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<東京怪談・PCゲームノベル>


第2夜 理事長館の訪問

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 午後6時35分。
 そろそろ夜が始まるこの時刻、栗花落飛頼は歩いていた。首を傾げながら。
 個別授業を受けに高等部の音楽科塔を訪れたら、いきなり担当教師に言われたのだ。

「理事長から授業終わったら理事長館の方に顔を出すようにと言われたが、栗花落、何かやったのか?」

 やったと言ったら、この間適当に方便駆使して怪盗見物をしていた位しか覚えがないけれど。
 何で知ってるんだろう。理事長は。
 まあ文句を言っても仕方がないので、飛頼はこうして歩いているのだ。
 理事長館は中庭に存在する。バレエ科塔や園芸部の使う温室が近くに存在し、高等部時代はよくこの辺りを歩いていたが、そう言えば最近はそこにあまり顔を出していない。
 飛頼は久しぶりに歩くこの道を、少しだけ懐かしく思いながら歩いていた。
 まあ懐かしいとは言えど、ほぼ毎日個別授業に来ているし、卒業したのだって去年だからそんなに日は経っていないのだけれど。
 でも、そう言えば。
 飛頼は少しだけ首を傾げた。
 何でここまで足を運ばなくなったんだっけ。
 変だなあと思った。
 中庭は温かいし、芝生が気持ちよく、よくそこは生徒達の憩いの場所になっている。もう自分は高校生じゃないからと遠慮しているのかな? そう思っていたら、理事長館が見えてきた。
 白亜の館で、門は開け放たれている。普段から下校時間までは生徒達が好きに遊びに行けるようにと、理事会の方針で理事長館は出入りが自由になっているのだ。
 そのまま門に入ろうとした時だった。

 グラリ

 視界が一変した。
 いや、視界が一変したのではない。
 飛頼が倒れたのだ。
 何で……?
 頭の中で少女の笑い声が響くのを感じた。

『うふふふふふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』

 まるで壊れたレコードのように、耳障りで狂った笑い声を上げる少女の甲高い声だった。
 何で―――――?
 視界が真っ暗になった。

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 目が覚めて、最初に視界に入ったのは、綺麗な模様の壁紙の張られた天井に、柔らかな光で部屋を照らすシャンデリアだった。
 ここはどこだろう?
 飛頼は保健室のベッドにしてはやたらと柔らかいマットと布団に戸惑った。
 身体を起こし、部屋を確認する。部屋にはピアノ、勉強机、楽譜の詰まった本棚。
 ベッド以外には全く生活感のない部屋だった。
 誰かのベッドを借りたのかな? 悪い事した……。今何時だろう?

「あら、ようやく目が覚めた? 身体の具合はもういい?」

 ガチャリと扉が開いた。
 聖栞理事長が、トレイにポットとカップ、砂糖壷とスプーンを乗せてやってきたのだ。
 足で器用に扉を閉めると、勉強机にお茶を一式並べ、椅子を持ってきてベッドに座った。

「すみません……理事長」
「いいのよ。びっくりしたわ。いつまで待っても貴方が来ないから、様子を見に行ったら貴方がそこで倒れているんだもの」
「はい……すみません。ベッドまで借りて」
「いいのよ。どうせ甥の部屋だから」
「甥ごさんですか?」
「ええ。今は一緒に住んでるから」
「参ったな……勝手にベッド使って悪いです」
「いいのよ。あの子がここまで運んでくれたから。あの子今頃中庭でぼんやりとしていると思うわ」
「はあ……」
「はい、栗花落君。カモミールティー用意したのよ。落ち着くと思うわ」
「ありがとうございます……」

