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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - ジル・サーデ -

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 どこまでも延々と続く漆黒の闇。
 あらゆる世界のあらゆる時間が巡る場所。
 時狭間に、カランと。杖の転がる音が響き渡ったのは、一時間ほど前のこと。
「藤二! 次は!? 次は、どーすりゃいーんだよ!?」
「うるせぇ。ちょっと待て。いま、調べてるだろうが」
「早くしろよ! 早くしねーと …… !」
「わかってるよ! いちいちデカい声出すな!」
「二人とも、落ち着いて。騒ぐと余計、容態に響くわ」
 声を荒げる海斗と藤二の間に入り、取り乱す二人を冷静な発言で落ち着かせる千華。
 梨乃と浩太は、緊迫した雰囲気に恐怖を覚えているのか、部屋の隅で、ただジッと蹲っている。
 ただならぬ、この切迫した状況。時の契約者たちを戸惑わせているのは、マスターの身体に起きた異変。
 いつも、定期的に鳴る鐘の音が聞こえなかったことに疑問を感じた彼等は、すぐさま監視塔に向かった。
 監視塔は、マスターの部屋のようなもの。契約者といえど、許可なく中に入ることは許されない。
 だが、この時ばかりは、その掟も無視せざるを得なかった。
 時狭間に響く鐘の音は、時の神の所業。つまり、いつも、マスターが鐘を鳴らしている。
 これまで一度も欠くことなく響いた鐘の音が、いつまでたっても聞こえてこない。
 全員が、マスターの身に何か良くないことが起きたのではと、危惧していた。
 案の定、その予感は的中し、彼等は衝撃の光景を目の当たりにする。
 監視塔の内部、真っ白な空間、その中心に、マスターが倒れていたのだ。
 顔面蒼白。更に、呼吸が止まった状態で。

 死亡ではなく、昏睡状態。
 呼吸こそ止まっているものの、マスターの身体が温かいことから、藤二は、現状をそう判断した。
 過去に一度、資料室に保管されている書物で目にしたことがあったのだ。
 ジル・サーデという病。体内に毒素ウイルスが入り込んでしまうことで仮死状態に陥る奇病。
 その名のとおり、ジルサーデという国でしか発症しないはずの奇病だが、時狭間は、あらゆる世界に通ずる空間だ。
 いつ、どこから、そのウイルスが流れ込んできてもおかしくない。ありえない・起こりえない事象ではないのだ。
 一行は、ひとまずマスターを資料室へと運んだ。海斗と千華は、無意味だと知りつつも治癒魔法をかける。
 その間、藤二は、資料室の本棚を漁り、ジル・サーデに関することが記されている資料を必死に探しているのだが、
 資料室に保管されている書物の数は膨大だ。いつ読んだかも思い出せないので、手当たり次第に漁る他ない。
 読書が趣味で、普段からこの資料室に何度も出入りしている梨乃ならば、
 目的の書物を容易く見つけることができるだろうが、ご覧のとおり、梨乃は、パニック状態だ。
 ぴくりとも動かないマスターを前に、恐怖に臆して震えることしかできずにいる。
「マ、マスター …… マスターが …… 」
「大丈夫。大丈夫だよ、梨乃ちゃん。落ち着いて」
 そうして優しく声をかけるものの、動揺しているのは浩太とて同じ。
 急がねばならないことは百も承知。だが、突然の事象に、誰もが臆してしまっている。
 まさか、このまま …… だなんて、そんな縁起でもないことばかりが頭を過ぎってしまうのだ。
 マスターは、道しるべ。主を失うこと、主の喪失ほど、契約者に恐怖を刻む事象はない。
 救う手立てを見いだせぬまま。 あぁ、時間だけが、ただ、無情に過ぎていく。

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 あぁ、ここにいたのか。
 居住区に足を運んだものの、誰もいないから何事かと思ったぞ。
