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『対決!! 戦艦中ノ島」
大阪中ノ島。
無数の橋で繋げられた細長いその中州の中には、様々なビルが立ち並び、多くの人が訪れる。
――だが、誰が知ろう。
その中央に位置する府立図書館の地下において、禍々しき悪霊達による恐るべき陰謀が繰り広げられているという事を。
忘れ去られた書架の亡骸に囲まれて、老若男女――様々な姿をした悪霊達が言葉を交し合う。
『情報とエネルギーとは同一のものだ』
『その心は何ぞ?』
『何故なら如何なる情報を読み書きするのも、「労力」が必要であるからな』
『そうか、ならばこの大量の書架は労力の賜物であるな』
『なるほど面白い』
ヒヒヒヒ‥‥と、老爺の姿をした悪霊が甲高く笑う。
『そこでな‥‥ここに記録されたる莫大な情報の蓄積、「燃料」に出来ぬものか?』
『何?』
『出来るのか?』
『答えは是じゃ、人の想像力は不可能を可能にすると言うでな』
『――ホホ、ならば一つやってみようではないか』
悪霊達の狂笑と共に、ボロボロだった書架達に青白い鬼火が燃える。
同時に中ノ島全体が慟哭するように震え始めた。
――しかし、不幸にもその異変を察知出来た人間は、一人もいなかったのである。
東京晴海にあるブティックレストラン「かもめ水産」。
三島・玲奈の母が経営するこの店も、行楽シーズンを迎えメニューの刷新に大忙しだ。
だが、貴重な労働力であるはずの春休み中の玲奈はその場所にはおらず‥‥、
「んー、美味し!! 流石は名職人の新作ね!!」
一人、新作スイーツの試食を名目に、大阪のとある川べりにあるオープンカフェにて舌鼓を打っていた。
――ズズズズズ‥‥
その時、重々しい轟音と共に、川の水面に小波が起こる。
それはあれよあれよと言う間に大きくなっていき、とうとう玲奈がいるカフェにも振動が伝わり始めた。
「え? 何コレ地震!?」
戸惑うように辺りを見回す玲奈だったが、その時バッグに入れた携帯電話が鳴り響いた。
――この着信音は‥‥IO2からの緊急指令!!
『――俺だ!! 玲奈、今何処にいる!?」
スピーカーから聞こえて来たのは、珍しく動揺している鬼鮫の声だった。
『緊急事態だ!! 大阪の中ノ島が――』
「‥‥皆まで言わなくても分かるわ、鬼鮫」
目の前に広がる光景に少しの間呆然とし、そして一瞬にして戦士の顔となった玲奈が、鋭い瞳で見つめる物‥‥それは――。
『成功じゃ』
『はは、これは良い』
高まるエネルギーに、悪霊達が快哉を叫ぶ。
そんな中一人の悪霊が書物を高々と差し出した。
『面白い書物を見つけたぞ』
『ほう、見せてみろ』
『‥‥中ノ島はその形から古より船に擬えられるとある』
『ヒヒヒヒ!! 面白い!! 一つ大暴れするか!!』
その「情報」を元に、何も知らない無数の人々の命を食らいながら、中ノ島に地割れが走り橋が崩落する。
――まるでくびきから放たれる野獣の様に。
地面から砲塔が生え、ミサイルが街路樹の如く聳える。
そう‥‥その姿はまるで――、
「――戦艦‥‥!!」
『そうだ。コードネームは「戦艦中ノ島」。
俺達に下された指令は唯一つ‥‥戦艦中ノ島ヲ撃墜セヨ、だ』
「‥‥了解。避難勧告とかは発令されてるのよね?」
『ああ、大阪全土に震災警報が発令された。住民の避難も急ピッチで進行中だ」
最早国家規模の偽装工作である。
逆に言えば、そんな事を行わなければならない程、この事態は深刻だと言う事だ。
「それなら‥‥人目を憚る必要はもう無いわね――来なさい」
意を決したように呟く玲奈。