 栞はカップにお茶を注いだ。青りんごの匂いのする薄黄色のお茶が出てきた。
 飛頼が口にすると、優しい味がして、気のせいか気が楽になった。

「……本当に、ありがとうございます」
「……倒れていたけれど、別に倒れる程身体の具合が悪いって訳じゃなさそうねえ。何か悩みとかはある?」
「悩み……? 特には……あ」
「何かある?」
「前からバレエを見ていると眠たくなる事があったんです。別に自分も音楽やっているから音楽で眠たくなる事はないんですけど、踊っているのを見ると眠たくなるんです。何でですかねえ……」
「ふむ……栗花落君、前に怪盗を見に来たでしょう? その時は大丈夫だった?」
「……これって誘導尋問ですか?」
「いいえ。単に原因が分からないと倒れる原因を潰す事ができないから聞いているだけよ」
「うーん……」

 飛頼は首を傾げた。
 言っても信じてもらえるのかな。
 理事長については、「理事長みたいな人だなあ」と言う印象が強い。いつも立ち振る舞いが上品で、どこか浮世離れしている、まあ学園の上の方にいる人。
 その人に怪盗を見た瞬間に心臓を掴まれたみたいに苦しくなったと言っても大丈夫かなあ……。
 飛頼は少し考えた結果、言うだけ言ってみる事にした。
 まあ、信じてもらえないなら仕方ないし、言うだけでも楽になるかもしれない。

「怪盗見た時に、どこかで見た事あるなあって思ったんです」
「あら? 怪盗を見たのは初めてではなくって?」
「いや、怪盗とは違うんですけど、前にも怪盗とは違うけれど、浮世離れしたバレリーナを見た事があるような……気がするんです」
「気がする……?」
「いやあ………。どこで見たとかは覚えていないんですよ。ただその人は白かったような気がします」
「ふむ……」

 飛頼は栞の顔を観察した。
 彼女は少し唇に手を当てて考え込んでいる。
 考え込むような事言ったかな? それとも、やっぱり出任せとか思われたかなあ?
 飛頼がそう思っているのを察したのか、栞はすぐに笑顔に戻った。

「私は医者や心理カウンセラーじゃないから細かい事は分からないけど」
「けど?」
「忘れている事が原因で倒れたんじゃないかしら?」
「忘れている事が原因?」
「人ってショックな事があると、それがトラウマになるのを防ぐために一時的に意識を手放す事があるって聞くわ。よく病院とかで聞かない? 病名聞いた途端倒れる人の事とか」
「はあ……」

 僕、そんなにひどいトラウマなんてあったっけ?
 考えてみても、別にバレエ見たら眠たくなるだけで、それ以外は特に何も生活には支障をきたしていない。
 忘れていても不都合な事は全くないし、困ってもいない。
 けれど、この所は倒れて誰かに運ばれてばっかりだから、支障は出ているのかもしれない。

「これって治した方がいいんでしょうか? 別に今まで困っていなかったんですが、最近倒れてばっかりだから」
「そうねえ。治さなくても困らないなら治す必要もないと思うけど。貴方が何を忘れているのか気になるなら、何を忘れているのか思い出した方がいいかもしれないわねえ」

 アバウトだなあ。
 飛頼はそう思ったが、まあ口にしなかった。
 怪盗を興味本位で見に行かなければ、多分そのまま忘れてただろうに。
 厄介な事に首突っ込んじゃったな……。
 そうぼんやりと思っていたら、栞が飲み終わったカップをトレイに片付け、替わりに何かをコトリと置いた。

「これは?」
「ここの鍵よ。倒れてどうしても気持ちが悪いとかがあったら、ここにいらっしゃい。私は医者でも心理カウンセラーでもないけれど、話くらいは聞けるから」
「……ありがとうございます」

 飛頼は鍵をまじまじと見た。

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 変だなあ。
 この間の守宮さんとか、聖理事長とか、最近まであんまり関わりがなかった人とよく関わりを持つようになった。
 もしかすると、変な事に巻き込まれているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
 ……まあ。
 怪盗を追えば、何か分かるのかもしれない。
 多分、だけど。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第3夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。