コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


piece.DG 黒崎の帰還

■opening

 何年か前の話。
『白銀の姫』と言う、参加した者を取り込んでしまうと言う噂の、呪われたネットゲームが存在した。
 色々と関わる事件が起きた。
 現実にまでその『白銀の姫』の世界が影響を与え、侵蝕し始め、世界の危機にまでなった。
 詳細については、高峰心霊学研究所辺り――もしくは今もなおネットの中に浮遊しているゲーム『白銀の姫』の情報ページにでもレポートが保管されている事と思う。
 草間興信所やアトラスの面子も、巻き込まれた。他の、いつもの顔触れも、それなりに、たくさん。
 …ここアンティークショップ・レンも、巻き込まれた。
 今はその話は…忘れられて久しく、あまり聞かない。
 が。
 その話が事実であった動かぬ証拠は、ある。
 と言うか、居る。

 何年か前からここアンティークショップ・レンの店員になっている、アリアと言う少女。
 …彼女は『白銀の姫』に於ける女神にして根幹プログラムである、アリアンロッドと言うNPCのコピーになる。
 詳細は省くが、現実世界に顕現して、そのままここで――碧摩蓮の下で働く事を選び、今に至っている。

 彼女だけでもない。
 証拠としてある物も、ある。
『白銀の姫』事件の発端となった、壊れたノートPC。
『白銀の姫』のメインプログラマー・浅葱孝太郎の遺品であるそれは現在このアリアの私物と言う扱いではあるが、保管・管理の関係で――蓮が自らの私物と一緒に保管してありもする。

 そして事が動いたのは、ふと思い立って蓮がアリアと共にそんな私物を整理していた時の事。

 整理の途中、偶然手に触れ――そういえばアリアはここから出てきたんだっけねぇ、とばかりに軽く懐古にかられ、戯れで電源を入れる動作をしてみたその時に。
 浅葱孝太郎の遺品である、壊れている筈のそのノートPCは――あろう事か起動した。
 それは浅葱孝太郎が現実世界で死亡した際の事故により――そしてアリアが出て来たその時踏み潰した事により、物理的にはもう使い物にならない筈の代物でもある。

 起動したノートPCのディスプレイに平然と映し出されていたのは、当の『白銀の姫』ログイン画面。
 かと思うと、何の操作もしていないのに、自動的にまた別の画面が映し出される。
 やけにリアリティのある一面の草原に、蓮にして見ればそろそろ見慣れた顔の――白銀の甲冑を纏った女戦士が佇んでいる。
 その白銀の女戦士は、画面を見ている者の存在を確認すると静かに目礼した。さりげない仕草。さりげなさ過ぎて、逆にゲームのような作り物とは思えない仕草でもある。
 画面に映る己が写し身の姿に、誰より先に呆然とアリアが口を開いた。
「………………オリジナル、ですか」
『もう私をそう呼ぶ必要はありません。貴方は『アリアンロッドのコピー』では無く『アリアのオリジナル』になったのだから。創造主様もお認めになった筈です』
 ノートPCのスピーカー部からアリアと同じ声が届く。
 感情を抑えた真面目な声。
 それ以上余計な事は何も言わず、『彼女』はただ、連絡事項を述べる。

 ――黒崎潤でもありクロウ・クルーハでもある者がここを通る準備が整いました。
 ――現実世界側の都合も色々とあると思われますので、事前に私が知らせに――って、え、あの…ちょっと待って下さい!!

 と。
 滔々と述べ始めたところで、誰かが近付いてくるような――さくさくと草を踏む音がし、同時にアリアンロッドが何かに動揺したような制止の声を上げたかと思ったら。

 ――そんなまだるっこしい事をする必要など無い。どけ。…あんただけじゃない。現実世界側もだ。

 別の声が聞こえて来た。
 蓮やアリアにしてみれば、名前や話こそ聞いてはいても、声を聞くのは初めてで。
 黒崎潤=邪竜クロウ・クルーハ。
 彼のものであるその声が聞こえた直後、蓮の持つノートPCのディスプレイ部分から、高校生程度の茶髪赤目の少年――いや、妙に貫禄があり大人びている印象があるので青年と言った方がどうもしっくりくる――が飛び出して来た。が、アリアが出てきた時の要領を得ない状況とは違い、飛び出したそこで卒無く少し離れた位置に軽やかに着地、すぐさま体勢を立て直している。
 どけと言われた通りに咄嗟にノートPCを放り投げつつ――物理的には壊れているのでまぁいいかと咄嗟に判断――同時に己も仰け反り退がった蓮は、出てきたその…現実世界の視点で見ればまったく何でもない普通の風体な青年の姿に、取り敢えず話し掛けてみる。
「…あー、あんたが、黒崎潤で良い訳かい?」
「その通りだ。…初めましてと言うべきなのかな。碧摩蓮さんに…アリアのオリジナル」
 余裕の態度で薄らと笑い、久々の現実世界で遇った相手に――黒崎潤はそう返した。



 …現実世界か電脳世界か、何処とも知れぬその場所で。
 声が響く。

 ――黒崎君、やっと戻るって話らしいよ?
 ――現実世界に、ですか。随分長かったですよね。
 ――うん。でも結果として黒崎君の創り上げた『モンスターたちの世界』はそろそろ盤石になったみたいだし、デフォルトの『白銀の姫』世界でもそろそろ悪役演るの慣れて来てるみたいだしね。…先日擬装した上で遊びに行ってみたら敵さんが雑魚でも凄い迫力でさー。モンスターたちも結構演技力上がってるの実感した。…ただのプログラムで数パターンしか動きが無かった時より今の方が格段に凄い。倒した後思わず喝采送っちゃった。何だか凄く嬉しくてねぇ。…応援に何かプレゼント贈っとこっかな?
 ――…ゲームのプレイヤーと言うものは倒した敵キャラに対してそういう行動を取るものなんでしょうかね…。擬装していても貴方とバレているんじゃありませんか? そもそもプログラムを創造し組む際に手伝っていた関係で、中の者から見れば貴方自身も部分的に創造主扱いなんでしょう? 本宮秀隆さん。気付かれていて当然だと思いますが。
 ――雑魚さん相手だったら見抜かれはしないよ。女神や黒崎君レベルだったらわからないけど。でもその辺はどうでもいいんだ。本当は見抜かれても何でもいい。どうせ僕が『ここ』に居る事はみぃんな察しが付いてるし見抜かれたとしたって何の問題も無い。ただ、黒崎君がそろそろいいかって判断した『世界』の状態を確かめたかっただけだから。
 ――…で、僕にこの話をする理由をそろそろ?
 ――…ああ、うん。一度くらい会ってみたいと思わない?
 ――黒崎潤さんとですか?
 ――そう。『白銀の姫』事件のあの時、君と言う存在が『世界を破壊する者』――『現実世界に於ける邪竜クロウ・クルーハ代替』と扱われてしまった…その、ゲーム世界に居る『本物』の方がどんな奴なのか知りたいとか思わない?
 ――…。
 ――君さ、ログインする気は全然無いんでしょ? だったら彼の方で現実世界に出て来てるこれはいい機会かなーって。
 ――それで貴方は何を期待していますか?
 ――何も。…強いて言えば、君が僕の想像を超えた事をしてくれる事を、かな。
 ――でしたら貴方の想像の範囲内に収まる事を敢えてするべきか、とも思いますが、僕がそう考えるだろう事も貴方は承知。ならばどうするのが貴方の期待を裏切る事になるのか…難しいですね。
 ――だから僕はダリア君なら何でもいいんだって。…あ、それが期待になるかな? 君の行動自体が僕の興味の対象。動いても動かなくても。どういう時に殺意が湧くのかとか。どういう相手だと殺したくなくなるのかとか。とてもとても興味深くてね?
 ――…。…まぁ、本物のクロウ・クルーハにお会いするのもまた一興、ですか。
 ――あ、ちょっと笑い方が黒いよ?
 ――おや、貴方もそろそろ見分けが付くようになりましたか? …ふふ。



■取り敢えずは引き留める。

 店の奥が俄かに騒がしくなったのに、夜神潤は気が付いた。
 アンティークショップ・レン。所用があり来訪してみたのは良いがどうも店内に店主も店員も見当たらず、少し待ってはみたのだが――そろそろ出直した方が良いかと思い始めたところ。
 そこで、これだ。
 何事かと思い、騒がしくなった気がした方向――奥への扉を暫く見ていると、そこから濃い茶の髪に赤い瞳の少年が出てくる。まだ十代半ば程度に見えるか。ただ、夜神潤にしてみればそんな店員をここアンティークショップ・レンで見掛けた覚えがない。と言うよりそもそもこの彼の立居振る舞いは人に使われる店員らしくない。逆に使う方だと言われた方がしっくり来るような、年の頃に似つかわしくない貫禄と言うか威厳と言うか…そんなものが確りと身に付いている。
 彼に続いて、何処か機械的な印象のある白い女性が扉から出てくる――こちらもそこはかとなく貫禄のようなものはあるのだが、少年の方とは違いこちらの彼女は前にも店で…店員として見た事があった気がした。確か…碧摩蓮からアリアと呼ばれていたような気がする。
 そのアリアの方が、足早に出て来た――そのまま夜神潤の横をすり抜け、店から出ようとしている少年を何処か必死な風で呼び止めた。
「待って下さい!」
「…なんだ」
 面倒臭そうに返しつつも、少年は足を止め、彼女を振り返る。
 止めた通りに振り返られると、アリアの方も――何故か、ちょっと驚いたような顔をして、止まってしまう。…どうも少年がそれで止まるとは思っていなかった、らしい。
 そのまま、暫し。
 二人の間で何だか奇妙な沈黙が続く。
 暫しして、先に口を開いたのは、少年の方。
「…用が無いなら行くが?」
「いえ、あの…」
 アリアは言葉を濁してしまう。
 と、アリアに続いて今度こそ店主が――碧摩蓮が奥の扉から姿を見せた。
 それで、少年を見ている。
「あんたをこのまま一人で行かせたくはないって事だよ。…あんたが単に黒崎潤だってんなら放っといてもまぁ構わんだろうが、それだけで済まないんだろ」
 言いながら、蓮はちらと夜神潤の方も視界に入れる。
「…済まないね、ちょっと立て込んでて」
「出直した方が良いだろうか?」
 邪魔なようなら。
「いや。…むしろ話に巻き込ませてもらってもいいかい? あんたならちょうどいい第三者になる。…ああそうだ。確かあんたも名前が『潤』だったよね?」
「ああ、そうだが…」
 と、隠す理由も無いので素直に答えたところで、碧摩蓮はそれとなく少年を示す。
「奇遇だがこっちの少年の名前も同じ『潤』なんだ。黒崎潤。字面も同じ。ほらもう共通の話題が一つ出来たじゃないか?」
「…」
 夜神潤は少年――黒崎潤の方を無言で見る。
 と、黒崎潤は目を険しくさせて碧摩蓮を見た。
 …が、蓮は動じない。
「いいじゃないか。ただでさえ帰って来るのに何年も掛けてんだ。今更急ぐ事も無いってもんさ」
 違うかい?



