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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - ミュリア -

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 ミュリアの神殿。
 そう呼ばれている場所があるらしい。
 時狭間の南、ずーっと南に歩いていけば辿り着けるそうだ。
 よくわからないけれど、ミュリアって神様を祀っているところだとか。
 そういう場所があるってことも知らなかったし、そんな神様の名前も初めて聞いた。
 でも、この世界の神様って、マスター …… クロノグランデだけじゃなかったっけ?
 うん、まぁ、いいや。えっと、とにかく? そこに行けばいいんだね?
「あの、何か用事とかあれば、全然、いいんだけど …… 」
 申し訳なさそうに、ちょっとおろおろしながら梨乃が言う。
 いや、いいよ。特に用事があるわけじゃないし。
 それに、用事があったら、ここには来てないよ?
「あ、そ、それもそうだね …… 」
 でしょ? うん、じゃあ、早速行こうか。その、ミュリアの神殿ってところ。
 でも、なんでだろ。どうして急に、そんなところに一緒に来てくれなんて言うんだろ。
 首を傾げながら、ちらりと見やれば、梨乃は、何だか落ち着かない様子でそわそわしていた。
 ん? 何だ? 何か、梨乃、照れてる? 気のせい?

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「あ。リーちゃん、それ …… 」
 ポツリと呟きながら、指で指し示した露希。
 露希が嬉しそうに笑う、その理由は、梨乃が前髪を留めている髪飾りにある。
 ユイの花を模った可愛らしい髪飾り。それは、先月、露希が梨乃にプレゼントしたものだ。
 一週遅れのバレンタイン。照れながら、いっしょうけんめい作った手作りチョコレートをくれた梨乃。
 露希は、そのお礼にと、この髪飾りをプレゼントした。あれから一ヵ月。梨乃は、いつもこの髪飾りを着けている。
 でも、ここ最近、忙しくて時狭間に来る時間がなかなかとれずにいた露希は、その事実を知らない。
 だからこそ、余計に嬉しい気持ちになるのかもしれないけれど。
「その花にはねぇ、幸せが訪れる兆しって花言葉があるんだよ〜」
「そ、そうなんだ。そんなに素敵なもの貰っちゃって …… なんだか、ちょっと申し訳ないかも」
「ううん。そういう気持ちをこめてプレゼントしたからね。リーちゃんが、幸せになれますよ〜に、って」
「 …… あ、ありがとう」
 照れくさそうに目を背け、それでも笑顔を浮かべてお礼を述べた梨乃。
 先ほどよりも、もっとずっと、耳も、ほっぺも赤くなっているような気がする。
 露希は、様子のおかしい梨乃を気遣い、何度も何度も、大丈夫? と声をかけた。
 その度、梨乃は、慌てて大丈夫だよと言うのだけれど。実際のところ、あまり大丈夫ではない。
「あ、ねぇ、露希くん。最近、どう? 学校、何か、大変だったんでしょう?」
 少々強引に話を逸らす梨乃。露希は、苦笑しながら返した。
「うん〜。そうなんだよ〜。学校がねぇ、大火事になっちゃってねぇ」
 露希が、しばらく時狭間に来れなかった理由。それは、露希が通っている学校で発生した火事。
 以前から、割と頻繁にボヤ騒ぎはあった。でも、生徒や先生がすぐに気付いたから大事には至らなかった。
 でも、半月ほど前、ボヤどころの騒ぎじゃない大火事が発生してしまったのだ。
 生徒はもちろん、先生達も、やっぱり、こうなったか …… と肩を落とした。
 犯人が誰なのかはいまだにわかっていないが、全員が危惧していたことでもあったのだ。
 このままでは、いつか大事になる。いつか、手の施しようがなくなるくらいの大惨事を引き起こす、と。
 だから、露希をはじめ、生徒と先生、学校関係者は、全員で協力して放火犯を探していた。
 結局、捕まえることも犯人を特定することもできないまま、最悪の事態を招いてしまったわけだが。
 露希が時狭間にこれなかったのは、この事件の後処理に追われていたからである。
 激しく焼失してしまった校舎の復元やら、火事で負傷した仲間の治療やら、学校近辺で暮らす無関係な人たちへの謝罪回りとか。
「そうだったんだ …… 大変だったんだね」
「うん。でも、もう大丈夫だよ。学校も、ほとんど元通りになったしねっ」
「あ、じゃあ、また、前みたくこうやって一緒に …… ――!」
 そこまで言いかけてハッとしたところで遅いような気もするが。
 梨乃は、思わずパッと口元を押さえて、また目を逸らした。実に、わかりやすいタイプである。
 素直な気持ちなのだから、別に隠さなくてもいいと思うが、本人は気恥ずかしくてたまらないのだろう。
 だがまぁ、露希も露希で、なかなかの鈍感さん。どうして梨乃が途中で口を閉ざしたのか、その理由を理解できずにいるようだ。

