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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月が騒ぐ

今日は満月。
こんな月の夜は嫌いだ。
自分が自分でなくなってしまうから‥‥。

10年前、まだ小学生だった俺は友達を食い殺した。
自分が吸血鬼だと知らなかった、知りたくもなかった。
あの日もこんな満月の夜だった。
月を見ていたら、嫌に胸が騒いで、喉が渇いて、狂うほどの飢餓感が俺を襲った。
気がついたら、血を抜かれて死んでいる友人と口の周りを真っ赤にした自分がいた。
誰が、こんな事を――?
そんな事を思う必要はなかった、口の周りを真っ赤にしていた俺、きっと俺が殺した。

「もう嫌だ‥‥こんな事が一生続くなんて、死んでしまいたい」
(「死にたい? なら俺が代わりに『水嶋陽一』として生きてやるよ――」)

自分の頭の中に声が響いたかと思うと、俺の意識は消滅した。
 消滅する寸前、10年前のあの日、友達を食い殺したのは俺の中に潜むコイツだったんだと悟った。

「隔世遺伝か、爺さんのまた爺さん、更に遠く遡る先祖に吸血鬼と人狼の血を持つ奴がいた――やがて血は薄れていくはずだったのに、運が悪かったんだよ、お前は‥‥いや『俺』にとっちゃ運が良かったんだけどな」

あははは、と夜闇に響く高らかな笑い声と共に『水嶋陽一』だった少年は歩き出し、自分の飢餓感を癒すために人を喰らい始める。
 そして、数日後、草間武彦の元に『俺を殺して』と訴える水嶋陽一の霊が現れたのだった。

視点→橘・沙羅

 その日、橘・沙羅は自分が手伝いに行っている斡旋事務所から連絡があって事務所へと向かっていた。
(「今日はお休みだった筈なんだけど‥‥何かあったのかな?」)
 嫌な予感がして、沙羅はいつもより早い足取りで事務所へと向かっていた。

「え、草間興信所ですか?」
 事務所に到着した途端、草間興信所への地図を渡されて「行ってきて」と頼まれた。
「はぁ‥‥分かりました」
「悪い‥‥‥‥詳しい事は地図と一緒に渡した資料に書いてある、行くまでに読んでいて欲しい」
 わかりました、沙羅は言葉を返して事務所を出て草間興信所へと向かう。電車の中で『読んでいて欲しい』と言われた資料に目を通す。
 そこには自分の中に存在していた吸血鬼としての人格に身体を乗っ取られたという少年・水嶋陽一の事が書いてあった。
 そして、水嶋陽一の霊が草間興信所へと現れ『自分を殺して欲しい』と願っている事も書かれていた。
 そこで先ほど事務所で言われた『悪い』という言葉の本当の意味を知った。

『こんな事件を任せて、本当に悪い』

 悪いという短い言葉の中にはきっと、このような意味が含まれていたのだろう。
「どうしよう‥‥」
 資料を見て、沙羅は頭をフル回転させて何とか出来ないものかと考えるけれど、水嶋陽一の霊を身体に戻す方法も、吸血行動を治す方法も何も思いつかなかった。
 だけど『殺して』という水嶋陽一を『何とか人間に戻せないか』と考える時点で沙羅が優しい心の持ち主だと言う事が伺える。
「う‥‥うぅ‥‥」
 気がつけば電車の中という事も忘れて、沙羅の瞳からは涙がぼろぼろと零れていた。周りの人間たちはそんな沙羅を訝しげに見るだけだったが、沙羅は気にする事はなかった。

 事務所を出て一時間後、沙羅は草間興信所の前に立っていた。
 ドアノブをがちゃりと回して中に入ると不機嫌そうに煙草を吸う男、その男に優しげな表情でお茶を出す少女、そして窓から外を眺める幽霊の3人がいた。
「あの‥‥橘・沙羅です‥‥」
 ぐす、と鼻を鳴らしながら沙羅は草間興信所の中へと入る。
「突然呼び立てて申し訳ないな、一緒に送った資料は読んだか?」
 草間武彦から問われ「‥‥はい」と首を縦に振りながら沙羅は言葉を返した。
「そうか、詳しいことは本人に聞いてくれ」
 窓際のソファに視線を移し、そこには先ほど窓の外を眺めていた霊が座っていた。
「はじめまして‥‥水嶋陽一です、今回はこんな事を頼んで‥‥本当にごめんなさい」
 深く頭を下げながら陽一が自己紹介と謝罪をしてくる。
「い、いえ‥‥あの‥‥ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
 沙羅も陽一に頭を下げて謝罪をする。その出来事に「え?」と陽一はきょとんとした顔で沙羅を見ていた。
「色々、考えたんですけど、わたし、何も思いつかなくて‥‥もっと、もっと、あぁ‥‥」
 一度は止まった涙が再びぼろぼろと溢れて沙羅の視界を滲ませた。

