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<東京怪談・PCゲームノベル>


 REEN -The details-

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 路地裏、野良犬、天に三日月。
 ザァザァと、馬鹿みたいに降りしきる雨の中、前髪を伝う雫を、見つめていた。
 指、腕、胸、首、頬。その感覚は、消えない。どれほど長く、雨に打たれようとも。
 七月七日、午前二時。
 その日、私は、生まれてはじめて、人を殺めた。

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「アリスちゃん。これは、どこに運べばいい?」
「それは …… 向こうの棚にお願いできるかしら」
「は〜い」

 その子は、私を慕ってくれた。
 いつからか、一緒にいるのがあたりまえの関係になっていた。
 それを嫌だと思ったことはない。彼女を疎ましいと思ったことなんて、一度もない。
 むしろ、嬉しかった。どこに行くにしても、何をするにしても、ついてくる。そんな彼女を可愛いと思った。
 犬みたいな子だったの。私が名前を呼べば、尻尾をふって駆け寄ってくるような、そんな子だったの。
 彼女の一日は、私に始まり私に終わる。私の一日も、彼女に始まり彼女に終わる。
 幸せだった。でもね、苛立ちもあったのよ。

「あ、もうこんな時間だったんだ」
「そうね。遅くまでごめんなさいね」
「ううん! 平気っ! …… あの、アリスちゃん」
「なぁに?」
「今日も、お泊りしていって …… いいかな? ダメかな?」

 お泊り。そうね。数えて、五日。私達は、同じベッドで眠ってきた。
 そろそろ、おうちに帰ったほうがいいんじゃないかしらって、普通なら、言うわ。
 でも、私は知ってるから。貴女が、おうちに帰りたがらない理由。
 誰もいないのよね。父上も母上も。だから、貴女は帰りたがらないの。ひとりぼっちが嫌だから。
 わかってる。ぜぇんぶ、わかってるわ。でも、ねぇ、それなら、もっと、いい方法があるのよ?
 寂しくならない、とっておきの方法。私たちが、ずっと一緒にいられる、とっておきの方法。
 教えてあげる。だって、もう、我慢できないの。
 一緒に眠るだけだなんて、それじゃあ、もう、満足できないのよ。
 募る想いと欲望。切れないように抑えていた糸が、プツンと音を立てて切れる。
 ゾクゾクしたわ。だって、解放された、その快感ときたら、もう、たまらないんだもの …… 。

「アリスちゃん …… ?」
「黙って」
「な、なに、するの?」

 黙れ、って言ったのよ。聞こえなかった?
 貴女はただ、私のいうことを聞いて、私の目を見つめていればいいの。
 いつも、そうしてるじゃない。いつもできていることなんだから、できないなんて言わせないわ。

「! な、なに …… 」

 音もなく、石に変わる貴女の両手、貴女の両足。ほら、今日も、綺麗ね。
 私、あなたの身体の、この緩やかな曲線が大好きなの。いつも、うっとりしてるのよ。
 ツツツ、と。石に変えた足を指でなぞれば、貴女はビクリと身体を揺らす。
 くすぐったいの? 気持ちいいの? ちゃんと言ってくれなきゃ、わからないわ。
 …… なんて、嘘よ。わかってる。貴女の顔を見れば、わかるわ。貴女が今、どんなことを考えているか。
 ふふ。意外と、欲張りなのね? なぁんて、私も人のこと言えないけれど。
 じゃあ、貴女の望むとおり、もっと気持ちよくしてあげる。

 グシャッ ――
「いっ …… ! …… っ …… えっ …… ?」

 なぁに? どうして、そんな顔するの?
 気持ちいいでしょ? もっと、いい顔してよ。もっと、いい声、聞かせてちょうだいな。
 どんな顔すればいいのかわからないのかしら? そんなに気持ちいいのかしら?
 そこまで喜んでもらえると、そこまで感じてもらえると、私も嬉しいわ。
 じゃあ、次は足ね。両足。いくわよ。3、2、1 …… ほぅら。

 グシャッ ――
「い、やぁっ …… 」

 うふふ。どう? 気持ちいいでしょ?
 両手も両足も、砕いてあげたの。もう、立ち上がれないね? もう、何も掴めないね?

