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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - あなたの秘密を知っています -

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 自宅に届いた一通の封筒。
 差出人の名前はなく、中には黒いカードが一枚だけ。
 カードには、白いインクで、こう書かれていた。

 あなたの秘密を知っています ――

 不気味で意味深な一文。
 けれど、ただの悪戯だろうと受け流すには、あまりにも重く、的を射た一文だった。
 一体誰が、何のためにこんなことをしているのだろう。差し出し人の目的は何だ?
 そんなことを考えながら、カードを手にソファへ腰を下ろした矢先のこと。
 携帯電話が鳴り響く。ディスプレイに表示されている名前は、海斗。
 こんなに朝早く、どうしたんだろう。 …… あぁ、仕事かな?

 ピッ ――

「はい、もしもし」
『あっ、起きてたか』
「はい。どうかしましたか?」
『お前、今すぐこっちに来い』
「時狭間、ですか? 何かあったんですか?」
『いーから、とにかく急いで来い。そこにいちゃ、やべぇ』
「えっと、やばいっていうのは …… え、あの、海斗? もしもし?」

 切れてしまった。
 何だって言うのか。随分と慌てていたみたいだけど …… 。
 まさか、朝っぱらから悪戯電話? いやでも、悪戯にしては、演技が巧妙すぎる。
 そこにいると、ヤバイ。だから、今すぐこっちに来いって、海斗は言っていたけれど。
 ヤバイって …… 何が? まぁ、来いって言うなら行くけど。よくわかんないなぁ。
 とりあえず、起きたばかりで寝癖とか酷いし、準備しなきゃ …… ――

 カタン ――

「 ――!! 」

 軽くシャワーでも浴びようかと移動し始めたときのことだった。
 背後から物音がした。後ろにあるものといえば、窓くらいだ。
 物音だけじゃない。人の気配も …… 確かに感じる。
 あぁ、そうか。なるほどね。ヤバイって、こういうことだったのか。
 …… つまり、今、後ろにいる人物が、このカードの差出人ってこと、だよね?
 にしても、窓から侵入してくるなんて、随分とまぁ、大胆なことをするもんだなぁ。
 切迫してるとか、そんな感じ? まぁ、目的が早々に明らかになるのは有難いけど。
 っていうか、海斗 …… ヤバイって連絡よこすにしても、遅すぎじゃない?
 多分、すぐに家を出ていても間に合わなかったでしょ、これ。

 なんてことを考えつつ、振り返る。
 差出人とご対面。秘密を知っていると豪語する、その人物の正体は ――

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 「 …… もう来ているではありませんか」

 ケータイをパチンと閉じ、連絡が遅いことに苦笑を浮かべる慧魅璃。
 まぁ、良いのだけれど。それにしても窓から入ってくるだなんて、随分と非常識な人だ。
 マイフレンズも、出かけた際は、みんな窓から入ってきますが、彼らは事前にそういう許可を得てますからね。
 なんてことを考えながら、テーブルの上に置いていたカードとケータイを持ちかえて、慧魅璃は尋ねた。
 あなたは、誰ですか? このカードの意味は? あなたの目的は? その三点に要点を置いて。
 だが、答える気がないのか、窓から入ってきた謎の男は、どかっとソファに腰を下ろして、その座り心地に対する感想をもらす。

「うわ、なにこれ。すっげぇ、ふわっふわじゃん」

 どうもありがとう。そのソファは、えみりさんも気にいっているのです。
 とあるアンティークショップで購入したものなんですけどね。デザインも素敵でしょう?
 お店の店主さんは、災いを呼ぶ可能性が高いから、購入は勧められないとか言ってましたが、
 だったら、そんなもの置いておかなければ良いと、えみりさんは言い返したのです。
 多分ですけど、店主さんは、このソファが人の物になるのが嫌だったのではないかと、えみりさんはそう考えています。
 何ていうんですか、こう、それまでずっと傍にあったものだから愛着が湧いて、人に売るのが惜しくなってしまうような、そういう感覚。
 って、いいんですよ。そんなことは。今は、そんなことどうでもいいんです。質問に答えて下さい。無視しないで下さい。
 慧魅璃は、そう文句を言いながら、男に詰め寄った。
 そこで、ふと気付く。いや、ちょっと気付くのが遅すぎだったかもしれないけれど。
 男の身体から、ふわりと、懐かしい香りが漂っているのだ。この独特の香りは、時狭間の香り。
 更に、男の風貌が、海斗によく似ている。どことなく、ちょっと雰囲気が違う部分はあるが、似ていることに変わりはない。
 慧魅璃は、先述した質問の返答を得る前に、また別の質問をしてしまった。

