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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - ワン・デイ -

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 なんか、変な感じするなぁと思ったら。
 そうだよね。そうなんだよね。初めてなんだよね。
 こうして、君を自宅に招くのって。今日が、初めてなんだよね。
 …… 招かれざるお客さんなら、何度か来てるんだけどね。※窓からだけど
 だからかな。玄関で、おじゃましまーすって言った君が、すごくマトモに思えたのは。
 普通なんだけどね、それが。あの人たちのせいで、普通なことが普通じゃないように思えちゃうよ。
 さぁて、と。せっかく、こうして招いたんだし。来てくれたんだし。今日は、精一杯、おもてなしするからね。
 昨日の夜、結構、マジメに色々考えたんだよ。どんなおもてなしをすれば、君を喜ばせられるかなぁって。
 君にとっては、初めての場所。でも、こっちは、普段から生活している馴染みのある場所。
 愉しんでいって。今日は、お仕事とか使命とか、そういうの全部忘れて。ね?

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 乃愛と露希が通っている学校には寮が完備されており、
 実家というものが存在しない二人は、この寮を拠点として生活している。
 二人の部屋は、寮の二階にあり、その間にひとつ、空き部屋が存在している。
 校長先生や先輩にお願いし、許可を貰った上で、乃愛と露希は、ふたつの部屋を繋いで使用。
 要は、壁をとっぱらい、ふたつの部屋をひとつにしているという状態だ。
 更に、二人の部屋の間にあった空き部屋も、校長先生の一存で、乃愛と露希が自由に使って良いことになっている。
 結果的に、みっつの部屋がひとつになっている状態。その為、広さは申し分ない。
 部屋の雰囲気は、それぞれの個性が炸裂している。
 乃愛の部屋は、黒と赤と白、シンプルかつおしゃれなその三色で上手にまとめられており、
 部屋にあるインテリアのほとんどは、チェスを思わせる上品なデザインで統一されている。
 一方、露希の部屋は、黒と青と白、その三色で上手にまとめられており、
 こちらのインテリアは、トランプを思わせるデザインで統一されている。
 そして、二人の部屋の中間にあたる、元々は空き部屋だったそのスペースは、リビングとして活用されている。
 リビングにあるのは、大きな黒いソファとガラステーブルのみ。あとは、壁を囲うようにズラリと並ぶ本棚くらいだ。

「いらっしゃ〜い。あがって、あがって」
「いらっしゃいませなのですよ」
 そんな二人のお部屋に、珍しい来客。
 約束の時間より五分ほど早く到着した、その人物は …… 梨乃だ。
 以前から、梨乃は、乃愛と露希のおうちへ遊びに行ってみたいという要望を口にしていた。
 乃愛と露希は、その要望に対して、ぜひ遊びに来て! と返していたのだが、なかなか、それは叶わずにいた。
 お互いに忙しかったり、時間が合わなかったり。つい最近、乃愛と露希が通う学校が、何者かの手により、
 大規模な火災に見舞われてしまったことも、その要因のひとつだろう。
 ようやく、こうやって遊びにくることができた。ようやく、こうしてお迎えすることができた。
 訪ねる側の梨乃にとっても、訪ねられる側の乃愛と露希にとっても、今日は、特別に嬉しい日だ。
「わ〜 …… すごい量だね」
 乃愛に促され、ソファに腰を下ろしながら目を丸くしている梨乃。
 リビングを囲うようにズラリと並ぶ本棚には、ありとあらゆるジャンルの本が保管されている。
 半分は、乃愛専用で、主に童話や神話などの本。もう半分は、露希専用で、歴史の本や小説が多く並ぶ。
 二人に引けを取らぬ本好きである梨乃にとっては、それは宝の山のような光景だ。
「読みたい本があれば、お貸ししますですよ?」
「えっ、ほんとに? いいの? 嬉しい! えと、じゃあ …… あとで、何冊かお願いさせてもらおうかな」
「了解なのです。アンのおすすめも、教えるですよ」
 にっこりと微笑む乃愛。梨乃もまた、つられるように、にっこりと微笑む。
 そして、そこから数秒間の沈黙。シンと静まり返る部屋。
 別に、いきなり気まずくなったとか、そういうことではない。
 乃愛と露希は、緊張しているのだ。こうして、学校のお友達以外を部屋を招き入れることが初めてなものだから、
 いざ訪問されると、どうやっておもてなしすれば良いのかわからなくなってしまう。
 まぁ、そんなに難しく考える必要はなく、普段、学校のお友達が部屋にきたときと同じようにすれば良いだけなのだが。
「 …… あっ! お茶! ロン、お茶、いれてくるね!」
 ハッと我にかえり、苦笑しながら、いそいそとお茶をいれに部屋を出ようとする露希。
 そんな露希に、乃愛は、手伝おうか? と声をかけた。だが、露希は、一人でできるから大丈夫だよ! と返す。
 露希は、滅多にお茶をいれたりしない。お茶をいれたりお菓子を用意したりするのは、いつも乃愛だ。
 普段はやらないことを率先してやる。その行為が浮き彫りするのは、露希の可愛い自尊心。