■改めてアンティークショップ・レン店内。

 結局。
 黒崎潤は引き留められるまま案外素直に、アンティークショップ・レンの店内にまだ残っている。
 それで、取り敢えず皆で店内に腰を落ち着け、過去の事件に関しては完全に第三者になる夜神潤に対して、どういう事情があるのか――過去の『白銀の姫』事件に関する話をアリアがある程度ながら伝えたり、蓮の方が電話で当時の関係者に連絡を入れたりしていた。ともあれ急な事。…軽く何らかの対策を立てる必要はあると思ってしまうのは過去の事件が事件であるからで。…今現在の状況として然程大騒ぎする事ではないだろうと黒崎潤はうんざりしているようだが、過去の事件の時も――始まりを辿るなら一人の青年の交通事故死、と世間的には何も大した事では無かった訳なので、現時点では如何とも言い切れない。そしてそれを暗黙の内に察してもいるからこそ、黒崎潤の方でも言われる通り大人しく留まっているのだろう。きっと。
 蓮はあちこちに電話をしてはいるようだが、どうも渋い顔。どうやらなかなか誰も捕まらないらしい。
 結局今までのところ、繋がったのは月刊アトラス編集部くらいである。…しかも繋がりはしたが色々タイミングが悪かったようですぐにこちらに寄越せる人材が居ないとか。なのでそちらでもこの件について各所に声を掛けてもらう事を頼むだけ頼んで、次。
 蓮は今度はセレスティ・カーニンガムに連絡を入れてみた。
 …と、繋がった。
 やっと捕まったアトラス以外の当時の関係者、と言う事で、蓮はセレスティに黒崎帰還、の旨を伝えてみる。…と、受話口からは何だかしみじみとした声が聞こえてきた。
(…。…黒崎君帰って来ておられなかったんですねぇ)
 いえ、帰って来られるのならもうとっくに帰って来ているものと。
 …然り。
「まぁねぇ。あたしもアリアも忘れてたくらいだから」
(…こちらに戻って来たと言う事は、向こうの世界に興味を惹く物が無くなったのか…黒崎君の手を離れてもモンスターたちは大丈夫だと確信したからでしょうか)
「さぁ。どうだか。…本人話す気があるのかもよくわからないしね」
(ですか。…そんな事情であるなら私もそちらに伺いたいのは山々なのですが…少々立て込んでるのですぐとは…ところで蓮さん…水原さんには?)
 水原さん――水原新一。
 …過去の『白銀の姫』事件の際、ある意味一番広範囲かつ詳細な情報を得ており、それらを駆使して密かに事件への対策の音頭を取っていた、とも言えるハッカー。神聖都学園の高等部教師でもある。
 諸々の事情により蓮とは腐れ縁の身内…のようなものになるらしいとは聞いているが、そちらには連絡は取ったのか。
「あー、今あいつも別件で立て込んでるらしくてね。手が空いたら来るとは言ってたが」
(そうですか。…私もこちらの用が済み次第伺います。では、そうと決まれば用事の方を早く済ませたいので失礼しますね)
「ああ。頼むよ」
 切。
 蓮は受話器を置くと、ちょっと考え込む。
 …セレスティも後で来てくれると言う話ではあるが、結局アトラスと同様、すぐ、は無理と来た。
 そして店内の状況を改めて思い返す。
 アリアに黒崎、そして自分。…今現在頼めそうな相手は、夜神潤だけ。
 どうも、心許無い。…能力的な面でではなく、負担的な面で。このままだと、初対面の夜神潤一人に色々圧し掛かる事になってしまいそうな。
 思っているところで、電話が掛かって来た。
 ちょうど電話の前に居たままだった訳で、蓮はワンコールも鳴り終わらない内にすぐに出る。
 と、相手に驚かれた。
(…随分早いですね。蓮さん)
「…ああ、あんたか。…この際あんたでも良いか。今空いてるかい?」
(はい? …まぁ、空いてると言えば空いてますけど。…いきなり何ですか?)
「だったらこれからちょっと来てくれないか。頼みたい事があるんだよ」
 蓮はあっさりとそう頼む。
 恐らくは何か美術館の仕事絡みの件で偶然、電話を掛けて来たのだろう相手――石神アリスに。



■呼んでない人も来た。

 で、更に少し後。
 アンティークショップ・レンの店内は、それまでとは打って変わって何故か唐突に賑やかな事になっていた。
「おお、お前がゲームから出て来た面白人間と言う奴だな!!」
「…」
「反応無しか。…そんな話を小耳に挟んだ以上は是非とも会わねばと思い来たのだが…案外普通だな?」
「…」
「と言うか、どうも暗いぞ? 何か嫌な事でもあったのか? 誰かにいじめられたのか? それともゲームから出て来たばかりで現実世界が怖いのか? そんな調子では幸福は逃げて行ってしまうぞ? 私のように前向き過ぎるくらい前向きに生きる気は無いのか???」
「…おい」
 と、何故か目の前で散々捲し立てられているところで、うんざりしたように黒崎潤は碧摩蓮へ目をやる――やったつもりだったが、今の賑やかさの原因である、民族系のゆったりした中性的な衣服を纏った――声からしても姿からしてもいまいち男女どちらとも判別付け難い素っ頓狂な人物が――先にそちらにぐるりと回り込んで来ていた。
 …結局、その人物はまた黒崎の目の前に居る事になる。
「おお、やっと口を開いたな。察するに私が鬱陶しいかそんなにクールに決めたいのかこの格好付けめ。だがそれもまたゲームの中の人物らしいと言えばそうかもしれん。うむ。そんなクールな設定のキャラクターと言う事もある訳か…いやいやゲームの中の人物ならば特定のわかりやすい反応しか返すまい。となればお前はそうでもないのか、ならば何者なのか…いやでもアトラスの連中も『白銀の姫』がどうのと言っていたんだがなぁ…」
 更にそこまで捲し立てると、その謎の人物は一人本気で考え込む。…科白からするにこの人物、今現在のアンティークショップ・レンの事は――黒崎帰還の事はどうやらアトラスで耳にしたらしい。
 …ともあれ、何だか居合わせた一同、この時点で一気に毒気を抜かれた。
 が、ひとまず今は――何より先に確認しておくべき事がある。
 蓮はぷかりと煙管を吹かした。
「…あんた誰だい?」
 …いきなり現れて皆の毒気を吹き飛ばしたこの人物は何者か。
 言われるなり、たった今気付いたとばかりに――蓮に誰何されたその人物はぽむと手を合わせている。
「ん。…おお、済まんな御店主と思しき中華系な姉御肌。申し遅れた。私はあんたではなくラン・ファーと言う。ゲームから出て来た面白人間とやらに会って遊ぶ為にここアンティークショップ・レンを訪れてみた者だ! 以後宜しく頼む!」
 そこまで堂々と言い切ると、ランは持っていた材質不明な扇子を天晴れとばかりに開いて掲げている。
 …何だか色々と何処からツッコんで良いのかわからない。
 元から店内に居た皆が誰ともなくそう思ったところで――今度は、ばん、と派手に店の扉が外から開かれる。
 ラン含め、店内に居た面子は何事かと一気にそちらを注目する。
 と、そこには――黒崎潤とほぼ同年代だろう、右頬に横一文字に絆創膏を貼り付けた――明るい茶色の髪に緑の瞳の少年が居た。
 誰か息せき切って飛び込んでくるかと思えた派手な扉の開け方とは裏腹に、現れた人物の佇まいや表情は何故か全く平静で殆ど無表情と言って良い。…状況からして明らかに今扉を開けたのは彼としか見えないが、佇まいからして全然そう見えない辺りが却って色々不自然に見えもする。
 その少年――守崎啓斗は店内の様子を見、黒崎潤の姿を見付けると軽く頷いた…気がした。
 黒崎の方でも啓斗の姿を見、少し何か気になったような顔をしている…気がする。
 が、何も言わない。
 啓斗の方は店内に入ってきた。
 乱暴に開けた扉を丁寧に閉め直しつつ、それでも啓斗は一瞬足りとも黒崎から意識を逸らそうとしない。
「…黒崎、と聞いたような気がするので来てみた…んだが」
 誰にともなくぽつりと言いながら、啓斗は店内、座っていた黒崎の前まで来る。
「俺も一応あの件には関わっていたし。…懐かしいな」
 と、穏やかに続ける割には――どうも何か二人の間の空気がぴりぴりと痛い。
 が、意に介した様子無く、黒崎はさらりと口を開いている。
「…ああ、確かに久々の顔だね。懐かしいと言う程親密だった覚えは無いけど」
「ああ…お前にしてみればそうかもしれないな。だがお互い一緒に行動していた事があるのは確かだろ。懐かしいと思っちゃまずいか?」
「いや。…僕の方ではまずそうは出て来ないってだけの話だ。あの時のパーティーメンバーからは…どっちかって言うと常に警戒されていたような気がするし。…まぁ、こちらの世界の人間に懐かしいと思われるのは悪くないけどね」
「…。…そうか。で、ここに戻って来ていると言う事は…あちらの世界の構築は上手く行っている、と言う事なんだろう」
「どうかな。…まぁ、本気で気に懸けてくれるつもりなら、僕じゃなく他の奴に訊くべきだ。場所を構築するだけならシステム上初めから問題は無いけど、それだけでは何とも言えないんでね。モンスターの皆は今の僕に対して不平不満はあったとしてもまず言わない。だから、僕たちの世界が上手く進んでいるかの判断は直接モンスターたちにか…もしくは外部の奴に訊いた方がいい。…ルチルアやら…ネヴァンとその勇者やらは時々僕たちの世界の方にも来ているからね。連中に訊いた方が良いだろう」
「! …そうなのか」
「? …僕は何か驚くような事を言ったか?」
「…いや。他ならないお前が俺なんかにそう言える時点で、お前たちの世界の構築は充分に成功しているんだろうな。良かった…が――」
 と、啓斗が更に何か言い掛けたところで。
 黒崎と啓斗の二人の間に、いつの間にやらランが顔を突っ込んで――特に啓斗の方をじーっと見ていた。
 黒崎の方も啓斗の方も、思わずそちらに視線が向く。
 と、ランが口を開いた。
「二人は知り合いなのだな。と言う事は今飛び込んで来たお前もまた実はゲームから出て来た面白人間だったりするのか? …何となく何処かで見覚えのある顔の気がするんだが…」
「…俺が、か」
「うむ。どのゲームで見たのだかははっきり思い出せんのだが…と言うか私がプレイした事あるようなゲームから面白人間が出て来たと言う話は聞いた事が無い以上は私の気のせいかもしれん。…『白銀の姫』とやらはプレイした事が無いからな」
「そうだな…まぁ、俺も『白銀の姫』の中に入った事がある以上は出て来た事もある訳だが…。済まない。俺には貴方と前に会っていたかどうかはわからない」
「そうか。まぁ…ならば改めて名乗っておこう。私はラン・ファーと言う。ゲームから出て来た面白人間とやらに会って遊ぶ為にここアンティークショップ・レンを訪れてみた者だ。以後宜しく頼む!」
「…。…ラン?」
「ああ。何処かで聞いた事でもあったか? ならばやはり私の気のせいでは無かったと言う事になるが」
「…いや」
 啓斗にしてみても、この流暢かつ偉そうなのにやけにフレンドリーな喋りに名乗りと、その名に何処かで覚えがある気はする。
 が、良くわからない。
 わからないので、その旨を伝えてから――取り敢えず礼儀上、啓斗の方でもランに名乗り返してはおく。
 と。
 啓斗が名乗り返したところで、また、先程同様、ばん、と外から扉が派手に開けられた。
 既視感溢れる状況に再び店内の視線がそこに集まる。
 そして今度は――先程の啓斗の場合とは違い、見る者が思うだろう一番初めの想像通りに息せき切って誰かが飛び込んで来た。…啓斗そっくりの、けれど印象は随分と違う、緑では無く青い目をした少年――啓斗の双子の弟、守崎北斗が冷汗混じりに焦った様子で飛び込んで来ている。
「誰かうちの兄貴を止めてくれ…「黒崎」って聞いただけで鉄砲玉みたいにうち飛びだしてきちまって…――」
 と、言い掛けたところで。
 店の中、兄の姿と同時に、本当に黒崎潤の姿がある事に気が付いた。
「――…って、なんだホントに帰ってきてんの?」
 黒崎の姿を見付けるなりけろっと態度が変わると、北斗は今度はぐるーっと確認するように黒崎の周囲を回って、物珍しそうにその姿をじーっと見ている。
 その動作の間にも、黒崎は訝しげに北斗の方を見返していた。
「…何だ」
「いやいやいや…」
 そしてぐるりと一通り見終わると。
「元気そうでなによりだよな!」
 にかっと笑いつつ、気安げに黒崎の肩をぽむ。
 と、そんな北斗の事を啓斗はさりげなく目顔で抑えようとしている――が、同時にまたランがきらきらと目を輝かせてずいと割って入って来ていた。
 それで、啓斗より先に北斗に話し掛ける。
「うちの兄貴とか言っていたがひょっとしてお前は双子の弟とかだったりするのか」
「へ? ああ、まぁそうだけど…あんた誰?」
「ん、私はラン・ファーと言う。ゲームから出て来た面白人間とやらに会って遊ぶ為にここアンティークショップ・レンを訪れてみた者だ。と、さっきからここに来て何度同じ名乗りをしていたか…そろそろ面倒になってきたかもしれんな。まぁいい、そろそろこの場に居る者皆に私の事は知れたろう。以後宜しく頼む!」
「…。…ゲームから出て来た面白人間とやらに会って遊ぶ為にここアンティークショップ・レンを訪れてみた者、ってどんな自己紹介…。まぁいいや、俺は北斗ってんだけど。守崎北斗。で、こっちは兄貴の啓斗ね」
「うむ。啓斗の名は先程聞いた。にしてもしみじみ見た目はそっくりだなぁ…中身の方は相当違うように見受けられるが」
「あー、やっぱりわかる?」
「北斗。そんな事より今は…――」
「黒崎の事が先って? なー兄貴。戻って来て早々そんな固い事ばっか言ってちゃ黒崎の方だって息詰まるって。それよりもっと気楽に行こーって。な?」
「…北斗。お前はいつもいつも不用心過ぎるんだ」
「…兄貴は気にし過ぎなんだって」
 と、何処で黒崎の事を聞いたのか――蓮が呼ぶまでも無くここに来ていた三人と黒崎の四人で話し込んでいるそんな賑やかな状況を、何も口を挟まず――と言うか挟めず黙って見物してしまっていた夜神潤とアリア、蓮の三人は何となく顔を見合わせる。…見合わせたところで三人共に不意に店の外の様子に気が付いた。それで、改めて外へと繋がる入口を見る。…ラン、啓斗、北斗の三人が入ってきたそこ。見ているところで、開いたままなその入口の向こうにまた人影が差した。
 今そこに訪れていたのは、日本古来の姫の如く切り揃えられた長い黒髪に、神聖都学園の制服を着た小柄な少女――先程電話が掛かってきたついでに蓮が頼み事をした相手である石神アリス。
 アリスは店内の様子を見るなり――店内に居る者の話している内容も認めるなり、何処か憮然としている。
 それで、じろりと蓮を見た。
 蓮の方は、わざとアリスから視線を逸らすようにして、また、ぷかりと煙管を吹かしている。
 …こちらの言いたい事はわかっているらしい。
 それでもアリスは敢えて言う。
「………………わたくしが来る必要無かったんじゃ?」
 アリスにしてみれば電話口で黒崎の『お目付け役』を頼まれた時点で――裏の顔で知る伝手を使い、何かあった時の為の根回しは事前にして来た上で今ここに顔を見せている事になる。電話時点の蓮の話では黒崎潤と初対面の夜神潤一人だけではどうかと思っての声掛けだったらしいが…この様子ではその時から今に至るまでの間にちょうど知人でもあるらしい適任者?が来た、と言う事らしい。
 となると、わざわざ出向いたアリスとしては少々虚しくもなり、かちんともくる。…そもそも、アリスは蓮に頼まれた結果仕方無くここに居る。元々あまり乗り気では無い――と言うか、とっとと終わらせて趣味の「コレクション」を集める作業に移る気満々な訳で。
 …必要無いなら帰りたい。
 思ったところで――まぁまぁ、と宥めるような美声がアリスのそのまた背後から聞こえた。
「そんな事を仰らずに。…折角ですから御一緒しませんか?」
 アリスの背後に訪れていたのは、ステッキを突いた緩く波打つ銀髪の麗人。
 セレスティ・カーニンガムだった。



