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<東京怪談ノベル(シングル)>


『暗殺指令(3)』



 自分には敵わない相手だったのだろうか。水嶋・琴美(みずしま・ことみ)は全身が痛みで悲鳴を上げている中、そう思った。
 超常能力者を殺す事を楽しんでいる殺戮者、琴美にとっては敵組織の人物である通称鬼鮫、霧嶋・徳治は琴美に容赦のない攻撃を仕掛けてきた。自分が暗殺の対象にされた事に不機嫌になった様で、憂さ晴らしに琴美をサンドバック代わりに殴る蹴るの暴行を加えていた。
 若い女性である琴美に手加減のない攻撃を仕掛ける等、殺戮者の名に相応しく、すでに立ち上がる力も残っていない琴美への暴力の手を緩めることはなかった。おそらくは、彼女が命を失うまで続ける気であろう。
 しかも、刃物などを使わず始終関節技や蹴り技、締め技などのサブミッションでじわじわと彼女を痛みつける事を楽しんでいる様子は、鬼鮫を暗殺対象になった事を納得させるものであった。
「そんなボロボロになっても、まだ立ち向かってくるのか。その根性は凄いと褒めてやるがな」
 恥をかかせてやると鬼鮫に服の一部を破かれ、琴美は白い素肌をさらけ出してしまっていた。その肌のあちこちに赤黒い痣が浮かび上がっている。関節技を決められ、内出血があちこちで起きているのだ。
 ほどよく肉のついた太もももむき出しになり、胸もさらけ出している為、彼女の防御力も格段に下がってしまった。着物をアレンジした戦闘服であったが、鬼鮫に一部を破かれてしまい、今はただの体を隠す布になってしまった。
「私の役目は、貴方を暗殺する事、それだけよ!」
 それでも残った力を振り絞り、琴美は鬼鮫に立ち向かっていった。もうすでに勝敗は決まっていたようなものであったが、琴美は最後まで諦めたくなかったのである。血の滲む手でクナイを握り締め、地面を蹴り鬼鮫に再度切りかかった。
「頭の悪い女だな。もう勝負はわかってるだろ」
 振りかざした右手は、鬼鮫に掴まれてしまった。細い腕を、鬼鮫はわざと逆の方向に捻じ曲げた。
「あああっ!!」
 右手からクナイを落とし激痛に顔を歪ませた琴美とは対照的に、鬼鮫は余裕の笑みを浮かべていた。
 腕を捻じ曲げられ、右肩に激痛が走った。腕に力が入らなくなり、力なくだらりと腕を垂らすことしか出来なくなった。おそらく、腕を反対方向へと捻られて骨折したに違いない。少しでも腕を動かすと、体の芯まで染み渡るような激痛が走った。
「降参したらどうだ?でないと、もう片方の手も使い物にならなくなるがな」
「降参した所で、貴方が攻撃の手をやめると思えない。だって貴方は殺戮者なのだから。そうでなければ、暗殺の対象になどされるはずがない」
 威嚇するような表情で琴美は鬼鮫を睨み付けた。
「ああ、良くわかったな。訂正するよ、さっきの言葉。お前さんは頭の悪い女ではなく、少しは頭の良い女だ」
 完全に馬鹿にした目つきであった。そんな相手に、まったく歯が立たない自分自身が、何よりも悔しかった。
 全身にダメージを負い、右手は折られてしまった。普通の人なら気絶してしまうほどの痛みに耐えていたが、決して弱音を吐かず、常に気丈な態度を取っていた。そうでなければ、心の隙をつかれて、間違いなく命まで奪われるであろう。
 明らかに琴美が敗北寸前であったが、どうにか逆転出来ないかと、過去の経験を思い出しながら、頭の中では必死で反撃の機会を伺っていた。
 最後まで諦めたくない。その思いだけが琴美を支えているのであった。腕は駄目でも足がまだ残っている。琴美は足技を決めて動きを封じようと、腰を低くして鬼鮫へと突き進んだ。
「だからもう無駄なんだよ。こんなボロボロになったお前じゃ、パワー不足だ」
 もうダメージを与えるどころか、攻撃まで通じなくなってしまったのだ。いくら足がまだ無事だったといっても、蓄積した痛みで琴美の攻撃は威力を無くしていた。
