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<東京怪談・PCゲームノベル>


Scene1・スペシャルな出会い / 崎咲・里美

 閑静な住宅街を、メモを片手に歩く人物がいた。
 ふわふわの茶毛に、好奇心に満ちた黒い瞳。
 持っているメモに時折視線を落とす、柔らかな相貌――彼女の名前は崎咲・里美と言う。
 瞳と同じ好奇心の覗く表情をした彼女の職業は新聞記者。
 日ごろからスクープを探して歩き回る彼女が、何故住宅街にいるのか。それにはきちんとした訳があった。
「執事&メイド喫茶かぁ……両方が楽しめるんだ?」
 彼女が先ほどから視線を落とすメモ。そこに書かれているのは「執事&メイド喫茶」と言う文字だ。
 どうやら一応、次の取材のための下見らしいのだが、零れてくる声は何処となく弾んでいる。
「とりあえず今日はお客様として覗いてみて、取材するかどうかはそれから決めようかな」
 キラキラと瞳を輝かせて、呟く自らの声に頷いている。やはり興味の方が先に立っているようだ。
 そんな彼女が歩き進めること僅か。住宅街のど真ん中でそれは発見した。
 何処にでもありそうな普通の喫茶店。その前に置かれた看板には、「執事&メイド喫茶『りあ☆こい』」と書かれている。それ以外は、何の変哲もない店だ。
「うーん……見た目は普通、よね?」
 これは期待外れだろうか。
 そう思いながらも、一度抱いた期待と言うのは消えないものである。
 里美は手にしていたメモをポケットに詰め込むと、店の扉を開けた。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
 開け放たれた扉の向こうから響く声。
 それに驚く間もなく、彼女の目に飛び込んでくる世界。それはまさに別世界の光景だった。
 ゴシック調に整えられた店内と、そこで働く外界と遮断された世界の住人、メイドと執事たち。
 パッと見、どこかの豪邸ではないかと思うほどに凝った作りをした店内は、外観からは想像もできないほど煌びやかな世界を演出していた。
「凄い……これは次来た時に取材決定ね」
 メイドに案内されながら呟く彼女の目は、注意深く店内へ向けられている。こういうところはやはり記者だ。
「凄い。あれって、結構な値のするアンティークの器よね。しかも全部種類が違う」
 通り過ぎたメイドたちが持つ食器は、どれもアンティークで、安物ではない事が容易に想像できる。
 1つの店にこれだけ凝ったものを使うとは、店長は相当の凝り症か、それとも変わり者かのどちらかだろう。
「――フレーバーティーのケーキセットですね。畏まりました。少々お待ち下さい」
 オーダーを受けて去ってゆくメイドを見送り、里美の目は再び店内に向いていた。
「本当に凄いお店。それに、店員の質も高いわ」
 店内で忙しなく動くメイドと執事のレベルが高い――つまり、顔が良いと言うことなのだが、これも取材する上では重要なことだ。
「これは、今すぐ取材したいくらい――」
 感心に感心を重ね呟いた時だ。
「ひぃぃぃぃ!!! 殺されるぅぅぅ!!!!」
 突如響いた声に、黒い瞳が動いた。
 里美の目が捉えたのは、わたわたと自分の荷物を抱えて出てゆく男だ。
 それを見送るのは店内でも一際華やかな雰囲気を持つ、メイドと執事だ。
 里美の目はその中の1人、眼帯を嵌めた青年に向かっていた。
「あの子なかなか――って、そうじゃないでしょ!」
 思わず自己突っ込みをして立ちあがる。
「これは、次の取材のチャンスよ。追いかけなきゃ!」
 そう口にして急いでお代をテーブルの上に置いた。
「あれ、お嬢様……どちらへ?」
 荷物を手に席を離れる里美に、メイドは不思議そうに目を瞬く。
「ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したの」
 そう言いながらも、目がメイドの持ってきたケーキセットに向く。
 店の中を案内される際にも見た、アンティーク調の食器に盛られた美味しそうなオランジェのケーキ。添えられた瑞々しいオレンジが、綺麗にカットされて華やかさを演出している。
「っ……お、美味しそう」
 ごくっと喉が鳴った。
「って、ダメよダメ。取材が先なんだから!」