■揃ったところで本題。

「で、赴いてはみましたが」
 私たちが何やかやと言うより、ここは黒崎君次第になると思いますので、とセレスティは来て早々にそちらに振っている。…本題。それは確かに今、ゲーム『白銀の姫』に於ける『邪悪なモノたちの王』、クロウ・クルーハと融合した黒崎潤がここに居る、と言うその事実だけで――そして彼の思惑や行動次第で、今後何が起きるかわからない、と言う部分もあるので。
 だからこそ、蓮もアリアも黒崎を引き留めていた、と言えるのだが。
「…」
 黒崎は何も言わない。
 黙ったままで、店内に居る一同――先程から何やかやと自分に話し掛けて来ていたランと北斗に啓斗のみならず、新たに訪れていた者や元々居た者ら、他の面子の様子もそれとなく窺っている――ようだった。
 やがて、溜息。
「…だからどうしてそう大袈裟な話になるのかな。…それ程に僕が脅威と思うのか?」
「ええ…それは、まぁ。…世界が世界でしたしね」
 過去の『白銀の姫』事件の時からするに。
 と、問われてすぐにセレスティはあっさり返す。…但し、アリアの制止を聞き入れ、今のところ店内で大人しくしている…と言う現時点で、然程の心配は必要無いかとは思いますが、とも同時に思ってもいる。
 セレスティにしてみれば、クロウ・クルーハと融合している上、仕方無くの『仕事』としてであっても『悪役』の立場も元々の『白銀の姫』世界の中で今以って演じているとなると――それなりに心配にもなって来る。あれから何年も経っている以上、黒崎の思考がすっかりクロウの方に呑まれている事も考えられなくは無い訳で――そうなると今度はいったい何を仕出かすか、と懸念が浮かんでしまいもする。
 …ただ、セレスティが今見る限りでは、取り敢えず黒崎は以前の黒崎のままに見える。
 いや、むしろ当時より度量が広がったか? と言う気さえする。…もし本当にそうならば、いい意味?でクロウの影響を受けた、と言う事になるのかもしれない。元々の属性が邪悪なモノたちの『王』なのだから――即ち『上に立つ者』としての心構えも当然あるだろう。例えばそちらの意味で影響を受けた、と言う事ならば――それだけならば何も問題とは思えない。
 格好も、クロウに呑まれていたなら人目など気にせず半異形の暗黒騎士状態の姿で戻って来ているかもしれないと懸念していたが、どうやら特にそんな事も無い。今の黒崎の姿は、現実世界に普通に居る日本のティーンエイジャーの如き格好だ。…ならば基本的なこちらの世界の情報――格好のみならず一般的な生活サイクル等については、元々『人間』である黒崎潤任せで取り敢えずは構わなさそうだ、とも思い、安堵する。
 が、そんな『当人』の方には恐らく問題が無さそうだ、となると。
 また違った懸念も出てくる。

 ………………また何か、あったのではないか。

 セレスティがそう思い至ったところで――元々同様の事を思っていたのか、啓斗の方が改めて口を開いている。
「…話が少し逸れてしまったが。今回の帰還はただの里帰り…だけでは無いんだろ?」
 向こうの世界とこちらの世界にかかわる何かが確認されたからこちらに出てきた…違うか?
 静かに続けられた啓斗の科白に、黒崎はじろりと目を向ける。
「だから。…何故そう思うんだ」
「…。…セレスティと同様の理由だ。あの件は、世界が世界だった。そしてお前はその世界に於いて、どう行動していたか、を考えるとな。…何か心当たりがあるなら訳を話してもらえば協力するが。こちらの世界の事でも、そちらの世界の事でも」
 何かがあるのなら。
 啓斗はそう申し出る。
 が。
「あんたたちに協力を頼むような事は何も無いよ。今はね」
 黒崎は素っ気無くそう返してくるのみ。
 と。
「…そうじゃない事なら、あるのか?」
 これまで聞こえていなかった別の美声が、続けるようにぽつりと響いた。
 夜神潤。
「お前のその口振りでは、『俺たちに協力を頼むまでもない事』ならば、何かあるのだとも聞こえる。…黒崎潤の帰還なのかクロウ・クルーハの来訪なのか…言い方はどちらでも良い。守崎に…啓斗の方に倣うならここは『里帰り』と言うべきか。勿論、本当にそれだけであるなら何も横から口出しする事じゃない。俺は偶然居合わせただけの者で初対面な訳だし、そちらの――『白銀の姫』事件の事情も今ここで聞いただけだ。今の事態が現実世界にどう影響を及ぼすものかも正直良くわからない…ただ、本当にその『里帰り』だけで済むのかを、皆、案じていると言う事なのだろう?」
 不意に掛けられた真摯な夜神の科白に虚を衝かれたか、黒崎は一度黙り、思案する。
 それから、また軽く溜息。
「…何度も言っている。皆、大袈裟に考え過ぎだ。…まぁ、純粋に『里帰り』と言われると少し違和感がある事はあるが…それは僕の中に居るクロウがそうは思えないからなだけでね。他に何かあると言うなら、そのくらいの事だよ」
 どう影響を及ぼすかわからないと言うけど、そんな『僕のような存在』がこちらの世界に来る時に起きる影響を極力大きくしない為に、わざわざアリアンロッドにも話を通して、『門』を使ってこちらに来た訳だしね。
 と、黒崎がそう答えたところで。
「…どういう事だ?」
 怪訝そうに啓斗が確かめる。
 それを受けた黒崎は、答える代わりに先にアリアに問うていた。
「…話していないのか?」
「…。…はい」
「この警戒振りはそれでか。…アリア。そろそろこちらの世界にも慣れただろうに。まだそこまでクロウ・クルーハに含むところがあるのか」
「それは…」
 と、何か言い掛けるが――アリアはそのまま黙り、俯いてしまう。
 その様を暫く黙って見ていたかと思うと、はぁ、と黒崎は溜息。
「なら、アリア以外の奴には一から説明しておく必要があるか。…簡単に言うと、今現在の『白銀の姫』では世界維持の為にゲーム世界で生まれた者は基本現実世界に出て来れないように制限してあるんだ。だが許可を得て『門』を使う場合だけは特例として行き来が可能なようにも異界で設定してある。僕は結局クロウと融合したままだから、その『門』を通らないと現実世界には戻って来れない。そしてその『門』はこちらの世界ではアリアの所持している創造主のノートPCになっている。『門』には『門』を守る『門番』が居る。アリアはこちらの世界の『門番』だ。『門』を通じて訪れた者をこちらの世界に受け容れていいか、その判断を任されている」
「…はい」
「で、僕は向こうの世界の『門番』になるアリアンロッドからの許可は得た上で来ている訳なんだが」
 …あんたは僕を通す気は無い、って事か?
 と、アリアを見てそう続けたところで。
 アリアの様子を見兼ねたか、今度は蓮が溜息を吐いている。
「…あまり責めないでやっとくれよ。…こっちと向こうで取り決めてあるその『門』の件があったとしたって、あんたがここに居ると言う時点で不安は不安なんだよ。黒崎」
 アリアンロッドの方は知らないが、アリアの方は『今』のあんたとは完全に初対面だ。…今のあんたの事を話の上では聞いていても、実感の方では当のゲームの最大脅威、設定されていた邪悪竜クロウ・クルーハ…しか知らないんだよ。どうしても。…いきなり何の拘りも無く接するなんて無理だろ。
 その上に…それは事前に許可は得ていたのかもしれないが、初対面のあんたはこっち側の準備を伺うアリアンロッドの制止を無視して少し先走ってこっちに来たのも確かだ。
 アリアにしてみりゃ動揺して当然さ。
 と、そこまで蓮が言ったところで。
 蓮さん、と遮るようにアリアの声が挟まれる。
「…庇って下さって有難う御座います。でも、それは何の理由にもなりません」
 私には創造主様や他の女神たち…皆に託された、果たさなければならない役目があります。
 と、アリアが覚悟を決めたようにそう言い切ると――黒崎は今度は何処か試すような目でアリアを見る。
「じゃあ、僕はこれからどうすればいいんだ? …取り敢えずこのままとんぼ返り、と言う選択肢だけは選ぶつもりは無い事は言っとくよ」
「…それも、わかります。そうでなければ、貴方は現実世界を訪れはしません」
「ああ」
「貴方がここに来てから今の間まで、を見て判断する事にします。私にはそれしか出来ません」
 私には、貴方は…こういう言い方も良くないのかもしれませんが、クロウだとは…思えません。
 …そして、皆に黒崎と呼ばれている貴方を見る限り…このまま許可を与えても、問題は…無いと…思います…。
 と。
 やや躊躇いながらもアリアがそう言ったところで。
 そうか。と黒崎はあっさり頷いている。
 他方、アリアのその判断に同意するように、うんうん、と北斗ももっともらしく何度も頷いている――かと思うと、その顔が黒崎に向き、にかっと笑みに変わった。
「じゃあさ! 『門番』さんのお許しも出た事だし、まずはお前があっちの世界にいる間にこっちの世界でも新しい事が色々あったんだって確認しに行こうぜ! 中のクロウの社会見学もかねて!」
 言った途端に、ランからもすかさず同意の声。
「おお、それは良いな! 折角だ私も同行するぞ! あちこち引き摺り回してこの陰気な仏頂面を何とかしてやろうでは無いか!」
「お、ランつったっけ、あんたなかなか話わかるね」
「ふっ、お前もな。双子弟」
 と、北斗とラン、にやりと共犯者めいた笑みを交わす。
 その様子を見、黒崎はと言うとまた溜息。
「出来れば放っておいて貰えると有難いんだけどね」
「…この様子では無理そうだな?」
 苦笑しつつ、夜神。…彼にしてみれば、黒崎も初対面の者に付き纏われてはゆっくり出来ないのでは…とか色々気を遣って考えてもいたのだが、どうもそんな提案はランと北斗辺りに吹き飛ばされてしまいそうな勢いだ。
 それらの様子を見、何だか段々渋い顔になって来ている啓斗が居る。いや、渋い顔と言えばもう一人、石神アリスの事も忘れてはいけないが。…けれど取り敢えず彼女の方も、セレスティに言われたからか、一応まだここに留まってはいる。
 が、その苛立ちは隠し切れていない。
「…で、結局どうするんです? わたくしは皆さん程暇じゃないんです。何でも良いので早く決めて下さい」
 と、アリスが言ったところで。
 応えるように黒崎がゆっくりと立ち上がっていた。
 そのまま、当然のように店の入り口に向かおうとする。
「…おい、黒崎」
 啓斗が呼び止める。
 と、黒崎からはこれまた当然のように返事が返ってきた。
「その子の言う通りだ。別にここでグダグダと管巻いてる必要は無いよ。こちらの『門番』の判断を聞いてもまだ、ここに居る皆が僕を一人で放り出したくないと言うなら好きに付いて来ればいい。別に逃げやしない。…で。そっちの二人。僕を何処へ連れて行きたい訳だ?」
 早く言え。
 あっさりと促し、黒崎は北斗とランを見る。
 が。
 そのタイミングで、すかさずセレスティが口を挟んでいた。
「…それより。どちらにしろ、心配しているだろう人の元に出向いて安心させるのが先だと思いますけれど」
 然り。
 よくよく考えればあまりにも当然の事。
 今度は啓斗の方がもっともらしく頷きつつ、セレスティに同意する。
「そうだな。久しぶりにこちらに帰って来たんだし、実家の様子も見てくると良いんじゃないか?」
 …何ならアリアも一緒に。
 と、ついでのように最後に付け加えられた科白に、え、と当のアリアが驚いたような声を上げる。
 黒崎の方でも軽く目を瞠ると、ちらりとアリアに目をやった。
 が、それだけでアリアに対して何を言うでも無い。
 少し後、ただ、ふ、と力を抜くようにして、口許だけで笑っている。
「勿論、家に顔は見せてくるつもりだが。…同行者については言った通りだ。好きにすればいい。僕はどうでも構わない」
「では、決まりですね」
 すかさず、にこりとセレスティ。
 と、今度はランがアリアを見た。
 そのまま、暫し。
「…察するに。ひょっとしてお前もゲームから出て来た面白人間なのか?」
「え? …あ、はい」
 面白人間と言う言い方については首を傾げるが、ゲームから出て来た、と言う意味では間違いない。
 だから反射的に頷いてしまったが――頷いた途端に、そうか! とランが飛び付いてきた。
 アリア、困惑。
「え! あ、あの…ラン、さん!?」
「ふ。わかっている。皆まで言うな。…なぁ、セレスティに双子弟よ」
 ランはそう振りながら、アリアを立たせ店の外へと引っ張って行こうとする。
 と、そんなランに呼応するように、いつの間にやら先に立っていた筈の黒崎の方にも北斗が肩を組む形でがばりと飛び付いており、いこーぜいこーぜと馴れ馴れしく促している。
 そのあまりに不用心な様子に啓斗が何か言おうとするが――今度は北斗の方がそんな啓斗をちらり。直後、ほんの僅かな間に見交わされた視線で察し、啓斗は開きかけた口を取り敢えず閉じる事にする。
 …確かに、思っていたよりも黒崎の態度は幾らか丸くなっている気もするが。…今は過去の事件時に黒崎がテンパっていた理由――モンスターたちを救う、と言う一番の目的が果たされた後になるからそれなりに余裕が出来ている、と言う事なのだろうか。
 …それでも、ここまで長く離れていながら、何故『今』戻ってきたのか?と言う疑問は残る。

