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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Assassin mission part1

 特務統合機動課――それは、自衛隊内部に設立された非公式の特殊部隊である。
 暗殺・情報収集等を目的とした特務任務を担うその部隊は、選りすぐりの能力を持つ者が集まる。そしてその存在に例外は無い。
 今まさに任務の確認を行っていた黒髪の美女――水嶋・琴美も、特務統合機動課の隊員の一人だった。
「以上が君への任務内容だ。理解してくれたかな」
 静かな声音で告げられる、自らの極秘任務。
 琴美は豊満な肉体を強調するタイトスーツに身を包み、書面を手に首を傾げた。
「簡単に纏めるなら、この人物の暗殺が仕事――と言う訳ですね」
 書面を下ろし目の前の人物を、黒く艶やかな瞳が見つめる。その瞳が眇められると、彼女の視線を受けた強面の男が頷いた。
「そうなるな。相手は冷酷無慈悲な人物だ。超能力者と戦い殺すことに快感を覚える異常者でもある。十分注意して任務にあたって欲しい」
 顎の下で手を組んだ男は、琴美の声に静かに頷いた。
 男は琴美の上官である。普段の仕事内容、そして持っている能力から考え、彼女に白羽の矢が立った。
 人選に間違いは無い。そう確信できるのだが、不安が拭えない訳でもない。
「この程度の相手でしたら問題ありません。お任せ下さい」
 妖艶に微笑む彼女の顔は自信に満ち溢れている。それを見止めた上官は、僅かな唸り声と共に頷きを返したのだった。

   ***

 心を引き締めるには、身体も引き締めなければならない。そうすれば自ずと心も付いてくる。
 琴美自身もその考えがあるのだろうか。
 今は戦いの前の準備に余念がない。
「――ふぅ」
 頭から打ち付けるシャワーを浴びながら、琴美は今回の指令内容を思い出していた。
 冷酷無慈悲な人物。そうした人物に手を下すことへの抵抗はない。あったところで躊躇う必要はないと頭が先に理解を示している。
 それに負ける気もしなかった。
 彼女は自分の力に絶対の自信を持っている。自分には不可能なことはないとさえ思っている。
 だからこそ今回の依頼には多大な自信があった。
「簡単な依頼ね」
 クスリ。熱を帯びて赤く染まった唇から、吐息交じりの笑みが零れる。
 鏡に映る自分の顔も、自身に満ち溢れている。それを確認してから、彼女の手がシャワーを止めた。
 曇りかけの鏡を指先で撫で、バスタオルを拾い上げる。乾いた感触が心地よく、ヒンヤリした外の空気に震える身体へそれを巻き付けた。
 タオルでは隠しきれない彼女の豊かな胸が、歩くたびに大きな振動を生む。しかしこれは彼女にとって日常の事。別段気にすることも無く露を拭いながらロッカーに向かった。
 見慣れた自身のロッカーの前でバスタオルを取った彼女の白い肌が全面に晒される。
 きっと女性から見ても、琴美の身体は羨ましく映るだろう。そう思えるほどに整った凹凸と、艶やかな色気がある。
 彼女はそこにタオルを這わせると、ロッカーを開けた。
 そこに納まるのは彼女の戦闘服だ。
「今回も、よろしく頼むわね」
 相棒に向けて微笑みかけるその表情は穏やかな女性そのもの。これから人の命を奪う任務に向かうとは到底思えない。
 けれどこれが、一定の時間の後には変貌するのだ。
 琴美は迷わず身体に密着する形のインナーを手に取ると、爪先からゆっくりと足を通し始めた。
 その動きも滑らかで、この場に誰かが居ればきっと魅入っていたに違いない。
 そもそも、気を引き締めるにはまず下着からと言う。彼女自身、その考えに例外はなく下着を着用する仕草に慎重さが伺えた。
 そうしてそれを収めると、その上から同じく身体にフィットする形のスパッツを履いた。
 やはり動き易いに越したことはない。全てにおいて……否、戦闘においてそれが最重要事項になるだろう。
 それはこれから袖を通す、彼女の上着からも伺える。
 一見すればただの着物。しかし広げてみれば両そでを短くした動き易い物になっている。それを羽織ってから前を閉じると、帯で気持ちと共に身を引き締めた。
 この服装は彼女の家系から来ているのかもしれない。彼女の家は代々忍者の血を引き付いた家系だ。琴美もその血を引き継ぎ、くの一としての実力がある。だからこそこの装いなのかもしれない。
 彼女は上着の乱れが無いことを確認すると、スパッツの上からミニのプリーツスカートを履くいた。その上で、編上げの膝まであるヒール付きのロングブーツを履く。
 そして最後にグローブを嵌めると、先ほどまで穏やかで優しい女性の顔が、一気に変貌した。
 これから戦いに向かう女豹――これが彼女に向けられる他者からの評価かもしれない。
 彼女自身がその事を、ロッカーについた鏡で確認すると、ロッカーが静かに閉められた。

