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<東京怪談ノベル(シングル)>


『鬼との邂逅・2』




 鬼鮫の拳が唸りを上げる――しかし、それを琴美は難なくかわし、空を切る。



――ゴガァンッ!!



 しかし、勢い余って壁に叩き付けられた一撃は、コンクリートの分厚い壁を拳の形に抉り取っていた。
 まるで砲弾を叩き込んだかのような、人類が持てる威力の攻撃を遥かに超える威力だ。
 普通ならば鬼鮫の拳も只では済まない筈だが、彼は平然と琴美に向かってソレを叩き付ける。

「アハハハハッ!! もしかして、あなたの特殊能力は『壁を抉る事が出来る』って訳?
 トンネル工事に便利そうね?」
「‥‥一々喧しい女だな」

 忌々しげに呟く鬼鮫だが、実際彼の攻撃は琴美の凄まじい身体能力によって悉くが空を切っていた。

「ほらほら、どんどん行くわよ!?」
「――ぬぅっ!?」

 一方、死角に回り込みながら放たれる琴美の攻撃は、鬼鮫の身体に無数の傷を作っている。
 銃弾に等しい勢いで放たれたクナイが、鬼鮫の背中に突き立つ。
――既に彼の纏うコートはボロボロに切り裂かれ、傷口から噴き出す鮮血によって、赤い色に染められていた。

「ほら、何処を見てるのよ? こっちよこっち」

 鬼鮫が振り向いた時には、既に琴美の姿は無い。
 代わりに、皮のブーツによる強烈な前蹴りが脇腹へと叩き込まれ、壁に叩き付けられた。

「パワーだけしか能の無い奴‥‥何で仲間はこんなのにやられたのかしら」

 蹴り出した脚を派手に引き戻しながら、琴美は乱れた前髪を跳ね上げる。

「ほら立ちなさいよ? これで終わりじゃ無いんでしょう?」

 そう言いながら大きく伸びをして、挑発的に胸を突き出しつつ呼び掛ける。



――それに応じたかは分からないが、鬼鮫はゆっくりとした動きで身を起こした。



「‥‥全く、こっちは毎日詰まらん任務に駆り出されてばかりで、久々の休みだってのに‥‥」

 割れた眼鏡をかけ直し、首をコキコキと鳴らす。
 相変わらず飄々として見えるが、その額に浮かんだ青筋が、彼の怒りの凄まじさを如実に表していた。

「ようやくゆっくり寝られると思った所に暗殺だと‥‥? ふざけるなよこのアマ」

 グググ‥‥と鬼鮫の身体が沈んで行く。
 それは、まるで肉食獣が獲物目掛けて飛び掛る姿に似ていた。
 常人ならば身も凍るような殺気が、部屋の中に満ちていく。

「‥‥へぇ、噂通りの迫力ね。でも、私の優位は動かないわ」

 流石の琴美も少し表情を引き締め、クナイを構え直す。
 しかし、心の中の自信は全く揺らがない‥‥何故ならあちらは手負い、こちらは全くの無傷なのだ。
 加えて、鬼鮫の攻撃は琴美を捕らえる事は出来ず、逆に琴美の攻撃を鬼鮫を捕らえ続けている。

「そんなボロボロの身体でいつまで――」
「‥‥黙れ。もう喋るな」

――メキメキメキッ!!

 まるで弓の弦を絞るかのように、鬼鮫の全身の筋肉が音を立てて引き締められる。

「お前がこの後に許された事はただ一つだ‥‥死ね」

 そして限界まで蓄えられた力は、一気に解放された。




「本当に馬鹿の一つ覚えね!! あなたの攻撃なんて当たらないって言ってるのよ!!」

 残像すら見える程に早く、それでいて重い鬼鮫の攻撃を、琴美は先程と同じようにかわしていく。
 同時にクナイや体術を駆使して、鬼鮫の体に着実にダメージを与えていった。

