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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route6・拒絶 / 石神・アリス

 時計の針が12時を差そうとしている。
 空には眩しいくらいの太陽が顔を覗かせ、辺りは休日を楽しむ親子連れやカップルが溢れている。
 石神・アリスは、そんな商店街の中を、心弾ませながら歩いていた。
 その原因となるのが、彼女の隣を歩く人物だ。
「千里さん、あそこのお店にも寄っても良いかしら?」
 そう言って見上げた先にあるのは、赤い髪と左目を隠す眼帯。そう、彼女の隣に居るのは、鹿ノ戸・千里である。
 整った顔立ちに表情はないものの、この顔はアリスが見慣れたものだ。それにいくら見ていても飽きない顔でもある。
 そんな彼の顔が僅かに歪んだ。
「まだ行くのか?」
 アリスが指差した先には、ブティックがある。
 実は既に何軒かの店を梯子しており、その数は優に10軒は越えるだろうか。その証拠に、千里の腕にはかなりな量の荷物がある。
 しかもアリスが行こうとするのは、女の子が集まるようなブティックやジュエリーショップが中心だ。男の千里が行っても楽しめる場所ではない。
 だが、そんなことなどお構いなしに、アリスは千里の腕を引っ張って歩き出した。
「あのお店で最後にしますから、行きましょう!」
 笑顔で、嬉々とした様子で誘うアリスに、千里の口から息が漏れた。
 そして彼の腕が荷物を持ち直す。
「本当に最後だからな」
「はい!」
 やれやれと言った風に漏れる声に、アリスの嬉しそうな声が響く。
 事の発端は、ほんの数時間前である。
 いつものように千里が働く喫茶店へ向かおうとしたアリスを、彼が引き止めたのだ。
「買い出し行くから付き合え」
 ぶっきらぼうに誘われた言葉に、アリスは断る術を持っていなかった。
 というよりは、寧ろ好都合。そんな考えが混じっていたかもしれない。その証拠に、その時のアリスの表情は溢れんばかりの笑顔だったのだから。
 そして実際に商店街に付くと、千里は意外な事を口にした。
「今日中に必要なものを買って行けば問題ないんだが……どっか寄りたい店はあるか?」
 目を逸らして告げられた言葉に、アリスは目を瞬くしかなかった。
「それって、もしかしてデート、ですか?」
 思わず呟いたアリスに千里は何も応えない。
 その代わりに僅かに赤く染まった耳だけが、彼の感情を表していた。
 そして現在に至る訳なのだが……。
「千里さん、これはどう思いますか?」
 そう言って見せられた服に、千里の目が泳ぐ。
 どうでも良い。そう言っているような態度だが、実際にそうなのだから仕方がないだろう。
 そもそも女性ばかりしかいない店に、既に居心地も悪さを感じているらしい。
 アリスはそんな彼の様子を不満に思うどころか、ニッコリ笑顔を零すと、次の服に目を移した。
 こうして買い物を満喫したアリスは、千里を伴って店を出たのだが、流石に何時間も歩きっぱなしというのは疲れる。
 歩く足取りも初めの頃に比べれば、若干だが勢いが落ちていた。
 そこにこれまた予想外の声が響いてくる。
「少し休むか」
「え?」
 見上げた先にある千里の目は、既にヤシベル場所を探している。そして開いているベンチを見つけると、彼の手がアリスの手をとった。
「あ、あの……」
「あそこで休む」
 戸惑いがちに声をかけると、ぶっきらぼうな声が返って来た。
 その耳が少しだけ赤くなっている。
「千里さんが、可愛い」
 そう口中で呟くと、その声が聞こえたのか、千里はスタスタと歩いてベンチに向かった。
「歩きやすい靴で良かった」
 ベンチに腰をおろしながら呟く。
 やはり座った途端にドッと疲れが溢れて来た。
 足も棒に近いし、これ以上歩いていたら、明日が大変だったかもしれない。
 そんな事を思いながら足から隣へ視線を移した。
 そこには千里の姿があるはずなのだが……。
「……千里さん?」
 目を瞬く先に千里の姿がない。
 ベンチに辿り着くまでは確かにいた傍。にも拘らず傍に居ないのはどういうことか。
「はぐれたのかしら?」
 千里の事だから心配ないが、何だか胸の奥がもやもやする。さっきまでの浮かれていた気持ちが一気に沈むような感情に、アリスの表情が曇った。
 そしてその感情に任せて歩き出そうとした時、彼女の前に白いものが飛び出してきた。
「何処に行くんだ?」
 聞き慣れた声に目を上げる。
「千里さん!」
「まったく。勝手に動くな」
 呆れたように呟く千里の手には、真っ白い氷の結晶――ソフトクリームが握られている。
「疲れたんだろ。座ってろ」
 そう言って頭に置かれた手に、アリスは目を瞬く。
「あの、どちらへ……」
 問いかけなくても本当は分かっている。
 目の前に差し出されたソフトクリームは、今買ってきたものだろう。しかもそれが1つしかなく、アリスに差し出されているのだから間違いない。
「こいつを買って来たんだ。大人しく座って食え」
 どさっとベンチに隣に腰を下ろした千里に、笑顔が零れる。
 さっきまでの不安は何処へ行ったのか。
 アリスは満足げな笑みを零すと、ソフトクリームに口をつけた。
 甘くて冷たい触感に、もっと笑みが漏れてしまう。
「本当にデートみたいです♪」
 クスッと笑って呟く。
 その言葉に返ってくる言葉はなかったが、それでも気持ちは温かなものでいっぱいだった。
 そして彼女が次の言葉を発しようとした時、新たなものが彼女の目を惹き付けた。
「あ、千里さん」
 ソフトクリームを食べていたアリスの声に、彼の目だけが向かう。
「これを食べ終えたら、あのお店に行きましょう!」
 そう言って指されたのはジュエリーショップだ。
 それを目にした途端に、千里の表情が曇った。
 だが彼はそれを拒否しない。
 その事にアリスは満足げな笑みを零すと、思い切りソフトクリームに齧り付いたのだった。

