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<東京怪談・PCゲームノベル>


やさしい味



 駿一が暮らす『東雲の庵』は日本のとある山の奥に佇む、辺境ながらも神秘的な空間である。
 その庵にも、四季折々の季節があり、今年もまた雨の多い季節がやってきた。雨季はその年の作物の豊穣を祈る点でとても大事だが、反面庵に来てくれる訪問者がめっきりと減少してしまう時期でもある。
 その日も訪問者はなく、庵の主である篠崎駿一は笠をかぶりながら、近隣の山を抜けてお布施の旅をしている。
 そんな時、彼はその少女と出会ったのだ――。



 ざあぁ…と止まない雨がそこにある。
 ふと外を見れば、だれかいる。山の岩肌にもたれるように倒れている――十代半ばの少女がそこにいる。息をしていないし、かなり前からそこにいたのだろう、全身がずぶ濡れで青白い顔をしている。
 駿一は岩壁にもたれて倒れ眼を閉じている少女――玲奈に近づく。
 「……誰でしょうかねぇ」
 年齢のわりに、大人のようなのんびりした口調で彼は独り言のように語りかける。

 しかし、返事はない。
 駿一はためしに座っている玲奈の顔の前で手を上下に動かすが、彼女の瞳孔はしかし動かなかった。


 彼はふと少女の隣に自立するように佇む手紙に気づく。
 「これは…!」
 それは、娘を宜しく頼むと丁寧に書かれていたが、同時に少女の正体をも反省と共に綴った手紙のようだ。――そこに倒れている少女(玲奈)は母親自らの体をクローンに提供したものだということで、その特殊さ故にある密売組織に追われているという――。
 「…彼女には見せない方が温情というものでしょうねぇ」
駿一はその手紙を、もう片方の手に持っていた松明の火の中にくべる。手紙は炎の中で一瞬にして跡形もなく燃える。
 「さて…彼女をまず、安静なところへ――」


 「……?」
 背後に殺気を感じたのはおそらく嘘ではない。
 次の瞬間、黒い影が飛んできたとき、駿一は自分と側で倒れている少女――玲奈に暗示をかける。
 駿一と玲奈の気配はその闇と同化する。その瞬間からまわりに漂う殺気がぴたりと止まったのがわかる。
「…早く去った方が安全ですねぇ」
 のんびりした口調であったが、彼の眼光は鋭く逃げ道を探り当て移動の超能力を使う。

 黒い影は銀に光る刃を片手に暗闇の中、しきりに眼をこらしてなにかを探す素振りをみせる。がしかし、駿一の暗示が成功したようで二人に気づくことはなかった。なにもいないとわかると短剣を片手に黒い影は蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 「やれやれ…またいわくありげな訪問者ですねぇ」
のんびりとした口調とは裏腹に鋭い眼球で駿一は辺りを見回して、次に玲奈を一瞥する。



 *  *  *



 玲奈は、その真っ白い空間である黒髪の少年を見ることとなる。黒髪の少年はやさしそうな笑顔を玲奈に向けていた。

――ねぇ、このごはん、どうやって作るの?

――気に入ったのかって? うん、あったかくてすごくやさしくてお母さんみたいで美味しいの!

――このご飯はすべてのひとがどんなに傷ついてもたちまちやさしい気持ちになれる篠崎家秘伝の味なんだね! じゃあ…ぼくにもつくれるかな?


 その残像を見て、玲奈は知らず頬から伝うものが冷たいものからほんのり暖かいものになっていることに気づく。
 「……これは…夢…なのかした……?」
 微かに感じる意識の中で、彼女は再び眼を開ける。




 *  *  *



 眼を開いた世界に広がるのはまず、暖かい食事の匂いだった。
 「…気がつかれたのですね?」

 仕切りの奥から暖簾を押して現れたのは、夢に現れた小さな少年を大きくしたような美しい顔でがっちりした体躯の僧形姿の青年だった。
 「………っ」
玲奈がまごついて言葉を紡げないでいると、青年――駿一は両手に乗せていた食事を彼女の側において首を振る。
 「喋りたくなったら話してくれて構いませんよ。とりあえず今は栄養と睡眠を摂ってくださいね。わたしは隣の部屋にいますので」
 なにかあったら呼んでください、と言付けてその場から立ち去ろうとする。しかし。
 「…ぁ…待って。あの…ここにいてくれると…嬉しい……」
 「はい? そうですか? じゃあここにいますね」
駿一はそういってその部屋の隅で瞑想をはじめる。

