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<東京怪談ノベル(シングル)>


オープンカフェにて

 聖学園の玄関を出て、15分ほど歩くと、甘くていい匂いに包まれる区画に出る。
 プティフール。ケーキと紅茶が自慢の店だが、ランチやテイクアウトで買えるサンドイッチもおいしい。学園の授業や練習でくたくたになった身体も心も満たしてくれると、昼休みや放課後になると学園の生徒達がこぞって押し寄せるので、店はいつも満員だった。
 プティフールのオープンスペース。
 その中で明姫クリスは形のいい脚を組んで紅茶を飲んでいた。
 今日の店のおすすめはウバだった。今日のウバはミルクティーにすると、すっとする香りがして心が落ち着く。クリスはカップに一口口をつけてほっと一息をつく。

「すみませーん、明姫クリスさんですよねー!?」

 学園の方から走ってくる少年の姿があった。
 キャスケットを被った背の低い少年。腕章には「新聞部」と書いてある。

「あら、よく分かったわね。小山連太君、よね?」
「はいっ、すみません。今日の記事がなかなか終わらなくって……って、すみません。女性に言う話ではなかったですよね」
「ううん、気にしなくっていいわよ。立ち話も難だし、まあ座って」

 連太がキャスケットを脱いで謝ると、丸い坊主頭がよく見える。
 クリスは思わず口を押さえて笑いながら、椅子を1つざっと下げる。連太は「すみません、ありがとうございますっ」と頭を下げながら、おずおずとその椅子に座った。

「そんな畏まらないで。呼び出したのは私なんだから」
「あー、すみません。自分、こんな店に入るのは初めてなんで……」
「ああ。女の子かカップルしかいないからね、ここの店は」

 ケーキがおいしい店と言うと自然と甘いものが好きな女の子か、デートスポットになってしまう。ランチがあるとは言えど、年頃の男子1人では敷居が高過ぎた。

「まあいいわ。滅多に来れない店として、何でも頼んでいいわよ。ケーキとかもあるし、ほら」
「あー……すみません。ならそのイチゴのを1つ。先輩は?」
「私はいいわよ。ほら、太っちゃうし。制服また作り直すのも難だしね。すみませーん、ケーキセットでフレジエ1つお願いします」

 ガチガチに縮こまってしまっている連太をせめて慰めようと、ケーキを頼んだ所で、クリスは手を組んだ。

「で。手紙は読んでくれたわよね?」
「あっ、はい」

 途端、ぱっと連太の顔が変わった。
 仕事になった途端態度が変わるか。この子女の子にもてないわねえ。
 そう思いながらクリスは続けた。

「疑問だったんだけど、海棠君の特集するって言ってたけど、あれ本当に取ったの? 私、前に1度話をした事あるけど、あの人特集されたりするの嫌いそうだったから」
「ああ。前々から許可取るために動いていたんですが、なかなか降りなかったんです。でも、この間駄目元で理事長館に行ったら、OKもらえたんです」
「あら、本当に?」
「自分これでもジャーナリストの端くれですから。嘘でネタを作るつもりはありません。情報規制でなかなか調べる事ができないだけです」
「情報規制? 何それ」
「……先輩の特集記事で許可が降りなかったのは、海棠先輩だけじゃありません。新聞部の先輩達からも反対があって、なかなか許可が降りなかったんですよ」
「? 新聞部でも?」

 連太は周りにいる学園の生徒に聞こえないようにひそり、と言った。
 それは初耳である。
 新聞部はいつもゴシップに目を光らせているものだとばかり思っていた。

「はい。何故か先輩達は海棠先輩の事を割れ物に触るような扱いをするので。何故かバックナンバーでも海棠先輩に関する記事だけは隠されてしまっていますし」
「……小山君はそこまでして、何で海棠君の特集を?」
「はい。ただ自分は先輩を尊敬しているだけです。本当に無口で無愛想で、人間味に欠けた人だと思われていますが、あの人本当はいい人なんですよ」
「いい人、ねえ……」
「ただ音楽がすごいとか、顔がいいとか、そんな記号みたいなものでまとめてほしくないだけなんです」
「そこまでして海棠君を庇う理由があるの?」
「あー……1度草稿を窓開けっ放しにして飛ばされちゃったんで。書き直そうにも、一晩かけて書いたものとそっくりそのまま同じものが書ける訳もなく、夕方まで探しましたけど見つからず、諦めかけてたら、黙って一緒に探してくれたんですよ。それこそ、生徒会に怒鳴られても無視して」
「あの人がねえ……」

 信じられない。
 前に見た海棠は、女の子と喧嘩して仲裁に入ったらそのまま無視して部屋に引っ込んでしまった人だ。
 それが大事な草稿を一緒に探すなんて……。

「先輩、言い訳とかもしませんし、嘘をつく人ではありません。だから、少しでも先輩のいい所を紹介できたらと、そう思いました」
「なるほどね……それなら、ちょっとは協力してもいいかな」
「あっ、ありがとうございます!」

 連太がガタッと立ち上がってキャスケットを脱いでお辞儀をすると、周りの客はびっくりしてこちらを向いた。

「あー、こらこら。まだ終わってないから座って座って」
「あっ、すみません」

 連太は顔を真っ赤にしながら座りなおした所で、「お待たせしました」とケーキセットが伝票と共に運ばれてきた。

「あっ、そうだ。あと1つ訊いておこうと思った事があるんだけど」
「はい、何でしょう?」
「これ、募集要項の下通り、本当に怪盗の情報、教えてもらえるの?」
「はい。自分の取材で調べたものなら。ただ先輩も色々調べられているようなので、目新しい情報になればいいんですが」

 連太は鞄から分厚い手帳を少し見せた。
 大量に付箋とメモが挟まれた手帳は、既に中等部生徒が使っているとは思えない位に表面がすり減り、紙がパンパンに詰まっていた。
 なるほど、足で調べた情報を情報量次第で教えるって所か。

「ありがとう。そうとなったら、俄然張り切って調査してみるわ。あ、そうだ。最後に」
「正義の味方のイシュタルも、怪盗を追ってるって噂よ?」
「あー、あれてっきりガセかなあって思ってたんですが、本当だったんですか……」
「あら、ガセって思う根拠は?」
「いやあ、その……うちの学校でああ言う格好の人がいたら、目立つんじゃないかなって……自分は遭遇した事ないんで何とも……」

 連太は顔を真っ赤にして俯き、ケーキを思いっきり大きく切って口に詰め込み、むせた。
 あらあらあら。刺激が強過ぎたみたいね。
 クリスはくすくすと笑いながらティーポットのお茶をカップに注いで連太の前に置いた。

「ゲホゲホ……本当すみません」
「ううん、いいのよ。いい記事、書けるといいわね」
「はいっ、頑張ります」

 連太が顔を真っ赤にして紅茶を飲み干すのを見ながら、クリスはにっこりと笑った。

<了>