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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の高層ビルの上で



 天波慎霰は比較的高いところが好きだ。
 山の頂上にある大木から下界を眺めるのも好きだし、街を空の上から眺めるのも好きだ。
 人間が、そして自分がどれだけ小さい存在を確かめるのが好きだった。
 それを「ナントカと煙は高いところが好きと言うよな」と言われたことがあるが、言ったのは誰だったか。
 確か村雲翔馬だったような…、そんな気がしたのだが、すぐ目の前に襲い掛かってくる影が見えたので思い出すのを中断した。
 慎霰は今、高層ビルの真上で戦闘中だった。


 事の発端は草間興信所の依頼だった。
 ただし、慎霰はその依頼を受けたわけではない。
「…と、言うわけで桜の木を切るのになぜか怪奇が起こるから…」
「断る」
 草間武彦が依頼内容を全て言う前に、慎霰はたった今入ってきた入り口へと引き返す。
「おい、慎霰!」
「確か前にもあったよなァ、桜の木を切りたいがってやつ…あん時も言ったと思うけどよ、」
 だから人間は嫌いなんだよォ、と慎霰は小さくつぶやき、武彦の制止にも耳を貸さずに興信所を出た。
 背後から何か声が聞こえたが、どうせ武彦の愚痴だろうと気にせずに空を飛ぶ。人目に見えないように術を使っているため、周囲にいる人間は誰も慎霰のことに気づかない。
「そういやもうすぐ桜の季節か…」
 依頼は受けない。だが桜のことは気になる。前回はそれを武彦に利用された形だったが、今回は完全に自分は『怪奇』の味方になろうと決意していた。
 慎霰は、資料をちらりと見た時に覚えていた桜の木の場所へと進路を変えた。

