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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


サイコロを見極めろ!
●オープニング【0】
「ふうむ……これは困ったのぢゃ」
 3月のある日のこと、あやかし荘管理人である因幡恵美が廊下の掃除を終えて管理人室に戻ってきた所、嬉璃が何やら考え込んでいた。正面に回り込んで覗いてみると、嬉璃の前には5つの6面体サイコロが置かれていた。
「困ったのぢゃ……」
 恵美が見ていることにも気付かず重ねて言う嬉璃。そしてようやく恵美の視線に気付いた。
「おお、掃除は済んだのぢゃな」
「う、うん。……どうしたの、それ?」
「このサイコロぢゃな? これは実は特別なサイコロでのう……」
 と言ってニヤリと嬉璃は笑った。
「普通のサイコロに見えるけど」
「これはぢゃな、幸運のサイコロなのぢゃ。1の目を出さなければ、ささやかな幸せがやってくる優れものなのぢゃ」
 そこまで言ってから、嬉璃は何故か小さな溜息を吐いた。
「ところがぢゃな……不幸のサイコロと混ざってしまったのぢゃ。そっちは6の目を出せばそこそこの幸せがやってくるのぢゃが、そうでなければ不幸が降り掛かるのぢゃ!」
 そう言われて恵美は改めてサイコロを見てみるが、5つとも全く同じにしか見えない。なるほど、これでは混ざってしまえば嬉璃も悩んでしまう訳だ。
「幸運のサイコロが4つ、不幸のサイコロが1つなのは分かっておるのぢゃが……ふうむ」
 そして腕組みをして、嬉璃はまた悩む。
「誰かに頼んで、その身で確かめてもらおうかのぉ……」
 いつものことながら、酷いですな嬉璃さん――。

●顔を出せばまた事件【1】
「本当にこれ、見分けがつかないね」
 左手の上に載せたサイコロの上面を右手の人差し指で軽く撫でながら、ソール・バレンタインは嬉璃へと言った。今日のソールはといえば、衣服の上にアイボリー色のカシミアのコートを羽織っていた。
「うむ。印でもつけておけばよかったのぢゃがなぁ」
 後悔先に立たずですな、嬉璃さん。
(それにしても……顔を出すと、決まってまた変なことを頼まれてるような気がするなあ)
 漠然とそんなことを思うソール。自身が事件にぶつかっているのか、はたまたあやかし荘自体が事件を呼んでいるのか。……恐らく後者だとは思うけれども。
「1つ聞いてもいいかなあ?」
 サイコロを元に戻して、ソールは嬉璃へ尋ねた。
「何ぢゃ?」
「不幸の目が出ても、生命に関わったり怪我はしないよ……ね?」
 そう、そこが一番肝心だ。振って不幸の目が出た途端、急死したり大怪我したりでは、恐ろしくて振れやしない。だがそんな心配は杞憂であった。
「……まあ、それはなかったと思うんぢゃが。せいぜい頭にたんこぶが出来て気絶くらいぢゃなぁ」
「あ、たんこぶと気絶はあるんだ……」
 でもまあ、そのくらいならば我慢出来なくもない範囲かもしれない。
「……うん、分かった。じゃあ協力するよ。このサイコロに興味もあるし」
 と言って、ソールは5個のサイコロに目をやった。
「おお、それは助かるのぢゃ! こういう時に限って誰も捕まらなくて困っておったのぢゃ」
 ぶつくさと文句を言う嬉璃。時期も時期だし、皆あれだこれだと忙しいのであろう……たぶん。
「そうと決まれば、空き部屋を使ってもよいのぢゃぞ。空き部屋なら何が起きても問題はないのぢゃ! のう、恵美よ?」
 嬉璃が管理人である因幡恵美に同意を求めた。
「え? あ、うん。どこでも使ってくださいね」
 こくこく頷いて恵美がソールへ伝えた。
「それじゃあそうします。と、その前に……」
 ソールはすくっと立ち上がると、着ていたカシミアのコートを脱ぎ始めた。
「これ預かっててもらえません? 結構高かったから……」
 少し照れたような笑みを浮かべてソールが言う。確かに、これに被害が出たら大変どころの話ではない。
「はい、分かりました」
 恵美もまた、カシミアのコートを受け取りながら微笑むのであった。