   ***

 夕日が辺りを包む中、アリスは千里と共に住宅街を歩いていた。
 向かうのは千里が働く喫茶店だ。
「お買い物って、お塩1つですか?」
 そう言って大量に荷物を抱えた千里を見上げる。その視線に目を逸らした彼に、アリスは思わず笑った。
 そう、彼が店に頼まれたと言ったのは、お塩1つだけ。まあ、1つと言っても業務用の物なのでそれなりの大きさはある。
 結局は、アリスを誘う口実だったのだろうか。
 そう思うとまた笑みがこぼれてしまう――そんな時だ。
 突然、2人の前に影が差した。
 夕日が遮られ、闇が迫る。
「てめぇはっ!」
 逸早く異変に気付いた千里が、前方を見据えて叫んだ。
 その際にアリスの腕を掴んで後方に引き寄せるのを忘れない。
 彼女はその力に従って後ろに下がったのだが、その目は確実に前を捉えていた。
「――檮兀(トウコツ)」
 アリスの声に、千里が手にしていた荷物を下に抛る。そして手の中に日本刀を召還すると、一気に鞘を抜き取った。
 アリスたちの目の前に居るのは、夕日と比べても引けを取らないほど真っ赤な髪をした男。
 金色の瞳を怪しく光らせるその人物には嫌なくらい覚えがある。
「千里さん、わたくしも一緒に!」
 そう言って前に出ようとする。
 しかしそれを千里が制した。
「下がってろ」
 腕をアリスの前にして遮る彼の言葉に、アリスは繭を潜めた。
「でも、アイツはっ!」
 頭をよぎる以前、檮兀と会った時のこと。
 その事に感情が先に出ていたアリスに、千里の穏やかな目が向いた。
「お前が汚くなる必要はない」
「っ!」
 何もかも分かっている。
 そんな言葉に息を呑んだ。そしてそれを認めてから、千里の目が前に戻る。
「自分から斬られに来たか?」
 そう言って踏みこみを見据えて足を前へ滑らせる。そんな彼に檮兀の金色の瞳が眇められた。
「――否」
 低い短い声。
 その声が響いた直後、彼の姿が消えた。
「消えた!?」
 驚く千里の後ろで、アリスも驚いたように目を見開く。
 だが驚きは次の瞬間、恐怖へと変わった。
「!」
 突然視界に現れた檮兀。
 その檮兀の腕がアリスに迫る。その事に魔眼を発動して逃げようとしたが、それよりも早く、檮兀の手が彼女の顔を掴んだ。
「アリス!」
 地面を引きずる感覚と、千里の声に咄嗟に檮兀の腕を掴む。そして力を込めて払い退けようとした。
 そしてその手は拍子抜けするほどあっさりと離される。だが、驚くのはこれからだった。
 いつの間に移動したのか、民家の屋根に立たされたアリスが、檮兀に腕を掴まれている。
 見下ろせば、そこには屋根を見上げる千里の姿があった。
「いつの間に……」
 ゴクリと唾を呑む。
 冷静に判断しようにも、あまりにも急な展開に頭がついていかない。それでも自らがすべきことは理解していた。
「離しなさい!」
 どなり声を上げながら、恍惚の腕を振り払う。
 だが、今度は簡単に抜ける事はなかった。
 何度振っても、何度離れようとしても、離されることのない相手の手。その事に苛立ちが増してくる。
「こうなったら、わたくしがアナタを……」
 自らの瞳を檮兀に向けた。
 そして魔眼を発動する。このままいけば檮兀は石と化すだろう。だがアリスの思惑通りには、行かなかった。
 檮兀は平然とアリスを見下ろすと、彼女から下に居る千里へと視線を移した。
「鹿ノ戸の血を継ぐ者よ。己の罪深さを知れ」
 地を這うような声に、千里の眉が寄る。
 千里も苛立ちが最高潮に達しているようだ。
「檮兀……そいつを離して貰おうか」
 声に冷静さが失われかけている。低く、低く、地を這うような冷たい声に、アリスの背が震えた。
 そして次の瞬間、千里の足が地を蹴った。
 一気に飛翔した身が、檮兀へと迫る。
 だが当の檮兀は焦った様子も見せずに、彼の姿を見ると片腕を掲げた。
 そして――。
「っ!?」
 アリスの目が見開かれた。
 肩に感じる焼けるような感覚。そして目の前に見える紫の瞳に口が開く。
「……千里、さん?」
 千里の瞳が思い切り見開かれている。
 狼狽したような、戸惑う表情は、今までに見た事がないくらいに血の気が引いていた。
「どうしたの……?」
 思わず手を伸ばしたが、その手が赤く染まっているのが見える。
 それを目にしてようやく肩の異変を理解した。
 千里の振り下ろした刀が、アリスの肩に落ちたのだ。
 寸前の所で力は抜いたのだろうが、刀が触れた先からは血が溢れている。そして、全てを理解した彼女の視界揺らいだ。
「アリスッ!!!」
 その場で崩れ落ちる彼女の体を、千里が受け止める。
 その時には、檮兀は彼女の腕を離し、千里だけを見ていた。
「鹿ノ戸の血を継ぐ者に関わる者は、皆同じ因果を背負う」
 クククッ、そう笑い声を残し檮兀は姿を消したのだった。