 桜の木はまだ咲いていなかったが、ほのかに赤く色づいている。つぼみが枝という枝についている。
「こりゃ咲いたら見事だろうなァ、いい桜だ」
 周囲を見渡すと、工事中と書かれた看板が転がっている。重機や工事道具が残っているからおそらく作業中なのだろうが、人の姿は見当たらない。
「……怪奇とやらに怖がって逃げ出したのかァ?」
 それなら今のうちに風を使って道具を別の場所に吹き飛ばすか、と考えていると、不意に自分の身体が浮いたのを感じた。
「……あァ!?」
 気づくと慎霰は吹き飛ばされていたのだ。
 空に放りだされたところで辛うじて体勢を整えた。慌てて地上を確認するも、何の姿も見当たらない。
 探しているうちに、次の突風が慎霰を襲う。突風ぐらいなんともないはずだが、何故かこの風には逆らえない。まるで身体の力を奪われるような風だ。
 自然のものとは違い、生臭い匂いもする。
「これは…式神か!」
 慎霰の身体を、風が襲う。三度目の攻撃に対して慎霰が何もできないはずもなく、すぐに風の元となっている場所に向かい術を使う。術が対象に当たり、風が消えた。
 代わりに中に浮かぶ、禍々しい、蛇のような姿をした式神。その姿には…見覚えがあった。
 ……そうか、見当たらないのではない。見つけられないのだ。
 慎霰はすぐに悟った。
「陰陽師、だなァ?」
 慎霰は、自分ではそんなつもりは無いが陰陽師や祓い屋といった業界では一部で有名になっている。
 妖怪の仲間として、人間の『敵』として、名が知れていた。
 今までも何度か襲撃を受けたことがあり、今の生臭い匂いも、ある陰陽師が使っている式神特有のものだった。
 その陰陽師とはこれまで何度か戦ったが、未だ勝負はついていない。勝負がつく前にどちらが引いてしまうからだ。そして双方は決して無傷では終わらない。
「まさか…桜を切るってのは、俺を誘き出す餌、ってかァ?」
『ご名答』
 頭の中で声が響く。後ろを振り返ると、式神が今にも襲い掛からんとしているところだった。
「くっ…!」
 反射的に腕を前に出し、攻撃に構える。結界を張る時間すらなかった。
 この式神はかまいたちとしての能力も持っているらしく、慎霰の腕に切り傷が走る。
『お前みたいな妖怪を祓うのも我々の使命なのだよ』
「はっ、俺は何もしてねぇよ。人間を殺しちゃいねェ」
『時間の問題だ』
「…そんな面倒くせェこと、するか、よ!」
 式神の懐に入り、その身体に攻撃する。当たる寸前のところで避けられ、慎霰は眉をしかめた。
「チッ、どいつもこいつも面倒くせェ」
 さてどうするかと考えたときに、慎霰の視界に入ったのが、高層ビルだった。その頂上には、避雷針が設置してある。
 空は晴天だが、遥か遠くの空に雨雲がいるのを、慎霰は空気の流れで感じていた。
「………よし、やってみるかァ!」
 苦戦しているつもりは無い。むしろ、どう倒すかを考えるか…いや、どうおちょくるかを考えるのかが楽しい。
 早速式神に向かって術をかける。蛇の形をしている身体に、ぽん、と音を立てて小さな手足が生えた。
「ウーパールーパーって知ってるかァ?この間初めてみたんだけどよ、それみたいだぜ、お前」
 嘲笑をこめて相手に言う。式神には感情があるものとないものがいるが、この式神にはあるらしい。表情は無いが、その雰囲気が明らかに怒っている。
 怒りをこめた攻撃を慎霰にするが、それを軽くかわす。そして少し離れて、また術をかける。今度は手足を消して代わりにひげをつけてみる。
 決して本気の攻撃をせず、ひたすらおちょくり続ける。
 そのたびに式神は慎霰を追いかけるが、慎霰は軽く避け続ける。
 それを繰り返しているうちに、高層ビルの頂上近くまで来た。
「そろそろいいか」
 羽根をしまい、ビルの上に降りる。式神は空から慎霰を凝視したまま動かない。
「(…気づかれたか?)」
 だが次の瞬間式神は消え、代わりに別の式神が現れ、襲い掛かってきた。生臭い匂いは同じだが、姿は違う。人間の形をしている。その姿は、あの陰陽師と同じ顔だ。
 新たに現れた式神は手に刀を持っており、それが慎霰の頬を掠めた。
 いつの間にか屋上には陰陽師本人の姿もあった。
「空中戦よりも、術者本人が傍にいれる地上戦のほうが力は強いのだよ…天狗よりもな」
 慎霰も懐から笛を取り出し、次の刃撃に耐える。笛は天狗の妖具で、そこらの刀よりは断然堅い。だが防御のみで、笛では攻撃はできない。
「くそ、もう少しなんだけどなァ…」
 慎霰は雨雲を呼ぼうとしていた。何も無い場所からの雷撃よりも、自然の力を借りた雷撃のほうがより威力があることを見越しての判断だった。
 もう少し時間を稼ごうと、次の攻撃の準備をしたそのとき。
 屋上にあった扉が開き、一人の青年が現れた。
「あ、やっぱり慎霰か」
「翔馬…ぶっ、!!」
 そこに現れた人物…村雲翔馬に慎霰は驚き、つい式神の攻撃を受けてしまった。幸いなことに刀ではなく拳での攻撃で、後ろに吹っ飛ばされた程度で済んだが。
「あーあ、余所見してるからだろ?」
「お、お前がいきなり出てくるからだろォ!」
 倒れた慎霰を、翔馬が覗き込む。その視線に思わず慎霰は顔をそらした。
 慎霰は、翔馬のまっすぐな目で見られるのが苦手だった。何故かはわからないが、胸の奥に違和感を感じていた。
「街中歩いてたらお前が空の上で戦ってるのが見えてな、追いかけてみた」
「追いかけたって、このビル普通に入れんのか?」
「いや?関係者立ち入り禁止だった」
「なんで…いや、もういい、そりゃ後まわしだ。今取り込み中だからよォ」
 身体を起こし、式神を見る…が、翔馬と話しているうちにどこかに潜んでしまったらしく、姿が無い。
「苦戦してるようだな、手伝ってやろうか?」
「余計なお世話だ」
「……顔が紅いが、風邪か?」
「!!う、うるせェ!」
 額に手をあてられそうになり、ばしんと音を立てて翔馬の手を払う。
「いってぇなぁ…熱あるか見てやろうと思っただけだろう?」
「熱はねェよ!…ってそうじゃなくて!」
 隣に翔馬がいるだけで、何故か集中力が途切れてしまう。先ほどまで研ぎ澄まされていたはずの神経は、式神の場所を捉えることができない。
「ありゃ式神か、しかもアレだな、この間お前が負けた陰陽師のか」
「……負けてねェよ。引き分けだ」
「尻尾巻いて逃げ帰ってきたんだろう?負けも同然だ」
「邪魔すんなら帰れ!」
 前回、あの陰陽師と戦ったときに少々傷を負い、たまたま近くに住んでいた翔馬のところで休んだことがあった。そのときは、お互いに傷を負って引き分けになったはずだが、翔馬からしてみれば『負けは負け』らしい。
「お前んとこなんかいかなけりゃよかった…」
「何か言ったか?」
「別に!」
 慎霰は悪態をつきながらも、雨雲の様子を伺う。あと少しで雷撃を打てる射程範囲にはいる。
 今回は勝ちだな、と慎霰が思ったときに、翔馬が意外そうに声をあげた。
「…雷を呼ぶつもりか!」
「おま、言うなよ!何のためにここまで式神をつれてきたと思ってんだよ!」
「いや、天狗ってそんなこともできるんだなと感心してだな…」
 翔馬が笑いながら言い訳するのを見て、慎霰は脱力した。視界の端で式神を確認したが、それは明らかに雷に耐性のある属性の式神に変化していた。
「だよなァ…そんな親切じゃねェよなァ…」
 がっくりと肩を落とす。その肩をぽんぽん、と翔馬が叩く。
「まぁ、やってみなきゃわかんねぇだろ?」
「やらなくてもわかるわ!」
 次はどうやっておちょくるか、いやむしろそろそろ真面目に倒すべきか…と慎霰が考えていると、翔馬が一歩前に進んだ。
「慎霰の作戦をバラしちまった詫びに、俺も手伝ってやろう」
「俺の戦いだ、邪魔すんな!」
「まぁガキがそう無茶すんなって」
「な…!ガキじゃねェ!」
「15歳はガキなんだよ」
 翔馬の表情が変わった。そして先程までは見えなかった、神霊スサノオがその姿を現す。
『小童が、翔馬殿の邪魔をするでない!』
「こ、こわっぱ…!?」
 スサノオに一喝され、慎霰が思わず後ずさる。
 その様子を見て翔馬は笑い、そして次に不適な笑みを浮かべた。
「スサノオ、お前ならあの式神を消すのにどれくらいかかる?」
『ふん、あの程度なら…』
 スサノオが姿を消す。
 式神の背後に再び姿を現したかと思うと、その巨大な両手で一気に式神を握りつぶした。
 悲鳴をあげる暇もなく、式神は消滅してしまった。
『…このぐらいでござるな』
「だよな」
 式神が消えた場所から、操っていた陰陽師本人が現れた。咄嗟に身構えた慎霰だが、陰陽師は両手を挙げて降参、のポーズをとる。
 そして「村雲家相手に戦うわけにはいかぬ」と一言残し、その場を立ち去っていった。
 後に残ったのは、所々に傷を負った慎霰と、無傷の翔馬、そしてスサノオ。
「……………」
「なんだ?俺が式神倒したのが気にくわねぇか?」
「……当たり前だろ、俺が戦ってたのに…」
 思わず呆然としてしまうほどだった。スサノオの力は知らないはずは無かったが、まさかこれほどまでとは。
 決して劣勢だったわけでもなく、自分で倒せない相手ではなかった。
 だが、これはあまりにも強すぎる。
 驚きと同時に悔しさもこみ上げる。
 まだ自分は無力なのかと。
「…くっそォ……」
 目頭が熱くなるのを感じ、慎霰はそのまま羽根を広げ飛び立とうとした。
 だが飛び立つ瞬間に翔馬に腕をつかまれ、地上に引き戻される。
「今日はなんだか落ち着きがねぇなぁ、慎霰」
「……………」
 正直慎霰自身も、何故自分がこんな状態になっているのかわかっていない。だがそれを翔馬に指摘されるのは無性に腹が立った。
「まぁよくわからんが、とりあえず雨雲はどっか遠くにやってくれねぇか?明日花見なんだよ」
 近くまで呼んだ雨雲がゴロゴロと音を立てていた。今にも降り出しそうなほどどんよりとした雲だ。
「お、お前の花見なんて知るかァ!」
 翔馬の腕を振り払い、慎霰は再び空へと飛び立った。今度は翔馬に掴まれることなく、あっという間に空高くへと消えていった。
「あーあ……明日慎霰と花見行こうと思ってたのに…まぁいっか。今度誘うか」
『慎霰殿は素直じゃないでござるな』
「お前が小童とか言うからだろう?」
『…拙者のせいでござるか』
 翔馬は屋上から眼下に広がる町を眺める。
 と、首筋にぽつりぽつりと水滴が当たり始めた。
 いつの間にか慎霰が呼んだ雨雲が、真上まで流れてきていたようだ。
「濡れちまうな、帰るか」
『御意』
 翔馬は来た時と同じように、屋上の扉を開け、階段を下りていった。

