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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


人食い影の事件


 武彦は一銭の儲けにもならない事件を追って奔走していた。その行為自体は別に珍しくもなんともないが、理由がとても珍しい。今の彼を動かすものは……私怨だ。
 以前に解決した事件で「飯田」を名乗る男に苦汁を舐めさせられている。その男から『かわいいマルチーズを探し出してほしい』という簡単な依頼を受けたのだが、達成直前にその犬が謎のタロットカードの力で複数の獣が混じった化け物へと変化し、結果的に大ケガをしてしまった。これはどう考えても、飯田なる男は事情を知っていて依頼してきた……武彦はそう推理し、独自の調査を開始する。
 自分に牙を剥いた犬はその辺で発見したが、首から下げていたタロットカードがどこにもない。これで飯田はクロだ。武彦は動物相手に尋問しても仕方ないと諦め、今度は飯田の素性を洗い出す。すると最近の情報が出るわ出るわ……武彦はいったん事務所に戻り、独自で調査したデータをテーブルの上に並べ、その内容を分析し始めた。周囲にタバコの煙が揺らめく。

 「ったく。お犬様を化け物に変えたかと思ったら、今度はてめぇが能力者になったってか。だが、力を得てからの行動がいただけないな。バイト先のムカつく上司、子どもの頃のいじめっ子、交番に勤めてた老巡査……自分の人生を邪魔した人間を手当たり次第に傷つけてやがる。わかりやすいことしやがって……」

 相手がここまであからさまな行動を取るとなると、こっちの追跡に気づいているのかもしれない。これは、もしかして敵からの警告なのか……武彦は腕を組んで、この仮定が正しいかどうか考えた。
 もちろん、結論は「ノー」である。これはただ異能の力に酔って、バカげたことを続けているだけだ。陰謀があるとするなら、もっと奥にあるのだろう。黒幕の存在を警戒しつつ、武彦は分析を続けた。となると、もしかしたらすでに飯田にも「悪いことをやっている」という自覚がないのかもしれない。そうなれば、彼はもはやただの怪物。破壊衝動を糧に、自分の影を暴れさせる悪魔だ。

 「手口はわかっている。自分の影を自在に操る……ってとこだな。現場に凶器の類が残されていないから、武器に変わったりするんだろう。自分の不都合な証拠も一緒になくなっているから、底の見えないゴミ箱みたいな使い方もできるはずだ。何にせよ、ここからは俺ひとりでは調査が難しいってことか。」

 武彦はしぶしぶ電話の受話器を持った。ここからは心強い能力者とともに攻める。
 彼の呼びかけに応じ、すぐさま依頼を引き受ける仲間たちが集まった。内訳は、3人と1匹……今回も百獣レオンのしなやかな肉体が目を引く。いつものように零からもてなしのミルクを器用に飲みながら、他の仲間の相談に耳を傾けていた。その様子から察するに、どうやら人語を理解できるらしい。
 表の世界ではアイドルとして活躍中の夜神 潤は、何よりも先に『武彦の身の安全を確保する手段を用意できる』ことを全員に伝える。能力者でもなく、冷静さを欠いている今の武彦なら、あっけなく飯田の影の中にポイされる可能性が高い。それを防ぐための手段だった。黒 冥月は彼の発言……この場合、前者に大きく頷く。

 「その飯田とかいう奴も、私のと似たような能力らしいが……草間の推理どおりなら、まだ私の出番ではないな。」

 なぜか退屈そうな表情で嘆息する冥月。武彦は思わず『じゃあ、何で来たの?』と不思議そうな顔をしていると、いきなり理不尽なピンチに襲われる。周囲の影から無数の針が伸びてきて、あっという間に武彦は指一本動かせない状態になってしまった。ソファーでジュースを飲んでいた真行寺 拓海が思わず慌てる。

 「く、草間さんっ! これはいったい!」
 「拓海はともかく……潤もレオンも、これが私の仕業だとわかっていたらしい。ここは草間を実験台に、今回の戦いに関してみんなに忠告しよう。参考程度に聞けばいい。」

 冥月は、無数の針を瞬時に武彦そっくりの影に変化させ、武彦本人をボコボコにした。このように影は基本的に不定形で、想像力のままに変化させることが可能。武器にもなれば、防具にもなる。また個人との戦いでありながら、全方位の攻撃を繰り出せるというのも特徴のひとつ。自分は「十分な間合いを取った」と思っていても、そこはまだ敵のテリトリーである可能性がある。
 拓海はその話を、胸に手をあててじっと聞いていた。少年はやさしげな顔立ちをしているが、いつも瞳はまっすぐである。そんな姿を見た潤は、まるで他の誰かに説明しているかのような妙な感覚に襲われた。自分の心に言い聞かせているというよりも、どこかにいる誰かに話しかけているような……そんな彼の疑問は、戦いの場で解明されることとなる。

