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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - ハルジオン -

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「やだ」
「じゃあ、こっちは?」
「やだ」
「う〜ん。じゃあ、これは?」
「やだ」
「んもう! ヤダヤダばっかりじゃどうしようもないでしょ」
 時狭間にある居住空間。そのリビングにて、何やら言い争いらしきものをしている海斗と千華。
 見てのとおり、千華はいっしょうけんめいだが、海斗は、とにかくやる気がない。嫌だの一点張り。
 事の発端は、千華が、とある国で開催されるというファッションコンテストへの出場を決めたことにある。
 だが、出場といっても、千華がモデルとして出場するわけではなく、モデルは他の人に頼む。
 千華は、自分が趣味で作った服やアクセサリーを、モデルに着てもらわねばならない。
 要するに、審査されるのは、モデルではなく、ファッションデザイナーのセンス諸々の力量。
 デザイナー自身はモデルとして出場することができないため、千華は、海斗にその役を頼んだ。
 いや、頼んだというよりかは、勝手に決めて勝手に出場表を提出してしまったというべきか。
 そんな風に、何の相談もなく勝手に事を進行されてるもんだから、海斗は不機嫌なのだ。
 まぁ、気持ちはわかるが。コンテストは、明日の午前には開催されてしまう。
 代役を立てられるのであれば、無論そうするが、残念ながら、頼める人がいない。
 藤二は資料の整理に忙しいし、梨乃と浩太は、仕事で余所の世界へ赴いているのだ。
 とまぁ、そんなわけで、何が何でも海斗を連れていくしかないわけだが …… 。
「もぉ〜。海斗、お願いだから協力して。コンテストの帰り、パフェ奢ってあげるから。ね?」
「そんな餌では釣られないクマー」
「クマ …… え? いや、まぁ、いいわ。ね、お願いだから。ねっ?」
「だーから、やだって言ってんだろー。めんどくせーし、俺、そーいうの嫌いだし」
 うぅむ。困った。ここまで頑なに拒まれてしまっては、着せる服を決めるどころじゃない。
 参ったなぁといった表情で思い悩む千華。と、そこへ、たまたま、時狭間へ遊びにきた人物が寄ってくる。
 何してるの? 何だか楽しそうだね? そう言いながら近づいてくるその人物を目にした瞬間、千華の目がギラリと光る。
 そうよ。どうして忘れていたのかしら。いるじゃない、ここに、こんなにも素敵なモデルさんがいるじゃない。
 そうよ。この子に頼めば良かったのよ。絶対に断ったりしないわ。この子、そういう性格だもの。
 事のついでにでも海斗を説得してくれたりなんかもしたら、完璧 …… !
 そんな目論みを抱く千華。
 ふふふ、と笑う千華の表情に、その人物は、ハッとするのだった。
 タイミングが良いのか悪いのか。どちらにせよ、千華がああいう目をしている時は …… と。

