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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - クロノ・ハッカー -

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 いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
 何これ、どうなってんの? どういうこと?
「カージュは北、リオネは南。チェルシーは俺と待機」
「りょーかいっ」
「了解です」
「焦っちゃだめよ、カージュ」
「わかってるって」
 何、それ。要するに挟みうちですか。
 まぁね、狭い路地っていう地の利を活かすには的確だと思うけど。
 って、そんなこと言ってる場合じゃないって。どうすりゃいいの、これ。
「 …… むぅ」
 間もなくして、見動きがとれない状況へと追いやられてしまった。
 前から一人、後ろから一人。完全に挟まれた。上 …… も駄目だ。既に、他の二人が張っている。
 買い物を終えて帰る途中、その最中の出来事。近道しようと入り込んだ路地裏で大ピンチ。
 本当に、突如って表現がぴったりな感じで、いきなり、男女四人に追いかけられた。
 そりゃあ、逃げるでしょう。この状況で逃げないとか、無理でしょう。
 でも結局 …… このとおり、追いつめられてしまったわけで。
(う〜ん …… )

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「フレディの所へ行くのにどうしてこうも邪魔が入るのでしょう」
 ぺたりと、額に手をあてて溜息混じりに言う慧魅璃。
 フレディとは、海斗たちのこと。時狭間で暮らしている仲間達のことを示す。
 今日は、マスターが夕飯をご馳走してくれるそうで。ワクワクしながら向かっていたというのに。
 何だか、時狭間に出入りするようになってから、こういう感じで邪魔が入ることが多くなった気がする。
 どこかへ行こうとすると、決まって邪魔が入ってくるというか。気のせいだろうか?
 そんなことを考えながら、指先で "8" の文字を空中に描く慧魅璃。
 すると、描いたその部分が具現化し、8の文字が蝶の形に変化。
 伝達用の蝶、アルビシエル。
 遅くなってしまうとみんなが心配するだろうから、先に連絡だけでも入れておく。
 ごめんね、ちょっと遅れます。そういうメッセージを載せた蝶を、海斗たちのところへ飛ばす。
 何か不慮の事象に遭遇した際は、まず、何においても連絡を心がける。それが、慧魅璃のモットーだ。
 亡くなってしまった祖母が、口を酸っぱくして教えてくれた、大切な教訓。慧魅璃は今も、その教えを守っている。
「よぅ、慧魅璃。一昨日ぶり」
 蝶を飛ばし終えてすぐ、男が、馴れ馴れしく声をかけてきた。
 うん、確かに。一昨日ぶり。声をかけてきたのは、カージュだ。
 すぐに気付いたけどね。あ、一昨日、部屋に不法侵入してきたあの人だ、って。
 慧魅璃は、そんなことを考えながら、ふぅと小さな溜息を吐き落とした。何だか複雑な気持ち。
 確かに、一昨日は、また会いたいなと、心のどこかでそう思っていた。今度は、いつ会えるのかなぁって。
 でも、実際にこうして会うと、どうしてそんなこと考えてしまったんだろうって思う。嬉しくないわけじゃないんだけど。
 複雑なの。会いに来るなら、一人で来てほしかった。こんなにたくさん、大勢で来てほしくなかったんだよ。
 カージュだけ。会いたいと思っていたのは、カージュだけなんだから。
( …… えみりさんは、頭がどうかしています)
 何でそんなことを考えているのか、恋する乙女じゃあるまいし。
 慧魅璃は、確かに自分の心に今現在ある感情に、戸惑いを覚えていた。
 でも、そんな甘酸っぱい想いなんて、今すぐに捨て去るべき。だって、向こうは戦る気だから。
 後ろにカージュ。前には、梨乃にそっくりな女の子。二人とも、不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
 梨乃にそっくりな女の子にいたっては、鞭を持っている。間違いなく、それは武器だ。相手を痛めつける用途の物質。
 慧魅璃の身に迫る危険。それを察知した悪魔が、我先にと腕輪から出現する。またも、慧魅璃の意思を無視して。
「お仕事の途中ではないのですか、ケディ」
 呆れた様子で肩を竦める慧魅璃。今回、腕輪から出現したのは、ケルベロスだ。
 いわずもがな、地獄の番犬として知られる魔界の獣。ケルベロスは、その口に黒く細長い物を咥えていた。
 すぐさまそれを慧魅璃に渡すケルベロス。慧魅璃のために魔界から調達してきた武器だ。
 黒いライフル。慧魅璃は、その武器を "フェー" と呼んでいる。
 持ってきてくれだなんて頼んだ覚えはないけど、この状況でこの武器は非常に有効。ありがたい。
 慧魅璃は、わしゃっとケルベロスの頭を撫でてあげた。ありがとう、と伝えるがごとく。