 ***

 侵入は容易かった。
 勿論、侵入先の警備が緩かった訳ではない。これは琴美自身の能力が成した業だ。
「――この分だと楽勝ね」
 口角が無意識に上がり、表情にも自信が満ちる。
 彼女は艶やかな黒髪を揺らすと、物陰に潜んだまま情報を確認した。
 彼女がいるのは敵対組織のど真ん中。下手をすれば目的を達する前に危険が及び兼ねないような場所だ。
 そして目線の先にある扉の向こうに、対象が居るのは間違いなかった。
「このまま向かえば対象を捕捉出来るわね。でも……」
 扉の向こうに対象だけが居るとは限らない。寧ろ他の人物も控えている可能性が高い。
 それでは彼女の任務に支障が出る他、意味が無かった。
 琴美は窮屈な壁の隙間に身を割り込ませると、そこで対象が部屋を出るのを待った。
――数分後、その機会はやってくる。
「……出てきた」
 部屋から出てきたがっしりとした長身の男。見るからに表の人間ではない顔をした男に、琴美の整った眉が僅かに揺れた。
 何もかもが情報通り、しかも相手は人気の無い方へと進んでいる。これは琴美にとってまたとないチャンスだ。
(――ここならいけるっ!)
 完全に人気が途絶えた時、カモシカのように美しい足が地面を蹴った。
 一般人よりも遥かに早い足が、対象の背後に回り振り上げられる。そしてヒールの付いた踵が思い切り振り抜かれた。
――ガッ。
 鈍い音共に、対象の身体が揺らぐ。
 腕に命中した彼女の足が、透かさず間合いを測ろうと飛躍する。そしてそれは難なく成功し、見事なまでに身軽な動きで地面に着地を果たした。
「冷酷無慈悲と聞いたからどんな相手かと思えば……弱いわね」
 隙を付いたとは言え、あまりにもあっけなく蹴りが入ったことに拍子抜けしてしまう。この分では何の問題も無く任務は遂行されるだろう。
 目の前では攻撃を受けた男が、蹴りを受けた腕を抑え彼女の事を振り返っていた。
 サングラス越しに見える冷えた瞳が琴美を捉えるが、彼女からすればそんなことはどうでも良い。相手が完全に戦闘スタイルを取る前に、次の攻撃に出て止めを刺したいところだ。
「一気に蹴りを付けさせて貰うわ!」
 言うが早いか、再び彼女の足が地面を蹴った。
 軽やかに走り抜ける肢体が対象の間合いに入る。そして拳を低く構えると、一気に鳩尾目がけそれを叩き込んだ。
――ゴズッ。
 嫌な音が響き、琴美の口角が上がる。
 これで終わり、そう確信めいた囁きが脳裏に響く。しかし――。
「甘い」
 地を這うような低い声が聞こえたかと思うと、琴美の身体が後方に吹き飛んだ。
 信じられないものでも見るように見開かれた彼女の目が捉えたのは、何のダメージも受けてないかのように平然と拳を振り上げた、対象の姿だった。


――To be continue…