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そして今日が始まる
皇茉夕良の朝はいつも朝もやと共にある。
朝もやの中歩く足取りは軽やかで、石畳に小気味よく足音が響く。
空の色はまだ青と言うよりは白に近い。まだ低い朝の陽の光で白っぽく見えるのだ。
石畳の並ぶ先に、聖学園のアーチ型の玄関が見える。
学園の玄関をくぐり抜け、玄関の一番手前の建物、職員塔に入った。
「おはようございます」
「皇さんおはよう」
職員塔の高等部職員室に入り、すれ違う教師に挨拶をしながら学級委員連絡掲示板を覗く。
『定期舞踏会のお知らせ』
怪盗騒ぎで疎かになっているけれど、定期行事はあるものね。
そう茉夕良は思いながら詳細をメモに書き留めた。ホームルームで定期舞踏会のドレスコードの注意などをするのも、学級委員の仕事だ。
職員室を出て、そのまま音楽科塔へと進む。すれ違う生徒の数はまだ少ない。予鈴が鳴るにはまだ時間が充分ある。
音楽科塔の自分の教室に入ると、カーテンと窓を開ける。ようやく日が高くなってきたせいか、朝の光を浴びると少し温かくなってきた。
昨日の掃除当番の子達もちゃんと掃除しているし、クラス内の備品……チョークもちゃんと足りてる。最後に担任机にある花瓶の水の入れ替えをしておいた。後は日直がしてくれるだろう。そう思いながら、茉夕良は教室を出た。
まずは朝の合同練習がある。
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ヴァイオリンの旋律が響く。
軽やかに伸びる旋律が奏でるのは、ウィナーワルツの中でも定番の曲の1つ、皇帝円舞曲。指揮者の振る指揮棒の示す三拍子の通り、ヴァイオリンは優しげに響く。
今日の主役はピアノ。私はそれに合わせるようにしないと。
茉夕良は指揮に合わせ、楽譜を見ながら、自身のヴァイオリンの旋律を織り交ぜていく。
「ヴァイオリン、もうちょっと音を上げても大丈夫」
「はい」
指揮者から指示が飛ぶ。
茉夕良はうなずくとそれに合わせて音を上げた。
曲は一段と華やかになり、曲が溶け合って交じり合って天井へと伸びていった。
茉夕良は今年初めてウィナーワルツを踊る女の子達の事を想像した。
初めて踊る軽やかなワルツ。
それに少しでも華を添えられたら。
自然と微笑んでいた。
♪〜
最後に音が伸びきり、指揮者は腕を下ろした。
「はい、お疲れ様! 次もこの時間に」
「お疲れ様ですー」
朝の合同練習は、こうして解散した。
茉夕良がヴァイオリンをケースに片付け、楽譜を抱えた。
気付けば予鈴の鳴る時間が迫っていた。
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早朝は人が少なかったが、予鈴が鳴る頃になったら、人も多くなってくる。
茉夕良のクラスも然り。
音楽科は基本は何かの専攻に入るが、声楽専攻になるとアンサンブルとは別の授業があるので、クラスで合同授業がないとあまり会う事もないので貴重な時間である。
最近は空き時間は怪盗の話題で持ち切りになるのだが、定期舞踏会が近いために、ワルツの練習で音楽科は忙しいので、なかなかその話題が出る事もない。ほとんどは今の演目の話題になる。
「おはようございますー」
「おはようございますー」
あちこちで挨拶が飛び、茉夕良も挨拶を交わす。
挨拶していた所で、予鈴が鳴った。タイミングよく担任教師が入ってきた。
「起立、礼」
「おはようございます」」
日直の挨拶の元、ホームルームが始まった。
茉夕良は委員会の連絡報告の時間まで、ぼんやりと窓を見ていた。
窓には
「おはようございます。学級委員会からの連絡です」
茉夕良は書き写していたメモを取り出し、読み上げた。
「もうすぐ定期舞踏会が迫ってきました。最近は怪盗騒動が頻繁に話題になっていますが、今回も例の通り行われます。
各自ドレスコードの確認、マナーの確認、ワルツの練習を忘れないようにお願いします。
あ、私達音楽科は、各自曲の演奏がありますので、あまり根をつめないよう、頑張りましょうね」
最後の一文は、茉夕良が付け足したものだ。
皆「はい」と答えるのは、どんなに周りにいろんな事が起こっても、日常が変わる事はないからだ。
茉夕良は「以上です」と答えると、そのままストンと席に座った。
担任の話を聞きながら、窓を見た。
雲が一つ、伸びている。
茉夕良の一日が、始まる。
<了>
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