「‥‥」

 鬼鮫は傷付くのも構わず、尚も猛烈な勢いで突進を繰り返し、その豪腕を琴美に叩き付けんとする。
 それらは琴美の言うとおり全てかわされ、彼女の体を捕らえる事は無い。
 だが、それでも鬼鮫の表情は冷静そのものであり、琴美の心を苛立たせた。

「いい加減うざったいわね‥‥じっとしてなさい!!」



――そして、とうとう琴美が投げたクナイの一本が鬼鮫のアキレス腱を断ち切った。


 がくり、と膝を突き、鬼鮫の動きが止まる。
 それを見た琴美は、それが決定打であると確信した。

「‥‥まぁ、結構楽しかったわよ」

 肩を竦めると、油断無く鬼鮫の背後に回りこみ、首筋目掛けてクナイを振り上げる。

「それじゃあさよなら‥‥鬼鮫」


――ザクッ!!


 だが、そのクナイの一撃は、突き出された鬼鮫の掌によって遮られていた。

「そんな‥‥っ!?」

 初めて琴美の表情が驚愕に染まる。
 クナイは確実に鬼鮫のアキレス腱を切り裂いていた。
――如何に鬼鮫が超人的な体力を持っていたとしても、自分の攻撃に対応出来る動きが出来る訳が‥‥!!

「――ようやく捕まえたぞ」

 まるで地の底から這い出てくるような声に、琴美は思考と動揺から目を覚ます。
 そして咄嗟にクナイから手を離して飛びのこうとするが‥‥既に遅すぎた。


――クシャリ


 まるで紙屑を潰すかのように無造作に、易々と‥‥琴美の拳が『握り潰された』。

「‥‥う、あ‥‥あああああああああっ!?」

 一瞬の思考の空白の後、まるでマグマの中に突っ込んだかのような熱さと痛みが琴美の中を駆け巡った。
 反射的に手を引っ込めようとするが、鬼鮫はまるで万力のような力でそれを許さない。

「‥‥やかましい」

 コンクリートを叩き割る豪腕が、まともに琴美の腹に叩き付けられる。
 彼女の体はまるで自動車事故のように吹き飛ばされ、壁を砕いて止まった。
――メイド服が戦闘用で無ければ、内臓破裂どころか体が千切れ飛んでいただろう。

「‥‥げ‥‥あ‥‥く、あああああ‥‥」

 言葉を発する事はおろか、息すらも出来ない。
 右拳は原型を止めない程に『破壊』され、ぴくりとも動かない。

――彼女の脳は、初めて感じる痛みに支配され、完全にその思考力を奪っていた。
 更に、琴美は今まで全く傷を負った事が無かったため、彼女の体は初めて受ける衝撃によって言う事を聞かない。

「いつまで寝てるつもりだ‥‥立て」

 しかし鬼鮫は容赦無く彼女の胸倉を掴んで引き起こすと、そのまま無造作に振り回し、反対側の壁に向かって投げつける。
 その勢いに耐えられず、戦闘用である筈のメイド服がビリビリと音を立てて破ける。 

「‥‥か、はぁあああ‥‥」

 破れた胸元から黒い下着に包まれた豊満な胸が零れ落ちる。
 ただでさえ短いスカートが、ボロボロになった事で更に短くなり、美しい脚線が露になり、皮のブーツはあちこちに穴が開いてしまっている。
‥‥ボロボロになった琴美の姿と相まって、倒錯的な美しさを覚えるような光景だ。



 痛みによって鈍っていた思考が落ち着きを取り戻し始める。
 そして、ようやく琴美は鬼鮫の能力が何なのかを理解した。

「――ジーンキャリア‥‥」

 即ち、魔物の遺伝子を自らに組み込んだ、後天的な魔人の総称だ。

「その通りだ‥‥俺の遺伝子はトロール。この程度の傷なんざ、治療するまでも無く塞がるんだよ。
‥‥対象の能力を把握してないとは、とんだ三流だな」

 ポキポキと指を鳴らしながら、鬼鮫がゆっくりと迫ってくる。

「くっ‥‥」

 全身を支配する痛みと、ガクガクと震える膝を叱咤しながら、琴美は立ち上がる。


――だが、どちらが優位に立っているかは既に明らかだった。