 ともあれ、そんな訳で――これからどうするかの方針は、決まった。



■そんな訳で。

 まずは、黒崎の家に向かう。
 長期不在の後、いきなり大勢で押し掛けると言うのはどうか――と、赴く前の時点で啓斗辺りは気を遣おうとしたが、何故か肝心の黒崎の方は全然気にしている様子が無かった。
 …曰く、この面子を連れて行ったとしても、家の者へは友人を連れて来た程度の言い訳で済むと言う。ならばそれ程の放任主義――と言うより元々黒崎は家の者に放置されていたのか? と俄かに心配にもなったが、そういう事でもないらしい。
 どうやら、家の者や学校の方には『黒崎潤が不在である』と言う事自体が気付かれないように事件直後辺りから細工してあるのだとか。…過去の事件当時、行方不明者の捜索依頼を請け『白銀の姫』世界に赴いていた怪奇系始末屋・真咲誠名を通じ、その伝手でIO2捜査官の標準装備である記憶操作用術具を使用して誤魔化すと言う事をしていたらしい。
 だから今家に顔を出しても、家の者の方では『ちょっと外出していたところから帰って来た』…と言う程度の認識にしかならないのだとか。

 …そして既に顔を出してきた後が、今になる。
 実際、黒崎の言う通りに事は運んだ。
 啓斗としては少し意外な感がある。
「…ここまでしていたとはな」
「モンスターたちを放って戻れはしない。けど家の者を心配させるのは本意じゃない。そんな時に真咲さんからこの提案をされたんだ」
「…誠名さんのところには黒崎君の捜索依頼も入っていたらしいですしね」
「ああ。後から聞いたよ」
 黒崎は頷き、付け加えて来たセレスティを見る。…過去の事件の時からして――否、それを除いても、セレスティの方は誠名とは色々付き合いが深いらしいのだろうと察している。
「この提案は――その捜索依頼の落とし所、のつもりだったらしい」
 事件後、他にも数多居た行方不明者――捜索対象者とは違い、実際には黒崎は現実世界にすぐさま戻れはしなかった。けれど事件の後は少なくとも黒崎の無事は確認出来ている訳でもあり、誠名の方はその時点でそんな始末の付け方を考えた。黒崎の方でも、渡りに船、とその話に乗った。そういう事なのだろう。
 と、セレスティがそこまで考えているところで。
 皆からほんの少し外れた後方、アリスが、はぁ、と重苦しい溜息――と言うよりはっきり嘆息を吐いていた。
 …彼女にしてみると――今現在、自分が黒崎らと同行している事自体に果てしなく納得が行かない。そもそも先程までアンティークショップ・レンに居た中の、夜神潤だけは結局自分たちと同行せず蓮と共に店に残っているので余計にそう思う。そして夜神曰く、自分の代わりに闇色の鳥オフィーリアを飛ばせて密かにこちらの様子を見ているのだと言うが――取り敢えず地上で歩いている身にすると、そんなものが本当に居るのか居ないのか良くわからない。
 それは確かに夜神は職業としてアイドルをしている訳で、TVで見るのはお馴染みの顔である上に実際に美人でもあるし、アリスの基準で考えても――何なら「コレクション」に加えても映えるかもしれない非常に目立つ――人の中に居て悪目立ちするかもしれない造形はしている。しているが――だからと言ってそれで今の状況を納得出来るものでもない。
 そう、人目を引く美人と言うそれだけなら同行しているセレスティだって余裕で該当する絶世の美貌だし、ランだって美人に該当するかもしれない――ランの場合は美人だからと言うよりその頓狂な挙動で余計に目立ってしまうとも言える。なのに、夜神一人だけ外れた――そしてそれが他の皆に納得された、と言うのがアリスにしてみれば納得行かない。
 …それが通るなら殆ど済し崩しで同行する事になってしまった自分を先にお役御免にして欲しいと思う。…まぁ、アリスの場合は感情の方で思っているだけで、行動の方では既にそれなりの手回しをしてしまっている――折角のその手間が勿体無いと思う頭もあったり、蓮との約束があったり、セレスティに引き止められた事があったり、行った先である黒崎の母親からも予想外の歓待を受けてしまったりした為に何となく言いそびれ、今に至ってしまったような感じでもあるのだが。
 アリスはアンティークショップ・レンに来る前の時点で、最近の『白銀の姫』の状況は大まかながら既に調べている。…その結果、特に際立った問題は見当たらない。そのゲーム由来の要素で何か無いか、も調べはしたが、そちらも特に引っ掛かる事は無かった。…強いて言うならケルト系の要素を込みにした――その時点で色々な用語は『白銀の姫』とかぶってくる――自己啓発だか新興宗教の信者風な者が最近ちらほら増えており、結構凶悪な真似までするらしい、と出て来たくらいの事。…そういう連中が時々暴発し騒ぎを起こすのは、アリスにしてみれば特に珍しい話でもないと思える。
 過去の『白銀の姫』事件の時にはIO2も噛んでいたらしいが、今回も何かIO2が動いている節があるか否か。…その辺りまでは、アリスの人脈では掴めなかった。が、掴めないと言う時点で――特にアリスにとって気になる場所にまではその影が見えていないと言う事にもなる。
 後は一応、何か事が起きた時の為にとこちらの号令一つで動くそれなりの人員に声を掛けてはあるが――同行している面子を見る限り――そして黒崎の家から辞してきた現時点の平穏さからして、それもまた必要無い気もする。
 アリスはまた、嘆息。
 …一応、その様子は他の面子に気にされてはいない。
 黒崎が啓斗やセレスティと話し込んでいるところで、ランや北斗の方は――今度は黒崎では無くアリアの方を構っている。…黒崎の家に行った時、黒崎潤とアリアの妙な距離感を読み取ったのか――黒崎の母親からアリアの事が黒崎潤の彼女か、とか思い込まれていた節があったので。

 と、暫くそんな調子で一行は歩いていたのだが。
 いつしか不意に黒崎が足を止めていた。
 だからと言って、黒崎以外の者が見ても――他に何かあった、と言う訳でもない。
 黒崎はただ、道の先を見ているだけ。
「…どうした?」
「いや。…何でもない」
 怪訝そうに問う啓斗の声にそれだけ返すと、黒崎はまた、歩き出す。…何でも無さそうな顔をしていても、長らく帰っていなかった家に顔を出してきた後な訳で。やはり何か感慨があるのかもしれない。

 が。

 それから殆ど進まない内に黒崎はまた、足を止めた。
 先程とは少し違った感じの足の止め方で、今度は再び歩き始めない。
 数瞬の静寂。

 直後。

 ――――――殺気が湧いた。

 途端、反射的に啓斗はセレスティを庇いつつ黒崎からバックステップで離れ、黒崎に対して構えている。アリアや北斗も同様、ランを庇いつつ黒崎に対して構える――と、殆ど同時に凄まじい風圧が『黒崎の居た場所に』叩き付けられていた。間近に居ただけで衝撃が来る。殆ど真っ黒に見えた莫迦デカい刃。それが何も無い上空から突如振るわれた結果の風圧。勿論普通に有り得る手段では無い――それこそゲームの中の派手な演出効果か何かででもあるような、力そのものが凝縮された真黒の刃。
 殆ど瞬間的な事で、啓斗と北斗、そしてアリアは警戒すべき相手を見誤った。今、殺意を発した当の存在が黒崎かと見てしまった。が、違う。
 黒崎は殺気が――黒い刃が叩き付けられた側だった。
 焦る。
 が、その時にはもう事態は決していた。今、殺意の刃が黒崎に叩き付けられる――叩き付けられていると思ったが、黒崎はその時には既に暗黒騎士化、邪竜の顎の如き巨大な剣――クロウ・クルーハの力を凝縮したクロウの剣を召喚の上ドラゴンソウルを発動、灼熱の黒い闘気を纏わせたそのクロウの剣で、叩き付けられたその刃を真正面から受け切っていた。
 受け切って、瞬間的に膠着している――本来ごく僅かな間なのだが妙に長く感じられたそこ。転瞬、両方の攻撃の余波で周囲の被害も免れまい――と、思えた刹那。
 空気を切り裂くように怪鳥の――否、夜神の守護鳥オフィーリアの甲高い鳴き声が響き渡る。かと思うと――もう一つ何処からともなく凄まじい圧力が飛んできた。その圧力――夜神潤がオフィーリアを介して咄嗟に放っていた空間断絶の力でぶっつりと断ち切られたようにして、黒い刃とドラゴンソウルの魔法的効果と思えた力が唐突に掻き消えた。