 傍から見れば、それはもう、明らかに恋人同士の様。
 それなのに、当人同士がまったく噛み合っていないという、この状況。
 なんだか、とてももどかしい感じだが、逆に、それがまた二人の初々しさを強調しているともいえる。
 露希と梨乃は、その後も他愛ない話をしながら、二人並んでのんびりと歩いた。ミュリアの神殿を目指して。
 いつもは、飛び跳ねるように落ち着きなく歩く露希だが、今日は大人びた感じ。自然と梨乃の歩幅にあわせて歩いている。
 そういうさりげない気遣いはできるのにね。どうしてだろうね。どうして、梨乃が照れている原因に気付けないんだろうね。
 まさか、夢にも思っていないだろう。梨乃が照れているその原因が自分にあるだなんて、露希は、これっぽっちも。
「神殿に、ステンドグラスあるかなぁ」
「えっ? ステンドグラス?」
「うん。キラキラしてて綺麗なんだよ。ロンね、あれすっごい好きなんだ〜」
「あ、そうなんだ …… あの、でもね、露希くん。それって、教会にあるものだと思うの」
「え? なんで? …… って、あ! そっかぁ。神殿と教会って違うところだったっけ〜? あはははっ」

 *

 時狭間の南。
 ずっと歩いたその先に、ミュリアの神殿はある。
 神殿といっても、半ば、それはもう遺跡のようなものだ。
 その形跡がかろうじて把握できる程度にとどまり、ほとんどが朽ちている。
 神殿に着いて早々、露希はキラキラと目を輝かせた。どうやら、こういう遺跡っぽい場所が大好きらしい。
「うわ〜! すごいね! ゾクゾク〜ッとしちゃうよ〜! あっ、あれは何かなっ?」
 朽ちた神殿、その瓦礫の上をピョンピョン飛び跳ねて散策する露希。
 そんな露希に笑いながら、梨乃も後をついていく。
 だが、軽快に進む露希と異なり、梨乃は、なんだか危なっかしい足取りだ。
 きゃ、とか、わっ、とか。そう言う声が後ろから何度も聞こえてくるものだから、さすがの露希も気付いて。
「はい、リーちゃん。お手をどうぞ〜」
「えっ、あ、あ、ありがと」
 そうやって、梨乃の手を引き、上手にエスコートしてあげる。
 無意識なのだとは思うが、なかなかのジェントルぶりだ。梨乃は梨乃で、気が気でない御様子。
 朽ちた神殿を散策する最中、梨乃は、露希にお願いした。このまま進んで。神殿の中心部に行きたいんだ、と。
 もちろん、嫌だなんて露希は言わない。うん、わかった〜と何ともおっとりした返事をしながら、望みに応じる。
 梨乃が、ここに、ミュリアの神殿に、露希と一緒に行きたがった理由。それこそが、この中心部。

「わー! すごーい!」
 大きく口をあけ、天を見上げる露希。
 神殿の中心部は、瓦礫に囲われるようにして、美しい円状を保っていた。
 この中心部だけは朽ちることなく、当時のままなのだと、梨乃は説明する。
「リーちゃんは、この神殿の元の形を知ってるんだ?」
 にこにこと微笑んで言う露希。すると梨乃は、少し俯き、少し寂しそうな顔で応えた。
「マスターが聞かせてくれたの」
 全ては、マスターが聞かせてくれたお話。おとぎ話の一節のような、お話。
 この神殿は、梨乃や海斗、時の契約者が誕生するよりも、ずっとずっと昔からある。
 神殿の名前にもなっている "ミュリア" とは、愛情を司る女神さまの名前。正式名称は、ミュリア・グランデ。
 マスターいわく、時狭間にはかつて、時の神以外にも、四人の神様が存在していた。
 愛情を司る、ミュリア神。欲望を司る、ハギト神。憤怒を司る、キーラ神。空虚を司る、エスタ神。
 それぞれの神様は、東西南北に神殿を構え、空間制御の魔法を継続詠唱することで時狭間の秩序を守ってきた。
 時間を司る、クロノ神。つまり、マスターは、彼ら四人を束ねる、最も偉い神様だった。
 でも、ずっと昔、気が遠くなるほど昔のこと、マスターを除く四人の神様は、突如として姿を消した。
 どこに行ったのか、いまも元気でいるのか、マスターは、それすらもわからないらしい。
 それまで一緒に時狭間を守ってきた仲間がいなくなってしまったマスターは、
 苦考の末、時の契約者という存在を生み出し、彼らに使命を託すことで時狭間の秩序を維持することに成功する。
 実際にこの目で見たわけじゃないし、聞かされただけのことだから、すんなり信じるのもおかしな話かもしれないけれど。
 昨晩のこと。マスターは、梨乃にそっと教えてくれたそうだ。
 ミュリアという神。梨乃は、その女神を想いながら生み出した存在なのだと。
 つまり、梨乃は、ミュリアの生まれ変わりであると言っても過言ではないのだと。
 私が生まれ変わりだなんて。愛情を司る女神さまの生まれ変わりだなんて。
 それを聞かされた梨乃は、自分には不似合いだと苦笑した。
 だが、マスターは、それが事実であることを強く主張し、決して言い改めることをしなかった。
 一夜明け。目覚めてすぐ、梨乃は、真っ先に、昨晩聞かされた話を思い出した。
 マスターがそう言っただけであって、事実、梨乃がミュリアの生まれ変わりである証拠なんてどこにもない。
 けれど、なぜか。聞かされたその話が、やたらと胸に残った。一種の洗脳状態に近かったかもしれない。
 目覚めて数分、そこで、梨乃は決意する。
 ミュリアの生まれ変わりだと。愛情を司る女神さまの生まれ変わりだと言うのなら、その名に恥じない生き方をしようと。
 その決意の表れ、結果として、梨乃は露希を誘った。そして、いまに至る。
「女神さまの生まれ変わりかぁ〜。うんうん。リーちゃんなら納得かも」
 クスクス笑いながら、その場にちょこんと座る露希。
 何言ってんの、そんなわけないじゃん、と嘲笑われるのではと思っていた梨乃は、露希のその笑みにホッと安堵の息を漏らした。
 でも、違う。私って女神さまの生まれ変わりなんだって! って、そんなことを自慢したり話したかったわけじゃない。
 露希をここに連れてきた、ここに一緒に行きたいと言った、その本当の理由。誘った理由は。
「あの、ね。露希くん」
 想いの言葉化。

