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挟まれていた宝の地図
●オープニング【0】
「昨日ね、こんなの見付けたんだ」
と言って影沼ヒミコが同級生の原田文子に見せたのは、4つに折り畳まれた少し古びた紙であった。
「……どうしたのそれ、ヒミコちゃん?」
「学校の図書館で何か面白い本がないかなーって思って色々開いてた時にね、これが挟んであったのに気付いたんだよっ」
文子の質問に答え、ヒミコはにこっと笑ってみせた。さて、この笑顔の意味は何なのであろうか。
「それで……何の紙だったの?」
「それがね、文子ちゃん」
ヒミコが急に声を潜め、文子との距離を詰めた。
「これはね、どうやら宝物を埋めた場所を記した地図らしいの……!」
「宝の地図?」
ヒミコの言葉に怪訝な表情を見せる文子。ヒミコには悪いが、宝の地図と言われてもにわかには信じられず眉唾物である。
「見て見てこれ!」
ヒミコは折り畳まれた紙をぱっと広げ文子に見せた。そこには女性が書いたと思しき数行の文字と、神聖都学園の校章が描かれていたのである。
「読んでいい?」
と文子が尋ねるとヒミコはこくんと頷いたので、そのまま黙読を始める。
数多の知の集う地より
マルコ・ポーロを気取り行かん
放たれし矢のごとく
行く手を遮る輩も物ともせず
やがて辿り着きしは平穏の地
偉大なる王の下
其にはかなき宝を眠らせん
「……宝の地図っぽいわね」
実際はどうだか分からないが、形式上は宝の地図のようには文子にも思えた。
「そうでしょ、そうでしょ! だからさ、文子ちゃん……」
紙を文子の手から取り戻し、ヒミコはまたにこっと笑った。
「一緒に宝探ししよっ♪ 2人だけじゃ難しいかもしれないから、誰か誘って……たぶんこの学校内にあるんだよっ。図書館の本にわざわざ挟んでたくらいだし」
そのヒミコの推測は一理あるかもしれない。何しろその紙には、わざわざ校章も描かれていたのだから。
「……そういえば何の本に挟まれていたの?」
「えっと誰だっけ……し……ううん、ふじむら? とにかく、誰かの全集だったと思うけど」
文子の何気ない質問に、ヒミコはうろ覚えで答えたのであった。
●同じ学校だと誘いやすく【1】
さて、放課後――。
「ちょっと面白そうね」
それが影沼ヒミコが宝探しへと誘った時に、これこれこうだと説明をしっかり聞いてから明姫クリスが発した言葉である。やはり宝探しというものは、少なからず興味を引くものであるらしい。
「でしょっ? だから一緒に探そ! 文子ちゃんも居るし!!」
原田文子の方へ振り返り、さらにクリスへ誘いを強めるヒミコ。するとクリスはほんの少しだけ思案する仕草を見せてから、くすっと笑みを浮かべた。
「ええ、いいわ。何が出てくるか楽しみね」
「やったっ! ありがとっ!!」
ヒミコはクリスの右手を、両手でぎゅっと握って喜びを表した。
(まあ……学校に隠すぐらいだし、高価な物ではないでしょうけど)
クリスはそう冷静に考えつつも、嬉しそうなヒミコの前でそれを口にはしなかった。
「そうと決まれば、1つずつ順番に解決してゆきましょうか」
「うん!」
クリスの言葉にヒミコが大きく頷く。
「それで……どこから始めてみるつもり?」
文子がクリスとヒミコに尋ねた。
「当然あの挟まってた地図から――」
「その前に」
ヒミコの言葉をクリスが制した。
「その地図が挟まれていた全集を確認してみたいわ。図書館へ行きましょう」
ということで、3人はまず図書館へと向かうことになった。
●挟まれていたのは何処?【2】
「改めて調べて何か分かるのかなあ?」
図書館の書架の間を歩きながら、ヒミコが小声でつぶやいた。図書館ではお静かに、である。
「こっちの方で見付けたの?」
先頭を歩くヒミコへ、やはり小声で文子が尋ねる。
「うん。確かこっちの方だったはずだけど」
答えるヒミコ。今歩いている箇所はというと、日本文学が並んでいる一角であった。
「あ。ここ! この背表紙見覚えあるし!!」
はたと立ち止まり、ヒミコは近くの本へと目をやった。
「この辺りなのね」
クリスはゆっくりと左右の書架に並んでいる本に目を向けた。数秒ほど探した後、とある1冊の分厚い本を取り出してみせた。その手際のよさからすると、予めおおよその見当をつけていたようにも思われた。
「挟まれていた全集って、この本じゃないかしら?」
クリスがそう言って見せると、ヒミコはこくこく大きく頷いた。
「えっ、どうして分かったのっ! それだったはず! 表紙の文字に見覚えあるから……!」
ヒミコが指差した本の表紙にはこう記されていた。『島崎藤村全集』と。
「やっぱりそれだったのね……」
文子もぼそりとつぶやく。クリス同様、島崎藤村だと思っていたようである。