 俄かに空気が止まる。
 …元々、ここは人が少ない場所でも無かった。人目はある。目撃もされている。今、ごく僅かな間に起きたスペクタクルに誰も彼も実感が湧かない。が、少しずつ時が経つにつれどよめきが聞こえてくる。…何よりこの場でいきなり半異形の暗黒騎士状態に変化した黒崎潤、と言う目の前の事実も――そのどよめきを後押しする。
 そんな中。
 唸るような――特に『白銀の姫』世界を知る者にとっては何処かで聞いたような、読経でも――祈祷でもするような妙な声が、ざわめきに混じって周辺の何処からともなく聞こえて来た。その声は共鳴して――今の騒ぎを目撃した人垣の中から、申し合わせたように複数聞こえている。周辺。黒崎と同行していた一行は、何事か、と思わず周辺を見渡す――が。
 それより先に、黒崎が怒鳴るようにして腹の底から声を上げていた。

「――…今クロウを讃えた者だ、一人も残すな!」

 と。
 誰にともなく命じた途端に――今度は、人垣の中、そこここでまた違った――何か、明確な目的のある動きが見えている。
 まるで、それが――元々予定されていた事だとでも言うように。



■頼むまでもない理由。

 啓斗は目を細め、その動きを――人垣の中で動いている者を確かめる。
 息を呑んだ。
「! …まさか!?」
 IO2か。
 …啓斗にはそう見えた。一般捜査官――黒服の者とも限らない。ただ、人垣の中明らかに特定の人物を探し出し、やけに手際良く何処ぞへ連れ去っている者たちが居るようには見えた。
 セレスティやアリス、他にもその動きに気付いていた者は居る。
 黒崎と同行していた皆が皆、誰からともなく問うように黒崎を見た。
「…これは」
「…黒崎?」
「だからあんたたちに協力を頼むような事は無いと言ったんだ」
 …これで連中に『話を聞くべき相手』が渡せる。…やっとまともに調べさせる事が出来る。
 黒崎はそう続け、抜いていたクロウの剣を背負い直す。
 そこに至り、黒崎は漸く――やや安堵している感じに見えた。
 セレスティはそんな黒崎に確かめる。
「今回は、私たちよりも先に協力関係にある方々がいらっしゃった、と言う事ですか」
 …現実世界に来る前の時点で、黒崎には既に連絡を取って協力している相手が居た。
 それも、恐らくは――IO2。
「協力関係。…そう言うべきなのかな。単にお互い都合が良かっただけの話なんだけどね」
 ――現実世界に『ファナティックドルイド』が『生まれてる』兆候が見えた。…間違わないでくれ。こちらの世界からモンスターのファナティックドルイドが現実世界に出て行った、って訳じゃない――現実世界にクロウ・クルーハの信者が生まれてカルト化して来ているらしい、って話がこちらの世界にまで聞こえて来たんだ。…勿論ただのカルトなら――それは現実世界の問題になる。こちらの世界にしてみれば自分たちがそんな風に使われるのは良い気はしないが――それでも、本来、僕たちが口を挟む筋合いの事じゃない。だが他にも少し…ちらほらと気になる事が出て来ているんだ。
 但し、その『気になる事』のどれもこれもまだ『事件』と言う程の事じゃない。まだ『事件』にはなっていない程度の、他から見れば杞憂かもしれない程度の引っ掛かりでね。
 そんな折に、連中と偶然コンタクトが取れた。要はこちらを監視していたって事なんだろうが――何か連中も気になってる事があったらしくてね。それと俺たちが引っ掛かりを覚えている件が関係あるか無いかの確認を取りたがっていた。でもその時点では連中にも何も確証が無かったらしくてね。こちらに話を振って来たのも駄目元だったらしい。
 だけど僕たちの方には確証は無くても確信があった。…どうしても僕たちにはこの引っ掛かりは放っておけないものだと思えたんだ。今はモンスターたちも必死で自らの世界を構築している最中になる。…やっと軌道に乗って来たところなんだ。外野から撒かれた不穏な種はなるべく刈っておきたいと思うのは自然だろう。…だから僕が来た。僕なら現実世界に来るのに黒崎の家に帰ると言う大義名分も持てる。一番自然な理由を持てる上に、現状一番目立っているカルトの件――クロウを望む連中を炙り出すには僕本人が来てしまって反応を試すのが一番手っ取り早い。僕が来たそれだけで現実世界の方で何かが起きれば、僕たちの懸念に信憑性はあると連中も思う。それで漸く、連中も本気で関連付けて考えて――やる気になってくれる、って事だ。
 と、黒崎がそこまで続けたところで。
 そういう事ですか、とやや不機嫌そうなボーイソプラノの――それまでは無かった思案げな声がした。
「…となると、僕はよりにもよって一番あの人にとって都合の良い手を打ってしまった、と言う事になりそうですね。恐らくあの人はこの状況を起こしたかった。人目を引いた上で、黒崎潤さん、貴方のその姿を効果的に人前に晒す事をしたかった。そして僕が――最低、意趣返しがてらこのくらいの挨拶はすると踏んだんでしょう」
 聞こえた声は人垣からは逸れた位置。
 いつの間にそこに居たのか、一人、十程の年頃に見える子供が居た。
 氷のような印象を与える、縁無しの眼鏡を掛けた黒衣の美童。立ち位置からして、人垣から出て来たのとは違う――むしろ、黒崎と対峙している――先程のインパクトの瞬間にでも対峙していたと見た方が自然に見える位置に、腕を組んで佇んでいる。
 黒崎はその子供を睨め付けた。
「今のは、あんただな」
 今の――力が凝った真黒の刃。
「ただの御挨拶のつもりだったんですが。初めまして。黒崎潤さん」
 僕はダリアと申します。
 …過去の事件の時、現実世界に現出したゲームの要素から『貴方の身代わり』にされて少々面倒な目に遭った者ですよ。
 そこまで言うと、ダリアはだるそうに首を回している。
「さて。…初めの一手はあの人の思惑の内。となると次に打つ手はどうしましょうか。そろそろ考えるのも面倒になって来たんですけれどね。あの人の思惑の内だろうが外だろうが、セレスティ・カーニンガムさんが居ようが、そろそろどうでもいいかな、と」
 …他人のダシに使われるのはあまり楽しくありません。
 言いながら、ダリアはふわりと優しげに笑い、組んでいた腕を解く。
 途端、不意に空気が張り詰めた。
 ダリアのその所作だけで――不穏な気配が満ちる。

 …そうなるかならないか、と言う時点で。

 逸早く、アリスがかっと目を見開いていた。…この少年。黒崎の科白を否定はしない。と言う事はこれは敵。なら遠慮する必要は無い――それで、じっとダリアの事を見詰めている。魔眼発動。金色の瞳に籠った魔力で相手を催眠もしくは石化状態にさせる力。それを惜しみなくダリアにぶつけていたのだが…――。

 ――…効いた様子が無い。

 なら、耐性があるのか自分以上の魔力を持っているのか、どちらか。
 鬱憤晴らしも兼ねて試みた事の結果がそれで、アリスは悔しさに、く、と唇を噛む。と――その時点で、当のダリアの方がアリスの様子に気が付いた。
 途端、ダリアが原因と思えた不穏な気配が唐突に掻き消える。
 それで、ダリアは興味深げにアリスを見返していた。
「貴方は…石神アリスさん、ですか」
「…」
 アリスは答えない。
 ダリアは――今度は何処か楽しげに笑っている。
「なかなか興味深い方のようです。…ああそうだ、黒崎潤さんではなく貴方に手を出すならあの人の思惑からは外れるかもしれませんね」
 …お付き合い願えますか。
 と。
 あっさりとアリスに投げられたダリアの発言と殆ど同時。啓斗と北斗、それに白銀の甲冑を纏った――現実世界に合わせた通常の姿からアリアンロッド同様な女神の姿に変化したアリアが、ダリアからアリスを庇う形に前に出ている。ごく自然に、当然のように皆から庇われたその事実に少し驚くアリス。ダリアの方はそれでも全然変化は無い――その一連の状況を見てから、セレスティが静かに口を開いた。
「…ダリア君。今回は私の顔に免じて、とはして頂けませんかね?」
「御無沙汰してます、セレスティ・カーニンガムさん。…それより。貴方は構わないんでしょうかね」
「何がです?」
「その方の事ですよ。石神アリスさん。…僕みたいなものですよ。ある意味」
 と、あっさり言われた時点で――アリスは再びダリアを睨む。
 睨まれたダリアの方はと言うと、意にも介さず片腕を無造作に上げている――上げられたその腕にまた力が凝る。先程の黒い刃とはまた違ったそれ――先程のような強力な攻撃になる前に潰そうと啓斗とアリアが地を蹴り前に出た。フォローの為に北斗も続く――続こうとしたそこで。
 …新たに近付いてくる闇が居た。
 ダリアでも、クロウ・クルーハを内包する黒崎でも無い。
 その闇が現れるなり、ダリアはそちらに意識を向け――腕に凝らせようとしていた力をあっさり消す。その時点で啓斗やアリア、北斗もダリアが気にしたと思しき方向を見た。
 ダリアの視線の先には、いつから居たのか――空間操作能力でアンティークショップ・レンから直接その場に駆け付けていた夜神潤が居た。…先程の黒い刃とドラゴンソウルを空間断絶で別の場所に切り取ったのも、彼の仕業――実際に自分の撃った力を切り取られた身にすれば、すぐに気付く。今凝らせた力をそのまま使っても先程同様あっさり潰されかねない――続けても意味は無いとダリアは判断したらしい。
「…これまた、そちらには面白い方が付いてらっしゃるようですね」
「面白いと言われてもな。…俺は何一つ面白くないが。こんな物騒な騒ぎをわざわざ起こされてはな」
「貴方のような凄絶な闇の力を持つ方がそう仰られるとは意外です。世界は広いものですね。本当に」
 憮然と返してくる夜神に、ダリアは静かな笑みを見せてくる。
 と。
「良い笑顔だな。うん」
 今度は唐突に――場違いなくらいにしみじみと感心したような声が聞こえて来た。
 ラン。
「どうもこっちの身内の方は仏頂面が多いが…ダリアとか言ったか、逆にお前の笑顔は本当に良い。本心から滲み出ているような良い笑顔だ。…やっている事の方はどうも迷惑千万だが…その辺はままならないものだな人生とは」
「…。…はい?」
「ダリアと言う名であるからには花のような笑顔とでも言う事を表したいと言う事なのだろうか。…にしてはイメージが随分違う気がするがなぁ。ダリアと言えば大輪の花…お前の場合はどっちかと言うとそういう派手なのよりすっきりした感じの花の方が似合いそうな笑顔だ。…いや、名前と言うのは本人が付けるものとも限らんか。名は体を表すと言うが表さん場合も多々ある。名付け親の思惑と実際のお前の間で微妙な齟齬が起きてしまったのかもしれないな。うん」
「…。…えーと。ラン・ファーさん?」
「うむ。そうだが。いかにも私はラン・ファーだ。…ん? ちょっと待て私は今お前に名乗っていないしお前が現れてから他の誰も私の名を呼んではいないぞ何故わかった!? …いやいや訊くまでもないか、きっとお前は綿密に予習をしてきたのかもしくは人の心が読めたりすると言う事なのだろう。先程面白人間の事やアリスの事もいきなり名を呼んでいたしな。どうもセレスティの事に限っては元々知っていたようだが…」
 と、相変わらずの調子でそこまで捲し立てたところで、最後に名を出された当のセレスティの懐から不意にぴろぴろと電子音が鳴り響く――その音がした時点でセレスティは流れるような動作で携帯電話を取り出し、着信の相手を確認するような動作をする。
 した時点で、この状況にも拘らず――否、この状況だからこそ、開いて耳に当てる事を選ぶ。
 相手は――。
「もしもし。はい。…『本宮さんの事ですね』」
 受けるなり、セレスティはまず――その場に居る者に聞かせる為に、わざわざその名前を口に出しておく。