 その夜雨は降り続け、一晩中雷が鳴り響いていた。
 


 翌日、翔馬が目を覚まし窓の外を見ると、雲ひとつ無い晴天が広がっていた。
 そして外には、黒い羽根を落ち着き無く動かし、宙にとどまリ続ける慎霰がいた。
 翔馬が笑いかけると、慎霰は顔をそらす。
「絶好の花見日和だな、ありがとよ」
「……おゥ、昨日の礼だ。癪だけどな…」
 不機嫌そうに、だが少しだけ頬を紅くしてそっぽを向く慎霰をみて、翔馬は笑う。
「慎霰、お前も行くか?花見」
「……桜、咲いてるのか?」
「あぁ、昨日綺麗に咲いてる場所を見つけてな。でも昨日のお前の雨で散ったかもしれないな?」
「な!」
「冗談だ、雨が降ってない場所にあるんだ」
「…ったく……」
 ……実は翔馬は慎霰のこの態度に対してある感情が原因であると心当たりがあるのだが、それを敢えて本人言うこともないだろうと黙っていた。
 なにより、慎霰を見ているのが面白くて仕方が無い。
「…もうしばらく遊ばせてもらうか」
「あァ?」
「いや、なんでもない」
 
 慎霰は胸の鼓動を抑えつつも平静を装い、そしてその様子を内心微笑ましく思いながらも翔馬は出かける準備を始めた。



END