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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離 第一章】



 この服、少し肩が大きく出ているかしらと、鳳凰院アマンダは思う。
 昼前のスーパーにはそれほど人も多くないので、穴場と言えば穴場だ。
 こうして人が少ない時間帯を狙うのも主婦の役目なのだ、が……。
 その帰り道に、細い小道に背中を向けてうずくまっている白い塊を見つけた。
「………………」
 一瞬、アマンダの形のよい眉が歪む。
 これは……なにかしら……。
 ゴミ? のようにも、見えなくもない。薄汚いし、でも、雪だるま? 4月なのに?
 様々な憶測が脳内を駆け巡ったのだが、アマンダは無視することにした。
 と、もぞり、とその白い塊が動いた。ころん、と後ろにひっくり返ったのだ。
「あ」
 アマンダはしまったと思って少し停止する。ばっちり目が合ってしまった。
 ここは東京。怪奇な世界も混在しているが、普通の人間はそんなことは知らない。
 そしておそらく……この転がった少女もその一人に違いない。
「こ、こんにちは」
 愛想良く言ってみると、彼女はじっと見てから起き上がり、衣服の埃を手でさっさと払った。
「これは奇怪なところを見せてしまった。できれば内密にしてもらえると助かるのだが」
 ……丁寧な口調に思えて、かなり見下した言い方だった。若さゆえかもしれないけれど。
「ある者に追われておるのだ。おぬしもさっさと行くがよい」
 そう言い放ち、彼女は細い小道の奥へと進んでいく。猫じゃあるまいし、あのままいけば挟まるのでは……。
「えっと、あの、あなた」
 声をかけると少女が振り返る。
 まるで初夏の若葉のような鮮やかな緑色の長い髪を括っている彼女は、衣服も変わっていた。白いカンフースーツだったのだ。
 どこの国の出身かわからないのは、顔立ちが西洋に近いからだろう。日本人ではない。
 明らかに不審な人物になぜ自分が声をかけているのかアマンダはわからなかった。けれども妙に気になるのだ。
「その先は行き止まりなのよ?」
「ぬ! そうなのか……かたじけない」
 戻って来る少女はそっとアマンダを見遣る。よく見れば、泥を落とせば彼女は美人の類いだった。
 変な口調といい態度といい…………妙な人物に関わってしまったようだ。
 ぐきゅるるるるるるる!
 と、派手な音が響き、アマンダはぎょっとして周囲を見回す。
 すると少女が自身の腹部をおさえて唸った。
「空腹の警鐘だった。気にするな」
「空腹って……す、すごい音だったけど」
 自分の持っているマイバッグを見下ろす。今日の昼と、夕飯の荷物だ。一人分くらいならなんとかなるだろう。
「お腹減ってるならうちの来ない? よかったらお昼をご馳走するわ」
「…………親切な女だ」
 ぞんざいな言い方だったが、彼女はアマンダを吟味するように眺めた。
「よかろう。馳走になる」
「……変わってる喋り方ね」
「? そうか?」
 少女はアマンダにくっついて歩き出した。