「えと …… 海斗、じゃないですよね?」
「あっはは。違うよ。っつか、あんな奴と一緒にされちゃ困る」

 いや、そんなこと言いましても。現に、とてもよく似ているじゃありませんか。
 というか、この質問にはすぐに答えるんですね。今のはまさに、即答のそれでしたよ。
 慧魅璃は苦笑しながら、再び尋ねた。先ほどはスルーされて返答を得られなかった三つの質問を再び口にした。
 すると男は、がしがしと頭を掻いて、テーブルの上に置かれていた飲みかけのペットボトルをおもむろに手に取り、
 それを勝手にゴクゴク飲みながら、首を傾げて返答を待つ慧魅璃を、じっと見つめた。
 そして、ぷはっと息を吐き、また意味深なことを言う。

「ほんと、変わってねぇな。慧魅璃」
「え?」

 どうして、えみりさんの名前を知っているのですか。
 えみりさん、あなたにお名前を教えましたっけ。いいえ、教えてませんよ。教えてませんよね?
 初対面の男に、ずばっと名前を言い当てられたことに驚き、更に首を傾げる慧魅璃。
 存分に驚かせたことに満足したのか、そこでようやく、男が語り始める。
 ここに来た目的、カードの意味、そして自分の正体について。

「俺の名前は、カージュ」
「かーじゅさん、ですか。可愛い名前ですね」
「そか? まぁ、何つーか、名前以外は、まだ明かせない」
「どうしてですか?」
「その質問もアウト。答えられない」
「 …… 秘密主義なのですね。わかりました」
「で、俺がここに来た理由は、お前、慧魅璃に会うため。カードは、そのきっかけみたいなもんだ」
「そうなんですか。でも、えみりさんは、あなたのことを知りませんよ?」
「あぁ、そーだな。 …… だから」

 言いながら、立ち上がったカージュ。
 カージュは、そのままゆっくり歩き、慧魅璃のすぐ傍へ移動すると、
 慧魅璃の頬にそっと触れ、何とも言えぬ寂しそうな、切ないような、そんな表情を浮かべて呟いた。

「だからこそ、会いに来た」

 意味深な台詞。意味深な表情。
 カージュが放つそれらに、慧魅璃はキョトンと目を丸くした。
 直接、そういう想いを伝えたわけではないにしろ、慧魅璃に対して "愛情" を表現したのは確かだ。
 現に、カージュは、慧魅璃の頬に触れたまま、じっと見つめている。慧魅璃にその意思はないが、
 目を丸くしていることで、自然と二人は、見つめ合う姿勢になってしまっている。
 どこの馬の骨ともわからぬ男が、慧魅璃に触れた。そして、愛を囁いた。※少し語弊があるが
 となれば、彼らが黙っちゃいない。

「オイオイオイオイ! テメェ、ナニやってんだ、コラァ」
「子汚い手でお嬢に触るんじゃネェよ! このクズがっ」

 慧魅璃が着けている腕輪から、続々と出現しては文句を言う悪魔たち。
 しばらく様子を見ていたらしいが、カージュが慧魅璃に触れたことで我慢の限界が訪れたようだ。
 マイ・フレンド。大切なお友達。慧魅璃にとって、腕輪の中の悪魔たちは、かけがえのない存在である。
 こうして、許可もなくポンポンと出てこられるのはちょっと考えものだけれど、それも、想われている証のひとつ。
 悪魔たちの出現により、ハッと我に返った慧魅璃は、ギャーギャー文句を言う悪魔たちを優しく宥めた。
 大丈夫ですよ。なんにもされてませんよ。ちょっとだけ、頬に手が触れただけのことですよ。
 意味深なことをいうものだから驚いてしまいましたが、えみりさんは、至って普通です。
 この人、カージュさんに対して何か特別な感情を抱くことはありません。
 だって、不可解ですから。結局は、不審者ですもの。この人。
 クスクス笑いながら、怒れる悪魔たちを宥める慧魅璃。
 悪魔たちは、いまだにブーたれてはいるものの、慧魅璃の言葉に、ひとまずの落ち着きを見せた。
 まるで、子供をあやす母親のような慧魅璃の姿。カージュは、口元に淡い笑みを浮かべて、ぽつりと呟く。

