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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - そういう存在 -

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 自宅に届いた一通の封筒。
 差出人の名前はなく、中には黒いカードが一枚だけ。
 カードには、白いインクで、こう書かれていた。
 欲張りでゴメンね ――
 まったく意味がわからない。
 一方的に謝られても困るし、欲張られた覚えもないし。
 でも、カードの差出人が "誰" であるかということだけは把握できる。
 そもそも、こんな意味のわからないことをするのは、あの連中だけだろう。
 一体、何だっていうのか。いちいち付き合わされる、こっちの身にもなってもらいたい。
 なんてことを考えつつ、カードを机の上に乗せて、バスルームへ向かったのだが、
「 ………… 」
 一歩。踏み出したところで立ち止まってしまった。
 振り返るより先に、自然と大きな溜息が漏れる。あぁもう、何なの。
 っていうか、前もこんな感じじゃなかった? 何? 入浴時を狙ってるの?
 だとしたら、かなり悪趣味ですね。っていうか、もはや変態以外の何者でもないよね。
「 …… せめて、ドアから入ってきていただきたいのですが」
 忠告しながら振り返る。
 振り返った先には、やはり "あの" 来訪者。
 来訪者は、窓の縁に座った状態でヒラヒラと手を振っている。
 元気にしてた? なんて、間の抜けたことを言いながら。

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「あなたは元気そうで。なによりですよ」
 肩を竦め、苦笑しながら返す慧魅璃。
 そんな慧魅璃のすぐ傍には、赤眼の綺麗な女性がいる。
 彼女は、レビィ。そう、慧魅璃がよく利用する、あの黒い鎖だ。
 武器がどうして人間の形になっているのかという疑問については、逆算すれば理解しやすい。
 実際は、人が武器の形を成していただけなのだ。つまり、これがレビィ本来の姿。
 武器化を解き、人の姿で慧魅璃の傍に彼女がいるのは、カージュに対する警戒によるものだ。
 何度も、こうやってカージュは、慧魅璃の部屋に来ている。何の連絡もなく、それはもう突然に。
 カージュの来訪によって、直接、慧魅璃が傷を負ったという被害はないが、それでも危険人物には変わりない。
 そもそも、年頃の女の子の部屋にいきなり入ってくるという、その精神がおかしい。人として、どうかと思う。
 なんて、悪魔である自分が言うのも何だけど …… そんなことを考えつつ、レビィはコクコクとワインを飲んだ。
 あくまでも、警戒に留まる。直接、カージュが慧魅璃に何かをしない限り、レビィのほうから仕掛けはしない。
「御用件は、何でしょう」
 にこりと微笑んで尋ねる慧魅璃。
 窓から部屋に入ってきたカージュは、何ともいえない笑顔を浮かべながら頬を掻き、ソファに腰を下ろした。
 沈黙。最中、カージュは、ちらちらとレビィを見やった。まるで、邪魔者扱いだ。
 どっか行ってくんねーかなぁ、というカージュの視線に、レビィは肩を竦めるだけ。
 別に何をするわけでもない。ただ、ここにいるだけなんだから、どうぞ、お気になさらず。
 会話こそないものの、カージュとレビィの間で、そんな遣り取りが行われていた。
 そんな二人の間で首を傾げる慧魅璃。
「あー …… と、慧魅璃」
「はい?」
「こないだは、ごめんな」
 カージュのその謝罪は、三日前、他の仲間と一緒に道端で急襲したことに対するそれだ。
 部屋の隅から様子をうかがうようにしてワインを飲んでいる綺麗な女性が、