 冥月先生のレクチャーを聞いている最中にミルクを平らげたレオンに、零が近づいてお伺いを立てる。戦いの前の腹ごしらえは重要だ。

 「もう、牛乳のおかわりはいいですか?」
 「ガウ!(訳:ごちそうさま!)」

 満足気に吠えるレオンを見て、零はそそくさと皿を下げる。次に飲むのは、仕事を終えてからだ。レオンは大きく伸びをしてあくびをすると、武彦の近くに歩み寄り、その影の中にするっと身を隠す。あまりにも自然な動きだったからか、拓海は戸惑いの表情で周囲に聞いた。

 「み、皆さん……そ、その。問題になってるタロットを持ってるってこと、ないですよね?」
 「たまたま、似たような能力を持ったのが集まっただけだ。あんまり気にするな。」

 冥月は初々しい戸惑いを見せる少年にフォローしつつも、なぜか彼の言葉が引っかかった。異能力を植えつけるらしい札を、その形状から『タロットカード』と呼んでいるが、だいたいあれは1枚で使うものではない。ある程度の枚数があってこその代物だ。この戦いは、もしかしたら『ただの一極に過ぎない』のだろうか。すでに彼女は見物を決め込んでいるが、今回は別の切り口で事件を見守ることにした。


 飯田が出没するという街の裏通りを戦闘区域に設定し、武彦を先頭にして全員で捜索を開始する。彼は自ら餌になることを志願したが、潤に「ポイ捨てだけは嫌だから、その時は頼む」と捨て石になるつもりはないことを猛アピール。冥月は情けない男にジャブを食らわせて「わかってるから、さっさと歩け」と命令する。どこか本気の混じったやり取りに、やさしい気持ちの持ち主である拓海が戸惑いながらもしっかりと対応していたが、捜索には参加せず「戦闘の準備をする」と言って、ひとりでその場に残った。

 歩いてたったの数分しか経過していないのに、飯田は呆れるほどあっさり見つかった。武彦は一瞬だけ『積年の恨みを晴らさん』という表情を顔に出したが、すぐにそれを引っ込めるが早いか、脇目も振らずにあたふたと逃げ出す。その逃げっぷりはあまりに情けなく、誰もが目を覆いたくなるものだった。冥月も潤も、彼に続く。そんなみっともない敵の姿を見た飯田のテンションは上がるばかりだった。

 「おおっと! 草間さぁーん、せっかく遊びに来てくれたんですからぁー!」

 相手も追われていることをある程度は察していたらしい。憂さ晴らしのチャンスを逃すまいと、飯田は嬉々として獲物を追う。武彦が曲がり角を全力で折れると、飯田は影を鞭のように変化させた。ところが、その邪悪な鞭は、神々しい光によってスパッと斬られた!

 「む、むげぇぇぇ! な、何者だ! ひ、潜んでやがるなぁ?!」

 物陰から現れたのは、鮮やかな青い長髪に清楚の白を基調とした衣服を身にまとった……男性ではなく、女性だった。しかも少し宙を浮いている。彼女は敵を前にして、凛然と名乗った。

 「我が名はルルティア! この地に希望と恵みをもたらす使者の名のもとに、それ以上の悪事はこの私が許しません!」
 「俺の邪魔をする奴はぁ! どいつもこいつも消えてもらうぜぇ……!」
 「ガルル〜!(訳:それはこっちのセリフだ!)」

 次々と姿を現す飯田の邪魔者。レオンと潤も、ルルティアと名乗る戦士の横に立つ。
 その頃、一芝居打った武彦は、潤を守護するという闇色の鳥の背中で保護されていた。自らの影しか操れないとなれば、空中ならほぼ安心。しかも鳥だから、自ら動く。そうなれば、さらに安心だ。ここには、なぜか冥月もいた。飯田の能力に負けないと自信を持ちながらも、あえて武彦と同じ場所にいることを選んだのだ。彼女はこの戦いを見守る黒幕らしき存在がいないか、上空から探している最中である。

