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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 恋人未満の試合 +



 三学期も半ばのある日の事。
 セリス・ディーヴァルは己の長い銀の髪を揺らしながら高校に登校し、靴を履き替えると教室へと足を進める。
 普段ならばクラスメイト達は各々仲の良いメンバーで雑談を楽しむ穏やかで他愛の無い朝の時間なのだが――今日は雰囲気がまるで違っていた。


「よし、お前分かってるじゃん! お、お前も買ってくれるのか! サンキュ! 絶対に見に来いよ、後悔だけはさせないって約束すっからさ!」
「お前そう言って前回相手にギリギリ勝てなかっただろー。今回はちゃぁんと見せる試合をしてくれるんだよな?」
「当然だろ、あの頃の俺とはちっがーう! 今の俺は少し前の俺よりも成長して今回の相手なんかぼっこぼこにしてやれる力を持ってるっつーの!」
「本当かよー。次こそは勝てよ! 勝てなきゃその頭は丸坊主な」
「冗談だろ、この髪気に入ってんだから止めてくれよなー!」


 聞こえてくる声は楽しそうに笑うクラスメイト達のもの。
 一体なんだろうかと興味をそそられながら教室に入れば、何やら部屋の一角に人だかりが出来ているではないか。その席の持ち主をセリスは知っている。
 高校生ながらもプロボクサーとしてC級ライセンスを持っているクラスメイトの男子――常原 竜也(つねはら りゅうや)だ。
 彼は他の生徒よりも若干長めの赤髪を後頭部で結わえ、制服の襟元を緩めながら何やら丸めたノートを力一杯握り、己の机を叩く。
 そして時折、男子生徒が懐から財布を取り出し幾ばくかの金銭を竜也に手渡すと、それと引き換えに何か細い紙の様なものを手渡していた。


「おはようございます〜。何をしてるんですかぁ」


 人だかりの中には他のクラスの人間も何人か交じっているようで、まだ良く見知らぬ人達に対しても穏やかな笑顔を浮かべながらセリスは輪の中に交じる。
 その声に彼らは反応し愛想良く自らも挨拶を返すと、何かを買った者達は「もうすぐHRの時間だから帰るなー」などと言い、手を振りながら去っていく。帰り際、彼らが若干にやにやと笑い、あれが「竜也の言っていた噂の留学生かー」と談笑しながら廊下を歩む。


 竜也はセリスの挨拶に気付くと自分も片手をあげ、元気良く「おはよう!」と声を掛ける。
 そして彼は彼女の質問には自身が握り込んでいる紙束を見せることで答えた。


「これさ、ボクシングの世界戦のチケット。俺さー、前座で試合やるんだけど、来ない? 今なら大幅割引するよ」
「本当ですか? ちょ、ちょっと待って下さいね〜」


 セリスは慌てて財布を鞄から取り出し、残金を確認してみる。
 しかし、それは残念ながら竜也の指定する金額には足りない。そういえば今月は生活用品を多く買い求めたんだった……と彼女は心の中で静かに後悔する。
 試合は見たいからチケットは欲しい。正しくは世界戦よりも「竜也が出る前座試合が見たい」だ。
 だけど一人暮らしをしている彼女にとって無駄な出費は生活に関わってしまう。残念だが諦めるしかないとセリスは首を振りチケット購入を断った。
 だが一瞬で彼女の状況と心情を理解した竜也はぴっと一枚チケットを束から抜き出し、それを彼女の指の隙間に素早く差し込んだ。


「じゃあ、それはセリスに贈呈。留学のお祝いってことで」
「え、でもそれじゃ」
「こら、お前ら! もうチャイムは鳴ってるぞ! 席に着けー!」
「あ、先生おっはようございまーっす! ところで先生も世界戦見に来ない?」
「お前な、学校で商売するんじゃない。せめて放課後にしろ……チケットは後で職員室に持ってきてくれ」
「お買い上げありがとーございまーっす!」


 竜也が元気良く声を張り上げる。
 まるで漫才のような担任と生徒のやりとりに周りの生徒からも笑いの声が上がる。セリスもそれは同じ。口元に手をそっと移動させ表情を綻ばせながらも大人しく自身の席へと戻り、今し方受取ったばかりのチケットを大事に鞄の中に仕舞い込んだ。



■■■



 そしてやってきた試合当日。
 竜也は二試合目に登場し、チケットを購入した級友や先生達が応援の声をリングに飛ばす。やってきたのは男子だけではなく、ボクシングに興味のある女子のクラスメイトも居りセリスはその中にいた。
 開始の鐘が鳴る前、竜也はさっと辺りを見渡し銀髪の彼女を見つける。其処には級友達と楽しそうに笑顔を浮かべながら自分を応援してくれる姿があった。