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 どんな内容のお願いごとをされるであろうか、慧魅璃は、本能的にそれを察していた。
 まぁ、リビングに、これだけたくさんの服やらアクセサリーが散乱していれば、言わずもがなわかりそうな気もするが。
 千華が相談するより先に、慧魅璃は、すっとその場にしゃがみ、とある服をジッと見つめ、こう言ってみせる。
「これ、いいですね …… 」
 見つめるだけに留まらず、気に入ったその服を手に取り、まじまじと眺める慧魅璃。
 慧魅璃の目に留まった、その服とは、丈の短い着物。色は赤で、可愛らしい花の刺繍が各所にちりばめられている。
 袖の部分や丈・裾の部分には、赤が映える綺麗な黒いフリル。黒と赤でバランス良く構成されたその着物は、とても可愛い。
 だが、可愛いだけじゃなく、どこか気品のような、艶っぽさのような、そんなものも感じさせる。
 慧魅璃の好みにぴったり重なる服。それがあったからこそ、無謀な相談が成立したと言っても過言ではない。
 赤い着物を見つめる慧魅璃に、千華は、躊躇うことなく、自身の要望を口にした。モデルをやってくれないか、と。
 ここにある服なら、何でもいい。気に入った服があれば、それを着てくれるだけで良い。
 コンテストも、さほど面倒な内容ではなく、ただ、いつもどおり、会場に設置された専用のステージを歩くだけで良い。
 千華は、そうして、いっしょうけんめい説得した。急にこんなこと言われても困っちゃうだろうけれど、とも言い添えながら。
 確かに唐突な話ではあるが、興味がないこともない。モデルなんてやったことないから、上手にできるか不安はあるけれど。
 千華の相談に対し、慧魅璃は、はじめから積極的だった。ただ、ひとつだけ。その最中、慧魅璃は、とある条件を提示する。
 慧魅璃が提示した条件とは、コンテストで着用した服やアクセサリーを譲ってほしい、という内容。
 わかりやすく言うなれば、慧魅璃は、欲しがっていたのだ。
 目に留まり、すぐさま手に取った、赤い着物。それを自分のものにしたいと、そう強く思ったのだ。
 自分が作った服を欲しいと言ってくれるだなんて、趣味とはいえ、デザイナーのはしくれである千華にとって、
 その条件は、喜ばしいもの以外の何物でもなかった。だから、千華はすぐさまその条件を快諾する。
 いつも控えめな慧魅璃がおねだりするだなんて、かなり珍しいことだが、
 そのおねだり要求に応じてくれたとなれば、協力に応じないわけにはいかない。
 気にいったというか、もはや一目ぼれに近い、そんな服を着て、その上、その服を貰えるとあらば、自然と気持ちも高ぶる。
「髪型は、どういう感じが良いでしょうか」
「う〜ん。そうねぇ、派手めとはいえ和装には違いないから、髪型もそっちを意識したほうが良いと思うわ。例えば〜 …… 」
 テーブルの上に置いてあった雑誌などを見つつ、楽しそうにあれこれと話す慧魅璃と千華。
 女の子同士ならではのノリといえばそうだが、すぐ傍で、そんなに盛り上がられると肩身が狭くなる。
 自分は嫌だ嫌だと頑なに拒んでいたのに、慧魅璃は、あっさりと引き受けてしまったものだから、海斗は苦笑い。
 何だか、自分がすごく幼稚に思えたのだろう。しばらく静観した後、海斗は、少し照れくさそうにしつつ、二人の会話に混ざっていく。
 そんな海斗の行動に、千華はクスクス笑った。
「どうしたの、海斗? 気が変わった?」
「 …… んー。いやー。別にー。何ていうかー。んー」
 照れ隠しなのか、曖昧な言葉で誤魔化そうとする海斗。
 そんな海斗に、慧魅璃は、キョトンとした表情で、こう言い放った。
「やりたくないなら、やらなくていいと思いますよ?」
 悪意も悪戯心もない。ただ純粋に、苦手なことを無理してやる必要はないと思ったからこそ、慧魅璃は、そう発言した。
 だからこそ、海斗は、余計に気恥ずかしくなる。駄々をこねる子供じゃあるまいし、自分は、どうしてあんなにムキになっていたのかと。
「あー! もういーよ。やるよ、やるやる。俺もやる。やればいーんだろ、やればっ」
 本当にやりたくないと、全力で拒んでいたわけではない。ただ、勝手に話を進められてムッとしただけ。
 いつまでもガキみたいに拗ねてちゃカッコ悪いからということで、海斗は、千華の要求に、そこでようやく応じたのだった。
 まぁ、そういう細かい事情、海斗の心情を知りえない慧魅璃は、無理してやらなくてもいいのに、と思っていたようだが。
「よ〜し! それじゃあ、二人とも、本番を意識したリハーサル、やっちゃいましょうか!」
 慧魅璃も加わり、良いモデルを二名も確保できた千華は、誰よりも嬉しそうだった。