 地上では、戦いが幕を開けた。
 ルルティアは神秘的な形の長剣を構え、飯田と真っ向勝負を挑む。彼女は飛翔の力を持っており、それだけでも飯田の虚を突ける。潤はすかさず横に回って、まずはモーションだけで相手に揺さぶりをかけた。立派な体格のレオンは、ルルティアに続く形で俊敏さを生かした攻撃を繰り出す。乙女の初手は、浄化の光刃で幾重にも斬りつける強力な一振り。飯田の体にまとわりつく影を削り取り、確実にダメージを与える。同じ場所を狙って、レオンが爪で攻撃。いきなりの猛攻に、飯田は苦悶の表情を浮かべる。だが、その声はすでに常軌を逸していた。

 「ひ、ひ、ひゃはーーー! 痛てぇぇぇ! 痛てぇぇぇ! 痛てぇぇぇ!」
 「この声は……すでに、心が滅びに向かっているのでは?!」
 「ガルル……(訳:ああいうのが一番危ないんだけどな)」

 レオンが本能で警戒をつぶやくと同時に、飯田はなりふり構わぬ反撃を仕掛けてくる。自らの影を竜巻のように回転させ、近づいたルルティアとレオンを飲み込まんと牙を剥いた。雄々しき百獣の王が遅れを取るわけもなく、また戦士も危険を察知し、すかさずその場を離れる。ルルティアは飛翔の力で空中、レオンはバックステップ。この黒いトルネードを打ち破る役目は、潤が率先して引き受ける。彼は何も持っていない右腕をさっと振ると、なぜか飯田が苦悶に満ちた声をあげた。そして、静かに攻撃が止む。

 「ぶげぇ! あ、あいつ、な、何も持ってないのに……う、う、腕がぁぁ!」
 「能力は人間離れしているが、基本的に生身の人間……あまり攻めすぎると、いい結果を生まないか。防御力も防御への意識も、まるで普通の人間だ。」
 「わかりました、潤さん。影だけを攻撃し、力の源を失わせるのが最善ですね。」

 分析を聞いたルルティアは、瞬時に攻め方を変える。敵の反撃を避ける動作をワンセットにして、接近戦に持ち込んで影だけを狙い打つ。レオンもトリッキーな動きで翻弄しつつ、しっかりと攻撃を当てていく。その様子を伺いながら、どこまでの力で攻撃すればいいかを探る潤。飯田をただ退けるのは簡単だが、事件の底が見えないうちは迂闊なことはできない。能力者たちの慎重な攻めは続く。


 その頭上では空中散歩よろしく、冥月が目を皿にして周囲を探っていた。
 もちろん暇そうにしていた武彦も動員させているが、どこにも怪しい人影が見当たらない。ここで冥月が武彦顔負けの推理を披露した。

 「どこの誰かは知らないが、この様子を見ていないわけがない。ということは……」
 「なるほどな。飯田の様子を遠くからでも監視できる能力を持ってるってことか。」
 「もしくは……それはただの能力のひとつで、もっと強大な力を持っているか。」

 飯田の持つ何かが大切なものなら、黒幕が助太刀に来るはずだ。しかし一方的に攻め込まれる展開になっても、そんな素振りすら見えない。つまり飯田は捨て駒ということだ。きっと彼の所持しているタロットカードもまた、同じ扱いであると考えて問題ない。ということは、黒幕は自分のタロットを持っており、さらに飯田を凌ぐ能力を駆使するはず……冥月は、ふと笑った。

 「草間、次くらいは私の出番が来そうだな。これはあくまで予感だが。」
 「お前が出るとなると、相当の事件だからな。正直、勘弁してほしいって気持ちもあるんだが……」

 武彦がいたずらっぽく笑うと、冥月は「何なら穏便に一瞬で済ましてやってもいいぞ」と真顔で返した。ふたりはすでに事件の先にある何かを見据えている。それは眼下で戦う仲間たちを信頼しているからこそできることだ。再び冥月は監視を始める。


 近距離での戦闘を展開して、しばらくの時間が経過した。
 ルルティアは浄化の光刃を至近距離で放ったりと、レオンも舌を巻くほど多彩な攻めを見せるが、飯田の影はまるで底なし沼のよう。幾度となく剣を振るうが、どこまで削れたのか判断に悩む。レオンも飛んで跳ねての攻撃を仕掛けるが、生身の部分を攻撃できないハンデは思いのほか大きく、どうしても決め手に欠ける展開になっていた。
 潤はふたりをサポートしながら、最終手段として『飯田の能力の封印する』ことを考えていた。確実に封印するなら、力の根源であるタロットカードが手元にあるのが理想だが、どれだけ注視してもそれらしきものが見当たらない。やはり危険を冒してでも、戦闘不能にまで追い込む必要があるのだろうか。彼もまた思案に暮れていた。

 「ガウ!(訳:うおっ!)」
 「いひひひひひっ! ライオン、捕まえたぁぁぁ!」

 不意に飯田の歓喜の声が響く。ルルティアは我が目を疑った。あれだけ有利に戦っていたレオンの手足が、いつの間にか影に拘束されているではないか!