 鞭は、便利な武器だ。
 使い方ひとつで、遠距離攻撃から捕縛まで可能にする。
 つまり、この状況で優先して倒さねばならないのは、カージュじゃなく、梨乃にそっくりな女の子。
 慧魅璃は、ガシャリとライフルを構え、梨乃にそっくりな女の子が持つ鞭に狙いを定めた。
 ライフルが銃の類の武器であることくらい、どんなおバカさんでもわかる。
 当然、女の子は警戒し、ピタリと動きを止めて身構えた。その瞬間、慧魅璃は躊躇なく引き金を引く。
 フェーの銃口から放たれる弾は、さながら、魂のようで。黒い黒煙を噴きながら、まっすぐ標的へ向かう。
 さほどのスピードはない。女の子は、脅威を抱くことなく、自前の鞭で、その弾を跳ね返そうとした。
 ところが。
「っ …… ! きゃぁっ!」
 鞭の一部に、弾が触れた瞬間、全身の力が抜けてしまった。
 女の子は、成す術なく、その場にべしゃりと座り込んでしまう。
 負傷・殺傷を目的としない慧魅璃の攻撃。フェーによる攻撃は、相手の身体の自由を奪うことに留まる。
 ほんの僅かにでも、弾が触れれば、その時点で接触した部位の自由は奪われ、脱力状態と化してしまうのだ。
 今回にいたっては、女の子が持っていた鞭にその弾が触れたことで、鞭を伝い、女の子の全身に、その効果が及んだというわけだ。
「げ。呪具かよ」
 仲間が身体の自由を奪われたこと、慧魅璃が持つ武器の性能をその目で確認したカージュは、急ブレーキをかけて止まった。
 その台詞、この間も聞いた。と、慧魅璃は思ったが、すぐに人違いだと気付く。いや、思いだしたというべきか。
 呪具がどうこう、それが苦手だとか何とか言ってたのは、カージュじゃなくて海斗だ。
 あまりにもそっくりなもんだから、混乱してしまう。そういう意味でも、やりにくい。
 慧魅璃は、早々にこの場から撤退しようと、ライフルを構え、その銃口をカージュに向けた。
 戦りあう気はない。慧魅璃は、自身が戦闘向きでないことを把握している。いや、能力的には十分戦闘向きなのだが、
 気持ちの問題。慧魅璃は、人を傷つけることを嫌う。相手がどんなに嫌な奴だったとしても。
 まぁ、数え切れぬほどの悪魔を束ねるお姫様がそんなこと言っても説得力に欠けるかもしれないが。
(えみりさん、怖いのは嫌いです)
 心の中で、そうポツリと呟き、慧魅璃はライフルの引き金を引いた。
 だが、発砲してすぐ、放った弾がパァンと弾けて消えてしまう。何かに …… かき消された?
 慧魅璃は、ふと、無意識に上を見た。確証があったわけでもないのに。妨害した張本人を、その感覚ひとつで見定めたのだ。
 上には、藤二と千華にそっくりな男女の姿。その一方、藤二にそっくりな男が、右手を下方に向けている。
 男の掌には、ひゅんひゅんと、悪戯に動き回る蒼い霧のようなものが確認できる。
 そうか。その能力で、弾を掻き消したのか。ただ、黙って見ているだけなら何もせず逃がしてあげた(かもしれない)のに。
 そうやって邪魔をするなら、そっちがその気だというなら、こっちも黙ってはいられない。
 慧魅璃は、ため息混じりにライフルを手放した。
 ガシャリと地面に落ちるライフル。連中は、武器を手放す慧魅璃のその行為を "降参" だと捉えた。
 だが、違う。降参なんてするものか。
「ケディ。申し訳ないのですが、レビィを呼んできてもらえますか」
 傍で唸り、牙を剥いていたケルベロスを宥めるように、ポンと頭に手を乗せて小さな声で指示した慧魅璃。
 ケルベロスは、すぐさま牙を剥くことをやめ、主の指示に従った。
 ほんの数秒間。姿を消したものの、ケルベロスはすぐ戻ってくる。今度は、その口に黒い鎖を咥えて。
「ありがとう、ケディ。感謝します」
 お礼を述べ、慧魅璃は、ケルベロスから黒い鎖を受け取ると、踊るように、その鎖を構えた。
 武器を変えた理由は、あのまま、ライフルを用いたところでどうにもならないと察知したから。
 例え連射したとしても、すべて、上にいる、あの藤二にそっくりな男があっさりと掻き消してしまうだろう。
 有効活用できない武器をいつまでも持つのは、好ましくない。生じた隙に返り討ち、なんてこともありうる。
 だからこそ、臨機応変に。慧魅璃は、今の状況において、もっとも効果的であろう、この黒い鎖を手に取った。
「呪具ばっか。勘弁してほしーぜ。 …… トライ! もうヤッていいだろ!?」
「 …… あぁ。データは十分だ。お前の好きにしろ。俺達は一足先に城へ戻る」
 見上げて大きな声で叫んだカージュ。
 藤二にそっくりな男は、クイと眼鏡を上げて淡々と言い放った。
 ふと見やれば、身動きできなくしておいたはずの、あの、梨乃にそっくりな女の子がいない。
 いつのまにか、眼鏡の男は、梨乃にそっくりな女の子を、自分のすぐ傍に移転させていた。厄介な能力だ。
 虚脱状態にある女の子を抱え、千華にそっくりな女性も携え、逃げるようにその場を去ろうとする眼鏡の男。
 そっちから撤退してくれるというのならば、それはそれで有難い。でも、カージュだけは撤退する素振りを見せず、サッと身構えた。
 数の問題ではない。先にも述べたが、慧魅璃には血みどろの戦闘を繰り広げるなんて、そんな意思がないのだから。
 ならば、するべきことはひとつ。
「ケディ」
 名前を呼びつつ、ケルベロスに目配せを送る慧魅璃。
 すると、その眼差しに応えるかのようにケルベロスが頷き、ダッと駆け出した。
 ケルベロスの爪と牙。その狙いは …… カージュではなく、今まさに逃げようとしている藤二にそっくりな男と、その他二名。
 ケルベロスが、そうして飛びかかる所作に合わせるようにして、慧魅璃は、黒い鎖をシャランと鳴らした。
 無論、飛びかかってくるケルベロスを無視することなんてできない。
 藤二にそっくりな男は、咄嗟に他二名を守るような体勢になり、迎え撃とうと身構えた。
 慧魅璃が、全てに終止符を打ったのは、その瞬間。藤二にそっくりな男が身構えた、そこに生じた一瞬の隙。
 鎖の擦れる音が、シャラン、シャランと、鈴のように鳴り響く。
 慧魅璃がそうして鎖を躍らせれば、鎖は意思を持つ生き物のようにうねる。
 そして、そのまま。黒い鎖は、カージュと、藤二にそっくりな男、その他二名の身体をガシャリと拘束した。
「ぬあっ! や、やべぇ!」
「 …… チッ」
 カージュたちは、すぐさま鎖を引きはがそうともがいたが、引っ張っても叩いても、どうにもならない。
 全身に複雑に絡まった鎖は、そう容易く解けない。慧魅璃は、四人を拘束して、すぐさまポツリと呟いた。
「お帰りください」
 すると、黒い鎖からブワッと煙が噴き出し、そのまま、噴きだした煙は、カージュたちを包みこんでしまう。
 煙の中から、わーわー文句を言うカージュの声が聞こえる。だが、その騒がしさも、数秒後には静寂と化す。
 慧魅璃の武器、そのひとつであるこの黒い鎖、レビィは、あらゆる物質を拘束し、そのままどこかへ転送する性能を持つ。
 元々は、ケルベロスを繋いでいた鎖。ケルベロスの首輪と繋がっていた鎖なのだが、慧魅璃がこれを外した。
 鎖による行動規制は、敵も仲間も見境なく暴れるケルベロスの凶暴性を抑制するため、魔界の王が施した処置。
 その鎖が解かれてしまっては、魔界が血の海と化してしまう。魔界に暮らす悪魔たちは、悪魔ながら怯えた。
 だが、鎖を解かれたケルベロスは、忠犬のごとく、おとなしくしていた。
 いや、実際のところは、おとなしくならざるを得なかったというべきか。
 煩わしい拘束を解いてくれた、恩人。その時から、ケルベロスは慧魅璃に忠誠を誓っている。
「報告に行かねばなりませんね」
 黒い煙が晴れて行く状況の中、慧魅璃は、一人、そう言ってコクリと頷いた。
 煙が全て消えてなくなる頃には、カージュたちは、いずこ。どこか、遠い場所へ飛ばされている。
 どこへ飛ばされたのか。その点については、慧魅璃にもわからない。