 ふぅむ。なるほど。事実として、大事は起きていたのだな。死にかけのジジイを見れば一目瞭然さ。
「慧魅璃?」
「慧魅璃ちゃん …… よね?」
 マスターの治療にあたっていた仲間達は、揃って目を丸くした。
 カラン、コロンと音を鳴らして近づいてくる慧魅璃が、明らかにいつもと異なっていたからだ。
 いつもは可愛らしい黒のゴシックロリータドレスなのに、今日は、黒に紅い蝶の刺繍が入った和装のいでたち。
 髪型も、いつもは、ふんわりした銀色の髪を軽く左右で束ねているだけなのに、今日は、ぴしっと高い位置で纏めている。
 だが、服装や髪型よりも明らかに異なるのは、その雰囲気と口調、そして、深紅に染まっている両目。
 紅いその瞳を確認した瞬間、誰よりも早く海斗が苦笑し、また、身構えた。
 以前、聞かされていたからだ。えみりさんの目が紅くなってるときは気をつけてくださいね、と。
 実際に、目が紅く変色したとき、どのような変化を及ぼすのかまでは聞かされていないけれど、
 無数の悪魔を従える慧魅璃が言うからには、よっぽど恐ろしい事象であろうと、そう海斗は認識していた。
 事実、今目の前にいる慧魅璃は、もはや別人だ。何なんだ、この、とてつもない威圧感は …… 。
 警戒する海斗に首を傾げつつ、千華は、いつもどおり、慧魅璃に声をかけた。
 横たわるマスターに、無言で歩み寄る慧魅璃へ今は近づかないほうが良いと、そう警告した。
「ジル・サーデか」
 だが、慧魅璃は、千華の警告なんぞ聞く耳持たずで、マスターの傍にしゃがみ、
 マスターの頬にそっと触れて、その氷のように冷え切った身体から、すぐさま原因を特定してみせた。
 必死に資料を漁っていた藤二も、これにはピタリと手を止め、少しばかりホッとしたような、そんな表情を浮かべる。
 この病気を知っているのか。その文献を目にしたことがあるのか。ならば、解決策も知り得ているだろうか。
 持っていた無関係な資料を放り投げ、藤二は、慌てて慧魅璃に駆け寄った。
 すると、慧魅璃は、ふっと口元に妖しい笑みを浮かべて ――
 ザシュッ ――
 裂いた。自身の手首を、懐から取り出した銀のナイフで。深く、深く裂いた。
「きゃぁぁぁぁぁあああああ!」
「え、慧魅璃ちゃん!?」
 バタバタと床に落ちる血液に驚き、悲鳴を上げる梨乃。
 突然の出来事に激しく動揺する梨乃を、浩太は、ぎゅっと抱きしめて落ち着かせていた。
 慧魅璃の奇怪な行動に、海斗や千華、藤二も驚き目を丸くする。いったいどうして。そんなことを。
 驚愕と悲鳴、あらゆる動揺にざわめく資料室。そんな仲間達に、慧魅璃は、呆れた様子でポツリと呟いた。
「このくらいでギャーギャー騒ぐな。煩い」
 冷たい眼差しで睨みつけられたことと、その威圧感から、ぐっと黙りこんでしまう仲間達。
 慧魅璃は、やれやれと肩を竦めながら、バタバタと床に落ちていく血液をじっと見つめ、呪文を唱える。
 何と言っているのか、何と言っていたのか、聞いたことのない言語だったがゆえに、仲間達はちんぷんかんぷん。
 そうして首を傾げている間に、特効薬が、いとも容易く完成する。
 慧魅璃の体内を流れている血液は、闇の属性を持つ特殊な成分で構成されている。
 闇属性は、使い方次第で、毒にも薬にもなる万能な属性。恐ろしいものという先入観・イメージは、実に不当と言える。
 慧魅璃が作った特効薬は、強い毒素までも相殺してしまう、まさに万能薬といえる薬。まぁ、大量に摂取すると逆に死に至るが。
「これを飲ませろ」
 自身の血液で作った特効薬を、すぐ傍にいた千華に差しだす慧魅璃。
 どうすればいいのかわからない状況下で、こんなにも頼りになるものはない。
 いつもと雰囲気が違う点については少し妙な感覚を覚えるが、慧魅璃であることに変わりはないのだから、信じて良いだろう。
 千華は、受け取った特効薬を、躊躇うことなく、マスターの口に流し込んだ。
 いつもと雰囲気の違う慧魅璃を、必要以上に警戒している海斗だけは、大丈夫なのかよ …… と不安を口にしたが。
 強制的に、マスターの体内へ特効薬を流し込んで数秒後。
