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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Rig-NA museum

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(あれれぇ。早すぎた〜)
 ポケットから姉とお揃いの懐中時計を取り出し、クスクス笑う露希。
 現在時刻は、午後二時三十分くらい。待ち合わせをした約束の時間は、午後三時。
 早めに家を出たのは事実。でも、その目的は、散歩を楽しむことにあったはず。
 ゆっくりのんびりと楽しみながら向かう予定だったのに。いつの間にか、早足になっていた。
 あと三十分 …… まぁ、今日は天気も良いし、ポカポカして気持ちいいから、別にどうってことないか。
 っていうか、早く着きすぎちゃった自分が悪いんだしね〜、などと考えつつ、にこにこ笑顔でベンチに腰を下ろす露希。
 想いが通じ合った日、その勢いにまかせて、誘ってみた美術館デート。お相手は、もちろん、梨乃だ。
 初デートが美術館だなんて、ロマンチックだし、文学カップルっぽくて良い感じ。この二人ならではのデートかと。
「んんん〜♪」
 最近、お気に入りのアニメソングを鼻歌しながら梨乃を待つ。
 本人は気付いていないであろうが、露希は、いま、ものすごく幸せそうな顔をしている。
 見ているこっちまで嬉しくなってきちゃうくらい。柔らかく、優しく、とっても可愛らしい雰囲気を大放出。
 梨乃を待つ間、露希は、鞄からルービックキューブを取り出し、カチャカチャと一人遊び。
 とある雑貨屋で買った新しいルービックキューブ。遊び方こそ変わらぬものの、何だか新鮮な気持ちで楽しめる。
 だが、可愛い男の子が、日曜日のお昼に、一人でベンチに座り、ルービックキューブで遊んでいるという、
 その姿を見て、ほうっておかないというか、ほうっておけない人というのもまた、いるものだ。
 無意識に可愛い雰囲気を大放出してるものだから、余計に人を惹きつけてしまうというのもある。
 そういう男の子を好物としている "おねえさん" がたの目には、とても無防備な子として映ってしまうのだ。
 男の子が女の子をナンパするならまだしも、女の子が男の子をナンパするだなんて、何だかなぁ。昨今の世情ですかねぇ。
「ねぇねぇ、ひとり?」
「ごはん、食べに行かない?」
 来たぞ。来た来た。笑顔を浮かべつつも、可愛い男の子を喰らおうと虎視眈眈な恐ろしいお姉さんの直球アプローチ。
 こういうお姉さんがたは、実に積極的だ。野獣のそれすら思わせる。怖い怖い。さて、露希はいったいどのようにしてこの――
「あ、ロンね、カノジョと待ち合わせなんだ。ごめんね〜」
 おおおお …… 。何という切り返し。わかりやすく、それでいて男らしいかわし方ではないか。
 だが、言ったものの、露希は何だか照れくさそうにしている。まぁ、無理もない。彼女だなんて、初めて口にした。
 事実だとはいえ、さすがにちょっと恥ずかしい。露希は、照れを隠すように俯き、またルービックキューブを弄りだす。
 そんな恥じらう姿が、余計にお姉さんがたを刺激してしまうことすらも、露希は知らないのだろう。
「ちょっ、照れてるー。めっちゃ可愛いんだけど、この子ぉ〜」
「じゃあ、連絡先だけでも教えてよ。今度、遊びに行こ?」
 あぁ、頭の悪さが言動に出ている。空気が読めないこともそうだが、その口調、とても不快だ。
 まぁ、あっさりと断られた上に、彼女を待ってるだなんて言われたもんだから、余計にムキになってるんだろうけど。
 女性特有。このネチネチした感じ。駄目なら次、と潔く切り替える男のナンパより、何倍もタチが悪い。※例外もあるだろうけど
 しつこいお姉さんがたのアプローチに、露希の笑顔が、段々引きつってくる。
 せっかく幸せな気持ちだったのに、どうしてそれを壊しにかかってくるんだろう。
 どうすれば退散してくれるだろうかと、あれこれ考えながら、露希は、お姉さんがたを適当にあしらい続けた。
 その攻防が五分ほど経過したときだ。約束の時間より、十二分早く、梨乃が待ち合わせ場所に到着。
 いつもは、シンプルで動きやすそうな服装をしているのに、今日の梨乃は、気合い十分だ。
 モノクロストライプのロングスカートに、白いブラウス。長い髪も、今日は括らずに解いている。
 いつもと違う服装・雰囲気ではあるものの、露希は、すぐに気付いた。
「リーちゃん!」
 お姉さんがたを振り払い、梨乃に駆け寄る露希。
 さすがに、その行動には、お姉さんがたもお手上げ。
 残念そうにしつつも、仕方ないといった表情で退散していくお姉さんがた。
 気のせいだろうか。いや、気のせいなんかじゃない。間違いなく、がっつり睨まれた。
「可愛いねっ! すっごい似合うよ!」
「えっ。あ、ありがとう …… 」
「僕も、もっとカッコイイ服、着てくれば良かったかなぁ。スーツとか!」
「え、いや、それはちょっと、どうかな …… 。っていうか、ごめんね。待たせちゃって」
「大丈夫だよ! 早く着きすぎちゃっただけだし! んじゃ〜 中、入ろっか」
 屈託のない笑顔を浮かべつつ、自然な流れで梨乃の手を引き、てくてくと歩きだす露希。
 妙に男の子らしいエスコートぶりに、いつもならドキッとさせられてしまうところだが、
 このときばかりは、梨乃の表情が強張っていた。
 今更ながら、天然モテは厄介だなぁ、と。