 「レオンさん! 今、お助けします!」
 「そぉうは行くかよぉぉーーーーーっ!」

 飯田は瞬時に狼のような影を作り出し、そのままレオンをすっぽり覆い隠す。
 その刹那、レオンの姿はきれいさっぱりなくなった。影に飲み込まれてしまったのである。
 ルルティアは鋭い眼光を飯田に浴びせつつ、再び影を切り裂かんと攻撃を重ねた。その太刀筋に迷いはなく、長く美しい髪もさっきと同じ揺れ方である。まだ冷静さを失ってはいないが、レオンを救出する方法が思いつかずに困惑しているのも確かである。敵はそんな乙女を精神的に追い込もうと、辛らつな言葉を浴びせた。

 「お前のペットか、あれ? まぁ、そんなこたぁ、どーでもいいがな! もう助ける方法はないぜぇぇぇ!」
 「それを聞いて、安心しました! まだ……レオンさんは、助かるのですね!」

 飯田の言葉とは裏腹に、ルルティアの声が踊る。同じタイミングで、潤も小さく頷いた。
 ふたりの心配は消え去り、再び攻めに転ずる。レオンが捕らわれたため、潤は不可視の武器『アイン・ソフ』で攻撃する回数を増やす。今までにない苛烈な攻撃に、飯田は思わず泣き言を口にした。

 「なっ、なんでお前ら……っ! こっちには人質がいるんだぜぇ! そ、そんなに攻撃すんなよ! あ、あのライオンがどうなってもいいのかぁぁっ?!」
 「その言葉です! あなたのその言葉が、レオンさんの無事を物語っているのです!」
 「そう、お前は自分で白状した。その影は俺たちが恐れていた底なし沼のような存在ではなく、いわばポケットのようなものであると。ついさっき、お前は本能的に『捕まえた』と言ったが、それは後から発した『助ける方法がない』という挑発と矛盾する。」

 こんな些細な言い回しですべてを見抜かれた飯田は、大いに慌てた。不意に彼の脳裏に、『ある人物』の姿がよぎる……

 「まっ、まさか! その力は『黒い髪の魔女』が授けたのか……っ!」
 「まさか。これは洞察とも呼べない代物さ。予想はしていたが、タロットカードはお前の持つ1枚だけではないということか。もしかすると『黒い髪の魔女』なる能力は、飯田の持つカードよりも上位なのかもしれない。」
 「こ、このままじゃまずい! 喋りすぎちまってる! と、とりあえず、そこの女から死ねぇぇぇ!」

 潤の洞察力に恐れをなした飯田。とにかく口を塞ぎたい一心で、目の前にいるルルティアに向かって影で作った槍を突き刺し、土壇場での一撃必殺を狙う。ところが、とんでもない悲劇が飯田を襲った。生身の足首に激痛が走り、そこから一歩も動けなくなってしまう。

 「う、があぁぁぁーーーーーーー! な、な、な、なんでおまっ、お前がっ! ひいいぃぃぃーーーっ!」
 「ガルルルルルーーーっ!(訳:お前に近づくため、わざと飲み込まれたフリをしてやったのさ!)」
 「レ、レオンさん!」

 影の中から上半身だけ出し、飯田の足を甘噛みしているのは……捕らわれたはずのレオンである。
 そう、彼は巧みな演技で全員を欺いた。レオンは味方の影だろうが、敵の影だろうが……自在に潜むことができる。めまぐるしい速さで戦っていたが、飯田がそれに対応できないと判断すると、自分からブレーキをかけ始めた。そして目が慣れたところでわざと捕まり、どさくさに紛れて影に潜むというのが彼の作戦である。しかも飯田を捕らえただけでなく、影の中から問題のタロットカードを見つけ出した。思わぬ収穫を披露し、得意気に吠える。

 「ガルル〜。(訳:こいつが元凶らしいな)」
 「影に隠していたのか。見当たらないはずだ。これは俺が預かろう。ルルティア……お仕置きは任せる。」
 「う、うひぃ! そ、そのヴィジョンタロットがないと、俺はただの、あだだだだ!」

 力の根源を奪われた飯田は、誠実そうなルルティアに『すでに俺は無力な人間です』とアピールをすれば助かると考えたが、肝心のセリフを伝える前にレオンがちょっと強く噛むことでそれを阻止。ルルティアは迷わず剣を振りかざし、恵みと浄化の光を周囲に煌かせる!