 全員が全員、息をのんで事態を見守る、その静寂の中、すぅっと、マスターの呼吸が響いた。
 顔色もみるみる良くなり、体温も上昇。毒が除去されたことは、誰の目から見ても明らかだった。

 とはいえ、マスターは、目を覚まさない。
 眠っているだけだから、もう安心だが、しばらくは安静にする必要があるだろう。
 すぐさま身体を激しく動かすのは良くないだろうということで、藤二は、資料室の隅にあるソファへマスターを運んだ。
 大量の血液を目にしたことで、いまだに眩暈を覚えている梨乃も、浩太によって、ソファへと運ばれていく。
 どうなることかと思った。平静を装ってはいたけれど、実は私もかなり動揺してた、
 情けないわね、と笑いながら、その場にゆっくりと腰を下ろす千華。
 慧魅璃は、目を伏せ淡い笑みを浮かべた状態で、傷つけた手首に口をつけ、瞬時にその傷を塞ぐ。
 所作、そのひとつひとつが、妙に色っぽいというか、艶っぽいというか。
 いつもと違う雰囲気の慧魅璃に対して、海斗は、苦笑しながら尋ねてみた。
「お前さ、慧魅璃だけど慧魅璃じゃねーよな。誰だ?」
 海斗が口にしたとおり、いま、この場に居合わせている慧魅璃は、慧魅璃でありつつも慧魅璃ではない存在。
 慧魅璃の両目が深紅に染まったときのみ、こうして表に出てくる、もうひとりの人格。名を、紅妃。
 常に眉間にシワを寄せ、何だか不愉快そうな表情をしている紅妃は、
 慧魅璃が "悪魔嬢" と呼ばれる所以であり、また、そのものといえる人格・存在である。
 何がきっかけで、この存在が表に出てくるのかまでは、まだわからない。
 おそらく、時狭間に来るまでの間に、慧魅璃に変化を及ぼす "何か" が起きたのだろうとは思うが。
「何にせよ、助かったわ。ありがとうね、慧魅璃ちゃん。 …… って、慧魅璃ちゃん、でいいのかしら?」
 クスクス笑いながら、いつもどおり、慧魅璃の頭を撫でてお礼を述べる千華。
 慧魅璃、いや、紅妃は、そんな千華の対応に、不愉快そうにフンと鼻で笑った。
「別に。普段、慧魅璃が世話になっているからな。このくらいは」
「ふふ。ありがとう。でも、よく知ってたわね。ジル・サーデのことなんて」
「あぁ …… 先週だったか、慧魅璃がここで、そういう資料を熱心に見ていたから。それを偶然、俺が覚えてただけのことさ」
 あくまでも、偶然だと。自分のおかげではなく、資料を読みふけっていた慧魅璃自身のお陰だと言う紅妃。
 言い方は素っ気なく、少し粗暴だが、マスターが命の危機に瀕していることを知り、紅妃もそれなりに動揺はしていた。
 慧魅璃が世話になっている分、役に立てるであろうときくらいは、きっちりと役に立ち、恩を返さねばなるまいと、
 そんな義務感のような、使命感のようなものを抱きつつ、必死に特効薬を作ったのだ。
 まぁ、ぶっきらぼうな性格で、動揺なんぞ丸ごと覆い隠してしまうから、そんなこと思わせもしないが。
「では、これで失礼する。人と会う約束をしているのでな。私ではなく慧魅璃が」
 ふぅと息を吐き、その場を逃げるように立ち去ろうとする紅妃。
 そんな紅妃の仕草に、海斗は、ニヤニヤ笑った。
「お前、アレだな。ツンデレってやつだろ」
「 …… うるさい」
 どうやら、ご名答らしい。実にわかりやすいタイプだ。
 まぁ、ありがとうだなんて、お礼を言われることなんて滅多にない。
 慣れない展開・状況だからこそ、余計に素っ気ない反応を返してしまうというのもあるだろう。
 別の人格&存在ではありつつも、慧魅璃は慧魅璃。困っている人を放っておけない、優しい部分はリンクしている。
 その証拠に、慧魅璃、いや、紅妃は、去り際、ふとマスターを見やった。無事で何より、と、密やかに安堵の息を吐き落として。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / マスター / ??歳 / クロノ・グランデ(時の神)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。