 しばしの沈黙。
 露希は、うん? と首を傾げたまま、ただじっと待っていた。
 急かすこともせず、怒りもせず、ただじっと、梨乃の言葉を待っていた。
 ちゃんと伝えたことがない。声にして、言葉にして、はっきりと伝えたことがない。
 伝える必要なんてないのかもしれないけれど、いつまでも、このままはイヤ。
 だからこそ、ここにきた。愛情を司る女神さまの生まれ変わりとして。この場所に力を借りようと。
 数分もの間、続いた沈黙。どこからか、優しい風がふわりと吹いた。その瞬間、梨乃は意を決し、想いを声にする。
「あ、あのね。私、好きなの。露希くんのことが、好きなの」
 だが、そうやって勇気をふりしぼって想いを伝えても、なかなかうまくは伝わらない。
 露希は、キョトンと目を丸くして、うん、僕も好きだよ。なんて、そんな言葉を返すのだ。
 違う。そうじゃなくて。こんなやり取りなら、これまでだって何度もしてきた。別にここじゃなくてもできること。
 違うんだよ、違うんだよ、そういう意味じゃなくてね。なんて言ったらいいのかわからないんだけれど、そうじゃなくて。
 照れながらも必死に、いっしょうけんめい説明しようとする梨乃。あたふたするその姿に、露希は。
「リーちゃん」
 罪悪感を覚えたのだろうか。
 ぐいっと腕を引き、咄嗟にぎゅっと抱きしめた。
 なんだかよくわからないけど、困らせてごめんね。とか、そういう台詞を吐くのかと思いきや。
「もういいよ。わかったよ」
 露希は、ポンポンと梨乃の背中を叩きながら、そう言った。
 わかったって何が。わかってないでしょう? 違うの。ちゃんと聞いて、ちゃんとわかってほしいの。
 そう言いながら、梨乃は露希から離れて、また必死に説明しようとした。だが、露希は ――
「ぜんぶ、わかってるから。俺も、同じ気持ちだから」
 小さな声で、そう囁いた。耳元で囁いた。
 いつもと違うその雰囲気と、俺、という一人称から、梨乃はすぐさま理解する。
 伝わってないとか、噛み合ってないとか、それって、私の勘違いだったんだ。ちゃんと、伝わってたんだ。
 そうして気付けば、すぐさま恥ずかしい気持ちが一気にブワッとこみ上げてくる。あぁ、ものすごく照れくさい。
 でも、ちゃんと伝わった。伝えることができた。声にして、言葉にして、はっきりと。
 自分の気持ちを伝えるだけで精一杯で、相手の返事のことなんて、まったく頭になかった。
 好きだと、そう伝えることができれば十分だった。まさか、俺も同じ気持ちだよだなんてそんな嬉しい言葉が返ってくるだなんて。
 自分以外の誰かを愛しく想う、そういう気持ちだけでも、不思議なのに。相手にも想われるだなんて、もっと不思議。
 好きな人に好かれる。想い合うのって、実は …… 魔法みたいに奇跡的なことなんじゃないかと、そう思う。
「だいすき」
 一切の照れも戸惑いもなく、梨乃は呟いた。
 そして、ぎゅっと、露希に抱きつく。目を閉じて、幸せに酔いしれながら。
 そんな梨乃にクスクス笑いながら、露希は、優しく頭を撫でて、デートのお誘いをしてみる。
「ね、リーちゃん。今度さ、一緒に美術館、行かない? 見せたいものがあるんだ」
「うん。いいよ。 …… ぜひ」

 ミュリアの神殿。朽ちずに残る儀式の間。
 その中心で寄り添い、抱き合い、微笑む二人。
 本当に梨乃がミュリアの生まれ変わりなのかとか、それはわからないけれど。
 辺りを舞う柔らかな風は、愛を司る女神さまが、二人を祝福してくれている証なのではないかと思う。

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 The cast of this story
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。