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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 使命と宿敵 -

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 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。

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 どうするべきなのか。
 決断を迫られ、慧魅璃は困惑していた。
 あなたは敵なので、助けることはできません。だなんて、そんなのあんまりだ。
 でも、契約者として、クロノハッカーを救って良いものなのか。みんなが傍にいれば助言を乞うのだけれど。
 いつもは、何食わぬ顔で部屋に出入りし、特に何の意味もない話を一方的にしては、去っていくクセに。
 カージュの涙もまた、慧魅璃の判断を鈍らせ、余計に困惑させてしまっている要因のひとつと言えるであろう。
 涙ながら、直接 "助けてほしい" とは言わずも、慧魅璃をジッと見つめて返答を待つカージュ。
 その目。その目に見つめられると、何が何だかわからなくなってしまう。
 どうしてなのかはわからないのだけれど、ものすごく怖くなる。申し訳ないような、そんな気持ちになってしまう。
 どうしたものかと沈黙を続けて、およそ五分。
 ようやく気持ちが纏まりかけてきたというのに、そこで丁度、慧魅璃の身体に異変が起こる。
 いや、異変と言っても決して悪い症状ではない。正確に言うなれば、それは "交代" というやつだ。
 一日に何度か、慧魅璃の身体・心は、もうひとりの自分のものとなる。つまり、紅妃が表に出てくるのだ。
 もうひとりの自分。内に眠る紅妃という存在が外に出ているとき、慧魅璃自身は、意識の奥で深い眠りにつく。
 慧魅璃なのか、紅妃なのか、その判断は、両目の発色を見れば一目瞭然。
 その名のとおり、紅妃の瞳は、炎 …… いや、滴り落ちる血液のような紅い色をしている。
 慧魅璃から紅妃に変わったこと、カージュは、その変化にすぐさま気付いた。
 そして、小さな声で呟く。口元をおさえ、ちょっぴり苦笑も浮かべながら。
「タイミング、悪いな …… 」
 そうして呟くカージュを見て、紅妃は、しばらく沈黙すると、
 腰元に手をやり、モデルさんのように綺麗な立ち方をしつつ、溜息混じりに呟き返した。
 少しキツイ対応になるのは、相手がカージュだからということに他ならない。
「何の用だ?」
 例えて言うなれば、彼女とお話していたところに、突然、彼女の親がやってきた感じ。
 慧魅璃でありつつも慧魅璃ではない、紅妃状態の慧魅璃から、カージュは、ふいっと目を逸らす。
 まるで、お前に用はないと。そう言うかのような、ちょいと生意気な態度。
 紅妃は、肩を竦め、ふっと息を吐き落とした。
 カージュの胸元で蠢いている時兎については、既に確認済み。
 当然、紅妃は、どうするべきか、慧魅璃が悩んでいたことも知っている。
「ルーファ」
 名前を呼び、パチンと指を弾く紅妃。
 すると、腕輪から、これまた紅い両目をもつ青年が出現した。
 綺麗な顔立ちこそしているものの、角や翼があることからわかるように、この青年も悪魔の一種だ。
 グレムリンという悪魔に分類されるこの青年・ルーファは、黒い剣へと姿を変える能力を持っている。
 武器と化し、慧魅璃を守る使命を担っているという点では、ほかの悪魔と何ら変わりない。
 ルーファを呼びつけた紅妃は、目配せで合図を送り、彼を黒い剣へと変化させる。
 時の秩序を乱す異端児も、この厄介な兎の前では無力か。
 泣きながら助けを乞うなんて、らしくない真似。よっぽど焦っているようだな。
 そんなに怖いか。記憶を失うことが。嫌なのか。慧魅璃との記憶・思い出の一切を失うことが。
「難儀なものだな」
 ふっと笑い、黒い剣を構える紅妃。
 重ね重ねになるが、いま現在、ここにいる慧魅璃は、慧魅璃ではなく紅妃だ。
 慧魅璃であることに変わりはないが、慧魅璃本体とはまったく別の意思を持つ存在。
 別人であるということに加え、紅妃をはじめ、魔界の住人・悪魔たちは、カージュを嫌っている。
 カージュだけじゃなし、クロノハッカーという存在、その全員を悪魔たちは嫌っているのだが、
 中でもカージュは特に嫌われている。その理由は、言わずもがな。最も慧魅璃に近しい危険人物だからである。
 自分が、慧魅璃の従える悪魔たちに嫌われていることは、カージュも気付いている。というか、気付かないほうがおかしい。
 だからこそ、カージュは身構えた。その黒い剣で、ひとおもいに殺ってしまうつもりなのだろうと、そう思ったから。
 だが、実際の対応は。紅妃が、身構えるカージュにとった行動は、まったく別のものだった。
 斬りつけたことに間違いはないのだが、斬りおとしたのは、時兎のみ。
 マスターと契約を締結し、時の契約者の一人となった慧魅璃(悪魔たちも含む)には、時兎を消滅させる能力が備わっている。
 どんな武器を用いても触れることすら叶わないはずなのに、あっさりと、剣で斬りおとせたことが、その何よりの証拠。
 一刀両断され、引きはがされた時兎は、ぼそりと音を立てて床に落ちる。※そういう音が聞こえるのも契約者である証拠のひとつ
 もぞもぞしながら、ゆっくりと煙となって消えていく時兎を、じっと見つめる紅妃。
 予想に反する行動に、カージュは驚きを隠せない様子だ。
「勘違いするなよ。俺は …… 俺達は許した訳じゃねぇんだ。 …… ま、慧魅璃は許しているがな」
 どうして助けてくれたのかと、カージュが尋ねるより先に、紅妃が忠告を飛ばす。
 いなくなったわけじゃないけれど、事実として、いま現在、慧魅璃そのものはここにいない。
 慧魅璃が何を考えているか、どんな体験を経たか、紅妃をはじめ、悪魔たちは全てを知りえているが、
 逆の立場、慧魅璃は、紅妃が表に出ている間の記憶が一切ない。
 何となく覚えている程度ならば、もしかするとあるかもしれないが、全てを鮮明に覚えているということはない。
 つまり、闇に乗じるかのように、紅妃の判断から、この場でカージュを亡き者にすることは容易い。
 気持ちの面で言うなれば、そうしたかったというのが本音だったりもする。
 なぜならば、紅妃・悪魔たちは、覚えているから。
 カージュ等、クロノハッカーが、過去に慧魅璃を一度殺めたという、その事実をはっきりと覚えているから。
 すぐにでも消し去りたいほど憎いカージュを救ったのは、そういう怒りを、慧魅璃が相殺してくれたからである。
 紅妃が表に出る前、交代の時間を迎えるほんの少し前、慧魅璃は、気持ちの整理をつけつつあった。
 敵であることに変わりはないが、見捨てて良い理由にはならない。
 慧魅璃はそう思い、カージュを救う決断を下そうとしていたのだ。
 その想いを知っているからこそ、紅妃は、自制した。
 自分たちの判断や怒りのみでカージュを殺めてしまっては、慧魅璃が悲しんでしまうだろうから、と。
 ツバを吐きかけ、二度と来るなと追い出したい気持ちは山々だが、悪魔たちは、従者という立場にある。
 主人である慧魅璃の意にそぐわぬ言動は、決してあってはならない。
 少し意外かもしれないが、悪魔も、約束や契りを厳守する気持ちを持ち合わせているのだ。
 まぁ、誰に対してもというわけではなく、彼らの場合は、慧魅璃との契り、慧魅璃が定めるルールのみではあるが。

