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雫と黒ずくめの男たち
●オープニング【0】
それは、2月も終わりが近い日の夕方のことだった。
草間興信所の仕事の手伝いを無事に終え、結果を報告すべく事務所へと戻ろうとしている途中、車道を挟んだ向かいの歩道を歩いている瀬名雫の姿を見かけたのである。
だが雫は1人ではなかった。その前後を、2人の男たちが雫を挟むようにして歩いていたのだ。男たちはどちらも黒のコートを羽織り、同じく黒のサングラスをかけていた。雫を含め、誰も喋っている様子はない。ただ黙々と歩いているだけであった。
雫たちは角を曲がり、こちらから次第に遠ざかろうとしていた。しかし先程の雫たちの様子がどうも気になり、その後を密かに追いかけてゆくことにしたのだった。
さて、男たちはいったい何者なのだろうか。そして、その目的とは……?
●発見のきっかけ【−1A】
少し時間を巻き戻す。瀬名雫の姿を発見する前のことである。
「そこでね、斬りかかってきた侍の背後に回って、打刀の背でこう……!!」
その時の様子を親友のミネルバ・キャリントンに再現してみせるべく、ルナ・バレンタインは手刀を振るってみせた。ルナはミネルバから、先日江戸時代に行ったという話を聞かせてほしいと言われ語っていたのである。正確には行ったというよりも入り込んだと言うべきかもしれないが。
ミネルバとしては自分の従妹もその時一緒だったというし、何より歴史を学んだ身としては興味があったのだ。自らも行ってみたかったと思うほどに。
「それからなおもかかってくる侍たちを、バッタバッタと……」
「……それはなかったと思うが」
得意げに話し続けるルナの後方から、冷静に突っ込みが入った。2人の少し後ろには夜神潤の姿があった。潤もまた、その時ルナと同じ場に居たのである。
「あ。ちょっと熱が入っちゃって。ごめん、今のはアレンジ!」
そう言って笑うルナ。ミネルバも釣られて笑みを浮かべた。
「あー、でも、ちょっと動いたら暑くなっちゃった……」
軽く顔から胸元にかけて手で扇いだルナは、上着を脱ごうとする仕草を見せた。と、ミネルバが口を開いた。
「それにしても……」
「ん?」
「ルナの服装は相変わらず大胆ね」
「え、そうかなー? けどほら、最近いくらか暖かくなって薄着が出来るようになったのが嬉しいよね。この、邪魔な上着が脱げるようになってさ」
などと言って、すでに脱いだ上着をミネルバに見せた。
「まだ冷え込む日もあるけどね」
そう返しながら、ミネルバは自分も人のことは言えないなと考えていた。確かにまあ、普通の女性に比べればミネルバもまた大胆な方に入る訳で。
「あたしは別に寒くないけど……」
何気なく辺りを見回すルナ。もちろん道行く人々は、まだまだコートを羽織っている。
「……おや……?」
その時である、後方を歩いていた潤が何かに気付いたようなつぶやきを漏らしたのは。ルナは振り返り、それから潤の視線の先を追っていた。そこに居たのは黒いコートを羽織った男である。
(へえ、あんなコート着ている人も居るんだ。……あれっ?)
ふと視線を前へとずらした時、ルナはそこに知った姿を見付けたのだ。
「あそこに居るのは雫……じゃない?」
隣のミネルバに同意を求めるようにつぶやいたルナ。それに反応したミネルバも、ルナの視線の先に目を向けた。
「ええ、雫ちゃんよね……」
と言いながら、潤の方へと振り返るミネルバ。潤もまた無言で頷いた。3人が3人とも見間違えることなどまずない、あれは雫に間違いないはずだ。
「いったい何をしているんだろう?」
ルナが疑問を口にして――そして3人はそのまま後を追うことに。
●尾行の途中【1】
「人気を避けるべく動いているようにも見えるな……」
雫たちを追っている最中、潤がそのように言った。見付けてから最初に角を曲がった後、さらに何度か右へ左へと曲がって進んでいたからだ。
その理由は容易に想像がつく。潤は周囲の人間の反応も観察していたのだが、雫たちとすれ違った者はほぼ例外なく視線を向けていた。それはそうだろう、黒いコートとサングラスをつけた男2人が、可愛らしい少女の前後を挟むように歩いているのだ。気にならない方が珍しいはず。さらには、少女の様子がやけにおかしければ、いつ通報されてても不思議ではない訳で。
「……怯えてる様子はないみたいだけど、雫」
ルナが雫の様子について触れた。足取りもしっかりしてるし、表情も暗くはない。若干の緊張は感じなくもなかったが、操られているような素振りも見えない。
「まさか誘拐? ……とも言えないし……」
首を傾げるルナ。恐らく自分たちが見付ける前から、雫たちはそこそこ歩いているはずである。途中何人もの通行人ともすれ違っている。雫が逃げ出そうとすればいくらでも逃げられる機会はあったはずだ。にも関わらずそうはしていないということは、雫も納得の上でついていっているとも考えられる訳だ。
「ただあの2人……明らかに一般市民ではないわ」
男たちをじっと見つめていたミネルバがきっぱりと言い切った。
「あの歩き方は、明らかに何らかの訓練を受けたものよ。軍人……いえ、警官寄りかしら、あれは」
さすがは元SAS、歩き方で相手の素性を判断することが出来るようだ。
「……ルナ。そのまま尾行よろしくね」
ミネルバは軽くルナの肩を叩いてから、そっと離れていった。次第に周囲の人気がなくなっていることを鑑みてなのか、自分が離れることにより尾行に気付かれるリスクを減らそうとしたのであろう。
「ならば俺も……」
ミネルバのその動きを見て、潤もまた別方向へとすっと離れてゆく。3つに分かれたのなら、それだけ相手に見付かるリスクは少なくなるというものだ。
雫たちはなおも歩き続けていた。
●既視感【2A】
「……あれっ?」
雫たちを追いかけて住宅街へと入っていたルナは、ふとあることに気が付いた。
(ここ……見覚えが……?)
