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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『生死の裁量』
▼opening
窓が照らす薄紅色が、興信所をひどく色褪せて見せた。
ぼんやりとした春の空気は思考を鈍くして、秒針の動きが何とも緩慢に感じられた。
室外では刻々と過ぎているであろう時の歩みに、この場所は乗り遅れているのではないだろうか、そんなくだらない疑問と共に、思索はどろどろと流れていた。

先日訪ねてきた若い男は嘘をついている風ではなかったが、ぎらぎらと光る瞳を始め、落ち着かない様子ではあった。
彼は決して自分の事を語ろうとはしなかったものの、しかし口にした言葉の節々に息づく燃えるような感情は、真に迫ったものであるように思われた。

人身売買を行うある組織の機能停止。
簡潔に述べられた依頼内容は、随分慎重に選ばれた言葉のようだった。
巧妙に警察の手を逃れながら人身売買を行っている組織の実情を知ったため、何とか異能者に協力を請い、機能停止に追い込みたい。
機能停止とはつまり壊滅の意である、男の目はそう言っていた。

次の取引場所と日時が分かっている。
この機会を逃せば煙に巻かれるだろう。
公権力は動くのが遅すぎる。

淡々と語る彼のその意志が善悪から出たものか、そうでないのかは分からなかった。
しかし端から見れば正義を行おうとしているのは確かで、依頼とは常に他者としてそれに関わる事を求められるものだった。
引っかかるとすればその暴力的なプロセスだったが、対象の性質が性質だけに、仕方のない事とも言えた。

ふと、時計を見ると、先程から全く進んでいないような気がした。
世界がはっと鳴りを潜めたように、いつの間にか静かになっていた。
草間は嘆息して、まとめていたデータを見返した。

組織には確かにきな臭い噂が絶えない。
依頼者の男の情報は特に得られなかった。
取引は深夜一時、場所は都内ホテルの地下駐車場。
武装警戒こそ予想されるが、相手が特殊な能力者を抱え込んでいる等の話はない。
事の運びは、異能者ならば決して難しいものとも思えなかった。



▼main plot
雨の降った前日の寒さが嘘のように、今夜の空気は生温かった。
風もほとんどなく、月のない夜の闇はその重さを一層感じさせた。
遠くから時たま電車が過ぎる音が響いたかと思うと、辺りは再び静かになって、弱々しい街灯が不意にパチパチと明滅した。
その光がちょうど当たらない所に、この閑静な住宅街にはあまり似つかわしくない黒色の車が、そっと息を潜めていた。

車内の男はバックミラーを触りサングラス姿の自分を確認した後、助手席が見えるようにそれを調整した。
一息ついて、背もたれに寄りかかりながら、じっと考え事をしているようだった。
突然、コツコツと、窓が叩かれた。

ドアロックが妙に大きな音で外れ、夜神潤が車に乗り込んだ。
しばらくは二人とも前を向いたまま、相手を観察する事も口を開く事もせずに、外のモノクロの景色を眺めていた。
その内に、男はサングラスの中で瞳だけを動かし、ミラーから潤の姿を確認した。
細身の若い男で、繊細な顔立ちは美しかったが、それだけに彼は今から行うであろう荒事を想定し、心中で不満の言を吐いた。
するとそれが聞こえでもしたのか、潤の目がちらと動き、鏡越しに視線があった。

居心地の悪さを誤魔化すように細く短い息を吐くと、男はクドウと名乗った。
潤はあまり関心を示した様子もなく、自分の事をヤガミとだけ言った。
この場で語られる名には意味も信憑性も必要なく、ただ呼称出来ると言う利便性だけあればよかった。

「お前、本当に異能者なのか?」
「そうだ」

その返答では男の訝しがる気は収まらなかったようだったが、あまりに平然と答える潤の様子を前に、彼もそれ以上は口にしなかった。
そして不機嫌そうに手を伸ばしダッシュボードを開くと、そこから現場の見取り図が取り出された。
それ程大きくもないホテル地下駐車場の構造などたかが知れており、車両の出入り口と搬入口の位置さえ分かれば、人員配置の仕方など何通りもあるものではなかった。
特に行おうとしている作業とその規模が事前に分かってしまえば、実際の映像まで見えるようだった。

図を指さしながら淡々と説明をするクドウを見て、潤は少しばかり疑問を抱いた。
武装状況も含めたこの事細かな情報は、一体どこで得られたものなのだろうか。
始めはその正確さを懐疑していた彼も、この男のあまりに手際の良い講義を聞く内に、その出所へと興味が移っていった。

それで、と話を切られて、はっと視線を前へ戻した。
すると明かりの中を、猫が影のように横切っていった。
それが素早く暗闇へと跳び込んでいくと、まるでそこには、最初から何もいなかったかのように感じられた。

「お前はどうするんだ。俺はお前の力を知らない」

男の表情は隠れていたが、言葉の響きには有無を言わさぬような感情が見られた。
潤は出来るだけ平坦な言い方で、あんたがどうするつもりだったかは知らないが、と前置きをしてから語り始めた。
自分の力については必要な部分だけを話し、武力で解決する事を避けたい旨をまず示した。

