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<東京怪談ノベル(シングル)>


『鬼との邂逅1』




 小高い丘に建てられた豪奢な屋敷の一室で、豊満な体を惜しげも無く晒しながら着替える女性の姿があった。
 濡れた様に艶かしい髪に、紅を差したかのような唇を持つ、掛け値なしの美女だ。
 特に際立っているのは‥‥その胸にある双丘。
 日本人離れした大きさを持つソレは、形を崩す事無く、美しい膨らみを保っていた。

「全く‥‥趣味が悪いわねここのメイド服は。
 ――まぁ、嫌いじゃないけど」

 美女――水嶋・琴美はそう呟きながら、手にしていたアンジェラブラックの、スカートの丈が異様に短いメイド服をベッドに置く。
 そして豊満な胸をブラジャーの中に納め、ガーターベルトとニーソックスを手にすると、すらりとした引き締められた脚に履いていく。
 その上には、膝まである皮のロングブーツ‥‥それはぬめり、とした光沢を放ち、元々美しい彼女の脚に更なる淫靡な魅力を持たせる。
 黒い下着に白磁のような肌が映え、彼女から放たれる色気は、健康な男であればむしゃぶりつきたくなるような甘い香りを放っていた。


――だが、彼女は紛れも無く一流の暗殺者であり、身に着けているそれらの衣装は戦いのために作られた特注品だ。


 琴美が所属する自衛隊・特務統合機動課によって屋敷のメイド衣装に紛れて送られてきたソレは、防刃、防弾、耐衝撃‥‥想定されるありとあらゆるダメージを想定し、信じられない程の強靭さを誇る、戦闘用特殊素材製の特注品だ。
 しかも見た目に反して全く動きを阻害せず、羽根のように軽い‥‥正しく、琴美のためにあしらえたような理想的な武装である。
 彼女は、ただメイドをするためにここにいるのでは無い――彼女は一つの使命を帯びているのだ。


 彼女の任務は、この屋敷の地下に作られた敵の基地に潜入し、ある男の首を取る事。


 長い潜入調査の末、琴美は今夜その任務を決行する事に決めたのだった。




 琴美はメイド服を纏うと、屋敷の使用人たちに紛れて行動を開始した。

「お早う御座います、鬼鮫様」
「‥‥ああ」

 コートを纏い、眼鏡をかけた痩身の男に、傍らのメイドが挨拶する。
 琴美もそれに倣って頭を下げると、鬼鮫と呼ばれた男はぶっきらぼうに手を振って去って行った。
 彼がその場を後にしても尚頭を下げ続ける琴美に、メイドが慰めるように肩を叩いた。

「新人のあなたには分からないでしょうけど、あの方はああ見えて私達に危害を加えたりはしないわ。
 そんなに怖がらないで大丈夫よ」
「‥‥は、はい。分かりました」

 少しおどおどしたような演技をする琴美――その実、彼女は殺気を抑え付ける事に必死だったのだ。

(「あれが‥‥ターゲット『鬼鮫』‥‥」)

 琴美の所属する特務総合機動課と敵対する組織・IO2が飼っている狂犬と呼ばれるエージェント。
 超常能力者と戦い、殺める事に快感を覚える異常者だ。
――事実、琴美の同僚の何人かも、この男によって惨殺されていた。
 そのため、彼女のこの任務への思い入れは相当なものだ。

(「生憎奴の特殊能力までは分からなかったけど‥‥そんなの関係無いわ」)

 鬼鮫の能力を知る者はいない‥‥何故なら、彼と相対した者は、悉く血の海に沈んできたから。
 しかし琴美派、それは前任者達が弱すぎたからだと考えていた。
 自分ならば、奴が何かの能力を使う前に、喉笛を掻き切る事が出来る――琴美の心には自信が漲っていた。



「あ‥‥すみません!! ちょっと忘れ物をしてしたから取ってきますね!!」
「仕方無いわね‥‥急ぐのよ?」

 琴美はそれを口実に同僚のメイド達を引き離すと、一人行動を開始した。
 鬼鮫がこの時間に、一人で地下に隠された基地に入っていく事は既に調査済みだ。


――暫し広い屋敷を怪しまれない程度に探していると‥‥いた。


 鬼鮫は屋敷の壁の一部に巧妙に隠された地下室への入り口を開けると、中に入っていく。
 琴美はグローブを手に嵌めると、ガーターベルトに隠されたクナイを引き抜き、目にも止まらぬ速さで投擲した。

――カカカカカッ!!

 すると、周囲にあった監視カメラの悉くが破壊される。
 それを見届けると、琴美は鬼鮫の後を追っていった。



――コツン、コツン、コツン‥‥

 薄暗い電灯の明かりに照らされたコンクリートの通路を、鬼鮫は無造作に歩いていく。
 後を尾ける琴美は完全に足音を殺しながら付いていった。
 そして、鬼鮫は空き倉庫らしき部屋に足を踏み入れると、くるりと後ろを振り返った。

「‥‥チョロチョロと尾けまわしやがって‥‥何者だ?」
「あら、バレちゃってたのね?」

 鬼鮫の言葉に、琴美はおどけたように両手を挙げて部屋の中に姿を現す。
 それを見た鬼鮫は、忌々しげに舌打ちしながら、深い溜息を吐いた。

「‥‥チッ。前からヤケに妙な気配を感じると思ってたが、まさかメイドとはな‥‥人事の奴ら、たるんでやがるな」
「ふふ、色目を使ったらコロリと騙されてくれたわ。
 内通者に丸め込まれるスカウトなんて、貴方達よっぽど人手不足ね」

 紅の唇を、更に紅い滑らかな舌が蛇のように這う――それは、悪魔のような危険な美しさを持っていた。

「‥‥もしかして、そいつの事が羨ましい?
 何なら、ベッドの上でお相手致しましょうか?――オ・ジ・サ・マ?」

 小馬鹿にしたような琴美の態度に、鬼鮫のこめかみが一瞬ぴくり、と引き攣る。
 だが、彼女はそれでも尚、挑発するような態度を収めようとはしない。

「IO2のエージェント・鬼鮫‥‥私の狙いは貴方の命よ。悪いけど、覚悟して貰うわ」

 言うが早く、琴美の手が霞んだかと思うと――何本ものクナイが鬼鮫へと殺到した。
 鬼鮫はそれらを素手で叩き落とし、首を傾けて避ける。
――しかし、その頬には赤い一筋の傷が付けられていた。

「あら? 今ので終わるかと思ってたんだけど‥‥見かけ倒しじゃ無かったみたいね」
「‥‥上等だ。相手をしてやるよクソアマっ!!」

 コンクリートの床を文字通り踏み砕きながら、鬼鮫が飛び掛る。
 それを華麗な動きでかわす琴美――美しい脚が跳ね上がり、スカートの中の黒が惜しげも無く晒される。

「メイド服で戦うのは初めてだけど‥‥あなた相手なら丁度いいハンデね」
「‥‥調子に乗るなっ!!」

 鬼鮫は、先程の倍近いスピードで突進した。