 言い聞かせるように言って被りを振ると、里美はケーキから視線を外した。
 だが心は半分以上ケーキに持って行かれている。
 チラリと振り返ったケーキのなんと美味しそうなことか。
 生唾が口の中に溢れてくる。だが、ここはグッと堪える。
「次は絶対に……絶対に、食べるんだから!」
 そう心と口中で呟くと、思いを振り切るように目をそむけた。
 そして一気に駆け出す。
 こうして里美は、後ろ髪引かれる思いで、食い逃げ犯を追いかけて行ったのだった。

 店を出た里美は、食い逃げ犯が逃げ込みそうな路地裏に足を踏み入れていた。
「大抵こう言った場所へ逃げるのよね」
 住宅街の高い塀に囲まれたその道は、狭くて人目にも付き辛い。
 犯人が外に出たのと、里美が店を出た時間の差はそんなにない。探せば見つかると思ったのだが、甘かったのだろうか。
 どこにも犯人らしき人物の姿がないのだ。
「こんなことなら、ケーキ食べれば良かったかな」
 呟く辺り、思いは断ち切れていないようだ。
 その証拠に「はぁ」と重い溜息が口を吐く。そして気持ち同様に重い足取りで歩き出した時だ。
 彼女の足が不意に止まった。
「――え?」
 里美の前に現れた黒くて異質のもの。
 子供の様な大きさで全身が黒く、腹が膨れて――そう、例えるなら餓鬼の様な生き物が立っていた。
 しかも鼻には風に乗って異臭の様なものも届いている。
「な、何アレっ!」
 思わず踵を返した里美は、そのままこの場を去ろうとした。
 だが、その足が再び止まる。
「っ!!!」
 いつの間に側に来たのか、黒い化け物が彼女に迫っていた。しかも手を伸ばせば届くほどの位置に。
「っ、いやっ!」
 化け物の手が迫る。
 そしてそれが彼女に触れようとした時……。
――パンッ!
 化け物の手が何かの力によって弾かれた。
 不思議そうに己の手を見つめる化け物に、彼女の足がジリジリと後退してゆく。
「……臭い……っ、う……」
 近付かれて先ほどの異臭がハッキリと鼻を吐いた。
 この臭いはやはり化け物が原因なのだ。
 口を覆いたくなるほどの異臭に、嗚咽がこみ上げてくる。
 里美は口を押さえて、化け物を注視しながら後退した。
 ゆっくり、ゆっくり、距離を取りながらどうにかして逃げようと考える。しかし、その考えがある一定の距離まで来たところで遮られた。
――トンッ。
 背に触れた固い感触に振り返る。
「っ、壁!?」
 見回せば三方を塀に囲まれている。
 これでは逃げ場がない。
 しかも目の前には己の手から里美に視線を戻した化け物がいる。
「……結界は張れても、これじゃ……」
 里美には結界を張る能力があった。
 先程は咄嗟のことで間近に展開したが、本来はある程度の距離を維持して張ることができる。
 もし張れば、化け物は一定距離以上を近付くことが出来ない。
 だが仮に結界を張ったとして、里美には闘う術がない。他にここから逃れる方法は、塀を登って行くしかないのだが、塀は簡単に上れる高さではない。
「……どうすれば」
 途方に暮れる彼女の目が、塀から化け物へと戻った。
 徐々に近づく距離。
 結界を張るにしても早くしなければ、手遅れになるかもしれない。
「とにかく、結界を――」
 そう口にした時、彼女の横を風が通り抜けた。
「自分の身は、自分で護れ」
 塀の上から降りてきた黒いものが、光の速さで化け物に向かう。そして彼女の目がその正体を捉えるよりも早く、異変が起きた。
――ギャアアアアアッ!
 化け物が叫び声をあげたのだ。
 その声に彼女の目が見開かれ、アスファルトを転がる化け物を捉えた。
 僅かな砂を巻き上げて転がる姿は石ころかなにかの様に軽い。そしてそれを彼女の前に立って見据える人物がいた。
「この人……」
 赤毛に学生服を着た青年。左目を覆う眼帯が記憶に新しい。
「――喫茶店の店員さん?」
 思わず呟いた声に、チラリと彼の目が向かった。
「昼間から黒鬼に狙われるとはな……身を護る術がないなら、そこにいろ」
 そう言って彼の足が地面を離れた。
 それと同時に掲げた右手に日本刀が現れる。
「今のって……」
 何もない場所から突如現れた日本刀に目が釘付けになった。
 そして彼はそんな視線などお構いなしに、鞘を振るうとそれを地面に落して一気に加速した。
「雑魚が、さっさと消えろ」
 青年の呟きと共に刃が風を切る。
――ギャアアアアアアッ!!!!