●サイコロを振ると何かが起こる【2】
「またそれは……何というか、ぢゃのう」
 一足先に空き部屋に移動していた嬉璃は、着替えを済ませてやってきたソールの格好を見てコメントに困っていた。
「え、どこかおかしいかなあ?」
 きょとんとして聞き返すと、ソールは改めて自分の格好を確認してみた。
「動きやすい格好に着替えたんだよ? ほら、どんな不幸が起こるか分からないから備えておかないと」
「動きやすい格好ということは異論はないのぢゃが……」
 と返す嬉璃。今のソールの格好を非常に簡単に説明するならば、明るい色使いのビキニ水着タイプで肌の露出度の非常に高いレースクイーンのような感じだとでも言えばよいのだろうか?
 豊かな胸の谷間は大きく見えているし、ミニスカートには深くスリットも入っていて、うかつに屈めば中が見えてしまいそうである。これでもう、ブーツを履かせてパラソルでも持たせれば、どこのサーキットへ出しても恥ずかしくないレースクイーンの誕生である。
「まあよいよい、ともかくサイコロを渡すことにしようかのぉ」
「うん」
 ソールはこくっと頷くと、嬉璃から5つのサイコロを受け取った。あとはこれから1つずつ順番に振っていって、見極めてゆくだけのことだ。
「良い目が出るといいな……」
 と、ぼそりつぶやいてから、ソールは1つ目のサイコロを振ろうとしたのだが――。
「……あれっ? ちょっと待って?」
 ふと何かを思い出したかして、嬉璃の方へと慌てて向き直った。
「どうしたのぢゃ?」
「『ささやかな』と『そこそこ』の幸せの違いって、どう分かるの? もし不幸のサイコロで6の目が出たら、幸運のサイコロと見分けがつかないんじゃない?」
「むぅ、それは難しい質問ぢゃな」
 ソールのその質問に、嬉璃が腕を組んで考え込む。
「どう説明すればよいのぢゃろうか……感覚的なものぢゃからなあ。ともかく、振れば分かるのぢゃ」
 ……何だかいい加減ですな、このサイコロ。
「えっと……とりあえず振ればいいんだね?」
「うむ」
 何だかなあといった表情を一瞬見せたソールに対し、嬉璃は大きく頷いて言った。
「それじゃ振るよ。えいっ!」
 ソールが1つ目のサイコロを放り投げた。サイコロは弧を描いて落下し、しばし畳の上を転がって出た目は――。
「1……ぢゃな」
 1が出たということは、どちらにせよソールに不幸が降り掛かるということだ。
「……不幸が来るんだね?」
 身構えるソール。果たしてどのような不幸がやってくるのか。ソールは周囲を警戒すべく足を動かしたのだが……。
「きゃっ……!」
 何と不意に足を滑らせてしまい、どすんと尻餅をついてしまったのである。
「……いたた……」
 膝を立て、臀部をゆっくりとさするソール。じーんとくる痛みがあったが、恐らくはじきに治まることだろう。
「不幸って……こういうことなの?」
「まあ、ささやかな不幸……なんぢゃろうか?」
 ソールに尋ねられた嬉璃が首を傾げた。不幸の程度からすればそうたいしたこともないので、たぶん今のは幸運のサイコロだと思われるが、まだ確証は持てなかった。
「よーし次ぢゃな、次へ行ってみるのぢゃ!」
 高らかに右手の拳を突き上げる嬉璃。……あなたはどこぞのコントグループのリーダーですか、嬉璃さん。