呼び掛けに応じ、宇宙空間から一つの飛行物体が大阪湾に舞い降りる。
その名は玲奈号――玲奈が自らの細胞から培養した、彼女の分身とも言える最強の宇宙船である。
今ここに、破格の巨大戦艦キメラとIO2との長い戦いが幕を開けた。
「目標、戦艦中ノ島!! てぇ――――っ!!」
湾外へと抜けようとする戦艦中ノ島に対して、召集されたIO2の戦艦や飛空艇、戦闘機から放たれたミサイルが次々と突き刺さる。
通常の兵器ならば、跡形も無く吹き飛ぶほどの数のミサイルと弾丸――だが、爆炎が晴れた後には、先ほどと変わらずに突き進む威容があった。
「くっ!! 化け物め!!」
戦艦の艦長が思わず悪態を吐き、更なる攻撃を仕掛けようと試みる。
『全く無粋な奴腹じゃのう』
『――消え失せて貰おうか!!』
だが、その前に戦艦中ノ島から返礼とばかりに、先ほどIO2から放たれたものに倍する程の数のミサイルと砲弾が放たれた。
屈強を誇るIO2の兵器群が、兵士が、まるで蝿のように叩き落されていく。
『ヒヒヒヒヒッ!! 我等の邪魔をするからじゃ!!』
その光景を見た悪霊達は、歓喜の笑みを浮かべた。
そして戦艦中ノ島はその勢いのまま、市街地に砲弾をばら撒きつつ、立ち塞がる物を全て打ち砕きながら進んでいく。
「――ミサイルの類、誘導兵器は想定済みってわけね」
飛来するミサイルを烈光の天狼のバリアで防ぎながら、玲奈は冷静に作戦を組み立てていく。
『どうするつもりだ? このままではジリ貧だぞ?』
避難する人々がいる方角に向かうミサイルや弾丸を、時に刀で切り裂き、時に弾き飛ばしながら鬼鮫が問いかけてくる。
――相変わらず馬鹿げた剣術の腕前だ。
「――なら、奇策で対応よ!! 鬼鮫、生き残った部隊にもう一度一斉射撃を申請して!!」
思考に没頭していた玲奈が目を見開いて指示を飛ばす。
『また全て打ち落とされるか防がれるぞ?』
「それでも撃って!! 私を‥‥信じて!!」
『分かった――頼むぞ、戦略創造軍情報将校殿?』
「誰に向かって言ってるの?」
皮肉気に、しかし誇りを込めて微笑んでから通信を切る玲奈。
彼女の指示は、すぐさま鬼鮫の手によってIO2全軍に通達され、再び無数のミサイル群が戦艦中ノ島を襲う。
『無駄じゃと言っておろう!!』
それらを全て打ち落としていく戦艦中ノ島。
勝ち誇ったように笑う悪霊達――が、その表情が一瞬にして凍りつく。
ミサイルが起こした白煙のその先には、対艦砲を装備した装甲車が鎮座していた。
――それは、玲奈号の超生産能力によって生み出された、必殺の兵器だ。
「ありがとうねお馬鹿な悪霊さん‥‥本命はこっちよ」
『こ‥‥この小娘があああああああああっ!!』
戦艦中ノ島の全砲塔が装甲車と玲奈へと向けられる。
だが‥‥遅い!!
玲奈のありったけの霊力が込められた弾幕が、戦艦中ノ島へと殺到した。
分厚い装甲が、まるで紙のように穿たれ、引き千切られていく。
『ぬ‥‥おおおお‥‥オ、ノレ‥‥!!』
霊力を込めた必殺の弾丸を無数に受けても、悪霊達は完全には滅びず、ボロボロの戦艦中ノ島を尚も前進させようと試みる。
「あなた達はやり過ぎたのよ‥‥さっさと成仏しなさい!!」
だがその必死の抵抗も、再び放たれた玲奈の弾丸によって打ち砕かれる。
『ヒ‥‥ギャアアアアアアアアッ!!!!』
その一撃によって、悪霊達は完全に消滅したのだった。
――大阪と、そこに住む人々に甚大な被害を与えた戦艦中ノ島は、出現から五時間余りの激戦の末、湾内の底へと沈んでいった。
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