 パタンと扉が閉まり、それから数秒後。
 それまで、乃愛のベッドの上で眠っていた白猫のカーバンクル(ビショップ)が、
 トコトコと歩いてきて、ぴょんと乃愛の膝の上に乗り、すぐにまたクルンと丸くなった。
 おそらく、寝ぼけているだけ。ふと目を覚ましたとき、乃愛の姿がなかったものだから、
 無意識に乃愛の部屋を出てリビングに来ただけ。その証拠に、ビショップは、もう、すやすやと寝息を立てている。
 そんなビショップの背中を優しく撫でながら笑う乃愛。
 ビショップの可愛さに対して笑っているというのもあるが、それよりも可笑しいのは、梨乃の落ち着きのなさ。
 ずっと来てみたかった場所だからであろう。梨乃は、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。
 乃愛は、大人びた笑みを浮かべつつ、目を伏せて言った。
「ふふ。そんなに珍しいものがあるですか?」
「えっ、あっ、ご、ごめんね。つい …… でも、素敵な部屋だね。イメージ通りだよ」
「ふふ。アンも露希も、お気に入りの部屋なので、そう言ってもらえると嬉しいのです」
「いいなぁ …… 私のお部屋も、こういう感じにしたいなぁ …… 」
 ごめんねと謝ったものの、相変わらず落ち着きなくキョロキョロする梨乃。
 そんな梨乃にクスクス笑いながら、乃愛は、小さな声で呟いた。
「露希とうまくいっているようで、良かったですよ」
「えっ!?」
 急に話が変わったこと、その話題が照れくさいものであることから、梨乃は少し大袈裟な反応を返す。
 露希本人がいないときに、こういう話をするのは何だが、本人がこの場にいないからこそ話せることもある。
 何度か、相談に乗っていたのだ。想いが通じ合ったことは嬉しいし、幸せ。でも、ここから先は?
 これまで、姉以外の女の子に特別な感情を抱いたことのかった露希にとって、初めての恋愛は色々と難しい。
 どうすればいいのか、嫌われずにずっとこのまま一緒にいられるか、どんなデートが喜ばれるのか。
 乃愛は、露希からあれこれと相談を持ちかけられてきた。
 その最中、乃愛は、露希の致命的な欠点に気付かされる。
「露希は、鈍感ですからね。いろいろと苦労することもあるかと思うのですよ」
 そうなのだ。露希は、とてつもなく鈍感なのだ。いやまぁ、これまで体感したことのない感情だからというのもあるが、
 それにしても、鈍すぎる。受けた相談、そのほとんどで、露希は、受け身の状態なのだ。
 まぁ、仕方ないといえば仕方ないのだが、話を聞く限りでは、梨乃が積極的にならざるを得ない感じになっている。
 女の子が主導権を握る、そんな恋愛もアリだとは思う。実際、そのほうがうまくいく場合もあるだろうし。
 でも、中には、女の子が自分から実行するには照れくさい、そういうシチュエーションや事柄もある。
 元々、梨乃はおとなしい子だし。さすがに、梨乃のほうから "そういうこと" をおねだりするのは、少し抵抗があるだろう。
 別に義務じゃなし、そういうことをしなくても問題はないが、想い合っている以上、いずれは、必ず欲しくなるものだ。
「の、乃愛ちゃん。あの、えっと …… 」
 いつもの、のほほんとした雰囲気はどこへやら。
 大人びた表情で、二人の恋、その先を案じながら話す乃愛に、梨乃は戸惑い気味。
 口にはせずとも、不安だったり悩んでいたりすることを言い当てられてしまうものだから、余計に気恥ずかしい。
 だが、そうして恥ずかしそうにする梨乃の姿に、乃愛は、安心感を覚えていた。
 二人が、本当に想い合っていることがわかったから。別に疑っていたわけじゃないけれど、
 そういう素直な反応を見せられると、何だかこっちまで恥ずかしくなってくる。くすぐったい気持ち。
 乃愛は、ニコリと、一際優しく笑い、ぺこりと頭を下げて言った。
「私が言うことではないですが、露希をよろしくお願いします」
「えっ、そ、その。いえいえ、こちらこそ!」
 梨乃が照れながらペコペコと頭を下げるのと、ほぼ同時に、