「あ、ぐうっ!」
 今度は足まで捻られた。寸前にうまく体を逆の方向へ捻った為、骨折には至らなかったが、筋を痛め足を動かすことも出来なくなってしまった。地面に力なく腰から落ちてしまった。
「うぅ」
 もはや、うめき声しか上げることが出来なかった。服のところどころが破れ、太ももが艶かしくも痛々しく震えている。
 胸元はすっかりはだけており、その豊かな胸の柔らかな膨らみの奥にある心臓の動きが、息があがったせいで早くなっていた。息が自然に漏れてしまい、はぁはぁと呼吸を繰り返していた。肩で息をしている為、呼吸が乱れている事を鬼鮫気づかれてしまう。
「だいぶ苦しいみたいだな。そんな恥さらしな格好をしてよ。屈辱的だろうなあ。俺はそういう姿見るの、大好きだぜ?人が苦しんでいるところを見るのがな」
「くっ」
 鬼鮫は琴美の乱れた髪の毛をロープの様に引っ張った。そして、拳を固めて琴美の胸を強く握った。
「痛っ!」
「やっぱり女か。大したもんだ。ヘタな男より、よっぽどお前の方が根性あるな」
 そう呟き、鬼鮫は髪の毛を掴んだまま、拳で強く琴美の腹を殴りつけた。激しく腹を殴られ、胃が痙攣して吐き出しそうになる。
 鬼鮫はその手を止めることはせず、最後の一撃にと膝で琴美の腹を蹴りいれた。ついに内臓のどこかで出血をしたのだろうか。腹に激しい痛みを感じ、口から唾液と一緒に血の味を感じた。
「お前も可哀想な娘だよな。こんな仕事についてなきゃ、今頃はどこかの町で、恋人とか友達なんかと、のんびり過ごしているんだろうが。お前、何でこんな仕事してんだ。もっと自分を大事にした方がいいぜ」
 鬼鮫はそう言って、地面に倒れ伏した琴美の頭を足で踏みにじった。
「ま、俺が言えたことじゃなけどな」
 完全に敗北であった。体を動かす事も出来ない。口の中が切れてしまい、言葉を発することも出来なかった。
 顔を足で踏まれて、これ以上の屈辱はない。それでも何とか反撃しなければという思いだけが先行していたが、体は動いてくれず、悔しい思いで一杯になっていた。
「久々にストレス発散させてもらったよ。悔しいだろうなあ。俺を暗殺しようとしたのが、運のつきってやつだ。一人で勝てると思ってたのか?」
 琴美の攻撃は、少なからずいくつかは当たってたはずだが、鬼鮫はまったく傷跡を残していなかった。
 特殊な力で、回復力を高めていることは想像がついたからこそ、尚更どうこの男を仕留めればいいのか、わからなくなっていた。傷ダメージを与えればすぐに回復され、パワーも技術力も鬼鮫の方が上である以上、うまく作戦を考えなければ勝つことは出来なかった。
 今、この男の前で敗北したのは、琴美の力不足の他にも、どんな相手にも決して手を緩めず、鬼鮫が非情な殺戮を繰り返したからであった。
 わずかに左の指を動かすことが出来たが、先ほど腕を折られた時に落としたクナイは、鬼鮫が蹴飛ばしてこのフロアの隅の方に転がっていた。ここは廃ビルの地下で他の人間が入ってくることはない。都合よく、組織の仲間が来てくれるはずもなく、これから自分はこの男により命を奪われてしまうのか、と考えると、初めて心の中で恐怖を感じるのであった。
「ここまで戦ったお前さんに、興味が出てきた」
 鬼鮫はそう言って、琴美の右足を掴んだ。スパッツが見え太ももがあらわになる。
「このままいたぶり続けるのも飽きてきたしな。それに、お前がどこの誰かも気になる」
 鬼鮫はまるで物の様に乱暴に琴美を引きずり、施設の奥へと続く扉へ向かった。地面に背中がこすれて、背中で布が破れる音と感触を感じた。
 おそらく鬼鮫は、施設の奥で琴美の素性を探ろうとしているのだろう。拷問されるのだろうか。それとも、もっと恐ろしい事なのか。
 完全に敗北して力を失った琴美は、鬼鮫に引きずられるままにされるしかなかった。(終)