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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.9



 いつもなら――。
 いつもなら、「彼女」は消えていた。
 なのに……今日に限って消えてくれない。
 消えるということは、次に現れる可能性を秘めていたのに。
 明姫リサは考えていた。頭の中をフル回転させても、何も、いい案が浮かばない。
 サキュバスの能力があっても、役に立たない。
 目の前に立っている……あと10歩でも近づいたそこに夏見未来が。
 ミクと名乗っていた、なんとでも呼べと言っていた多重人格の化物が。
(……ミクたちを助けることはできないの……?)
 無理に頬を、拭う。痛い。痛みを感じても、涙のあとは消えてくれない。
(未来が助かるためには人格を統合しなきゃならないなんて……。でもそれは)
 今まで見てきた「彼女たち」が消えてしまうということになる。
(どうして)
 悔しくて、拳を握り締める。
(どうして製作者は未来を作ったのよ……!)
 残酷すぎる。
 けれども、もしも物語のように……製作者が、ヴィクター・フランケンシュタインのようならば。
 もしも、狂っていたら……そこに理由など、あっただろうか? 残酷などという感情があるならば、こんなことはしないはずだ。
 ミクのすぐ横には、死体のない墓がある。本来のミクの墓だ。
 火葬がほとんどの日本で死体を埋めるとは思えない。つまりは……ミクの死体は、火葬の前に盗まれたのだろう。
 物語に登場する化物のようにミクは醜くはない。見た目は。
 物語では化物は製作者に伴侶を要求したのだ。だが、断られた。
(友達……)
 そうだ。物語に置き換えると、その立ち居地にいるのはおそらくリサ本人なのだ。だが伴侶ではなく、友人だが。
 腹が立つのは、そのおかしな製作者のおかげでミクたちに出会えたという事実もあるからだ。
 凝視した先では、ミクが穏やかに微笑んでいる。その微笑みに胸が痛くなった。
 消えて欲しくない。全員に。
 でも、このまま消えるくらいなら…………。
(人格を統合してでも、助かって欲しい……)
 その結果がどんなものになっても。
(私って、なんて……)
 不愉快になってきた。ミクたちはそれを望んでいる? 望んでいるのは「自分」だ。
 でも、伝えるべきだ。最期の瞬間まで一緒に居ると言ってくれたのだから。
「ミク、あのね」
「うん」
「私ね」
 言葉が詰まる。息が苦しい。動悸が激しくなる。
 なんでこんなに緊張するの……?
 友達って、こんなに辛いものだったの? もっと気安い存在じゃないの? 心を許せる相手じゃないの?
「私……私、ミクたちに消えて欲しくないの……」
 こどもみたいに、幼い少女のようにねだってしまう。
「でも、それができないの、わかってるのよ……」
 物分りのいい大人になった自分。わがままさえ、簡単には言えない。
「消えて欲しくない。それだけなの。どんな姿でも」
「…………」
「ミクたちがどうなるかわからないけど…………いなくならないで欲しいの」
 とうとう耐えられなくなって、視線を伏せた。真っ直ぐなミクの瞳に、咎められているような気がしてならなかったのだ。
 沈黙が落ちた。
 頭上で、遠雷の音が響いた。雨が降るかもしれない。
「…………わかった」
 小さくそう呟いた声に、聞き間違いかと思ってリサは顔をあげる。
 無垢な娘のように、肩身を縮めて審判を待つ。そんな心境だった。
 ミクはにっこり笑っていた。
「わかった。リサがどんな夏見未来でもいいっていうなら、試してみるね」
「……それ、どれくらいかかるの?」
「一ヶ月かな」



 一ヶ月。約、一ヶ月。
 それがミクと自分に残された時間。タイムリミットだった。
 それまでの間に自分ができることは、一緒に、楽しく過ごすことだけだった。
 ミクは消えずにいてくれて、リサの部屋に滞在することになった。
 大学から帰ればミクが「おかえり〜」と陽気な声で出迎えてくれる日もあれば、包丁片手に「ハハッ」と笑ってなにやら虚空を眺めているサマーの姿もあった。
 時間が勿体ないので大学も仕事も休むことにしたが、ミクが大学について来るというので一緒に受講したりした。
 バイクに一緒に乗せてやると、暴れて運転が恐ろしいことになり、二度と乗せるのはやめようと決心したり……人気のカフェで美味しいスイーツを食べたりした。
 普通の友達として、精一杯過ごした。
 いつもなら、異能の能力者の友人たちと、人目も気にせずに過ごすというのに。
 なんだかおかしな気分だった。
 まるで自分が、どこにでもいる女子大生かのように錯覚してしまう。なんの力もなくて、休日を友達とただ楽しく過ごす娘のように。
「ん〜、美味しい! ねえミクはどう?」
 表に出てくるのはミクが多い。そのほうがリサにとってはありがたかった。
「これバニラアイスってやつだよね。つめたーい!」
 ギャハハと笑うミクはワッフルよりもアイスのほうに夢中なようだ。
 イチゴの果肉の入ったジャムが彩るスイーツはとても美味しかった。
「夕飯はここ行こうかしら? ほらここ」
 ガイドブックを広げてミクに見せると、そこには有名なお好み焼き屋が載っている。
「ほ、ほら、私の外見だとちょっと入りにくいっていうか、タイプじゃないって感じがするじゃない?」
 照れを隠しながら言うと、ミクはページを見入ってから顔をあげた。
「いいよ! なんかぐちゃぐちゃしててすごそう!」
「ぐ、ぐちゃぐちゃって……その表現だと不味そうに聞こえるわよ、ミク」
「いいよいいよ。どこでも行くよ。ミクは、リサのお願いを叶えてあげる」
「…………」
 その瞬間、リサの気持ちがしぼみ、肩から力が少し抜かれた。
「……私はいいのよ。一緒にいられるし、こうして楽しく過ごせてるもの。
 それよりミクは? ミクたちの望むことは? それもしましょうよ」
「いいけど……みんなやりたいことほとんどないし、バラバラだしね。中にはリサと……」
 うーんと唸ってから、ミクは顔をしかめた。
「サマーより男の人格がいるから、リサと接触させるなってサマーが言ってるんだよね〜。
 サマーは元々殺人罪がついてる犯罪者だから、誰か殺したいとか言ってるよ?」
「………………やっぱりやめとく」
「でしょう? ナツミはやめておけって言ってるよ。どういう意味かわかんないけどねー」
「いやいや、ナツミはまともよ」
「あぁ、うん」
 どこか遠い目になったミクの変化にリサはどきりとする。こういう瞳をすることが多くなった、最近。
 もう一ヶ月も残り少ない。…………怖かった。