 さほど大きくはないけれど、変わった美術品を展示することで有名な、リグナ美術館。
 以前から興味があり、いつかは訪れてみたいと思っていた場所なだけに、露希の気分は高揚気味だ。
 でも、さすがに、館内で大きな声を出して騒ぐわけにはいかないので、いっしょうけんめい、その興奮を抑える。
 逆ナンパされているところを目撃してしまい、複雑な心境だった梨乃も、
 キラキラと目を輝かせて楽しそうにしている露希の姿に、いつしか、クスクスと笑うようになった。
 館内には、露希と梨乃のみ。まぁ、展示されている作品が作品なだけに、あまり客足は伸びないであろう。
 誰それ? とか、何だこれ? とか。首を傾げてしまうような作品ばかりが展示されているのだ。
 クオリティというか、美術品としての価値は、かなり高いと思うが、いささか、知名性に欠けるものが多い。
 何かひとつ、誰でも知っているような有名な作品があれば、もっと注目されるであろうに。
 まぁ、逆に考えれば、こうしてゆったりと落ち着いて楽しめる分、初デートにはもってこいな場所かもしれないが。
 それに、露希と同じく、梨乃もまた楽しんでいる。物好きといえばそれまでだが、
 梨乃も、こういった、あまり知られていない美術品・作品を好むのだ。
 誰もその価値を知らない、極上のお宝をひとりじめしているかのような優越感に浸れるから。
 まぁ、今回にいたっては、ひとりじめじゃなく、ふたりじめ、なんだけど。って、ちょっとキザくさい言い回しか。
「ねぇ、露希くん、さっき見たガラスの …… あれっ?」
 館内を歩く最中、梨乃が立ち止まり目を丸くする。
 露希がいない。さっきまで、すぐ傍にいたのに。どこへ行ってしまったんだろう。
 迷子になるほど広くはない。すぐに見つけられるはずだ。梨乃は、首を傾げながら来た道を引き返してみた。
 当然のごとく、すぐに見つかる。とある絵画を見上げ、そこから微動だにしない露希の姿が、梨乃の目に映った。
 あれ。あんなところにも絵が飾られてたんだ。見落としてた。でも、どうして、あんな隅っこに、ポツンと飾られているんだろう。
 他の作品と、明らかに扱いが違うような気がする。隔離されてるっていうか、仲間はずれにされてるっていうか。
「なんだか、ちょっと、可哀相だね」
 てくてくと歩み寄り、露希の隣に立って、同じく絵画を見上げながらポツリと呟いた梨乃。
 露希は、そうだね、と小さな声で返しただけで、絵画から目を離すことはしなかった。
 その声に、口調に、違和感を覚えたのだろう。梨乃は、ふと、露希を見やる。そして、驚いてしまう。
「ろ、露希くん? どうしたの」
 泣いていたのだ。
 ポロポロと、涙をこぼしながら見上げていたのだ。
「あ、ごめ、なんでも、ないよ。ごめんね、なんか、すごく …… 僕、好きみたい、この絵。えへへ」
 慌てて、ごしごしと袖で涙を拭い、いつもの可愛い笑顔を浮かべる露希。
 梨乃は、すぐに気付いた。いや、見抜いたというべきか。
 違う。ただ単に、感性を刺激されて泣いたんじゃない。そういう涙じゃない。
 露希は、嘘をついている。
「ごめんね。続き、回ろう」
 手を差し伸べながら、にこりと微笑む露希。
 梨乃は、何も言わず、何も訊かずに、その手を取り、にこりと微笑み返して頷いた。
 例え恋人同士でも、踏み入ってはいけないテリトリーというものは、確かに存在している。
 好きな人のことを、何でも全部知りたいと思う気持ちはやむなきこととて、詮索はタブーな行為。
 誰にだって、ひとつやふたつ、心にそっとしまっておきたい想いや思い出はある。全てを共有することなんて、できやしない。
 大切なひと、大好きなひとの一部である過去。それすらも自分のものにしたいだなんて、浅はかで下劣な我儘だ。
「ねぇ、露希くん。さっきのガラスアート、もう一度、見たいんだけど、いいかな?」
「うん。いいよ。えっと、どこだっけ?」