「そいつらも、相変わらずだな」
「えっ。マイフレンズのこともご存じなのですか」
「あぁ、よく知ってるよ。 …… アメリア・フラットリーの意思、だろ?」
「 …… お婆ちゃんのことも知っているのですか。あなた、本当に何者です?」

 アメリア・フラットリー。
 慧魅璃の祖母にあたる女性。
 慧魅璃が着けている腕輪の、元々の持ち主。
 まったく歳老う気配のなかったその女性は、かつて、悪魔嬢と呼ばれていた。
 老いることのないその異常な様を、慧魅璃の両親はひどく嫌煙し、不気味がっていたのだが、
 慧魅璃は、まったく疑問を抱かなかった。むしろ逆に、祖母を慕い、いつも祖母の傍にいた。
 両親に咎められようとも、まったく気にとめず、慧魅璃は、毎日、祖母の屋敷に足を運んだ。
 楽しかったのだ。祖母が話してくれる、悪魔の話や、魔界の話。慧魅璃は、それらに目を輝かせた。
 なぜならば、慧魅璃にも見えていたから。
 祖母の傍にいる悪魔、祖母の身の回りの世話をする、そんな悪魔を、慧魅璃はその目で確認していたから。
 悪魔が見えることは、祖母にしか話さなかった。両親には内緒にしていた。幼いながら、慧魅璃は空気を呼んだのだ。
 言うべきではない。今はまだ、とかそういうことじゃなく、ずっと、絶対に言ってはならないことだと、そう思ったのだ。
 慧魅璃が、祖母から腕輪をもらったのは、祖母がこの世を去る、その三分前の出来事だった。
 慧魅璃のほかに、最期を看取る人は誰もいない。ただし、それはあくまでも "人間" の話。
 いつも祖母の傍にいた悪魔たちは、その全員がその場に居合わせた。
 祖母は言った。
 この子をよろしく頼むと。
 そう告げながら、祖母は、慧魅璃の腕に腕輪をはめた。
 その瞬間、継承が正式に成立する。先代から、次の悪魔嬢へと受け継がれる意思。
 その場に居合わせ、継承成立の瞬間をその目で確かめた悪魔たちは、素直に自分らの運命を受け入れた。
 次なる主。いついかなるときも、我々が命を賭して守っていかねばならぬ、我々の道しるべとなるお方。
 腕輪の譲渡と、継承の成立から、悪魔たちは、慧魅璃を主と定め、彼女に尽くす意思を固めた。
 これが真実。慧魅璃が、悪魔嬢と呼ばれている所以。だが、当の本人、慧魅璃は、この事実を知らない。
 祖母の死に、狂ったように泣き散らした記憶は今もある。だが、腕輪の譲渡が持ち合わせる意味までは把握していなかった。
 慧魅璃は今も、この事実を知らない。だからこそ、彼女は、悪魔たちをフレンド、お友達と呼んでいる。
 悪魔たちにとっては、慧魅璃は大切な主であり、愛すべき、愛されるべき存在であるが、
 事実を知らない慧魅璃は、自身が執拗なまでに愛されている現状の理由を、いまだに理解できずにいる。

 どうして。
 慧魅璃すら知らないその事実を、カージュが知り得ているのか。
 慧魅璃に送った黒いカード、そこに記された "秘密" について淡々と語ったカージュに、
 誰よりも驚いたのは、悪魔たちだった。事実を知らない慧魅璃は、聞かされたところでキョトンとするばかり。
 継承は、誰にも知られない。知られぬよう、ひっそりと行う決まりがある。
 悪魔たちと慧魅璃のほかに、知り得ている人物なんていない。いるはずがない。いてはならないのだ。
 これにより、悪魔たちは、揃って、カージュを危険人物だと認識する。今すぐに、ここで殺っておかねばならない存在だと。
 だが、慧魅璃がそれを止めた。待って、みんな、落ち着いて、と。
 事実を知らないがゆえ、慧魅璃は、話についていくことができずに戸惑っているのだ。
 どうやって説明すればわかってもらえるだろうかと考え、試行錯誤しながら慧魅璃に説明する悪魔たち。
 そんな遣り取りが繰り広げられる最中。クスクス笑いながら、窓を開け放ったカージュ。
 待て、逃げる気か、逃がしてなるものか、などと、悪魔たちは叫び散らしたが、
 カージュは気にも留めず、ふわりと、窓から飛び降りた。
 こっちにその気はない。今日はただ、慧魅璃の顔を見に来ただけだから、と言い残して。