「えっと文子ちゃん、これ『しまざきふじむら』だよね?」
「ヒミコちゃん。それ……『しまざきとうそん』って読むの」
まあ、このやり取りで数秒ほど場が静かになったのはさておき。
「島崎藤村といえば、すぐに思い出されるのは『椰子の実』だけど」
そうクリスが言うように、音楽の授業で歌うことも少なくはない『椰子の実』という曲の歌詞は、島崎藤村の詩集に収められている一節なのである。
「この全集は……ええと」
手にした本を開き、目次を確認するクリス。どうやらこの全集では、島崎藤村の小説を集めて収録しているようだ。作品名を挙げてゆくならば『破戒』『春』『家』『新生』『嵐』『夜明け前』などだ。
「ヒミコちゃん。どこに挟まれていたかは覚えている?」
「あ……どこだっけ?」
クリスの質問に、ヒミコはしまったといった表情を見せた。宝の地図が挟まっていたということに気を取られ、どこに挟まっていたかなんて頭のどこにも残らなかったのであろう、たぶん。
「……この本に挟まれていたことに、何か意味があるのかしら」
ふう、と小さく溜息を吐いてからクリスがつぶやいた。島崎藤村でなければならなかったのか、それとも誰の本でもよかったのか……さて、どうなのだろう。
●謎を読み解く【3】
ともあれ一応はどの本に挟まれていたかを確認は出来たので、3人は図書館から出ていよいよ地図に記されたヒントらしき文章に取りかかることにした。
「最初が『数多の知の集う地より』だから、これが起点を表していると思うけれど……」
そう言ったのは文子である。つまりはここの解釈を間違えれば、てんで見当違いな場所へと進んでゆくことになる訳なのだが――。
「……探す必要はないと思うわ」
開口一番クリスがそう言い放った。文子とヒミコがクリスへと視線を向ける。
「『数多の知の集う地』……この図書館のことを表していると思わないかしら?」
「あっ! 本がたくさんあるから……!!」
ヒミコが驚きの言葉を口にした。本はまさに知の象徴ではないか。
「あ、じゃあ、起点がここだとして……『マルコ・ポーロを気取り行かん』はどうなるの?」
「マルコ・ポーロといえば何を思い浮かべるかしら?」
質問してくるヒミコに対し、クリスは同じく質問で返した。それに答えたのは文子である。
「『東方見聞録』でしょう」
「東!!」
ヒミコがぽんっと手を叩いて大声を出した。
「そう。つまり最初の2行の解釈は、図書館を起点に東へ向かう……だと考えられるわ。ただ問題は」
クリスが東の方角に向き直って言葉を続ける。
「道なりに東に行くのか、それとも地図上で一直線に東に行くのかどうか分からないことね」
「最初の2行に続くのはまず『放たれし矢のごとく』、そして『行く手を遮る輩も物ともせず』だから……」
文子が続きの文章を読み上げ、皆で少し考える。
「そっか……分かったよ!!」
やがて、ヒミコがあることに気が付いた。
「一直線に東へ行くの! だってほら、放たれた矢ってまっすぐ飛んでゆくでしょっ?」
「じゃあヒミコちゃん、『行く手を遮る輩も物ともせず』も……」
「そうだよ文子ちゃん! まっすぐ進むってことをきっと強調してるんだよ!!」
興奮したヒミコが文子の手をつかんで、ぶんぶんと大きく振った。
「図書館から東に一直線……ひとまず、突き当たりまで行ってみましょうか」
そうクリスが言うと、ヒミコと文子はこくんと頷いた。
●そして見付かりし宝物【4】
3人は図書館から見て真東、学園敷地の端の方までやってきた。そこには多くの木々が植えられていた。いくつか切り倒された物もあるのか、切り株も若干見受けられた。
「ここ、木がたくさんあったんだねー」
そのヒミコの口振りからして、初めて知ったようである。まあ総合学園ともなると、自分に関係ない場所など結局最後まで訪れなかったりすることも珍しくはないけれども。
「緑が多いと落ち着くわね……」
木々の間を歩きながら、文子が何気なくつぶやく。次の瞬間、クリスがはっとして歩みを止めた。
「……もしかして」
そして木々をきょろきょろと見渡すクリス。
「どうしたの?」
ヒミコが近寄ってきてクリスに尋ねた。
「例の文章の続きを読んでみてほしいの」
クリスは何かを探す素振りを続けながら言う。
「続きを読むのね? 『やがて辿り着きしは平穏の地』……」
その行を読んだ文子も何かに気付き、はっとしてクリスを見た。
「……緑が多い平穏の地」
「だと思ったの」
文子のつぶやきにクリスが頷いた。
「そうすると『偉大なる王の下』はこうだと思うの」
そしてクリスはある1本の木の前に立った。
「この場で、もっとも高い木の下だと」
「……『偉大なる王の下』……『其にはかなき宝を眠らせん』……」
文子が最後の1行までを読むと、ヒミコが慌てたように言った。