『お、お姉ちゃ〜ん。開けてぇ〜〜〜』
 扉の向こうから助けてコール。
 タイミングが良いのか悪いのか。そこで露希が部屋に戻ってきた。
 この日のために、露希は、美味しい紅茶とお菓子を事前に準備していた。
 だが、いささか、気合いを入れすぎたようで、トレイの上には、紅茶やらお菓子やら、様々なものが乗っており、両手で持っていても重い。
 梨乃は大切なお客さん。そのお客さんにお出しするものを、一時的にでも床に置くのは抵抗がある。
「だから、手伝うと言ったですよ」
 扉を開け、苦笑する乃愛。
「今日くらいは、ロンが一人で全部やりたかったんだもん」
 プゥと頬を膨らませながら、危なっかしい足取りでお茶を運び、ゆっくりとテーブルの上に置く露希。
 用意したのは、オレンジペコとバナナマフィン。梨乃が一番好きな紅茶とお菓子だ。
 鈍感ではあるものの、こういう気遣いは、乃愛のそれにも匹敵していると言える。
 慣れない手つきで紅茶をいれる露希。乃愛は、そんな露希の手元を微笑みながら見つめていた。
 一方、梨乃は、火傷するんじゃないかとか、ひっくり返しちゃうんじゃないかとか、そわそわしながら待っている。
「ね〜。二人で何話してたの〜?」
 いっしょうけんめい紅茶をいれながら、尋ねた露希。
 廊下まで響いていたのだ。キャーとかワーとか騒ぐ梨乃の声が。
 何だか楽しそうだったから気になっただけであって、他に深い意味なんぞない。
 何の気なしに、露希は尋ねたのだ。ただ、純粋に、どんな話をしていたのか知りたくて。
 一方、尋ねられた梨乃は、耳まで真っ赤。そりゃあそうだ。言えるはずがない。恥ずかしすぎて死ねそう。
(の、乃愛ちゃんっ)
 助けを求めるように、乃愛を見やる梨乃。
 乃愛は、クスクス笑いながら、露希がいれてくれた紅茶を一足先に口へと運び、少し意地悪な言葉でその場をしのぐ。
「女の子同士の秘密なのですよ」
「えぇぇぇ〜〜。何それ〜。仲間はずれにされたみたいで、すっごいヤダ〜」
「ろ、露希くん! そういえば、今日は、ジャックくんは? お出かけしてるのかな?」
「ん〜? いるよ? ロンのね、ベッドの横にあるバスケットの中でお昼寝してるんだ。起こしてこよっか?」
「えっ? あ、ううん。いいの。せっかく気持ちよく眠ってるのに起しちゃ、かわいそうだもの」
「ねぇねぇ、リーちゃん、さっき、何話してたの〜?」
「あっ! オレンジペコだっ。嬉しいなっ。ありがとう、露希くん」
「あ、うん。どうぞ、召し上がれ〜。ねぇねぇ、お姉ちゃん、さっき …… 」
「露希、このバナナマフィン、どうやって手に入れたです? あのお店は、いつも大行列なのですよ?」
「 ………… 。 えっとね、昨日ね、先輩にね〜 ( …… なんで教えてくれないんだろ?)」

 *

 年齢が同じだったり、笑い方が似ていたり、読書家だったり。
 仲間であり、似ているところがあるからこそ、途切れることなく会話が弾む。
 何も特別なことはしていない。紅茶とお菓子を口に運びつつ、他愛ない話をしているだけ。
 でも、それでじゅうぶん。じゅうぶん、楽しい。特別なことをする必要なんてない。
 どうすれば喜んで貰えるだろうかって、二人で、昨日、夜遅くまで、いっしょうけんめい考えてみたりもしたけれど。
 お話できるだけで、お話するだけで、こんなにも楽しい。こんなに楽しい気持ち、嬉しい気持ちになれるんだ。
「っていうかさ〜。お姉ちゃん、海斗とデートとかしてるの〜?」
「あっ、私も! 私も気になってたの、それ。あいつ、ちゃんとしてる? いろいろと」
「 …… 話が、急に変わるのですよ。宇宙人さんの話は、どこに行ったです?」
 いつも過ごしている場所なのに。そこに君がいるだけで。

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 The cast of this story
 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。