 *

 千華がエントリーしたファッションコンテストは、時狭間の一角で実施される。
 とはいえ、千華や海斗が普段生活している居住区からは、かなり遠く離れたところ。
 宇宙のごとく、どこまでも広がっている時狭間は、時折、このような催事の舞台に使われているのだ。
 あらゆる国・世界から集いしデザイナーと、個性豊かなモデル達。
 ファッションコンテストというだけあって、会場の雰囲気は、何とも眩しくきらびやかな感じだ。
 ここに、ジャージやらスウェットやら、ラフ極まりない服装でこようものなら、間違いなく浮く。浮きまくり。
 ちなみに、観客の類はいない。この場にいるのは、エントリーしたデザイナーと、そのデザイナーが連れてきたモデル、
 そして、ジャッジをくだす審査員が数名いるばかり。かなり前から企画されていたイベントなだけあって、会場の準備は完璧。
 司会進行なども滞りなくスムーズで、イベントは、不自然なまでにサクサクと進行していく。
『それでは、エントリーナンバー1! 東京からの参加、ミレーネさん、どうぞ!』
 いよいよ、コンテストが始まった。
 何の感慨もなく、随分あっさりと始まってしまった感じはあるが、会場の緊張感はかなりのものだ。
 ステージ裏で出番を待つ海斗は、そわそわと落ち着かない様子。
「あー。何だろ、この感じ。やっぱ苦手だなー。俺、こーいうの」
「ふふ。普段は無鉄砲なくせに、いざ目立つイベントとなると固くなるのよねぇ、海斗って」
「うっさいな。何かこう、見世物になるって感じがヤなんだよ」
「まぁ、気持ちはわかるけどね。それ、貧乏ゆすりは止めなさい。みっともないから」
「勝手に動くんだからしょーがねーだろが。っつか、慧魅璃、どこ行った?」
「ステージの袖。熱心に見学してるわよ」
「うへ。やる気満々じゃん」
 ステージ裏にて、海斗と千華がそんな遣り取りをしている最中、慧魅璃は、ステージ袖で、真剣に見学していた。
 海斗は、その行動を "やる気満々" だと捉えたが、実際は、そうではなく、ただ単に、いろんな服を見るのが楽しいだけ。
 慧魅璃だって、年頃の女の子。服やアクセサリーなど、おしゃれに敏感に反応してしまうそんなお年頃なのだ。

『それでは、エントリーナンバー23! 時狭間からの参加、千華さん、どうぞ!』
 そんなこんなで、いよいよ、千華の名前がコールされた。
 まずはデザイナーのみがステージ中央へと移動し、そこでペコリと一礼。
 挨拶を終えたら、デザイナーはステージの脇へと移動し、モデルたちの登場を待つ。
 千華がステージ脇へと移動したことを確認した慧魅璃と海斗は、ウンと頷き、揃って歩き出す。
 だが、ここでちょっとしたハプニング。やはり緊張していたのか、慧魅璃が躓き、転びそうになった。
 咄嗟に、海斗が支えたから大事には至らなかったが、その光景を横目に見ていた千華は、ハラハラである。
「あっぶねー …… だいじょぶか?」
「は、はい、すみません。大丈夫です」
 よしよし、それでは、気を取り直して。いざ、出陣。
 ありがちなハプニングにドキリとさせられたものの、いざ、ステージ中央へと歩き出せば、様になっている。
 どういう歩き方をすれば、より可愛く・格好良く見えるか、遅くまで練習した成果は、自信へと繋がる。
 今日は、時の契約者ではなく、モデル。一日限りの転身を果たした慧魅璃と海斗は、完璧なウォーキングを披露した。
 ただ歩くだけではインパクトに欠けるだろうからと、事前に千華は、二人にちょっとした演技指導も行っていた。
 そのテーマは、可愛らしいカップル。
 まずは海斗が先を行き、その後ろを、慧魅璃がちょこちょことついていく。
 ステージ中央に到着したら、二人一緒に腰元に手を添え、互いに正反対の方向を向く。
 表現しているのは、喧嘩だ。ささいなことで喧嘩をしてしまったカップルが、ぷいっとそっぽを向く感じ。
 だが、そうして二人がそっぽを向き合っているのは、ほんの少しだけ。
 数秒後には、互いに様子を見あうかのように、そろりそろりと背けた顔を戻していく。
 そして、バチリと視線が交わったら、お互いにニコリと笑って仲直り。海斗が手を差し伸べ、慧魅璃がその手を取る。
 手をつないだまま、ダンスを踊るかのようにクルリと回り、そのまま、手をつないだまま、来た道を引き返していく。
 赤に黒いフリルが施された丈の短い可愛い着物を纏う慧魅璃は、とんでもない可愛さを誇る。
 露出している足の白さと脚線美。着物なのに黒いブーツというアンバランスさも、より一層おしゃれな仕上がり。
 髪型は、高い位置でキュッと纏め、これまた赤い、蝶々を模った櫛を、さりげなく差している。
 アクセサリーは控えめに、細めのウッドバンドを数個、知恵の輪のような感じで、上品な組み合わせ。
 キュートな雰囲気とセクシーな雰囲気が同居する今日の慧魅璃は、一挙一動が、いちいち可愛い。
 一方、海斗は、黒の袴に灰色の羽織。慧魅璃の服装と少し重ねる形で、腰元に閉じた赤い扇子を差している。
 普段は帽子を被っている海斗だが、今日は帽子なし。いつもは白いピンで前髪を留めているが、今日は赤いピンを使用。
 着なれぬ和装ゆえに、海斗こそ転んだりしてトチるのではないかと思ったが、意外と様になり、また、動きもスムーズだった。
 披露を終え、慧魅璃と海斗がステージ袖へと消えていく中、審査員たちは、おしゃれで可愛いカップルに拍手喝さいをおくった。
 審査員だけじゃなく、千華までも、パチパチと拍手してしまう始末。
 自分の作った服を褒められたことよりも、自分の作った服を、ここまで着こなしてくれた二人への感謝。
 そして、自分が指導したとはいえ、二人の表現した雰囲気が予想以上に可愛らしかったことへの興奮。
 今日だけ、一日限りで終わってしまうだなんて、何だかもったいないような。千華は、そんな想いを抱いていた。