「今日は銭湯にチャレンジよ、ミク!」
「せんとー! 戦うの?」
「それは『戦闘』。お風呂よ、お風呂」
「おふろー?」
「そう。大きなお風呂よ」
 そんな会話を交わしてのれんをくぐって中に入る。
 他に誰もいなくて助かったと思ったのは、ミクがひょいひょいと衣服を脱いだ後でのことだ。
 想像することしかできなかったが、本当に様々な肉体を繋ぎ合わされているのがわかった。
 大手術の痕跡があちこちに残っているミクは平然と、タオルも何も持たずに湯船に向かっていったので慌てて止めた。
 湯船につかる前に彼女の体を背後から洗ってやっていると、肌の色があちこち違うのが目立って悲しくなった。
(人格が統合しても、この肉体はそのままなのよね……?)
 恐怖心と心の痛みから、リサはむきだしのミクの背中にそっと手を当てた。
 とくん、とくん、と心臓の音がしている。
(……止まらないで)
「リサ?」
 肩越しに振り向かれてハッと我に返った。リサは不意をつかれて笑顔になったミクにどんっ、と押される。
「いったぁ!」
 尻を強打してうめくリサの前に泡だらけのミクが立ち、ゲラゲラと笑った。
「押し合いっこだー! ギャハハハ!」
「お、お風呂で遊んじゃダメなのよ!」
「じゃあミクがリサを洗ってあげるよー。ぶーくぶく。ぶーくぶく〜」
 泡立てするタオルから、大量に泡が落ちている。だがミクはやめる気がないらしく、まだタオルを揉んでむひひと笑っていた。
「きゃあああ!」
 逃げようとするリサは、足元の泡に滑って、慌てて体勢を立て直す。
「だから遊んじゃダメなんだってば!」
「ぶーくぶく、ぶーくぶく〜」
「だ、だったらこっちはシャワー攻撃よ!」
 手近にあったシャワーを掴み、水を一気に発射するとミクが「ぶわっ」と声を発してひっくり返った。
 さすがにまずいと思ってシャワーの水を止めて近づくと、にたぁ、と笑うミクの姿が目に入ってリサは湯船に逃げるはめになったのだ。



 一ヶ月はあっという間だった。
 本当に、あっという間で。

 ある日、突然…………ミクの姿が消えた。
 ふらりと。
 今までと同じように。



 ぼんやりと夜空を部屋から見上げるリサは、「その日」がきてしまったことを悟った。
 いつの間にか傍から夏見未来の姿が消えうせ、まるで明かりが消えてしまったように静かになったのだ。
 あれから一週間は経つ。
 リサは仕事に行く気にもなれず、ただ大学の必要な講義だけ出るようにしていた。
 貯蓄はあるので、まだ仕事を休んでいても平気だ。
 足がそこに向いたのは、偶然だった。

 部屋から見えた空と同じ、星がまたたく天井の下……リサはミクたちの墓地に向かっていた。
 夏見未来はリサの元に戻って来るなんて約束はしなかった。だから……。
(また、見つけに行くしかないんだわ)
 でももう、どこに現れるのかはわからない。
 墓地が見えるが、ミクだった人間の墓場の周囲には誰もいない。
 落胆にリサは膝から力が抜けてその場に座り込んだ。
(結果だけでも……知りたかったのに)
 死んだとしても、統合されて忘れられてしまっていても。
「お姉さん、そこで何してるの?」
 静かな声に驚愕し、動けないでいると小さく笑われた。
「もしかして知り合い? 彼女に知り合いがいたとは思わなかったな」
 まるで少年のように低い声に、声変わりする前の人物だと推測する。夏見未来じゃない。
「こ、孤児院で……ちょっと」
「そう」
「…………会う約束をしてなかったから、勝手に来たの」
 約束をする前に夏見未来は消えてしまった。だから…………だから!
 歯を食いしばると同時に、背後の声が囁いた。
「友達だったの?」
「……ええ……!」
「じゃあさ」
 少しだけ、その声が弾んだように聞こえた。
「ボクとも、友達になってくれる?」
 その声に振り向き、リサは幼い少女の姿を目にした。潤んだ視界の中で、「彼女」の面影を…………そこにみる。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 最後までご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 夏見未来との物語は、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。