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<東京怪談ノベル(シングル)>


『空を舞え、白銀の翼』


――戦艦中ノ島事件。
 大阪の街に多大な被害をもたらした悪霊が起こした事件は、表向きには隕石落下事件として処理されていた。
 事件解決のために宇宙空間から舞い降り、図らずも隕石落下という「虚実」を支える一翼を担った三島・玲奈の分身たる宇宙船・玲奈号は、その後国連軍に接収される事となった。


 IO2の主力たるシルバールークの届かない高空を飛ぶ事の出来る機体。

 加えて、兵站から家電製品まで、ありとあらゆる物を作り出せる能力。


 空軍力を増強させたい国連――そしてIO2にとっては、玲奈号は正しく天恵に等しいフネだったのである。


 三島・玲奈と、彼女が操る玲奈号‥‥保有戦力一人と一機の最強の軍隊。
 その名も「戦略創造軍」の誕生であった。


――ただ、突然そのような強力な兵器を投入しては非難や詮索は必至だ。
 だから玲奈号は、表向きは「あの隕石落下事件を二度と起こさないため」という名目で、隕石哨戒の任に就いたのである。



――事件から数週間後。
 各方面に根回しを済ませ、ほっと一息‥‥したのも束の間、IO2に再び驚愕の報告が飛び込んできた。

「戦艦中ノ島の残骸が、全てエクトプラズム(心霊物質化現象)だっただと!?」
「は、はい‥‥俄かには信じ難いのですが‥‥」

 つまり島一つ全体を霊的なパワーで覆い、それを戦艦の形に凝り固めたという事。

――しかも、IO2が持つ兵器の砲弾やミサイルを安々と跳ね返す程の硬さにまで、だ。

 報告を受けた司令官の胸に、言いようも無いような不安が過ぎる。

「――報告致します!! 大阪上空に‥‥っ!!」

 そして数分後、その不安は的中する事となった。




――そこから時は僅かに遡る。

「ふう‥‥」

 そしてその頃玲奈は、ボランティアの実習生という立場で大阪の復興に携わっていた。
 炊き出しに、支援物資の輸送に配給、瓦礫の撤去など、思った以上にやる事は多い。
 任せられた仕事を終えて一息吐く玲奈の視界に、奇妙な光景が飛び込んできた。

「ん‥‥?」

 そこには、空を呆然とした表情で見上げる、仮設住宅に暮らす人々がいた。

「どうしたんですか? 皆さん」

 玲奈は近くにいた主婦に声をかける。

「雲に‥‥雲の間に‥‥見えるのよ‥‥死んだ亭主が‥‥」
「え――?」

 見上げると、確かにおぼろげな人の輪郭のようなものが見える。
 そして周囲の人々も、今回の事件で失った家族の、恋人の、知人の名を口々に呟く。
 だが次の瞬間、その雲間に見えた人の輪郭が明確な形を帯びる。


――それは、怒りと憎しみを満面に湛えた鬼のような表情。


 それは思わず玲奈が身を竦める程に強烈な悪意に満ちていた。

「恨んでるんだ‥‥あいつは死んだ事を恨んでるんだ!!」
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」」

 周囲の人々がざわつき始め‥‥次第にそれは怒号に変わっていく。

「あいつらの無念を晴らすんだ‥‥!!
「そうよ‥‥何であの子は死ななきゃならなかったの‥‥!?」
「皆が死んだのは、対応の遅れた政府のせいだ!!」

 それは八つ当たりにも等しい理不尽な怒りだ‥‥だが、群集心理というものは馬鹿げたような思考までも正当化してしまう。
 彼らの怒りの矛先は、次第に玲奈を始めとしたボランティアの面々に向かい始めた。

「み、皆さん落ち着いて!!」

 何とか彼らを宥めようとする玲奈。
――彼女本来の力を使えば、この場にいる人々を制圧する事は簡単だ。
 しかし異能の力を持っている者として、それはタブー。
 力を使わなければ、玲奈はただの女子高生に過ぎない――人々は止まってはくれなかった。 

「うるせぇっ!! 俺達の苦しみなんざ知らないで、お手伝い程度で満足してる偽善者がっ!!」
「‥‥っ!!」

 一人の男が拳大の瓦礫を玲奈目掛けて投げつける。
 だが、瓦礫は彼女に当たる寸前、割り込んだ人影の頭に直撃していた。
――それは、明らかに堅気では無い空気を纏った男‥‥鬼鮫だった。