 「闇に蠢き、衝動のままに食らい尽くさんとする悪しき獣よ……消え去りなさい!」
 「ガウ!(訳:まぶしいっ!)」
 「うぎゃああぁぁぁーーーーーーーっ!」

 ルルティアの浄化の力は、飯田の体からすべての能力と邪気を消し去った。今の状態の飯田を浄化してしまうと、心も体も空っぽになってしまう。それを証拠に、彼は白目を剥いて倒れこんだ。彼女の言うとおり、飯田の存在は破壊衝動と影の能力で構築されていた……というわけである。


 潤は、飯田が『ヴィジョンタロット』と呼んだものを覗き込んだ。そこには顔をヴェールで隠した占い師風の女性が映っている。カードの暗示が書かれるスペースには、敵が口走った『黒い髪の魔女』と記されていた。彼は冥月たちを呼び、黒幕との対話を開始する。

 「まったく。草間を襲うなど、弱い者いじめもいいとこだな。よそで自慢するな。恥ずかしいだけだぞ、魔女とやら。」
 『ヴィジョンタロットの宿命に彩られた東京の戦いも、まだ序盤だというのに……私はなかなかの敵を相手にしてしまったみたいね。しかもタロット持ちでない集団とはね。ったく、バカみたい。』
 「このタロットには、トランプで言うところのスートがあり……飯田の上位にあるのがお前なのか。」
 『私はヴィジョンタロットが示す宿命の星、通称「スタートゥエルブ」のひとり。「深淵」を統べる「黒い髪の魔女」の暗示を持つ女よ。上野で占い師を営んでるけど、お暇なら会いに来る? 最悪の運命を見せてあげるわ。』
 「ガルル〜。(訳:雰囲気の悪い女だぜ)」
 「私は世界の理を逸脱した魔物を生み出すあなたを許しません!」

 ルルティアの言葉に誰もが頷く。細かい考えは違えども、この魔女のやり口はいただけない。誰も敵対することに躊躇する者はいなかった。

 「ヴィジョンタロットにどんな宿命があるかは知らないが……お前のわがままで、少なくとも俺と飯田、そして犬が被害に遭ってるからな。そこで首を洗って待ってろ。その高くなった鼻に、高額な請求書を叩きつけてやる。」
 『ふふふっ。私は今までの連中とは段違いの力を持ってるわよ。お気をつけなさいな。』

 盛大に武彦が宣戦布告すると、潤が持っていたヴィジョンタロットは勝手に凍り、瞬時に粉々になってしまった。この時、ルルティアも潤も同じ力を感じ取る。それは純粋な破壊の力……魔法を模しただけの、純然たる悪意。否が応でも、深淵を意識せざるを得ない。
 その前に真人間に戻ったであろう飯田の処置を決めなければならない。武彦は知り合いの医者に治療を頼み、そのまま警察に連行することを提案する。もちろん、それに反対する者は誰もいない。

 「飯田の足は……まぁ、このくらいは痛い目に遭っても文句は言わせないということで。とりあえずは、白いワニにでも噛まれたと言っておくか。」
 「ガウ!(訳:俺は下水道のワニじゃないっ!)」
 「そろそろ私も出番だといいけど。ここの謝礼はおそろしく薄いが、何もしないのも気味が悪いからな。」

 ヴィジョンタロットが生み出した事件は、まだ終わりが見えそうにない。それは魔女が司る『深淵』という言葉が、今のすべてを物語っているようでもあった。この戦いで真実へ向かう一筋の光を見るのは武彦たちか、それとも魔女か。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

8048/真行寺・拓海 /女性/ 16歳/学生・ルルティア
2778/黒・冥月   /女性/ 20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
7038/夜神・潤   /男性/200歳/禁忌の存在
6940/百獣・レオン /男性/  8歳/猛獣使いのパートナー

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんは、市川 智彦です。草間興信所からの依頼をお届けしました!
いちおう「オムニバス形式での続き物」ですので、またまたお話を広げました。
だんだんと広がりを見せる今回のシリーズ、はたしてヴィジョンタロットの宿命とは?!

前回に引き続き、今回も「頭脳戦」を色濃く表現させていただきました。
いかんせん、筆者が聡明でないので(笑)。それでも毎回、盛り上がる形に仕上げてます。
次回も一癖ある敵が登場する予定です。ぜひお楽しみに!

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!