 …このタイミングでセレスティに電話を掛けて来ていた相手は、水原新一。



■『事件未満』の接点。

 …時間は少し遡る。
 セレスティが皆に合流する前の事。蓮から黒崎が帰還した旨連絡を受け、今は自分の方は立て込んでいるからそれが済み次第そちらに伺います、と返していた頃。
 …その頃、蓮からの連絡を受けていた電話の向こう側のセレスティは。
 自らの財閥・リンスターの関係で、付き合いのある各社の上層部から個人的に相談を持ち掛けられていたところだった。…近頃相次いでいる妙に脈絡の無い連鎖倒産について。…それは持ち直して来ているとは言え昨今の不況はまだ根深い。少し下手を打てばすぐ経営に響いてくるような危うさはある。
 とは言え、倒産にまで至るようなら――何処がどうなってそうなるに至ったかの経緯は、傍から客観的に見ていれば――もしくは後になれば情報的にはっきり理解も納得も出来る。
 が、近頃相次いでいる奇妙な連鎖倒産の場合、少し違う。…それまで健全優良な経営を行い順調に行っていたと思えた企業が、ある日何の予兆も無く唐突にボロボロ崩れてしまったような感があるのだ。ある日突然、運命の女神に嫌われたかのように数多の悪条件が『偶然』凄まじい頻度で重なってしまったような気味の悪さがある。
 それで自然と、歴史ある財閥リンスターの総帥である上に、占い師と言う神秘的な顔も併せ持つセレスティの元に相談に来る者が多くなっていたのだが…。
 蓮から黒崎帰還の連絡が入ったのは、持ち掛けられていたそんな相談が一段落した僅かな合間。次に相談したいと乞うて来た相手がまだ別室で待っている、と言うタイミングだった。

 …黒崎潤が現実世界に帰って来た。それだけでも色々引っ掛かる点はある。が、すぐにアンティークショップ・レンに向かえない今の時点では黒崎当人の事を考えるより先に、ゲーム内で黒崎の事を気にしていた人々の最近の様子を調べた方が良いとセレスティは判断。別室の相談希望者には少し待ってもらい、先にそちらを大まかながらネットで確かめる事にした。
 まずは簡単に確かめられる相手。『白銀の姫』自体の関係者――女神やゼルバーン、ゲーム『白銀の姫』のメインプログラマーにして現在の異界『白銀の姫』核霊になる浅葱孝太郎らの方に、ネットを介した異界ログインと言う手段でコンタクトを取る――と、その時点で偶然、蓮曰く現状立て込んでいる筈の水原新一とも連絡が付いた。…ここを確かめた後に連絡を取ろうと思っていたのだが、その手間が省略出来た事になる。
 曰く、どうやら水原の方は過去の『白銀の姫』事件の後、浅葱とは比較的普通に連絡を取り続けていたらしい。そしてセレスティがコンタクトを取ったのは、その当の連絡最中だったとの事。…水原が人に調査を頼まれて追っているクラッキングの件――それが立て込んでいると言う件らしい――で、必要になったからコンタクトを取っていたらしい。
 …曰く、この異界『白銀の姫』から現在派生している数多の世界――『海』が、そのクラッキングのルートとして利用されているようだったのだとか。…が、異界側としては異界のルール――元々の『分』以上になる互いの世界への干渉は、一つの例外を除き行わない――を遵守している限り、そんなルートとして使われても黙って見逃してしまうのが常。…即ち、『現実世界から操作出来る普通の手段で』異界をただ通るだけなら異界のルールには触れない。
 けれど当然、異界の核霊と言う身である以上浅葱は誰に何処を――どのアカウントにどのルートを――どう使われたかは把握しているとの事で、水原はその詳細を『現実世界から異界へアクセスする場合のルールに従って』浅葱に問い合わせていた、と言う事の経緯になるらしい。

 その結果。
「…本宮さん、なんですか」
 そのクラッキングの、犯人が。
「そんな気がするんですよ」
 だから、余計この件から手が離せなくなってしまって。
 水原にそう言われ、セレスティは少し驚く。…セレスティが後で水原に連絡を取ろうと考えていた理由は、まさにその本宮秀隆の事を聞こうと考えていたところだったので。
「私が水原さんに伺おうと思っていたのはまさにその件なんですよ。本宮さんの最近の様子御存知ですか、とね。黒崎君が現実世界に戻られた。…なら、以前の『白銀の姫』事件時の事もありますし、今回も何か本宮さん辺りが悪巧みしてらっしゃる可能性もあるかと思いまして」
「…。…僕の方では黒崎君の動きに関してはノーマークだったんですが。ここに来たのも、特に黒崎君と関係ある話とは思っていなかった件でですし。でも、タイミングが合い過ぎるのも確か…まだ僕の勘に過ぎないので碧摩さんの方にまで知らせてはいませんが、何だかキナ臭いと思いまして」
「殊、本宮さんの件なら水原さんの勘は勘の段階で信用に足ると思いますが。…ところで水原さんが頼まれたと言うそのクラッキング調査の件ですが、私が伺ってしまっても構わない話なんですか?」
 先程から聞いてしまっていますけれど。
「あ、はい。ひょっとすると既にお耳に入ってる件かもしれませんし」
「私の?」
 となると。
「…ひょっとして、脈絡の無い企業の連鎖倒産の件ですか」
「あ、やっぱり耳にしてらっしゃいましたか。そうです」
「これ、本宮さん絡みだったんですか…」
「僕はそう見ています。やっぱり最終的に辿れる先に奴の名前がある訳じゃありませんが、やり方の感触が」
 機械のシステムにダメージを与えるのは二の次で、システムを使う個々の人間にこそ、よりダメージを与えるような方向で動いているような気がします。クラッキングに使われている技術自体は然程高くないし、見栄えが派手でもない。でも、凄く嫌らしい感じなんですよ。改変と消去と誘導で情報的にとことん引っ掻き回した上で――最後、とどめとばかりに致命的な一撃を加えて壊してる。
「…。…愉快犯のクラッカーさんだったとしてもお仕事でのクラッカーさんだったとしても、御自身がお持ちの技術を誇示したい、って部分が少なからずあるものなんじゃないんでしょうかね?」
「だから、このクラッキングは奴の気がするんです」
 全然、技術を誇示する気配が無い。
 それどころか、むしろ目立たないように――わざとチープな仕掛けをターゲットを追い詰める形で手当たり次第に使ってる節がある。それでいて、『犯人』のアカウントの擬装だけは、飛び抜けて丁寧。
 まるで、クラッキング自体はあくまで手段であり、他に何か目的があるような。
 そこまで水原が言ったところで、うーん、と浅葱が唸っている。
「…僕は水原さんと違ってこれが本宮さんかどうかはわかりませんけれど、こちらの異界をルートに使うって言うのは現実世界側から見れば案外盲点かもしれません。…今でもうちは半分以上都市伝説みたいなものですからね。確かに何処にでも繋がってますからハッキングやクラッキングに使うには都合が良いかもしれませんが…間の構造が全く把握出来ない以上、現実世界の普通のハッカーなら危なっかしくて使う気になれない気がします」
 その辺、本宮さんならこの異界の事もわかってますから、承知の上で好き勝手使ってるかもしれませんけど…僕にはそのくらいの事しか言えません。
 水原はそんな浅葱の様子に苦笑した。
「僕にしてみればだからこそ本宮だと思うんだけどね。奴がした最大の仕掛けを考えると元々こう使う気もあったんじゃないかって思えてくる」
 本宮はある意味この異界の根っこの部分を押さえてるようなものかもしれないから。
「…本宮さんで、ですか」
「はい」
 となると。
「…あの方は何の異能も持っていない。それで根っこを押さえているとなりますと…」
 元のマシン、『Tir-na-nog Simulator』のシステムプログラミング関係か。
 セレスティがそう出した時点で、水原は肯定。
「当時、まだ『Tir-na-nog Simulator』の存在――それと『白銀の姫』の関連自体を外部から隠し通そうとしていた頃に、何処からか『白銀の姫』のソースコードが漏れてネット上にバラ撒かれていた、と言う話があったでしょう。あれです」
「…あれもやはり本宮さんの仕業で」
「ええ、まず間違いなく。…事件の後、イオ君に出来る限り拾ってもらっていた分を確認していて、やられたと思いました。良く見たらあれは『ゲーム』のソースコードじゃなかったんです。見付けた者が――プログラムを理解出来る者だったならですが――、わざわざ走らせてみたくなるように――何か手を加えて発展させたくなるように遊び部分を持たせた『世界構築』のソースコードだった。ゲーム『白銀の姫』と言う視点で見るなら、言わば『背景』の部分だけのようなものです。…『白銀の姫』らしいゲームイベント的なものは特に入っていない。その代わり、背景にあるような基礎の基礎部分に細工がしてありました。…例えば動物や植物の生育や、時間経過による劣化や変転、淘汰のシミュレーションらしき演算が本格的に追加されていたんです。
 まるで『自然界のサイクル』そのままの箱庭――そんなものを目指していたようなプログラム部分が、元のソースコードの上にかなりの量増やされていました。…元々のソースコードにもそんなシミュレーションが少しは入っていたので、バラ撒かれていたのが断片だったと言う事もあり――僕もマシン本体に載っていたソースコードを見ていなかったら恐らく違いには気付けませんでした。そのくらい巧妙に組み込まれていたんです」
 …よくよく考えれば関係者の誰も隠してすらいなかった話。…過去、『Tir-na-nog Simulator』で行われていたと言う実験はマシンの中に擬似的な世界構築を試みる事。ゲーム『白銀の姫』はその世界構築の『実験の一環である』と初めから聞いていた。
 つまり、実験のメインは、あくまで『世界構築』の方。
 ゲーム『白銀の姫』はその構築された世界の中で遊ぶ、と言う二次的な物に過ぎない。
 浅葱も浅葱で、その事にはあっさり頷いている。
「まぁ、そうは言ってもやるからにはゲームの方も面白くなるようにって本気でやってましたけど。…あ、そういえばマシンの身から自由になってから…ネットの中に複数あったあの馴染み深いソースコードの断片は凄く頼りになったってティルさん――Tir-na-nog Simulator根幹プログラムの事なんですが――から聞いた事があります。あれがあったから、ティルさんの方でも自分が自由にやっていいんだって自信持てるようになった…って面もあるみたいで」
 実際、ティルさんは僕の組んだプログラムだけじゃなくて、あのソースコードを色々お手本にしてシステム実行している部分も多いですよ。特に今あるこちらの世界の基礎部分はだいたい『Tir-na-nog Simulator』のシステムプログラムを受け継いでますから。あのソースコードの断片は――大元とはちょっと違っている事はわかってたんですが、それでも上手く噛み合う上に発展させ易いプログラムだったんで、余計にです。
「…」
 警戒心の欠片も無い浅葱のその科白を聞き、セレスティは物問いたげに水原に振る。
 受けて水原も肯定した。
「…そういう事です」
 まるで、ソースコードの断片を『作り』、バラ撒いた者に誘導されている、と見て良いかもしれない行動。
 …核霊と言う当の異界のベースを作っている側でこれでは、確かに根っこは押さえられているようなものなのかもしれない。
 はぁ、とセレスティは溜息を吐く。
「…それがTir-na-nog Simulator根幹プログラム――ティルさんですか、そのティルさんの自我を育てたい、と言う思惑でだけの行為なら無邪気なものとも思えますが――それを行ったのが本宮さんである場合、目的はそれ一つだけじゃなく色々兼ねてそうですからね」
「はい。まぁどれもこれもまだ確証は無い事なんで、杞憂で済めばいいんですが」
「…他に本宮さんらしい影は水原さんには見えますか?」
「今回の件が久々です。…本当に久しぶりですからね。この際ですから少し突っ込んで調べてみようと思ってますが」
「では…ダリア君の方については、何か聞いていますか?」
「そちらは全く。奴を連れ去ってからはあの子の影も掴めません。取り敢えず奴をまだ殺しては無さそうだとだけは思っていますが」
 今回の件を考える限り。
「そうですか…黒崎君の事を考えると、ダリア君の動向も気にはなるんですが…。…過去の事件の途中でダリア君が本宮さんを連れ去ったと言う事実がある以上、ダリア君と本宮さんが今もまだ繋がっている可能性も否定は出来ませんからね…確信は持てないですが疑わしいところは多々ある…。…となれば、これらの件と黒崎君の件が何らかの形で連動しているのかどうか」
 その視点を持って、改めて調べてみた方が良いかもしれませんね。
 水原さんは、本宮さんの影が見えた以上、そちらから離れる気は無いと思いますので、このままで。
 私は現実世界の黒崎君の方へ行ってみます。