「じゃ、またな。慧魅璃」

 カージュが窓から飛び降りてすぐ、慧魅璃は、すぐさま窓に駆け寄った。
 ここは三階。こんなところから飛び降りては、ただでは済まない。そう思ったから。
 だが、慧魅璃が窓から下を覗いたとき既に、カージュは忽然と姿を消していた。
 そういえば、カージュは、どうやって、ここまで来たのだろうか。今更ながら、慧魅璃はそんな疑問を抱いた。
 あの人はいったい、何者なんだろう。どうして、自分の名前を知っていたのだろう。自分のことを知っているのだろう。
 どこかで会ったことがあるのだろうか。思い返してみるけれど、まったく心当たりがない。
 でも、何だか不思議な気持ち。寂しいような、嬉しいような、切ないような、申し訳ないような、そんな気持ち。
 どうしちゃったんでしょうか。こんな気持ち、初めてです。えみりさん、おかしくなってしまったのでしょうかね …… ?
 窓の下、どこかへ消えたカージュを想いながらそんなことを考える慧魅璃。
 悪魔たちは、いまだにギャーギャーと文句を言っている。

 RRRRR ――

 着信が入ったのは、その最中。
 ハッと我に返り、慧魅璃は、慌ててテーブルの上に置いていたケータイを手に取った。

 ピッ ――
「はい。もしもし」
『慧魅璃! お前、何やってんだよっ! ソッコーで来いっつっただろーが!』
「えぇと …… どうやら、もう、その必要はないみたいです」
『んあっ? …… げっ。もしかして、もう来た?』
「はい。海斗によく似た人が、ひとり」
『っだ〜〜〜〜〜〜〜!!』

 大袈裟なまでに悔しがっている海斗。
 海斗は、連絡が遅かった自分に非があることを認め、ごめんなと謝った。
 何かされたか、何もされてないか、無事か、海斗は、まくしたてるように慧魅璃の安否を気遣う。
 特に何かをされたわけでもないこと、ちょっと頬に触れられたこと、興味深いお話を聞かせてもらったこと、
 慧魅璃は、自身が無事であることと、カージュが来訪し、この部屋で行ったことを海斗に虚偽なく伝えた。
 すると海斗は、ホッと安堵の溜息を落とし、数秒間沈黙して気持ちを落ち着かせた後、
 事情を説明するから、時狭間に来てくれないかと慧魅璃に頼んだ。
 遅い時間だから、変な奴に気をつけて来るんだぞ、とも付け加えて。
 どういうことなのか、尋ねる目的で、時狭間へ赴こうと思っていた慧魅璃は、すんなりとその要求に応じる。

 賑やかな悪魔たちは、とりあえず腕輪の中へ。
 遅い時間だから、騒がしくするとご近所さんに迷惑をかけてしまうから。
 納得いかない様子でわめき散らす悪魔たちを、半ば強引に腕輪の中へと戻し、慧魅璃は、フゥと息を吐き落とした。
 シンと静まり返る部屋。いつもの夜。いつもの、静かな夜。
 あの人は、カージュは、いったい、何者なのだろう。どこまで、知っているのだろう。
 カージュは、またな、と言った。つまり、また会いにくるということ。多分、今度は違う目的で。
 慧魅璃は、おもむろに、再び窓の外を覗きこんだ。もう、いないってことはわかっているのに。
 今度は、いつ会えるのかな。今度は、いつ会いにきてくれるのかな。明日? 明後日? もっと先?
 窓の外を見下ろしながら、慧魅璃は、そんなことを考える。慧魅璃は、本人は気付いていないけれど、
 その姿は、さながら、恋人に逢いたいと願う、
 恋する乙女のようだった。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。