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 時狭間へと通ずる扉の前。
 ぺこりと頭を下げて、今日はどうもありがとう、とお礼を述べる梨乃。
 デートなんだから、お礼なんて言わなくていいよ。逆に困っちゃうよと笑いながら、露希は梨乃の頭を撫でた。
 女の子と二人きりで、デートという名目で、どこかへ出かけるなんて初めてのことだったから、いろいろと不安はあった。
 友達や姉に相談して、絶対にやっちゃいけないこととか、そういうアドバイスはもらっていたけれど、大丈夫だっただろうか。
 そんなことを考えてしまうがあまり、梨乃の頭を、しばらく無言で撫で続けてしまう露希。
 なでなで、なでなで、なでなで、ひたすら、なでなで。ちょっぴり滑稽な行動である。
 露希が何を考えているか、その不安を察した梨乃は、クスクス笑い、露希の服の裾をキュッと握る。
「楽しかったよ。ありがとう」
 その言葉で、ハッと我に返る。
 いくらなんでも撫ですぎた。軽く撫でるくらいがベストだってアドバイスしてもらってたのに。
 しかも、無言で撫でまくるって。駄目じゃん! ぱぱっと手を離して、露希は照れくさそうに笑った。
「ふふ。じゃあ、またね。露希くん」
「うん。今度は、海とか行こうよ。あ、でも、まだちょっと寒いかな」
「そうかも。でも、楽しそうだね。もう少し温かくなったら、行こ?」
「うん! 約束だよ!」

 くすぐったいような、恥ずかしいような、幸せな気持ち。
 またね、って手を振る梨乃の背中を見送り、扉が閉まって。
 シンと静まり返った瞬間、ものすごく寂しい気持ちになったりもする。いつでも会えるのに、変なの。
 初めて体験する複雑な気持ちにクスクス笑う露希。幸せな気持ちで満ち足りる理由は、梨乃の他に、もうひとつ。
「 …… まさか、こんなところにあの絵があるだなんて、思わなかったよ」
 小さな声で呟き、いつもとは違う大人びた笑顔を浮かべる露希の手には、パンフレット。
 美術館を出る間際、お土産にと、梨乃と一緒に購入したものだ。パンフレットをぱらぱら捲り、
 露希は、思わず涙を零してしまった、あの絵画に関する情報が記されたページで、ぴたりと手を止める。
 花畑と青い空。無邪気な笑顔を浮かべる幼い男の子と女の子。その絵画のタイトルは "HANDs and BRAVe"

 うん、幸せだよ。ちょっと、怖いくらい。
 でもね、実はね、もうひとり、増えたんだ。
 手を繋ぐ人。手を繋ぎたいと思える人。大切な人、もうひとり、増えたんだよ。
 僕だけじゃなくて、お姉ちゃんもね。僕以外に、手を繋ぐ人、一緒に歩いていきたいと思える人を見つけたんだ。
 だから、四人にして。今度会えたら、お願いするよ。二人じゃなくて、四人で笑っている絵にしてくださいって、お願いするよ。
 なんて。そんなお願い、もうできないんだけど。だってもう、あなたはいないから。世界のどこにも存在していないから。
 こんなところで、また会えるだなんて思ってもみなかったから、ちょっとびっくりしちゃった。でも、嬉しかったよ。
 届くかどうか、わかんないけど。伝えさせて。今なら胸を張って、自信たっぷりに報告できるから。
「僕達、幸せだよ。幸せになれたよ。 …… パパ」
 パンフレットに掲載されている絵画の写真をそっと指で撫で、露希は、優しい声で呟いた。
 さぁ、帰ろう。あんまりもたもたしていると、また、ハイエナのごとく凶暴なお姉さんがたに捕まってしまうから。

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 The cast of this story
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。