。
「隔世遺伝か、爺さんのまた爺さん、更に遠く遡る先祖に吸血鬼と人狼の血を持つ奴がいた――やがて血は薄れていくはずだったのに、運が悪かったんだよ、お前は‥‥いや『俺』にとっちゃ運が良かったんだけどな」
あははは、と夜闇に響く高らかな笑い声と共に『水嶋陽一』だった少年は歩き出し、自分の飢餓感を癒すために人を喰らい始める。
そして、数日後、草間武彦の元に『俺を殺して』と訴える水嶋陽一の霊が現れたのだった。
視点→黒・冥月
その日、草間武彦から連絡を貰った黒・冥月は激しい怒りを持って草間興信所へと向かっていた。
かつかつと靴音を鳴らし、その度に腰までの長い髪の毛がゆらゆらと揺れる。
そして『バンッ!』と大きな音を立てながら草間興信所の扉を開いた。
「お、来てく「またお前は‥‥!」‥‥ぐっ」
草間武彦が軽く手を挙げて挨拶をしたところ、冥月は間髪いれずにベアークローを仕掛けながら「殺しはもう止めたと言ったろう」と言葉を付け足した。
「お前はそんなに私に殺しをさせたいのか、それならばリクエストに答えてまずお前を殺してやろうか」
今にも首を絞めそうな勢いで冥月は言葉を投げかけ「こんな事を続けていたら吸血鬼ハンターになったのかと誤解されるぞ」と言葉を付け足す。
そして多少の気が済んだのか草間武彦から手を離して「はぁ」と大きなため息を吐いた。
「裏社会は噂が広がるのが早い、吸血鬼なんぞ怖くはないが広まらぬように面倒な根回しをしている私の苦労を無駄にしおって!」
呟きながら沸々と怒りが沸いてきたのだろう、再び草間武彦を強く殴りつける。その殴られた草間武彦から表現しがたい鈍い音がしたのはきっと気のせいだろう。
「お前が今回こいつに話を持ちかけた張本人か」
冥月は陽一をチラリと見ながら呟く。草間武彦と冥月のやり取りを見て多少恐怖を感じたのだろう、陽一は少しびくびくしながら「は、はい」と言葉を返してきた。
「最初に聞くが、もう自分の身体を取り戻せないのか?」
冥月が問いかけると、陽一は緩く首を横に振った。
「‥‥自分で何度も取り戻そうとしたんですけど、向こうの力が強いのか、弾かれてしまって身体に戻ることは出来ませんでした‥‥」
陽一の言葉を聞いた後「ふん」と冥月は呟く。恐らく力が強いというのもあるだろうが『生きたい』という意思の強さも関係しているのだろうと冥月は考えた。
今まで表舞台を生きてきた陽一とずっと裏に閉じ込められていた吸血鬼の陽一、生きたいと願う強さは比較に出来ないほどのものだろう。
「例え、今の人格が交代を望んでも――それでもお前は死にたいのか? 吸血鬼を受け入れるなら『合法的』に命を得る方法は幾らでもある」
冥月は言葉を続けるが、陽一は俯いたまま言葉を返してくることはなかった。
「金を出せば死刑の執行をさせてくれる小国はあるしな――だが、それでも死にたいというなら身体を取り戻してやるから自分で死ね」
冥月の突き放すような鋭い言葉に陽一は眉を下げ、今にも泣きそうな表情を見せた。
「それが無理ならさっさと成仏しろ、吸血鬼の生殺与奪はこちらで判断する」
「‥‥死ぬなら、あいつが死ぬのを確認してかたじゃないと嫌だっ!」
陽一の声が草間興信所の中に響き渡る。そんな陽一の姿を見て冥月は大きなため息を吐いて「それなら好きにしろ」と『もう1人の陽一』を探す為に行動を開始し始めたのだった。
(「10キロ以内にいてくれれば見つけるのは簡単なんだがな‥‥」)
冥月は瞳を閉じて隠された能力を使用し、周囲10キロ以内の影全てを探る。休日という事で人が多く疲れはするけれど、耐えられないほどではなく冥月は捜索を続けた。
そして――‥‥。
「見つけた‥‥! アイツ、人混みの中を狙う気だ」
がたん、と冥月は立ち上がり感じ取った『もう1人の陽一』の元へと急ぐ。後ろから陽一がついてきている事は知っていたが、あえて放った。