 …と、取り敢えずそう話を纏め、セレスティはネット越しにログインしていた異界からログオフ。屋敷の別室に待たせていた相手には、事の事情を言い含めて帰ってもらい――その足でアンティークショップ・レンに訪れ、現在に至ると言う事になる。



 ダリアから黒崎への挨拶と称した襲撃。その後、俄かに緊迫しかけたところで、ラン・ファーが程好くエアブレイクしてくれた直後の、セレスティの元に入った水原からの電話。
 そこで、セレスティは聞こえよがしに本宮の名を出しておく。
「――…はい。…そうですか。繋がりましたか」
 わかりました。
 切。
 通話を切ったセレスティに、物問いたげに皆の視線が向く。
「本宮と仰いましたが。その方がどうかなさいましたか」
 アリスが問う。
 …本宮――本宮秀隆。事件時に使われていたハンドルネームは、『白銀の姫』のモチーフに使われていたケルト神話と合わせてかCernunnos――ケルヌンノス。アリスにしてみれば、裏の伝手から調べた結果その名が『白銀の姫』事件に深く関わる名だと承知してはいた。当時の『Tir-na-nog Simulator』のマシン自体の管理運用責任者であり神聖都学園大学部電子工学科の助教授――そして同時に、複数の名前を駆使し、二十年来正体を隠し暗躍し続けて来た凄まじいスキル故に業界では神格化すらされていると言う伝説的ハッカーの事。『白銀の姫』の事件を機に、その正体が晒される事になったのだと言う事まで調べてはある。
 けれどその本宮秀隆と言う男、今は行方不明どころか消息不明だとも同時に出て来ていた。
 そしてその件は――『白銀の姫』事件に関わった者ならば、調べるまでも無く皆、ある程度知っている。
「…まさかその方が今回の事も全部仕掛けてるとか莫迦莫迦しい事言うんじゃありませんよね?」
 前の時と同じで。
 と、殆ど冗談のようなつもりで――何だか黒い本性が隠し切れていない態度で――アリスはそう吐き捨てる。
 が。
「そのまさか――と言ったら、どうします?」



■『妖精』。

 アリスの問いを受け、試すように返されたところで黒崎がセレスティを睨むように見る。…が、それはセレスティ当人を睨んでいる――と言う訳でもなく。
「…ケルヌンノスが遊んでいると言う事か」
 低い声でそう確かめる。
 セレスティは頷いた。
「ええ。『君たち』の御懸念。当たりのようですよ。…『妖精』ですか」
 と。
 セレスティが口に出すなり、黒崎は、ち、と舌打つ。
「…口が軽いぞ創造主」
 そして、ぼそりと漏らした途端。
 今度こそ啓斗に目を丸くされた。そのまままじまじと見られ、黒崎はばつが悪そうな顔をする。
「何だ」
「…いや…お前」
 口が軽いぞ創造主。…黒崎がそんな風に言える時点で、創造主――過去の事件時には殺す殺すと言っていた憎悪募る相手な筈の浅葱孝太郎とこの黒崎の間で、共通の隠し事なり何なり、とにかく剣呑な遣り取りを介さずに通る話があったように聞こえる。
 …『あの』黒崎が、浅葱とそんな話をする事を許している?
 その時点で、啓斗は本気で驚いた。
 北斗も北斗で、やっぱり目を丸くして驚いている。
「ってそれ…『あの』お前が『あの』浅葱と…なんか共同戦線組んでたりとかしてる…って事なわけ!?」
「…だから何だ」
「いや…なんだっつーか…驚いた」
「そんな事でいちいち反応するな。面倒臭い」
「…仕方無いですよ。私も今水原さんから聞いて驚きましたし。…異界の核霊でありゼルバーンとも融合している今の浅葱君なら黒崎君の最近の動向もひょっとすると知ってるかなとは思っていましたが…まさか御二人が組んでらっしゃるとまでは思っていませんでした」
 水原から入った連絡。
 それは、情報収集の為にセレスティが異界にログインし、浅葱及び水原から情報交換をした後の事。…既にログアウトしたセレスティが持ち込んでいたダリアと黒崎の話。それを聞いてから後、時が経つにつれ居合わせていた浅葱の様子が微妙に変わって来ている事に水原は気が付いたらしい。どうにも気が漫ろになっていると言うか、何か心配事でもあるような態度になっている――それで水原が問い詰めて見た結果、黒崎に現実世界の『妖精』の偵察を任せた事をあっさり白状した、と言う事らしい。
 そしてその情報を掴んだ時点で――浅葱と黒崎が気付いたと言う『妖精』の詳細も聞いた時点で、水原はいよいよ本宮が絡んでいる事を確信したのだとか。
「私がすぐにこちらに来れなかった理由とも関係がありました。水原さんが調べている事とも。『妖精』の件が全部を繋げてくれたんです」
 セレスティがすぐに来れなかった件――仕事の方で個人的に相談を受けていた脈絡の無い連鎖倒産の件。
 水原の調べている件――セレスティが相談を受けていた件と重なる、水原曰く本宮の仕業と思しきクラッキング調査の件。
 そして『妖精』の件――これは先程、皆の前でも黒崎が言っていた『事件未満の引っ掛かり』の事。…ちなみにこれをケルト神話になぞらえ、『白銀の姫』事件の名残、即ち今も現実世界に居残った卑小化した神の姿、と見做して『妖精』と呼んでいる――その呼び方は浅葱が言い出したものである為、その呼び方が出た時点で黒崎は浅葱が口を割った事に気付いたらしい。
 ともかく、その『妖精』の存在に、黒崎と浅葱だけが――つまりは現実世界側と異界側両方の存在が融合してしまっている者だけが気付いている事にもお互いで気が付いたのだと言う。その結果、純粋に異界の存在にも――同じく純粋に現実世界の存在にも、極力知らせないで動く事を決めたのだとの事。
 …その理由は――せめて確信が持てるまで、他の誰の心も煩わせたくなかったから。
 ならば先程動いていた連中――IO2は何だったのかと言うと、彼らに限っては二人にとっても唯一の例外であったから。…現実世界の存在とは言え、彼らなら黒崎にとっても浅葱にとっても幾ら煩わせても気にならないからになる。
 事件終息の後、元々片手間のようであったにしろ――異界はずっとIO2から監視され続けていた。…つまりは元々異界側の自分たちの方が煩わされ続けていた訳である。で、少なくとも核霊である浅葱の方には事ある毎にコンタクトはあり、仕事に関わる話から世間話まで、色々と話す機会も多かったらしい。…その内、どうせならもっと『らしい』仕事をさせてやろうと異界側から逆に働き掛けてみた結果が、今回の協力関係に繋がったのだとか。
「で、まず私が個人的に相談を受けていた件と水原さんが調べていた件が繋がりました。…そしてそのクラッキングの被害者の方々なんですけれどね、被害後から連絡が取れなくなっている方も数名居るそうで。
 ただ、そのクラッキングの被害に遭ってしまった為に、回り回って会社を倒産させてしまった、と言う部分もあったので、当初は精神的に追い詰められての失踪かと思われていたそうなのですが――その、連絡が取れなくなっていた方の周辺――使っていたマシンの履歴等を調べたら…」
 異界へのログイン履歴がありました。その上に――それこそ『妖精』を匂わせたがっているような要素がたくさん出て来たんだそうです。例えば重要文書が『白銀の姫』ならお馴染みの用語を重ねるような形に文字化けしていたり。ゲール語の音訳の形に発音記号で文字化けしている時や、もろにサブリミナル的に映像や音声が差し込まれていた時さえあったそうですよ。
 それから、連絡が取れなくなっている方御本人の、それまでの素行についても改めて調査してみたそうです。その結果は――皆、共通点があったそうですよ。これはひょっとすると今人伝に聞いた私が話すより、もう少し後になった方がはっきりするかもしれませんが。
 と、セレスティはそこで言葉を切る。
 そこに、続けるようにして――また別の声がした。
「…それが今の――人垣の中でクロウを讃えた者、もしくはその同類、って事ですね」
 今度は新たに言葉を発した者に皆の視線が向く。
 そこには、軽戦闘用と思しきパワードスーツ――NINJAを纏った少女が現れていた。
 ヴィルトカッツェの二つ名を持つIO2エージェント――茂枝萌。
 その姿を認めるなり、黒崎が萌を見る。
「どうだった」
「皆、口は固いですが。…でも素性だけなら顔認証ですぐに出ましたよ。浅葱さんにも――あちらに居合わせていた水原さんにも確かめました。…セレスティさんの仰る通りです」
 今調べた時点では、皆、重なりました。
「…そうか」
「あなたからも改めてお話を聞かせて頂けませんか、黒崎さん」
「この状況でそれを言うか? ヴィルトカッツェ」
 言いながら、黒崎は萌から目を離し、視線の先を萌に知らせるような目配りで一同を見渡してみせる。
「…」
 そうされずとも、萌には黒崎が言いたい事はわかっている。
「言ってみただけです」
 …それどころじゃないのはわかっていますよ。
 と、萌は黒崎の視線を追う事はせず、ゆっくりと瞼を閉じる。
 開いたところで――す、と萌の腰が低く落とされていた。同時にNINJAの光学迷彩機能がオンになる――萌の姿が見る見る内に消えて行く。動こうとしたその刹那の姿まで僅かにその場に残る。動く先――そこまでは見えないが、居合わせた面子からして、向かった方角の見当は付いた。
 ――ダリア。
 察した時点で、俄かに緊迫する。

 が。
 その時には――ランが、あろう事か気安げに『その』ダリアの頭をわしわしと掻き回していた。

 ………………他の面子、一時停止。
 幾ら年端も行かぬ子供であるとは言え、つい先程の黒崎との激突っぷりやアリスを攻撃しようとしていたところを見ていた以上――そんな相手に対していきなりそんな無防備な真似をするとは思わない。