 横一文字に切り裂かれた黒鬼の叫びに、里美は思わず目を伏せた。
 どんな生き物であれ、こうした声を聞くのは気持ちの良いものではない。まして耳を裂くような大きな声なら尚更だ。
 だがこれが拙かった。
「馬鹿野郎、そこを退けっ!」
 青年の声に思わず目を開けた。
 その目に飛び込んできたのは黒い影だ。
 異臭と黒い煙を放ち迫る化け物に、里美の目が見開かれてゆく。そして伸ばされた牙が届くかと言う時、彼女の身が大きく揺らいだ。
「!」
 突然のことで何が起きたのかわからない。だが、自分が大きくて暖かな何かに包まれていることだけはわかった。
「ッ、……クソッたれ」
 悪態を吐く声に、彼女の目が動く。そうして漸く事態を把握した。
 里美に落ちるはずだった牙を、青年が腕で受け止めているのだ。
 しかも里美を庇うように腕に抱いて。
「あの……」
「――黙ってろ」
 一瞥もくれずに言われる言葉に思わず口を噤む。
 そして次の瞬間、彼の手にしていた刃が轟音を放った。
――イギャアアアアアアッ!!!
 間近で繰り出された化け物の牙が、喰らい付いていた青年の腕を離す。そしてその隙を逃さず、黒鬼の胸に刃が突きたてられた。
 これが終焉の合図だった。
 刃を突きたてられた黒鬼は直後に硬直し、攻撃を受けた胸から黒煙を上げると露の様に姿を消したのだ。
 後には異臭と、青年の腕に傷だけが残っている。
 彼は無言で里美を離すと、落ちていた鞘を拾って刃を納めた。
 その姿に遠慮がちに近付いて行く。
「えっと……店員さん?」
 伺うように見た彼の顔に表情はない。
 ただ無言で視線を返されて、一瞬だけ目が落ちる。それでも、その目が彼の傷を捉えると、彼女は彼の顔を見上げて頭を下げた。
「あの、助けてくれて有り難う――って、ちょ、ちょっと待って!」
 お礼を口にした里美を他所に、青年はなんの反応も示さずに歩き出したのだ。
 これには当然慌てるし、急いで駆け寄る。
 そして彼の腕を掴み取ると、強引に顔を覗き込んだ。
「怪我、してるでしょ?」
 見上げた先にある顔は、「余計なことをするな」そう言っている。けれどそれを無視して視線を落とすと、里美は傷つくその場所にそっと手を触れた。
「……、これは……」
 青年の口から吐息の様な息が漏れた。
 里美が触れた傷が瞬く間に治ってゆくのだ。これには驚いて当然だろう。
「その、助けてくれて有り難う。……助けてもらったお礼に、今度またお店に行くね! 許可が下りれば、取材もさせてね!」
 そう言って笑顔を向けてから離れた。
 そして頭を下げて一気に走りだす。
 一方的過ぎたかもしれないが、きっと彼に反応を求めても仕方がない。そんな思いで去ろうとした。
 だが――。
「おい」
 静かな声が里美を呼び止めた。
 振り返れば、青年の手から何かが放たれる。
 それに慌てて手を伸ばすと、彼女の手の上に一枚の紙切れが落ちた。
「これって……?」
 彼女の手に落ちたのは名刺だ。
 そこに書かれているのは、先ほどケーキを食べ損ねた店の名前と『鹿ノ戸・千里』という名前。
「これがあなたの名前……って、あれ?」
 顔をあげると、先ほどまでいたはずの青年がいない。
 まるで風のように消えた彼に、里美の目が再び名刺に落ちた。
 裏返した名刺には、手が気のアドレスが載っている。それを見て思わず笑みが零れた。
「これって、連絡しても良いってことかな?」
 そう呟いた彼女の携帯が鳴った。
 どうやら何か仕事が入ったようだ。
 里美は今一度青年がいた方を見ると、名刺をしまって歩き出したのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2836 / 崎咲・里美 / 女 / 19歳 / 敏腕新聞記者 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、朝臣あむです。
このたびは「りあ☆こい」シナリオへの参加ありがとうございました。
いろいろと試行錯誤しながら書かせて頂きましたが、PC様のイメージは崩れていませんでしょうか?
少しでもイメージ近く、楽しんで読んでいただけたならとても嬉しいです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。

※今回不随のアイテムは取り上げられることはありません。
また、このアイテムがある場合には該当NPCに限り他シナリオへの参加及び、
NPCメールの送信も可能となりました。