 玲奈はだれかがいてくれて安心し、持ってきた食事に手をつける。
 (…おいしい)
 言葉にこそ出さないが、わりと本音だ。

 「おいしいですか?」
 「はい…」
 涙が知らずに溢れ出る。
 「すごく…おいしい…」
 玲奈は少しだけ顔に笑みが戻る。
 「お口に合いまして、よかったです」
 「あ…助けてくれてありがとう…あの…」
 「ただの名も亡き僧侶です。お好きに呼んで下さい」

 食事をして落ち着いたのか、少女は駿一に三島玲奈と名乗る。そして何故あそこで倒れていたのかも話し出していた。曰く、なんだかよくわからないが黒い、変な人達に執拗に追われていて、体力を使い果たし、あの場所で死のうと思って眼を閉じていたところを駿一に助け出されたという――。そして母親は娘の玲奈を身代わりにしたということにひどく傷つけられたということを――。
 「あたし…捨てられたんだよ」
大粒の涙が頬を伝いながらも、玲奈は言葉を続ける。庵の外から大粒の雨が絶えず降る音が響く。
 「いらない存在なんだって。もう兵器としてはだめなんだって。だからママにも無視されて」
 「……母からも役に立たないって言われて…だからもう、放っておいてくださいっ」
玲奈は悲しくなって俯く。玲奈の箸を持つ手が止まって、皿に残された野菜がぽつん、と居心地悪そうに置かれている。
 駿一は優しく眼を細めながら、彼女の言動に耳を傾ける。手紙の内容を思い出しながら、彼女の言葉を聴くと、かなり食い違いがあるようだ。その誤解を解かねばならないとまず考える。
 「実は、あなたのお母さんからの言伝を預かっています」
どう切り出そうか迷う駿一だったが、ストレートにアドバイスした方がよいと考えて言葉を開く。
 弾かれたように玲奈は駿一の方を見つめる。
 「…え?」
 「あなたはお母さんに捨てられたと思っているそうですが、そんなことはないですよ。あの組織にいたままではあなた自身に危険を及ぶと考えたので、あなただけでも生きてほしいと思って自ら断腸の思いで手放したのですよ」
 「それって…」
玲奈は目を瞬く。
 「いらない存在なんかないのですよ」
優しく笑いかけながら、駿一は辛抱強く彼女を諭す。
 「それに、あなたはまだ自分の中で死にたいと思ってませんね? 《生きたい》と願っている――」
 「そんなこと…」
思ってない…と玲奈は唇を尖らせる。死にたいからこそあそこで倒れていたのだ。あんな人里離れた山なんて最高によい死に場所じゃない!
 


 しかし、予想外にも駿一は首を振る。
 「あなたはいま、《おいしい》って言いましたね? それが生きてるってことなんですよ?」
 「あ――」
 言われてハッとしながら、玲奈は心の中で堰き止まっていた何かが一気に溢れ出し咽び泣く。彼女の泣き叫び声がその場を満たす。


 駿一は優しくそっと玲奈の頭に触れながら、祈りの印を結ぶ。
 「これからのあなたに良き事があらんことを――…」
 玲奈の心のしこりがとれたようなそんな感じがその場に漂う。


 「あの…ありがとうございました……法師さま」
 微かに鼻をぐずらせながら、玲奈は少しだけ微笑む。

――夜がゆっくりと更けながら、雨もしんしんと降り積もっていく。

  


――完――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【PC / 7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16歳 / メイドサーバント:戦闘純文学者】

【NPC / 4677 / 篠崎 駿一 / 男性 / 35歳 / 旅の僧侶】



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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、里乃アヤと申します。
 このたびは東雲の庵に雨の中訪問して頂きありがとうございます!
 玲奈さんのキャラクターが少しつかみにくくて、このような物語になってしまいましたが、気に入って下さると嬉しいです。玲奈さんというキャラは書いていて新鮮でした! 玲奈さんの生い立ちなどを見ていると、料理というより暖かい心かな?と思いましたこうなりましたがイメージと違ってしまいましたらすみません…。

 それではまたの機会がありましらよろしくお願いします。