あれこれ角を曲がっていたのと、雫たちに注意がいっていたから最初は気付かなかったのだが、どうもここは通ったことがある記憶があったのだ。そして何か目印になるような物がないかと思い、ぐるり周囲を見回したルナの目に飛び込んできたのは――。
「あ」
東京タワーがそこにあった。そう、先日江戸時代に入り込んだ後に見た光景。あの時は真夜中であったが……だからといって位置関係までが変わる訳もなく。
「ここって……あそこなのっ?」
驚きを隠せないルナ。これはただの偶然なのか、それとも……?
やがて雫たちはその住宅街の一角で足を止めた。ルナは角に隠れて様子を窺う。すると何やら雫は身振りを交えて説明を始め、男たちはコートの中から何やら携帯電話大の機械を取り出し、それを周囲に向けて何かを調べている様子であった。
(何やっているんだろ……?)
とりあえず分かるのは、雫に身の危険はなさそうだということである。ルナはそのまま様子を窺い続けることにした。
●男たちの正体【3】
「えっ?」
様子を窺っていたルナは、我が目を疑った。というのも、新たに同じ出で立ちのがっしりとした背の高い金髪の男が1人現れたからだった。それも、後ろにミネルバを伴って……。
(行くしかない!!)
ミネルバが相手の手に落ちたのだと思ってしまったルナは、角から飛び出して全力で男たちの方へと向かっていった。こちらへ注意が向けば、ミネルバもその隙を突いて動けるであろうと考えて。だがしかし、ミネルバから飛んできた言葉は――。
「待って!」
「えっ!?」
男たちに突っ込む直前で、慌てて身体を止めるルナ。
「……どうやら悪い方に思い違いしていたみたいね」
とミネルバはルナに説明した。
「思い違い? え、あ、じゃあ……いったい?」
3人の男たちを順番に指差しながら、ルナはミネルバに説明を求めようとした。と、別の方向から声が聞こえてきた。
「IO2の捜査官。……それで間違いはないでしょう?」
別の道から出てきた潤が、金髪の男へと話しかけた。
「うむ、その通りだとも。我々が彼女に接触したのはその調査のためだ」
「あ、アルベルトさんも居たんだ?」
雫が金髪の男――アルベルト・ゲルマーに声をかけた。どうやらお互いに見知っているようである。
「えっとつまり……上司と……部下?」
ルナは最初にアルベルトを指差してから、他の2人を交互に指差して言った。
「そう考えてもらってもいい」
「そして調べているのは、先日江戸時代に入り込んだ件……では?」
潤がじっとアルベルトを見つめながら尋ねた。
「その通りだ。時空の歪みが起こっていると考えられ、我々が調査に乗り出してきた訳だ。そのため、彼女に正確な場所を尋ねた」
と言ってアルベルトは、2人の男たちに目を向けた。2人は無言でアルベルトに向けて頷いてみせた。
「……歪みの痕跡は確かに観測されたようだ」
「しかしほんの僅かです。このままもうあと1ヶ月もすれば歪みは消え失せるでしょう」
アルベルトの言葉に対し、男の1人がそう言った。
「全く……捜査官がいくら居ても足りないものだ……」
ぼそりとつぶやくアルベルト。その物言いからすると、他にも同じようなことが起きている場所があると考えるのは深読みのし過ぎであろうか。
その後もう少しIO2捜査官たちは調査を続けていたが、やがてそれも終えて引き上げることとなった。
「我々が動いていることは他言無用だ。……と一応は言っておこう」
アルベルトは最後にそう言い残して、他の2人とともに去っていった。
IO2が動き出すとともに、もうすぐ春がやってくる――。
【雫と黒ずくめの男たち 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7038 / 夜神・潤(やがみ・じゅん)
/ 男 / 青年? / 禁忌の存在 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
/ 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】
【 7873 / ルナ・バレンタイン(るな・ばれんたいん)
/ 女 / 27 / 元パイロット/留学生/キャットファイター 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、雫と一緒に居た男たちの正体についてお届けいたします。まあ分かりやすかったので、正体について気付いていた方も居ましたが……。
・という訳で、近頃IO2が動いております。IO2が動くということは、もう一方の組織も……?
・ちなみにアルベルトについては、高原のNPCを調べていただけると詳しく分かるかと思います。IO2が動くと、彼もまたあれこれ動くことになりますので……。
・ルナ・バレンタインさん、4度目のご参加ありがとうございます。雫の様子に着目したのはよかったと思います。悪い予想が順番に消えてゆきましたしね。そして正体はあの通りだった訳ですが……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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