 あのとき、身体を拘束した黒い鎖だと知ったら、カージュは更に嫌な顔をすることだろう。
「そうですね。急に襲われるのは嫌です。大切な用事がある場合もありますので」
「あー、うん。いや、あれは、トライが …… って、言い訳くせぇな。いいや」
「それが用件ですか?」
「ん。いや、違う」
 じゃあ、何。何の用で来たの。とは言わないが、慧魅璃は無言で催促した。
 すると、しばらく苦笑したあと、カージュは、ふと真面目な表情をして、棚を指さした。
 ベッドのすぐ傍にある白い棚。そこに置かれているものといえば、タロットカードくらい。
 慧魅璃は、珍しくちょっと不愉快そうな顔をして言った。
「あげませんよ」
「っはは。盗らねぇよ。つか、盗れねぇ」
「 ………… 」
「婆さんに貰った宝物、だろ?」

 誕生日プレゼントに、と祖母が贈ってくれたタロットカード。
 占いなんて、さほど信じる質じゃない。良い結果だけは信じて喜び、悪い結果は無視する。
 根拠のないものだからと、少し冷めた感情すら向けていた。でも、祖母にこのタロットカードを貰ってから、
 慧魅璃の、占いに対する感情が少しだけ変わる。祖母は、優しく微笑んで教えてくれた。
 タロットカードも、呪具のひとつなのだと。
 それを知って使っている人は少ないけれど、確かな呪具なのだと。
 だから、使いようによっては、自分や他人に危害を加えてしまうこともある。
 でも、魔界に限れば、タロットカードは、魔力のコントロールを学ぶ際によく使われる学習用具のひとつ。
 だからこそ、祖母は、慧魅璃にこのタロットカードを贈った。
 慧魅璃は知る由もないが、祖母は、先々のことを案じた上でこのカードを贈っていた。
 いつか、慧魅璃が腕輪の所有者になり、悪魔たちを従えるオーナーになるであろう日のことを思って。
 祖母に教えてもらいながら、慧魅璃は、タロットカードによる占い、その方法を覚えていった。
 その過程で、慧魅璃は、必然と魔力の制御も並行して覚えていくことになる。
 ただ、占いを楽しむだけじゃなく、祖母は、慧魅璃を育成していたのだ。
 まぁ、慧魅璃自身は、その事実を知らないのだが。
「 …… どうして」
 祖母と自分しか知らないこと、思い出をカージュが知り得ているのか。
 神妙な面持ちでカージュを睨みつける慧魅璃。そのピリピリした空気に、静観していたレビィも警戒を強める。
 向けられるそれらの威圧に、カージュは、肩を竦めた。そして、更に続ける。
「見つかるとマズイから、ずっと隠してた。だよな?」
 確かに。慧魅璃は、このタロットカードを、宝物を、ずっと隠してきた。
 祖母のことを良く思っていない両親に見つかってしまうと面倒なことになるからと、棚の奥深くに隠してきた。
 今は棚の上に置かれているが、普段は、棚の中に入っている。見つからないように、ぐっと押し込むのだ。
 そうやって、タロットカードを隠す行為は、幼い頃からずっと継続していること。
 小さな頃から、慧魅璃は、気を使って生きてきた。今もそうだ。
 自由奔放なお嬢様かと思いきや、頭の中は、あらゆる気遣いが優先している。
 人(だけじゃなく敵すらもだが)を傷つけないようにするのも、先々のことを考慮してのこと。
 自分がその身に宿している特殊な能力の性質も貴重性もわかっているから、だからこそ、気を遣う。
 ただでさえ、この力を悪用しようと企んでいる輩は多い。ずっと祖母の傍にいた慧魅璃は、この能力のリスクも承知している。
 それにしても、何故だ。何故、カージュは、それすらも知り得ているのだろう。いったい、どこまで知っているのだろう。
 次から次へと不審な発言を繰り返すことにより、慧魅璃とレビィの警戒心は高まっていくばかり。
 特にレビィに至っては、完全にカージュを "危険人物" と認識しつつあるようで、席を立ち、今にも襲いかからんとしている。