 *

 所変わって、時狭間 ――
 時狭間の遥か北、遺跡のようなものが点在している空間に、彼らはいた。
「いったたた …… おもいっきり、腰打ったわ。リオネ、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫 …… です。なんとか」
「だー! トライのせいだかんな! だーから、言ったじゃん! 全員でやったほうがイイって!」
「 …… そうだな。確かに、俺に非がある。認めよう。すまなかった」
 ぐしゃっと、全員がひとまとめになるような形で重なり合っているクロノハッカーたち。
 ギャースカ文句を言うカージュをよそに、藤二にそっくりな男は、手元の書類を見やった。
 先ほどの調査で得た情報。その書類には、慧魅璃が慧魅璃である、その根拠が記されている。
 藤二にそっくりな男は、その確たる証拠を前に、ふっと不敵な笑みを浮かべ、口元に手をあてがって呟くのだった。
「やはり、間違いない。あれは、慧魅璃だ。 …… 俺達が殺めたはずの、慧魅璃だ」
 意味深な台詞を、意味深な表情で呟く。その言葉の真意とは一体?
「っつか、トラーイ! 重いんだけど!」

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
 NPC / リオネ / ??歳 / クロノハッカー
 NPC / トライ / ??歳 / クロノハッカー
 NPC / チェルシー / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。