 ありがとうとか、助かったとか。
 本来言うべき感謝の言葉すら、カージュは何ひとつ残さぬまま、逃げるようにその場を去った。
 だが、そんなカージュの態度に、紅妃ら、悪魔たちが苛立ちを覚えることはない。
 むしろ、早々に立ち去ってくれてありがたいと、そう思っている。
 ありがとうだなんて言われたら、感謝なんぞされようものなら、逆上してしまいかねないから。
 慧魅璃が悲しむとかそんなの関係なしに、悪魔本来の卑劣さや残虐さ、本能のままに、カージュを惨殺していたかもしれないから。
「連絡だけは、入れておいたほうが良いな」
 カージュが立ち去った後、紅妃は、すぐさま扉を閉めて鍵をかけ、
 スタスタと部屋の中へと戻ると、ベッドの上に置かれていた慧魅璃の携帯電話を手に取った。
 クロノハッカーが一人、慧魅璃の部屋を訪ねてきた。もう既に立ち去りはしたが、警戒すべきであろうとだけ。
 カージュが時兎に寄生されていた事実や、それを救ったことに関しては一切触れない。ただ、訪ねてきたとだけ。
 本当は言いたいけれど、言うべきではないと思うから。慧魅璃も、こうしたであろうから。余計はことは言わない。
 ピリリリリリリリ ――
 プツッ ――
『あいよー。こちら、天下無敵の海斗様ー。ご注文をどーぞー』
「 …… 実に下らぬ茶番だ」
『んあっ? あっ。あー。慧魅璃じゃないほうの慧魅璃か』
「そうだ。連絡したいことがあってな。いま、少し時間を取れるか?」
『いーよー。暇だったしー。つかさ、お前さ、茶番とか言うなよ。ノリ悪いな、マジで』
「つい先ほどのことなのだが」
『うん。って、シカト? ねぇ、シカト?』

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。