 ――もっと自分に力があれば。
 ――もっと自分に何か出来れば。

 そんな言葉が沙羅の頭の中に浮かんでくる。電車の中で資料を読んだ時から沙羅は何か出来る事はないかと考えていた。
 だけど結局出来る事は、たった1つしか見つからなかったのだ。
 それは、陽一の望み通りに彼自身の身体を滅ぼす――つまり彼を殺すこと。
「もっと、わたしに、なにか出来ればよかったんですけど‥‥何も思いつかなくて、だから、わたしがあなたに出来るのは‥‥」
 1つだけなんです、嗚咽混じりに呟き沙羅は今まで以上に涙を溢れさせた。
「目が赤かったのはそういうわけか」
 草間武彦は沙羅の姿を見て小さく呟く。沙羅が草間興信所に来た時は既に目が赤かった、つまり草間興信所に来る前にも泣いていたという事になる。
「いいえ、あなたが謝る必要は全然ないんだ。無理を言っているのは俺の方なんだから‥‥謝るのは俺の方だ、本当にごめん」
 陽一は申し訳なさそうに呟くと、再び頭を下げた。
「あいつの考える事、俺にもわかる‥‥元々1人だったせいだと思うけど、此処からそう遠くない公園で『食事』をしようって考えてる‥‥」
 食事、現在陽一の身体を動かしているのは吸血鬼としての人格――つまり、その彼が食事を取るとなれば、確実に犠牲者が出る。
「此処から10分近く歩いた所に公園がある、恐らくそこだろう」
 草間武彦が呟き、沙羅と陽一は急いで公園へと向かっていった。

「きゃあああ!」
 公園に到着すると数人の女性が子供を抱えて飛び出してくるのが沙羅の視界に入ってきた。
「どうしたんですか?」
 逃げてくる女性に沙羅が問いかけると「お、男の子がいきなり‥‥」と呟きながら逃げて行った。
「やっぱり目立つのはダメだなぁ、食いモンが逃げちまう」
 頭を掻きながら水嶋陽一が呟く。だけど沙羅の目の前にいるのは人を食い物としか見ていない『吸血鬼』の陽一だった。
「ごめんなさい‥‥わたしは、あなたを、ころしにきました」
 呟く沙羅に水嶋陽一の霊は少しばかり驚いていた。先ほど草間興信所で「ごめんなさい」と言って泣いていた彼女とは雰囲気が違って見えたからだろう。
 だけど沙羅は陽一のように別人格があるわけではない。なるべく早く終わらせたいと考え、冷静に勤めるように努力しているだけなのだ。
「ちょうどいいや、腹減って仕方ないってのに食いモンに逃げられたしな‥‥お前を食わせてもらうぜぇ!」
 吸血鬼の陽一が沙羅の方に向かってくるのを確認した後、沙羅は親指を強く噛んで血を流す。
 そしてそのマッチを摺り、自らの血を垂らした後で地面へと放る。
 するとただの火だったモノは犬へと姿を変えて吸血鬼の足をぎりっと強く噛む。
「ぐっ――な、なんだよ! こいつぁ!」
 吸血鬼は犬を蹴ろうとするけれど元々は実体無き炎、蹴り飛ばす事なんて不可能である。
「‥‥さようなら」
 再び血を火へと垂らし、もう1匹の犬を作り出して吸血鬼の喉元目掛けて攻撃を仕掛けさせる。最初の犬によって強く足を噛まれているせいか身動きが取れず「ちくしょぉぉぉ!」と吸血鬼は叫び、喉笛に噛み付かれて大量の血を流す。
「ち、くしょ‥‥ぅ‥‥俺、は‥‥これか、ら‥‥す、きに生き‥‥はず、だ‥‥のに‥‥」
 ちくしょう、最後にもう一度悔しそうに呟いた後ザァッと砂になって消えた。
「ありがとう、これで俺も‥‥心残りがないまま死んでいける――‥‥つらいことをさせて、本当にごめんなさい」
 陽一はそれだけ言葉を残すと、すぅっと溶け込むように静かに消えていった。
「う‥‥うっう‥‥うぅ〜‥‥」
 沙羅はその場に座り込んで声を殺して泣き始める。生きたかった吸血鬼、生きていけなくなった彼、どちらも助けたかったはずなのに――と心の中で悔やみながら。
 だけど祈らずにはいられない。

 同じ身体に宿った種族の違う2つの人格の彼らが次にこの世界に戻ってくるとき、幸せな未来が待っていますようにと――‥‥。

END



―― 登場人物 ――

6232/橘・沙羅/18歳/女性/斡旋業務手伝い兼護衛

――――――――――

橘・沙羅様>
はじめまして、今回執筆させていただきました水貴透子と申します。
今回はご発注いただき、ありがとうございました。
今回の話の内容はいかがだったでしょうか?
少しでも気に入っていただける内容に仕上がっていれば幸いです。

それでは、今回は書かせて頂きありがとうございました。

2010/3/18