「じゃ、じゃあ、宝物はこの木の根元にっ?」
鞄の中から小さなスコップを取り出すヒミコに対し、クリスは小さく頷いた。
「解釈が間違っていなければ……」
それを聞いたヒミコは、クリスが前に立っている木のそばへ駆け寄ると、すぐに根元を掘り返し始めた。埋めたのが女性であるならば、さほど深くへ埋込んでもいないことだろう。
だが――。
「……本当にここなのぉ?」
ヒミコがやや疲れたような声を上げた。木の周囲には、ぐるりと掘り返されて穴が出来ている。
「一番高い木がこの木なのは間違いないのだけれど……」
クリスが木を見上げて答える。確かに今この場にある木の中でもっとも高いのは、その木で間違いはない。しかし、あることを見逃していたのである。そのことに気付いたのは文子であった。
「……切り倒された可能性は……?」
ぽつりとつぶやいた文子に、即座にクリスとヒミコの視線が向いた。
「年輪! 切り株の年輪が多い木の周囲から調べてゆこうよ!!」
ヒミコが2人へとそう言い放つ。木が高く成長するには、種類で差はあるのだけれども、それなりの年月がかかるのは当然のこと。とすれば、年輪の多い切り株から順番に調べてゆくのが手っ取り早い方法である。
そのように調べてみた結果、2番目に調べた切り株の周囲から無事目的の物が発見されたのである。
「あったー!!」
ヒミコは小さなスコップを放り出すと、両手で一気にそれを土の中から引き上げた。それは透明なゴミ袋に幾重にも包まれた20センチ四方ほどの大きさの缶であった。
ゴミ袋の中から取り出し、さっそく缶を開けてみると中に入っていたのは可愛らしい装飾の施された小箱が1つ。けれども高価な物ではないことは誰の目にも明らかであった。
「分かった! この中に宝石か何かが……」
などと言って小箱を開けたが、ヒミコの期待は粉々に砕かれることとなったのである。中には折り畳まれた紙が1つあっただけなのだから……。
「……貸してみて」
横から手を出し、文子がその紙を取り上げ開いた。そこには、宝の地図と同じ女性だと思しき文字で文章がつづられていたのである。
内容は、決して結ばれぬ相手を好きになってしまった自らの苦しみを告白した物だった。自分がいかにその相手を愛しているのか、けれどもそのことによって受け続けている痛みや苦しみといったことを……。
「この手紙を見付けた方にお願いします……この手紙と私の想いを焼き捨ててください……どうかお願いします……」
文子が読み上げた手紙はそこで終わっていた。時代も人物も、特定されるような要素は一切記されていなかった。
「……知ってほしかったのかしら」
少しの沈黙の後、最初に口を開いたのはクリスであった。
「顔も素性も分からない相手でも……自分の想いと苦しみを誰かに」
「そうでもしないと、想いを振り切ることが出来なかったのかも……」
文子がそう言って頷いた。そういった複雑な想いでも、埋めた者にとっては宝物であったのかもしれない。
「なら、ちゃんと処理してあげないと……だね。彼女のためにも」
こくこくとヒミコも頷く。結局これらはヒミコが一旦預かり、埋めた者の希望通りにしてあげることとなったのである。
「……よかったらケーキバイキングなんてどうかしら?」
戻り際、クリスがヒミコたちへそう言って誘う。クリスは声優のギャラがこの間出たので懐に余裕があったのだ。
もちろんヒミコと文子がその誘いを断るはずもなかった――。
【挟まれていた宝の地図 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 8074 / 明姫・クリス(あけひめ・くりす)
/ 女 / 18 / 高校生/声優/金星の女神イシュタル 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、隠された宝物との出会うまでの模様をお届けいたします。一口に宝物といっても様々ですが……こういった物が出てくるとは予想はしていたでしょうか?
・ヒントとなる文章については、比較的分かりやすいようにしてみたつもりですがいかがだったでしょうか。最後3行はちょっと難しかったかもしれませんが。
・しかし何故に島崎藤村の全集に挟まれていたのでしょう。それについての謎は謎のまま残ることになります……。
・明姫クリスさん、2度目のご参加ありがとうございます。件の文章の前半の解釈はよかったと思いますよ。挟まれていた本の作者も合っていましたしね。もちろん挟んでた意味はあるんですよ、あれ?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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