「も、もう、や、やめて。アリスちゃ …… 」

 どうして? どうしてそんなこと言うの? どうして目を泳がせるの?
 痛みがないから? 両手・両足を砕かれたのに、ちっとも痛みがないから不思議なの?
 私、言ったじゃない。もっと、気持ちよくしてあげるって。貴女に痛いおもいをさせるなんて、絶対に嫌よ。
 だから、こうして、石にしてから砕いてあげてるの。ねぇ、そんな顔しないで。笑ってちょうだい。いつもみたいに。
 残っているのは、身体と顔。四肢を失い、地でもがく。あぁ …… そんな貴女の姿も愛しい。どうしてそんなに可愛いの。
 どうしようかしら。うぅん …… そうね、やっぱり、身体から食べちゃおうかな。
 私、好きなものは、一番最後に食べるタイプだから。って、言わなくっても、知ってるわよね。うふふ。
 それじゃあ、次は身体。少しだけ大きなその胸も、つくりもののように美しいその腰のくびれも、いただくわ。

 グシャッ ――
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 うるさいわよ? どうして、そんなに大きな声を出すの。
 みっともないから、およしなさいな。せっかくの可愛い顔が、台無しよ?
 ねぇ、ほら、見て。もう、残っているのは、顔だけ。手も、足も、胸も、ぜんぶ、私のものになった。
 そんな顔しないで。ほら、撫でてあげる。貴女、いつも、せがむじゃない。頭を撫でてって、せがむじゃない。
 可愛い人。愛しい人。白く滑らかな肌も、長い睫毛も、ぷるぷるの唇も …… ぜんぶ、すき。
 ひとつになるのよ。粉々に砕け散って、貴女は私の一部になるの。
 だいすきよ。何度も、何度でも、言ってあげる。だいすきよ。

「や、やめて! やめて、アリスちゃ ―― 」
 グシャッ ――


 *

 そこで、ふとアリスは目を覚ました。
 いつのまにか、眠ってしまっていたようだ。
 窓を開けっぱなしにしていたもんだから、部屋はすっかり冷え切っている。
 氷のように冷たい手。まだ動くだろうか、なんておかしなことを考えながら、アリスは指先を動かす。
 いつものことだ。月の綺麗な夜は、決まって過去を思い出す。自分の意思とは裏腹に。
 七月七日、午前二時。
 誰もいない、美術館の倉庫で、初めての人殺め。
 アリスは、あの夜、粉々に砕け散った親友の破片を、ひとつ残らず飲み込んだ。
 ひとつになれた、その快感と満足感から、アリスは思わず、美術館を飛び出して外に出る。
 じっとしていられなかっただけ。湧き立つ恍惚感に、我を忘れただけ。
 雨が降っていることに気付いたのは、走り疲れて、笑い疲れて、路地裏で座り込んだ瞬間だった。
 今も、はっきりと覚えている。見上げた空、ひしめく建物の隙間に見えた、綺麗な三日月。
 今夜の月は、あの日の三日月に、とてもよく似ている。

 しばらく指先を見つめた後、アリスはガタンと席を立ち、上着を羽織った。
 頭がおかしくなりそう。意味もなく、大声で叫び散らしてしまいそう。
 だから、部屋を出る。ここにいたくないから。
 逃げるように、アリスは自室を出て、静まり返る廊下を駆けた。
 こんな時間だけど。仕事は、あるだろうか。なんでもいい。どんな仕事でもいい。
 今なら、どんな仕事でも喜んで引き受ける。だって、じっとしていられない。耐えられない。
 一人、ぶつぶつと呟きながら、アリスは向かった。リーダーの部屋へ。逃避という名の仕事を求めて。

 仕方なかったの。これは、言い訳なんかじゃない。
 ただ、純粋に、欲しかった。愛しい貴女。その全てが欲しかった。
 嫌だったの。貴女が笑うとか、喋るとか、そういうのが嫌で仕方なかったの。
 だって、私以外の人にも見えるでしょう? 私以外の人にも聞こえてしまうでしょう?
 私だけでいいじゃない。貴女の笑顔も声も、ひとりじめさせてよ。私に、ひとりじめさせて。
 そう、強く思ったの。貴女の全てが欲しかった。貴女の全てを、愛してた。
 私は、貴女を奪ったの。貴女の時間を、命を奪うことで、貴女をようやく手に入れた。
 今も、貴女は私の中に。ずっとずっと、一緒だからね。逃がさないからね。
 ごめんね、なんて。絶対に言わない。
 愛してるわ、エミリー。
 永遠に。

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 The cast of this story
 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。