 慧魅璃が、右手で行く手を阻むかのように抑制しているから、まだそこ(攻撃)には至っていないが。
「どうして知っているのか、もう、そこを尋ねる真似はしません」
 レビィを制止したまま、呟くように言った慧魅璃。
 どうせ、聞いたところで教えてくれないだろうからという、諦めを含む発言である。
 その言葉を聞いたカージュは、ハハッと笑う。そして、おもむろに立ち上がり、ツカツカと慧魅璃に歩み寄った。
 背の低い慧魅璃は、必然とカージュを見上げる体勢になる。
 睨みつけるような、その眼差し。
 疑心、不信、警戒、不快。慧魅璃の眼差しから感じ取れるそれらに、カージュは少し切ない表情を浮かべた。
 そして、そっと、慧魅璃の頬に触れ、囁くように小さな声で、その切なさを吐露する。
「 …… ほんとに、忘れてんだな」

 俺達は、ずっとずっと昔にも、こうして会って、話していたのに。
 あの頃は、そんな眼差しを向けられることもなかった。むしろ、逆だった。
 どこに行くの、おいていかないで、待って、あのね、それでね、おはよう、おやすみ、だいすき、またね。
 お前は、キラキラと目を輝かせて、俺に、俺達に寄って来た。ついてくるなって行っても、泣きながら追ってきた。
 のに、いまは、そんな目で見るのな。あからさまに怪訝とした目で。軽蔑するような目で、俺を見るんだな。
 仕方ないんだろうけど。そういう対応をされて当然だとも思ってるけど。
 俺は、俺達は …… そういう立場、そういう存在だから。軽蔑されて当然のことを、お前に、したから。
 でも、やっぱり、正直なところ、すげぇ切ない。っていうか、空しい。
「自業自得、なんだろうけどさ」
 ポツリポツリと呟き、一人で勝手に結論付けて話を終えたカージュ。
 意味がわからない。過去にも会っていた? カージュに? クロノハッカー達に?
 何を言ってるの。そんなわけないじゃない。だって、だって、でも …… あれ? でも、そういえば ――
 ふと、何かを思い出しかけてすぐ、慧魅璃は、ハッとして腕を伸ばした。
 窓を開け放ち、カージュが去ろうとしていたからだ。
 何なの。意味がわからない。不可解な言葉だけを残して去らないで。
 ちゃんと説明して。説明されたところで理解できるとは限らないけれど、聞かされっぱなしよりは、ずっとマシ。
 慧魅璃は、駆け寄り、ぐっと腕を伸ばして、カージュの手を掴もうとした。
 だが、空を切る。
「待って! カージュさん!」
 慧魅璃がそう叫んだとき既に、カージュは窓の外。
 そのまま、ふっと、夢まぼろしかのように、煙となって消えてしまう。
 窓の縁に手をつき、外を見下ろす慧魅璃。春の夜。吹きすさぶ風が、慧魅璃の銀色の髪をサラサラと揺らす。
 理解に苦しむ最中、慧魅璃は、胸がギュッとしめつけられるような息苦しさをも覚えていた。
 無意識に呼吸を整える。気持ちを落ち着かせようと必死になる。
 そんな慧魅璃の背中を撫でながら、レビィは眉間にシワを寄せていた。
 残されたのは、不信感と不快感。何ひとつ、はっきりと理解させてくれずに、あの人は、また、去った。
 会いたいと思うのは、また会いたいと思うのは、あなたのこと、あなたたちのことが、わからないからだろうか。
 それとも、もっと、別の何か …… 特別な気持ちを伴った上での願望なのだろうか。
 慧魅璃は、ただ、じっと見つめていた。カージュが消えた空を。
 そうして視線を送る最中、慧魅璃の頭の中には、とある台詞が、ぐるぐる回る。
 待って、と。そう叫んで腕を伸ばしたとき。カージュが、言ったのだ。
『そんな、よそよそしい呼び方すんなよ』
 小さな声で、寂しそうに、そう言ったのだ。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。