「あ‥‥」
「‥‥お前等の気持ちは分かるが、ここは俺に免じて引き下がってくれんか?」

 額から血を流したまま、鬼鮫が人々を睨み付ける。
――それは常人とは無縁の、幾多の命を奪ってきた「狩る者」の目。
 暴徒と化そうとしていた人の群れが、モーゼの十戒のように割れる。
 その中を悠然と歩きながら、鬼鮫は玲奈を連れて去っていった。




 大阪の街中に現れた、人型の雲。
 それは「お腹が空いた」「喉が渇いた」「苦しい」と呪詛の声を上げながら、救援物資を奪い、人々を襲っていた。
 戦闘モードとなった玲奈と鬼鮫は、霊剣を手にそれらを切り裂いていく。
 その途上で、鬼鮫は玲奈に現在の状況を説明する。

「‥‥アトモスフェリックビースト?」
「ああ、空のUMAだの、ケムトレイル(蛇雲)の正体だの言われているアレだ」

――それが、突如大阪湾上空に現れたと言うのだ。
 そこから生み出される雲人の数は凄まじく、IO2の人員がフル動員されているが追いつかないのが現状らしい。


 その間にも、雲人は次々と空から舞い降りてくる。

「チッ‥‥キリが無いぜ」
「――これは、中ノ島の置き土産ね」
「何故分かる?」
「亡者を尖兵に使うなんて、完成された兵器くさいじゃない?」

 中ノ島の悪霊は滅したが、あれ程の規模のエクトプラズムを作り出した奴らの事だ。
――その力の残滓を使って悪足掻きをしたとしてもおかしくは無い。

「流石は戦艦、鋭い指摘だ‥‥と、なると?」
「黒幕がいる、アレよ」

 玲奈が指差した先――それは、大阪湾上空に浮かぶ、雲人を無限に生み出す蛇雲だ。

「だろうな‥‥だが、シルバールークでは届かんぞ?」

 鬼鮫の指摘に、玲奈は口の端を吊り上げる。

「私を誰だと思ってる訳?」

 そう――彼女はストラジテックビジョナリー‥‥イメージした物ならば、如何なる物体も作り出せる。
 光が溢れ、それが収まった後には、シャープなフォルムを持つジェット複葉機の姿があった。

「行くわよzaunkoenig‥‥!!」

 ドイツ語でみそさざいという名を持つ翼が、空へと舞い上がった。





――ドガガガガガガッ!!


 鬼鮫が操る複葉機が、次々と銀弾の機関砲を放って雲人と、それを生み出すエクトプラズムを削り取っていく。

「はあああああっ!!」

 そして翼の上には、命綱を付け、天使の翼を広げた玲奈が銀弾マシンガンと霊剣を振りかざした。

『ヲヲ‥‥ヲヲヲヲヲッ!!」

 雲人達は玲奈達を撃ち落そうと、大量に分裂し、四方八方から霊力を放つ。
 zaunkoenigの装甲にはいくつもの穴が穿たれ、パイロットの鬼鮫も再生が追いつかない程の傷を負い、玲奈の翼が赤く染まる。


――しかし、彼らは決して止まろうとはしない!!


『ア‥‥ア゛ア゛ア゛‥‥!!」

 次第に雲は削られて小さくなっていき、そこに留まっていた怨念の呪詛も弱々しくなっていく。

「これで‥‥止めよ!!」

 そしてとうとう、渾身の力を込めて振るわれた玲奈の霊剣が、完全に雲を散り飛ばしたのだった。


――だが、その瞬間複葉機と彼女を結んでいた命綱が、音を立てて千切れる。


 雲人の攻撃に耐え切れなかったのだ。

「あ‥‥」

 空中に投げ出され、重力に従って落ちようとした瞬間――伸ばされた鬼鮫の手が、玲奈を引き寄せた。

「全く‥‥世話の焼ける」
「あ、あはは‥‥ありがと‥‥」

 冷や汗を額に浮かべながら、玲奈が苦笑する。



――雲の晴れた空は、美しい茜色に染まっていた。