「竜也! 絶対に勝てよー!」
「負けたらジュース奢れー!」
「坊主の約束も忘れんじゃねえぞー!!」
「そうだな、負けたら成績に関わると思え」


 最後の厳しいお言葉は級友ではなく担任からのもの。
 うげっと嫌そうな表情を一瞬浮べるも、審判から声が掛けられれば竜也は表情を一変させる。彼の中での「明るく気さくな性格」は取り払われ、「目の前の敵に絶対勝つ」というまる野生の獣のような雰囲気をその身に纏わせた。
 ぞくり、とセリスはまるで背筋に電流が走ったかのような衝撃を感じる。
 怖い、ではない。
 恐怖ではなく、それはじわりと湧き上がってくる興奮。感じているのはセリスだけではなく、応援席にいる皆が同じのようだった。


 開始のゴングが鳴り、竜也は対戦相手を見据える。
 以前にも手合わせした事のある相手で、その時は力量不足で自分の負け。だが今は違う。「あの時の自分ではない」と豪語したように、ジムでの特訓の成果を見せる時だ。


 竜也は己のスピードに自信があった。
 素早く繰り広げるパンチや遠慮なく距離を詰める竜也に対戦相手は動揺する。拳をかわし、ガードするのも一苦労のようで、竜也は密かにほくそ笑んだ。もしかしたら相手は前回一勝しているということで油断していたのかもしれない。
 重い拳を腹部へと叩き込めば己にしか聞こえない呻き声が相手の唇から漏れる。それが効いたのか、膝を折りリングに伏す相手。審判がKOの判断を下し、竜也達は互いのコーナーへと一旦下がりコーチからの指示や水分補給を行う。
 だが2ラウンド目が開始されれば、今度は相手からの攻撃が激しくなった。顔、胸、腹部――どこも遠慮なく打ち込んでくる姿に竜也は戦闘欲を刺激される。どうやら相手は「攻撃こそ最大の防御」だと判断したらしい。先程とは格段に殺意にも似た緊張感が二人の間に漂う。


「竜也さん頑張ってくださいー!」


 セリスは最初、空気に圧倒され言葉を失っていたが、やがて堪らなくなり声をあげる。今見えるのは竜也の肉付きの良い背中だ。だけど自分の声が届くように、と演劇で鍛えた素晴らしく良く通る声で彼を応援する。
 こくん、と一瞬だけ浅く頷いたように見えたのはセリスの気のせいか。


 そして竜也は動く。
 相手が拳を放った際見せたほんの僅かな隙を狙い、パンチを避けた後足を踏み込ませて懐に入るとそのまま先程とほぼ同一の場所へ全力で打ち込んだ。休憩したと言ってもダメージは0ではない。二度目の攻撃は相手にとって致命傷になり、リングへと崩れ落ちた。
 やがてカウントを終えた審判は竜也の腕をとり勝利を宣言する。
 その瞬間、級友達から歓声の声が上がった。


「す、凄いです〜……これが本気になった竜也さんの姿……」


 セリスはほうっと興奮した胸にそっと片手を下ろし、僅かに赤らんだ頬にもう一方の手を押し当てた。



■■■■



 後日、竜也はセリスと共に高級レストランへと赴いた。
 学校の移動時間中に竜也は彼女に声を掛け、空いている日を聞きだし予約したものだ。学生にしては、――いや、社会人であっても「ちょっと高めの」と付く高級レストランに連れて来られたセリスは思わず緊張してしまう。


「あの……本当に奢ってもらっちゃって大丈夫ですか〜? す、少しくらいなら出せますからっ……」
「だーいじょうぶだって。俺だって何の考えもなくこんなところに女の子誘ったりしないからさ」
「でも」
「ほら、「いつかどっか行こう」って約束してたから。チケット売ってファイトマネーも入ったことだしね」
「? ファイトマネー?」
「俺みたいなまだまだ下の方のボクサーはさ、チケット代が報酬になるわけ。だからセリスを誘えたのは実は先生や皆がチケット買ってくれたお陰ってわけなんだけど――皆には内緒な」
「ふふ、じゃあ皆さんに感謝しなきゃですね〜」


 セリスが勇気を出してさり気なく、でも半ば強引に取り付けた約束を竜也は覚えていてくれた。その事がセリスは嬉しくて、顔を真っ赤にしながらも感謝の言葉を述べる。
 そんな彼女につられたのか、竜也も僅かに心がくすぐったくなりながらも「飯はまだかなー」などと他愛ない事を口にする。


 今は二人きり。
 「恋人未満」な彼と彼女の二人で過ごす時間。


「あのですね、試合の時の竜也さん凄く格好良くて惚れちゃいそうでした〜」
「ふっ、俺に惚れると火傷するぜ……なーんてな!」


 そんな風に冗談の中にちょっとした本音を混ぜて楽しい会話が出来る事に、二人は感謝した。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8178 / 常原・竜也 (つねはら・りゅうや) / 男 / 17歳 / 高校生/プロボクサー/舞台俳優】
【8179 / セリス・ディーヴァル (せりす・でぃーう゛ぁる) / 女 / 17歳 / 留学生/舞台女優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回も発注有難う御座いました!
 前回書かせて頂いたお話から発展したデートの物語。個人的に試合描写を多めに取らせて頂きました。竜也様の「格好良さ」が表現出来ていればいいのですが……!
 「恋人未満の初デート」ということで最後はちょっと濁した雰囲気ではありますが、そこも楽しんで頂けましたら幸いです。