 *

「一回だけって約束だっただろ!」
「そんな約束、した覚えがないんだけど」
「ヤダよ。俺は、絶対にヤダ。さすがにもうムリ!」
 コンテストが終わり、居住区へと戻る最中、また昨夜のように言い合っている海斗と千華。
 惜しくも二位という結果で終わってしまったものの、モデルのみの評価は、慧魅璃と海斗がトップだった。
 そんな高評価を得てしまっては、千華が、またモデルをお願いしたいと頼みこむのも仕方のないことかと思われる。
「他の奴に頼めばいーだろ。梨乃とか浩太とか」
「駄目よ。海斗と慧魅璃ちゃんじゃなきゃ駄目なのよ」
「うざー。おい、慧魅璃、お前も何か言い返さねーとマジでまた連れてこられ …… んっ? お前、何だそれ?」
 振り返ってすぐ、慧魅璃が、とあるものを熱心にじーっと見やっていることに気付き、首を傾げた海斗。
 慧魅璃が手に持ち、じっと見つめていたのは、写真だ。帰り際、審査員の一人が、記念にと撮影してくれた写真。
 こうして見ると、何だか素敵。って、自分でいうのも何だけれど、実際、その写真の出来栄えは素晴らしい。
 こんな風に、人の目に映っていたのかと思わされると同時に、嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちが沸々と。
 緊張はしたけれど、決して苦痛ではなかった。むしろ、心地良かったりもして。
 そういう感想を抱いているからか、慧魅璃は、千華の "また次回も是非" というお願いに対して、ただ、笑顔のみを返した。
 そんな反応を返したら、本当にまた連れてこられるのに …… まぁ、本人は嫌じゃないようだから問題はなさそうだが。
「千華さん」
 しばらく写真を見つめた後、慧魅璃が声をかける。
 うん? なあに? と振り返る千華に、慧魅璃は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
 一目見たとき、あの時から気になってはいたのだ。でも、尋ねるタイミングを逃してしまっていたから、今ここで。
「これ、何ていう花ですか?」
 そう言いつつ、自身が纏っている赤い着物の袖を指さした慧魅璃。
 着物に刺繍されている花。白く小さなその花の名を、慧魅璃は知りたいと思っていた。
 この花の刺繍もまた、千華が時間をかけて施したもの。細く長い花びら。夜空に咲く花火を彷彿させる花。
 さりげなくありつつも、確かな存在感を放つ白い花。その花の名は、ハルジオン。
 どうしてこの花を刺繍したのかはわからないし、
 この着物を慧魅璃に着てもらうことになるだなんて、作っているときは思いもしなかった。
 でも、今、こうして実際に慧魅璃が着ているのを見ると、何だかしっくりくるような、そんな気がする。
 慧魅璃ちゃんのために作った服だったんじゃないかって、そう思えるくらい。
 花の名を伝えた千華は、クスクス笑いながら、おまけ情報を付け加えた。
「ちなみに、ハルジオンの花言葉は "追想の愛" よ」
「そうなんですか。追想 …… 」
「へー、そーなんだー。ん? なぁ、千華、追想ってどういう意味だっけ」
「そのままよ。過去を思い返すとか偲ぶとか、そういうニュアンスね」
 訊き損じていた花の名をようやく知り、そういう名前の花だったのかなどと思いつつ、また、着物の刺繍を見やる慧魅璃。
 ハルジオン、追想の愛。この着物を一目見て、すぐに気に入った理由は、もしかすると、この花にあるかもしれない。
(なんて、考えすぎですかね?)

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。