●どんどん振ってみよう!【3】
 つづいてソールは2つ目のサイコロを振ってみた。出た目は……4。さて、幸運と不幸のどちらが起こる?
「あのー……ソールさん?」
 トントンと扉を叩いてから、恵美がひょこっと顔を出した。
「はい? どうしたの、恵美ちゃん?」
 何の用かと思い、ソールは恵美の方へと振り向いた。
「あの、さっきのコートなんですけど。ハンガーにかけていたら、中から100円玉が1枚落ちてきて……。ソールさんのですか?」
 その恵美の報告を聞いて、ソールと嬉璃が顔を見合わせた。これは間違いなく『ささやかな』幸せだ。ということは、2つ目のサイコロは幸運のサイコロである。
「うん、まあ……」
「それじゃあ保管しておきますね」
 とだけ言い残し、恵美はまた管理人室へと戻っていった。
「100円なら本当にささやかぢゃなあ。さ、次ぢゃ」
「3つ目振るよ、えいっ」
 いよいよ3つ目。今度出た目は3であった。だが、しばらく待っても何も起こらない。
「……何も起こらないけど?」
「変ぢゃのう?」
 揃って首を傾げるソールと嬉璃。何も起こらないのではしょうがない、待っているのも時間の無駄なので4つ目のサイコロを振ることにした。
「5、ぢゃな」
 出た目は5。さあ、不幸と幸運のどちらが起こるのか……とソールが思った瞬間であった。
 ガインッ!!
「はうっ!!?」
 突然ソールの頭上から何か金属で出来た物体が降ってきて、鈍い音とともにソールの頭を直撃したのだ!!
「……あぅ……うぅ……ぁっ……!!」
 畳の上に崩れ落ち、頭を抱えながら丸まって呻くソール。その耳に、嬉璃の驚きの声が聞こえてきた。
「こ、これは……通販で買ってすぐ、どこに置いたか分からなくなっておった『凹まぬ金タライ』ぢゃ!! しかし何故これが急に降ってきたのぢゃ……?」
 嬉璃さん、嬉璃さん、『凹まぬ金タライ』でソールさんを凹ませてどうするんですか……。いやまあ、金タライはどこも凹まず綺麗なままですけれども!!
 しかしながら、5の目が出て不幸が起きたということは――4つ目のサイコロこそが不幸のサイコロであったということである。
「ソールよ、喜ぶのぢゃ! 不幸のサイコロが判明したのぢゃ!!」
 と嬉璃は言うものの、今のソールにとってはそんなことはどうでもよく、ただ痛みが引くのを畳の上で丸まったまま待つしかなかった……。

●最後に訪れた幸せ【4】
「お水を絞ったタオルです。どうぞ」
「……ありがとう、恵美ちゃん……」
 管理人室に戻ったソールは、濡れタオルを受け取ると頭にそれを当てた。金タライの直撃で見事にたんこぶが出来たため、濡れタオルで冷やしているのだ。
「名誉の負傷ぢゃなぁ」
「名誉かなあ?」
 嬉璃の言葉に首を傾げるソール。不幸のサイコロを見極めたという意味においては確かに名誉なのかもしれないが。
「よし、これで問題ないのぢゃ」
 それまで不幸のサイコロを塗っていたペンを、嬉璃はテーブルの上に置いた。判明した不幸のサイコロは、嬉璃の手によって青く塗られていたのである。
「ソールもよく頑張ってくれたのぢゃ」
 嬉璃は満足げにソールへ声をかけた。
「……そういえばさっき思ったんだけどね」
 濡れタオルを当てたまま、ソールは嬉璃へその先程思ったことを口にする。
「技術のあるギャンブラーは狙った目を出せるっていうけど……そういう振り方でも効果はあったのかな?」
 そういえば、狙った目を出すためには振り方に工夫があると聞く。例えば、滑らせるように投げるだとか……その他色々と。
「……あ……」
 そのソールの言葉を聞いて、嬉璃がはっとした表情を見せた。これはひょっとして?
「そ、その手があったのぢゃな……」
 嬉璃さん……気付かなかったのか!!
「まあ、どっちにしろ僕は出来ないからいいけど」
 ふう、と溜息を吐いてからソールは苦笑いを浮かべた。すると、恵美が思い出したようにソールへ伝えた。
「あ、そうだ。さっきメールか電話があったみたいだけど……?」
「メール?」
 ソールは濡れタオルを置くと、鞄の置いてある所へ移動し、中から携帯電話を取り出した。恵美が言った通り、メールが1通届いていた。
(誰からかな?)
 と思ってメールを開いたソールは、数秒ほどしてにっこりと笑みを浮かべた。それは自分がちょっといいなと思っていた店の客から送られてきた、食事への誘いのメールだったのである。
(これって、さっきの……?)
 これもまた、幸運のサイコロによって訪れた『ささやかな』幸せなのである。

【サイコロを見極めろ! 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7833 / ソール・バレンタイン(そーる・ばれんたいん)
          / 男 / 24 / ニューハーフ/魔法少女? 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、することはとても簡単ながら、何が起こるか分からないどきどきのお話をお届けいたします。
・今回のお話なんですが、書く前にサイコロを振ってどれが不幸のサイコロかを決めてから、順番にサイコロを振っています。なのでサイコロの目については、実際に出た目のままです。
・このサイコロはなかなか面白いので、機会があればまた出してみたい気もしますね。
・ソール・バレンタインさん、5度目のご参加ありがとうございます。ギャンブラーの指摘はその通り。狙った目を出せると凄く楽になるのですよね……今回のことは。ちなみに最後の食事への誘いメールなんですが、『ささやかな』ではなく『そこそこ』のだったらきっとデートに格上げになってたんじゃないかなー、と思ったり。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。