 食卓の上に並んだのは味噌汁、それにアマンダが作った自家製のソーセージだ。ハーブ入りのもある。
 今の時間は夫や子供たちもいないので、家にはアマンダだけ。
 退屈な一人の時間を、こんな可愛い娘さんと過ごせるなんて、今日はちょっと面白い日なのかもしれない。
「馳走になる」
 もう一度そう言って、箸を手にとるが、うまく扱えないようでフォークに変えた。
 やはり日本人ではないようだった。
「お名前は? 私はアマンダよ。鳳凰院アマンダ」
「名乗られたからには名乗る。アトロパだ。アトロパ=アイギスという」
 これまた変わった名前だ。
(アトロパ? どこかで聞いたことがあるような……)
 視線が彷徨い、自然にテレビのほうに向くが、そんなCMがあっただろうか?
「アトロパちゃんはあんなところで何をしていたの?」
「追っ手から逃げていた」
「追っ手!?」
「そうだ」
 あっさりと頷き、味噌汁をまるでスープのように飲むアトロパはやはり雰囲気も変わっていた。
「なにか、したの? 犯罪?」
「邪魔だから消そうとしたのだろう。使命を邪魔する阿呆な輩どもだ」
 いちいち古めかしい喋り方だが、これは絶対に誰かの影響だなとアマンダはふんだ。
 彼女の年齢はアマンダの子供たちとそれほど変わらない。それなのにこの口調はおかしい。
「アトロパちゃんの使命って?」
「世界を救うことだ」
 はっきりと彼女は言い、ソーセージを頬張る。
 しばし、キッチンが静まり返った。
 普通なら「なに言ってるのよ」と笑い飛ばすところだが、生憎とアトロパの表情は真面目そのものだし、嘘をついている目ではない。
「世界を、救う?」
「そうだ」
「どうやって?」
「それは禁則事項だ。口外してはおぬしに罰則が下る」
(……どこかの組織の子なのかしら? でも単独って、おかしくない?)
 不安げな表情のアマンダは、さらに尋ねてみることにした。
「一人で逃げてたの? その追っ手から」
「そうだ。アトロパは一人だ。だから一人で逃げていた」
「追っ手は? 大勢?」
「よくわからないな。大勢とは思えないが…………距離を詰められたのだ」
「距離を詰められた? 追いつかれたってこと?」
「そうなるな。いきなり攻撃されたので、逃げたのだ」
 そのわりにはアトロパにはケガの様子がない。アマンダはほっとした。
「アトロパちゃん、幾つなの?」
「16歳だ」
「あら。うちの次男と同い年なのね」
「そうか」
 もぐもぐと食事をしているアトロパは、どこにも嘘や誤魔化しが見えない。
「……今までどうやって生活していたの?」
「三ヶ月ほど前、世界を救えと言われてから所持金を持って各地を点々としていたのだ。
 まだあるので、大丈夫だ。施しは受けぬ」
 冷たく、最後の言葉を言い放ち、ちらりとアトロパはアマンダを見遣った。
 不思議な少女だ。細身で、長いエメラルド色の髪。そして深くて暗い金色の眼。
「疑わぬのか」
 その問いかけに、アマンダは微笑した。そして、ゆっくりと長い人差し指を顎に遣る。
「だって嘘をついているようには見えないもの」
「嘘? なぜ嘘をつかねばならんのか、わからんな」
 少しだけ眉をひそめるアトロパは、がつがつと食事をたいらげながら言う。
「今までアトロパが【世界を救う】と言うと、必ず笑うのだ。おぬしのような笑い方ではなく、嘲笑だな」
「冗談だと思うようなことだものね」
 世界を、救うだなんて。
 けれどもアマンダはそうは思わない。あまりにもアトロパが真っ直ぐに見てくるからだ。
「でも世界を救うだなんて、なんていうか、大雑把ね」
「…………世界は滅ぶ」
 小さく、アトロパは呟いた。
「だから、アトロパはそれを救うために来た。邪魔されるわけにはいかんのだ」
「………………」
 手に余る、とアマンダは正直に考えてしまう。二児の母親なのだから、どうしたって現実的にものを見てしまう「目線」ができてしまうものだ。
 この娘の言っていることは真実だろう。だが、「どの程度」かがわからない。つまり「規模」だ。
 アマンダがやっている魔物退治などの、一時的な救済措置とは意味合いが違うのは、声の響きでわかる。
(世界?)
 この地球ってこと?
 だとすれば……それは個人ではどうにかできるレベルではない。
「馳走になった」
 アトロパの声にハッと我に返ると、彼女はぺこりと頭を下げていた。いつの間にかイスから降りて、そこに立って。
「いいのよ、たいしたことはしてないもの」
「その寛大な心に感謝する」
 アトロパはにっこりと微笑み、あっさりときびすを返してアマンダの家を出て行く。
 あっという間の出来事で、止められなかった。
「え? ええ?」
 追われているとか言っていたのにあのあっさりはないだろう!
 慌てて追いかけるアマンダは、表の道できょろきょろと周囲を見回す。すでにアトロパの姿はない。
 感覚を研ぎ澄ますと、自然に足が動いた。
 次第に駆ける速度があがる。
 そこで――――。
 弾丸を避けもせずに、両腕で顔だけを庇っているアトロパの姿があった。
 彼女を狙っている相手はどうやら遠距離から狙っているようで、姿は見えない。それに相手もプロなのだろう。気配は感じない。殺気すらも。
 不可思議なことに弾丸は一発もアトロパに命中しない。けれども衝撃はくるようで、彼女はよろめいている。
「アトロパちゃん!」
 声に反応してか、アマンダの方向とは逆へと彼女は逃げ出した。弾丸はそれを追う様に続いていく。
 軽々と、まるで猫のような動きで逃げていくアトロパはすぐさま見失ってしまった。アマンダとしては信じられない。

 その後、うろうろと探し回ったが彼女は見つからず、帰路についた頃だった。
 空は完全に夕暮れ色に染まり、もう子供たちも帰宅しているだろう。
「おぬし」
 いきなり声をかけられてビクッと反応してしまうアマンダだったが、視線を声の先へと遣って安心する。
 膝を抱えて座り込んでいるアトロパがいた。しかも……ゴミ収拾所の陰になる場所で。
「よかった……心配してたのよ、アトロパちゃん」
「……あのような攻撃ならば心配せずとも良い。だがおぬし、余計なことをしたぞ」
「え?」
「追っ手に気づかれた可能性がある」
 腰に両手を当てて、アマンダはアトロパを見下ろした。
「べつにそれはいいのよ。問題はアトロパちゃんでしょう?」
「ぬぅ?」
「世界を救うんじゃなかったの? それなのにあんなに無防備でいたら危ないじゃない!」
 今回は大事なかったから良かったものの。
 アマンダの言葉にアトロパは意味がわからなかったらしく、眉をひそめて再び「ぬぅ?」と唸っている。
「無事だからいいではないか」
 偉そうにふんぞり返りつつ、立ち上がるアトロパに、アマンダは少しだけ小首を傾げて尋ねる。
「これからどこへ行くの?」
 世界を救う旅とやらだろうかと考えていると、アトロパはあっさりと。
「さて。何も考えておらんのだ」
「………………」
 彼女は本当に救世主なのだろうか……。
(どう見ても、息子と同じくらいの女子高生……ううん、『変わった』女子高生にしか見えないけどね)
「じゃあ、よかったらうちに来ない? 匿う、なんて言い方は大げさだけど、雨風は凌げると思うわよ」
「…………ありがたい申し出だが……迷惑をかけても良いのか? 来たるべき時が来るまで、世話になることになってもか?」
 真摯な眼差しにアマンダは気圧されるような気分になった。変わった女の子だけど、それ以上に。
(すごく不思議な子なのね)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初めまして鳳凰院様。ライターのともやいずみです。
 アトロパを匿うか否か。そして初の出会い、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。