   ***

 次にアリスが目を覚ましたのは、見なれた天井が視界を覆う場所だった。
「……ここは、わたくしの部屋?」
 呟きながら身を起こす。
 そこに響いた痛みに、アリスの顔が歪んだ。
 肩に感じる痛みは、容易動かすことすらさせてくれない。そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、血の気の引いた顔でアリスを見た千里の姿だ。
 今にも泣きそうな、如何して良いのかわからない、そんな表情を浮かべていた彼に奥歯を噛みしめる。
「わたくしが、油断しなければ……」
 そう口にして肩を押さえた。
 頬には、絶えることなく涙が溢れていた。

――それから数日後。
 アリスは千里が働いている喫茶店を訪れた。
「辞めたですって!?」
 千里の同僚、梓の言葉にアリスは驚いた。
 ちょうどアリスが怪我を負った日、千里は喫茶店を辞めるとオーナーに告げて店を出て行ったらしい。
 そしてそれ以降、店に姿を見せなくなったと言う。
「オーナーは千里を気に入ってるからね。今は保留ってことにしてあるけど……いったい、何処に居るんだか」
 梓の言葉が胸に突き刺さる。
 それと同時に、まだ塞がりきらない肩の傷が疼いた。
「痛い」
 アリスはそう呟くと、肩を押さえて店を後にした。
 これ以降、千里はアリスの前から姿を消した。
 同時にそれは檮兀との最後の戦いが始まる、予兆でもあった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 7348 / 石神・アリス / 女 / 15歳 / 表:普通の学生、ちなみに美術部長・裏:あくどい商売をする商人 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート6への参加ありがとうございました。
大変お待たせしました、千里とのお話をお届けします。
デートシーンが思いの他楽しく、戦闘シーンがだいぶ減ってます(汗)
それでも楽しんで読んでいただけたなら、嬉しいです。
だいぶ佳境に入り、アリスPCには過酷な状態となっておりますが、
機会がありましたら、また大事なPC様をお預け頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。