 が、頭を掻き回されているダリアの方はと言うと――いきなりのランのその行為にやけに素直に面食らっている。
「な…何ですか!?」
「いやいや。そこの透明人間になってしまった少女曰くそれどころじゃないと言うのはお前の事だろう。面白人間も双子もアリアもバリバリに警戒しているし実際お前はアリスに攻撃を仕掛けようとまでした。知り合いらしいセレスティも皆のその態度に納得してるようだしな。うん。…私にしてみればこーやっている分には可愛い奴だと思うんだがなぁ。笑顔も良いしなかなか美人だ。…それに実際お前は口に出した通りにしか思ってないだろう? 挨拶は挨拶、面白い事は面白いと言っているだけだ。その基準や反応が読めなかったり行動がいちいち危険なのはお前がお前であるからで、幾ら周りは迷惑でもそれはお前にとっては仕方無い事なのだろう。別に根暗な訳でもない。むしろどちらかと言えば心の赴くまま謳歌している感じで小気味良い。あんまり迷惑にならない感じに出来ればもっといいのだろうが…まぁ面白い事に変わりは無い。うん」
 呵呵と笑いつつランはそう続ける。
「…はあ」
「ほら、素直じゃないか。…何なら一緒に遊びに行かんか? 先程こちらでは黒崎の中のクロウの社会見学などどうだ? と言う話になっていたんだが…要は皆でぱーっと行きたいだけなのでな。一人くらい増えても構わんだろう」
「…。…ちょっと待って下さい。僕はさっきその黒崎潤さんを襲撃した事になるんじゃないんですか?」
「だからそれは挨拶だったのだろ? 言葉通り。察するに何か鬱憤があったようだが…面白人間当人の方には特に含むところは無いと見たが違うのか??」
「…ええまぁ…その通りと言えばその通りですが…」
「なら問題はあるまい。おお、透明人間な少女の方も良ければ一緒にどうだ? きっと楽しいぞ??」
「…」
 何だか色々理解の外な喋りがランの口から繰り広げられる。
 その間、他の皆も、どうも動かない――動けない。
 反応出来ない。
 と、暫くそんな様子が続いたところで。
 今度は――クク、と堪え切れなくて漏れて来てしまったような忍び笑いが聞こえて来た。
 その声の主は――夜神。
「…ランの言う通りにしても悪くないんじゃないか? 俺は反対しない」
 暫く黙って事の経緯を見ていたが、夜神にしてみれば、むしろここはランに任せた方が事が穏便に行くんじゃないかと言う気がしてきた。…やる事は頓狂だが、衆人環視の中、異能を駆使した物騒なドンパチを続ける羽目になるより余程マシな選択肢かもしれない。
 夜神のその科白に、そうですね、とセレスティも同じ調子で同意する。
「ただ、そうと決まればダリア君には一つだけお聞かせ願いたい事がありますが」
「…ってもう決まりなんですか」
「嫌ですか?」
「…セレスティ・カーニンガムさん。貴方ってそういう方でしたっけ…?」
「そうですよ?」
 あっさり返しつつ、セレスティはにこり。…セレスティもセレスティで、ここはランに乗った方が良いと見た。
「…」
 ランのみならず夜神やセレスティからさえそんな反応をされ、ダリアは困惑げに顔を顰める。…何だか調子が狂う。が――それで腕ずくでどうこうしよう、と言う気には何故かならない。
 そんな妙に和やか?になっている四人の様子を見ていて、他の面子からもやや力が抜けてくる。
「…本っ当にそれでいいのか…?」
 何処か茫然と啓斗。
 んー、とそれを聞いて北斗が軽く唸っている。
「まぁいいんじゃないかなぁ。この様子見る限り、あの子に対しては下手に敵だーって頑張んない方がむしろ安全だったりして?」
「…核弾頭抱え込むようなものだぞ?」
「いやそれなら慣れてるし」
「…何の事だ」
「…えー、ほら黒崎とか」
 と、兄本人とも言えないので北斗が苦し紛れにそう出したところで。
「誰が核弾頭だ」
 当の黒崎から冷たい声で突っ込みが入る。
 入ったところで、う、と言葉に詰まる北斗。そんな様子を横目に、アリスも困惑げにダリアたち四人の方を見ていた。…この状況はありなのか。そうは思う。が…こうやって見ていると。
 …ランの言う通り、あの子も可愛いかもしれない。
 そんな気がしてきた。
 反射的に蒐集欲がむくむくと湧き上がる。が、同時にダリアには自分の魔眼が効かなかった事も思い出し、ならばどうするかとつい考え込んでしまっている。
 アリアはと言うと、すぐ側に居るそんなアリスの心の内など露知らず、やはり困惑げな顔でダリアたち四人の方をじーっと見ている。アリアにしてみれば、現実世界に来てそろそろ長いとは言え…あまりこういう場面に遭遇する経験も無い。どう見るべきか判断が付かない。
 と、いつの間にそこに来ていたのか、そんな五人の側で、萌の光学迷彩がオフにされていた。
 何だか憮然とした顔で居る。
「こうなると色々やり難いんだけどな…。本当にこのまま害が無く済むならいいんだけど。…IO2内に於いてはブラックリストの上位にある第一級の危険人物なんですよ、あの子は」
 そうごちる萌の科白に、アリスが反応する。
「…知っているんですか?」
「…うん。『破壊者』って呼ばれてる相当高位の魔神/邪神級の魔力持ち。IO2としては本当なら見付けた時点で捕縛なり封印なり処分なりしないとなんだけど…正直私一人では荷がかち過ぎるし今のこの状況見ると…見なかった事にするのがIO2的にも一番丸く収まりそうな気がするんだよ」
 と、反応してきたアリスにそこまで萌が返していたところで。
 是非そうしてくれー、と開いた扇子をひらひらさせながらランが大声を上げている。…聞いていたと言うか聞こえていたらしい。
 その様子を見ていると、萌としては何だか更に脱力した。



 セレスティがダリアに一つだけ聞きたい事。
「…あの後、僕が本宮秀隆さんをどうしたか、と言う事ですか」
「はい」
 …過去の事件時、まだ事件が終わる前。あの時君は本宮さんを連れて行ってしまいましたが――その後あの方今に至るまで行方不明ですからね。となると、あの方の消息について一番詳しく知っていそうなのは君になりますから。
「そうですね…色々癇に障る事も仰るので死なない程度に身体機能を壊してみたんですが、そうしたら余計口の方が回るので失敗したと思いましたね」
「…そうなんですか?」
「…と言ったら、どうします?」
「君ならやり兼ねないとは思いますが」
「御想像にお任せします。…まぁ、元気は元気だと思いますよ。それなりに。今はもう皆さんの方が御存知なんじゃないですか?」
 先程までその話をしてらっしゃったし。
 今回もあの水原新一さんまで噛んでらっしゃるんでしょう。なら居場所がわかるのも時間の問題だと思いますよ。
 僕などに訊くまでも無く。
 そこまで言うと、ダリアは黒崎をちらと見る。
「本宮秀隆さんには、貴方に会ってみたいと思わないかと言われましてね。…確かに本物のクロウ・クルーハさんに興味もあったのでそれで来てみたんですが、要は僕は――何か事件を起こす為のスイッチ役を振られてしまったって事みたいなんですよ」
 先程言いましたよね。あの人は僕なら貴方に対して最低このくらいの挨拶はすると踏んだ、と。
 そしてそれを貴方がたの仰る『妖精』に見せ付けた。
 ゲーム内と同じ、半異形化した――彼ら『妖精』が崇めるべき貴方の姿を。
 この現実世界で。
 僕の『挨拶』と衝突すると言う、格好の演出効果と共に。
 …あの人はその状況を作る為にこそ、僕を動かしたみたいで。
 と、そこまで言われたところで。
 黒崎が打ち消すように切り返す。
「そこは心配要らない。IO2の連中は人の記憶を操る術を持っている」
 自分は既にその効果を身を持って知っている。
 …そうでなければ黒崎もわざわざ現実世界でこんな目立つ真似はしなかった――IO2の方もそれを許しはしなかった筈だ。
 そこまで言われ、今度はダリアが切り返す。
「本当に全てがそれで消せるなら良いのですがね」
 信じ過ぎない方が良いですよ。
 それに、一度脳に焼き付いた記憶は何をしようと消えないと言う説もあります。消えたように見えても表層に浮かんで来ないだけで深層に残っているのだと。…その可能性は否定できない。
 なら、どんなきっかけで戻ってくるかも…わかりませんよね?
「…ケルヌンノスが絡んでいるなら余計、か」
「ええ。それにあの人そろそろ人間捨てるつもりかもしれませんから、更に余計です」
「人間捨てるって…」
「言葉通りです。僕が側に居過ぎたのかもしれません。異能に慣れてしまったと言うか…異能が近くにある事に免疫付いちゃったみたいなんですよ。完全に」
 僕の方は今のままでいて欲しいと思っているのですけれどね。でも僕の言う事なんか聞きません。…あの人は目的の為なら手段は選ばないし自分自身すら平気で捨て駒にする。
 そしてその『目的』も、傍から見れば呆れる程他愛無い事が多過ぎる。
「…例えば、特定の刺激を与えた人間がどう変わるか見てみたい、とかですね」
 今回の『妖精』の件も、突き詰めればその程度の事が目的になるんじゃないですか。
 ダリアはあっさりとそこまで皆に話す。…別に隠していると言う訳では無いらしい――と言うか、この場でここまで話されてしまうと言う事は、ダリアは別に本宮の味方と言う訳でもないのかもしれない。
 ふむ、とランが頷いた。
「要は物好きな騒動を起こしては命がけで遊んでるような奴って事か」
 その本宮だかケルヌンノスだか言う奴は。
「…話にゃ聞いちゃいたけど…何かホントにお近付きになりたくない感じの奴だな」
 ぼそりと北斗。ああ、と啓斗も頷いている。
 それらの様子を見てから、ともあれ、と纏めるように黒崎が口を開いた。
「これで『妖精』の存在の確認は取れた。…勿論まだ何も解決してはいないが――だがだからこそ今度は、事件になる前に――大事になる前に止められる可能性がある」
 …これからはこちらの世界にも直接顔を出す必要が出てくるな。
 今度こそ、あんたたちにも、改めて協力を頼む事も出てくるかもしれない。
 その時は宜しく頼む。
 黒崎は決意を秘めた態度で、改めて皆にそう言ってくる。
 と、返答より先に、そんな黒崎へと肩を組む形でがばりと北斗がまた飛び付いていた。
 それで、にこり。
「んな水くせー事言ってんなって。勿論その時は喜んで手ぇ貸すっての。…でもよ、取り敢えず今日のところは目的果たせたって事なんだろ? んじゃ少しくらい息抜きすんのも大事だと思うぜ? ほら、そうじゃねーとあーんなかんじで眉間に皺よせた若年寄になっちまうんだぜ?」
 と、北斗は笑いながら兄を指差す。
 途端。
 即座に啓斗からの蹴りが飛び、殆どコントか何かのように北斗は黒崎から派手に蹴り剥がされた。
 まさに一瞬の早業。
 黒崎は思わず目を瞬かせている。
 かと思ったら、今度はその様子を見ていたランが爆笑していた。
 蹴り剥がされたところから起き出した北斗もまた、痛てーよ兄貴ー、とぼやきつつ情けない顔でへらっと笑っている。
 笑っているところで、人に対して指を差すんじゃない、と啓斗がびしり。
 …北斗の科白からして何だか怒りどころは他にありそうな気がするが、啓斗にしてみれば若年寄と言われた事よりそっちの方が――行儀の問題の方が余程重要だったらしい。

 双子によるその一連のコント(?)に、何だか一気に緊張が解れる。
 …まぁ、今の時点では取り敢えず。
 息抜きの方も、忘れずに。

 ………………その言い分は、悪くない。

 fin.


×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)
 男/200歳/禁忌の存在

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと)
 男/17歳/高校生(忍)

 ■0568/守崎・北斗(もりさき・ほくと)
 男/17歳/高校生(忍)

 ■7348/石神・アリス(いしがみ・-)
 女/15歳/学生(裏社会の商人)

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 □黒崎・潤(クロウ・クルーハ)
 □アリア

 □碧摩・蓮
 ■水原・新一

 ■真咲・誠名(名前のみ)
 ■イオ・ヴリコラカス(名前のみ)

 □浅葱・孝太郎(=ゼルバーン=Tir-na-nog Simulator根幹プログラム)
 □アリアンロッド(オープニングのみ)

 □ヴィルトカッツェ(茂枝・萌)

 ■ダリア
 ■本宮・秀隆(ケルヌンノス)(オープニングのみ)

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 いつもお世話になっております。
 皆様、今回は発注有難う御座いました。
 そして当日日付中にはなると思うんですが時間で言うなら一番初めに発注下さったセレスティ・カーニンガム様の納期過ぎてのお渡しになってしまいました…作成期間日数上乗せの上にお待たせしてしまっております。

 久々に文字数をカッ飛ばしてしまいました。
 内容が「白銀の姫絡みの当方仕様な続編・大前提編」のような形なので…情報量的にある程度長くなるのは若干仕方無いかと覚悟はしていたと言えばそうなのですが…それでいて初めましての方にこれで色々説明し切れたかどうかが物凄く疑問な節もあり…あの大掛かりだったイベントとのジョイントになる話を一度のノベルでやろうとする辺りがまず間違っていると言えば言えそうではありますが(汗)
 取り敢えず、黒崎も帰って来させられましたし、イベントの『白銀の姫』最終回時には文字数的に削らざるを得なかった、piece.DGで必要になる要素は今回入れられたので「大前提編」の目的は何とか果たせた…のですけれども。
 …色々な意味で各方面にすみません(謝)

 他の皆様もそうですが、特に初めましてになる守崎北斗様と石神アリス様。
 PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮なく。

 内容ですが…当方版の黒崎潤は余所様と比べて結構性格丸いのかもしれませんと皆様のプレイングを見ていて思ったりしてました。今回、実際に浅葱と共同戦線組ませるような真似までしてますし。
 そして皆様のプレイングを生かし切れたかも甚だ疑問な感じにもなっています…orz

 如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