休日の人混みの中――食事をする為に彼は行動しようとした――‥‥が。
「随分と目立つ食事をするじゃないか」
冥月は影の能力を使用して『もう1人の陽一』を拘束する。両足首を拘束しているので、この人混みの中では突っ立っているようにしか見えないだろう。
「腹、減ってんだから邪魔すんなよ」
じろりと睨むように『もう1人の陽一』は呟き後ろに立っている陽一を見ながら「ふん、身体でも取り戻しに来たのか」と言葉を投げかけた。
「お前が人を殺すのは食事か楽しむ為か、どちらだ」
冥月の問いかけに『もう1人の陽一』は下卑た笑みを浮かべながら「両方」と短く言葉を返してきた。
「飯の為が3割くらい、楽しむのが7割かな。どうせ飯食うんなら楽しい方がいいだろ?」
あはは、とけたたましく笑う『もう1人の陽一』を通り行く人間たちは訝しげな目で見る。
「ふ、此処では少しばかり目立つみたいだな。少し先に空き地がある。話の続きはそこでしようぜ」
親指で後ろを指しながら『もう1人の陽一』と冥月は指定された空き地へと移動した。
「話の続きだ。お前では生きていくのは難しいだろう――こいつに身体を返してやれ」
冥月の言葉に「くくくくく」と肩を大きく震わせながら『もう1人の陽一』は「馬鹿か、お前」と先ほどのように笑いながら言葉を返してきた。
「この身体はもう俺のモンなんだよ、何で返さなきゃなんねーんだよ! 俺は今までずぅっと裏にいたんだ。これからは好き勝手生きさせてもらうぜ」
「そうか」
冥月は言葉を返すと同時に『もう1人の陽一』を殴りつける。突然の事で『もう1人の陽一』は避ける事も防御する事も出来ずに冥月の攻撃をマトモに受けてしまった。
「俺はずっとずっと裏でお前が当たり前のように生きていくのを見てきた。部屋に閉じ込められるような感覚でまるでテレビでも見させられるかのようにな! 逃げる事も消える事も出来なかった俺はずっとお前の生き方を見てきたんだ! お前が俺という存在に気づかずのうのうと生きている間ずっとな!」
どれだけの苦しみかお前に分かるか! と『もう1人の陽一』叫びながら冥月に攻撃を仕掛けるのだが、目覚めたばかりの吸血鬼では殺し屋をしていた冥月に適うはずもなかった。
「これで終わりだ」
死ね、そう言って拳を振り下ろそうとした時に「待ってくれ!」と陽一が間に入って冥月の攻撃を止める。
「俺、こいつと一緒に生きてみる――‥‥こいつも俺、なんだから」
「おまえ‥‥」
陽一は呟いた後、目を閉じてそのまま自分自身の身体へと溶けるように消えていった。
「‥‥それならさっさとしてくれればよかったんだ、そうすれば私が出てくる手間もなかったというのに」
そう呟きながら冥月は解決した事を草間武彦に報告する為に草間興信所へと向かって歩き出す。
そして、後日――‥‥。
2つの人格が融合した事によって、吸血鬼本来の飢餓感なども薄れて前のように狂ったような飢餓感に見舞われる事はなくなったと陽一が報告に来た事を草間武彦から知らされた。
「いいか、私は殺し屋じゃないんだ。今度はこういう依頼を私に頼んでくるなよ」
「だが、俺では解決できないからきっとまた頼むけどな」
草間武彦の言葉の後『ばき』という鈍い音が草間興信所の中には響いたのだった‥‥。
END
―― 登場人物 ――
2778/黒・冥月/20歳/女性/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
――――――――――
黒・冥月様>
こんにちは、いつもご発注ありがとうございます!
今回の内容はいかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
それでは、今回は書かせて頂きありがとうございました!
2010/3/7
|
|
|