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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 虚時 -

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 仕方がない。
 なんて、そんな言葉で片付けるのは、あんまりだけど。
 事実として、仕方がない。もう、どうしようもない。こうするほか、ない。
 なんて、いつまで、そうやって言い聞かせるつもりなんだろう。自分で自分に呆れてしまう。
 決意したんだから。自分で決めたことなんだから。さぁ、さぁ、とどめを刺してしまえ。
「 …… っく」
 息が漏れた。僅かに空いた隙間から、海斗が息を漏らした。
 抵抗しない。海斗は、抵抗なんて一切せずに、ただ、ジッと見つめてくるだけ。
 躊躇いの要因は、間違いなく、その眼差し。ねぇ、どうして、抵抗しないの。
 殺そうとしてるんだよ? 殺されるんだよ?
 お願いだから、そんな目で見ないで。
 心が痛むから。

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 金の耳と尻尾。
 赤とアイスブルーのオッドアイ。
 そして、異様なまでに長く伸び乱れた髪。
 海斗をギュッと抱きしめる乃愛は、本来の姿 …… 人狼へと変貌を遂げていた。
 いつのまに人狼化したのか、いつから、こうして海斗を抱きしめているのか。思い出せない。
 ただ、心地良かった。強く抱けば抱くほどに、ギシギシと。海斗の身体が軋むのだ。
 それに併せて、苦しそうに漏らす小さな息もまた、ゾクゾクさせる要因のひとつ。
 少しだけ力を緩めて離れてみては、海斗の顔を見る。
 圧迫から僅かに解放された海斗は、その度に、少しだけ笑う。
 目を逸らすことはしない。逃げだそうともしない。怒りもしない。一切の抵抗なし。
 海斗は、ただ、じっと乃愛を見つめるばかり。淡く、淡く、優しく、優しく、微笑むばかり。

 どうして、笑うの?
 どうして、笑えるの?
 苦しい思いをしているのに、殺されかけているのに。
 あなたの苦しむ姿を、私は愉しんでいるのに。確かな興奮を覚えているのに。
 別に、もっと嫌がってほしいとか、泣き叫んでほしいとか、そういうことを望んでいるわけじゃないの。
 ただ、その目が、嫌。あなたの、その目が嫌なの。痛いの。チクチク、チクチク、心に刺さるの。
 普段は、そんなに優しい目をしないくせに。そんなに柔らかく笑わないくせに。
 どうして? どうして、いま、そんな目ができるの? そんな風に笑えるの?
「怖く、ないの?」
 ポツリと、耳元で、小さな声で乃愛が囁いた。
 すると、海斗もまた、耳元で、小さな声で囁き返す。
「うん」
「殺されるんだよ? いいの? それでも、いいの? 嫌じゃないの?」
「こうやって、話したりできなくなるのは寂しい。けど、お前と、ひとつになれるなら」
「あなたの身体も心も、何もかも。何ひとつ残らないのに?」
「残るよ。気持ちだけは、ずっと残るよ。消えないよ」
「 …… 食べて、いいの?」
「残さず、ぜんぶ」

 一際優しい声で応じた海斗。
 それが、最期の言葉になった。
 それまでの葛藤はいずこ。乃愛は、本能のままに貪る。
 がぶりと首元に噛みつけば、大袈裟なまでに、海斗は、その身を揺らす。
 そのまま、そのまま。乃愛は、躊躇うことなく、血を吸い上げた。
 喉から胸へ、胸から腹へと落ちていく、生温かい生き血の喉ごしに、極上の快感。
 すっと、ふっと、自然と乃愛が目を閉じたのは、その快感に陶酔したいがためだろう。
 ゴクリ、ゴクリと音を鳴らしつつ飲み干す。その最中も、海斗は、微笑んでいた。
 ハッ、ハッ、と、そんな小さな息を、何度も漏らしながら。
 それから数分もすれば、すっかり、抱き心地が悪くなる。
 全ての血液を吸いつくされた海斗は、綿のように軽く、そして、醜い姿に成り果ててしまった。
 だが、それでも、乃愛は、強く抱きしめることを止めなかった。頭では理解っていた。逃げやしない、逃げられやしないと。
 離すことはおろか、僅かにも抱擁を緩めなかった、その理由をどうしても挙げねばならぬというのならば、独占欲。
 自分の腕の中で息絶えた愛しい人を、永遠に傍に置いておきたいという、そんな独占欲が最も近しい。
 だが、そんな独占欲も、さほどの時を待たずして、本能に浸食されてしまう。
 食感は、最悪。
 噛み応えもクソもない。真綿を口の中へ放っているだけのような、何とも曖昧で不快な食感。
 だが、乃愛は、無我夢中に貪った。笑んだまま息絶えた愛しい人。海斗を、ただ、無我夢中に貪った。
 指先で少し引っ掻くだけで、いとも容易く剥がれる肌。濡れた紙以上に脆くなってしまった、あぁ、愛しい人。
 約束どおり、残さず、ぜんぶ。髪の毛も、骨も、ほんの少しでも食べ残さないように。
 偶然か必然か。最後に残るは、心の臓。
 乃愛は、それを手に取り、しばらくじっと見つめた。
 残るよ。気持ちだけは、ずっと残るよ。消えないよ。
 海斗は、そう言った。言ったけど、そんなの嘘だ。残るはずがない。残るはずがないんだよ。
 こうして、食べてしまえば。なんにも残らない。残らないよ。海斗。どうして、あんな嘘、ついたの?
「美味しい …… けど、悲しいのは、どう、して、でしょうね …… 」
 食事を終えた乃愛は、今にも泣き出しそうな瞳で、そう呟いた。

 確かな、欲求。
 確かな、独占。
 確かな、満足。
 何時かの、彷彿。

 *

「うおーい。こんなとこで寝てたら、風邪ひくぞー」
 遠くで、声がした。その声は、次第に大きく鮮明に。耳から頭へと響き渡る。
 乃愛が、ふっと目を覚ましたのは、うたた寝から二時間ほどが経過したときのことだった。
 時狭間に点在している休憩スペース。その内のひとつ。
 絵本やおもちゃなどが置かれた子供部屋のようなその空間で、乃愛は、いつの間にか眠ってしまった。
 近頃の不安定な状況もあってか、時狭間には、秋の始まりを告げるかのような、肌寒い風が吹いている。
 すっかり冷え切った体。海斗は、ケラケラ笑いながらしゃがんで、乃愛の頬にそっと触れた。
「うわ。冷てっ! だいじょぶか?」
 死人のように冷たいその感触に、笑いつつも驚き心配する海斗。
 こんなとこで寝るなんて、疲れてんのか? な、俺の部屋行こう、なんか、あったかいもの用意するから。
 乃愛の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせながら言う海斗。乃愛は、そんな海斗の横顔をじっと見つめていた。
 その視線に気付き、ぱっと振り返って。海斗は、笑う。いつもの元気な、屈託のない笑顔を向ける。
「どしたー?」
 あぁ、そうか。あの言葉の意味は、たぶん、きっと。
 乃愛は、首を傾げる海斗の指先を、咄嗟にキュッと掴んだ。
 そして、確認する。いつもと変わらぬその笑顔の裏に垣間見えた気がした、その可能性を。
「気持ちが消えないって、こういうことです …… ?」
「ん? え? 何だそれ?」
 確認してみたところで、応えてもらえるはずもないのに。

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 The cast of this story
 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。