「仮にそこに集まった人間を壊滅させたところで、その空いた椅子に誰かが座るだけだろう。それじゃあ解決にはならない。その場にいる組織関係者を魅了して、警察で全て自白させる」

そう言い終わるか終わらないかの時に、ぼそりと、クドウの口元が動いたように見えた。
しかし彼は潤の言葉に対して何も言おうとはしなかったし、あえて沈黙を選び取っているらしかった。
その様子は、少なくとも潤の能力を疑っているようではなさそうだった。
彼はしばらくしてから、勝手にしろと吐き捨て、だが向こうでは臨機応変に対応すると釘を刺した。
俺は死にたくないからな、そう独り言のように言って、後部座席に置かれた拳銃等の確認をし始めた。

時間は緩慢に過ぎていった。
クドウが準備を行う様は手際が良いとは言えず、こうした仕事のプロには思えなかった。
それでも入念に具合を確かめるその姿は一つの病的な執念をも感じさせ、見る者をぞくりとさせた。
クドウが潤の事を知っているとは言えないのと同様に、潤もまた、彼の事を何も知らなかった。

程なくして、車は重苦しい動きで国道へ向か始めた。
信号を待つ間、ウィンカーがカチカチと鳴り続け、大通りを過ぎ去る音々が小さく聞こえた。
道のりは決して遠くはなく、車は駅から徒歩二十分程度で来られるような雑居ビル群へと道を折れ、その一角で止まった。
狭い視界を見渡してみると、深夜帯とは言えその辺りには明かりが少なく、まるで都市にポッカリと空いた穴にでも入ってしまったかのように、そう離れてもいない駅前とは比べものにならぬ程、人の気配がしなかった。

クドウが向く方を見ると、六階建てのビルの根本に、小さくPの文字が灯る地下への入り口があった。
別段珍しくもない光景だった。
しかし、何か落ち着かなかった。

突入に際しては、大した話し合いもなく進んだ。
クドウが潤の圧倒的な能力を把握出来るはずもなかったし、そんな中で異能と言う明らかな戦力差を握っているのに下手に作戦でも決めれば、逆に煩わしいだけだろう。
臨機応変、と彼は再び口にした。

車から降りて地下駐車場へ入っていくと、二人の足音がかすかに響いた。
奥はぼんやりとしたオレンジ色の照明が点々としていて、薄い影がこちらへ落ちている。
入り口の料金機械は機能を停止し、降ろされたバーがその前に立つ自分達を恨めしそうに見ている気がした。

潤は腕を出してクドウを止め、五感を集中させた。
もちろん、人はいるようだった。
入り口付近に控える人間が一人おり、それは既にこちらの接近に気が付いている。
潤は再び歩き出し、徐々に近付いていった。

おい止まれ。
この言葉がまだ言い切られない内に、その男の意識は潤の黒い瞳へと溶けていた。
がたいの良いスーツ男が両腕をだらりと下げて突っ立っている様は、異様なものに見える。
後からやって来たクドウは、男の様子を面白くもなさそうに眺め、拳の裏でその胸板を叩いたり顔を覗き込んだりしていた。

「全員にこいつをくらわすのか? 相手は武器を持っていて、十数人はいるんだぞ」
「この男に協力してもらう。今はまだ取引の準備段階なんだろう? この男の仲間しかいない。何か適当に言わせて、おびき寄せる」

クドウは眉をひそめた。
しかしそれ以上に試みる価値があるような、安全な策と言うものも持ち合わせていなかった。
見張り一人を魅了した現段階で彼に出来る事は、潤の考えに沿い、その結果を見届ける事しかない。
彼は皮肉な笑みを浮かべて従った。

スーツの男は奥へゆっくりと歩いていった。
しばらくして彼は立ち止まったが、何も反応が帰ってこない。
潤が目をこらすと、確かに彼の前には、少し離れて同じ組織の者であろう人間が立っている。
しかし彼の方を向いてはいるが、何も声をかけないで、ただじっとそちら見ているようだった。

きな臭い時間がしばらく経った。
潤はこれ以上の判断は出来ないと考え、男に台詞を吐かせた。
低い声が、かすかに聞こえた。

「おい、妙な連中がいるかもしれない。少し確かめたいから、来てくれ」

と、その時。
辺りの壁が震え、空気が弾けた。
ガアンと大きな発砲音がして、耳鳴りのように尾を引いた。
操っていた男が倒れていく様をはっきりと見ながらも、潤はまだ、何が起こったのか把握できずにいた。
鮮血が細かく舞い、ゆっくりと地面に落ちていった。

「これがあいつらの危機管理だ。さあ、臨機応変だ」

クドウは潤の耳元で呟くと、懐から拳銃を取り出してコッキングした。
何かしら細かい暗号でもあったのだろうかと、そんな思いを巡らす暇もなかった。
奥ではけたたましく言葉が飛び交い、いくつもの靴音がこちらへ向かっていた。

潤は風のように駆けて引き金を引いた男に近付くと、すぐさま彼の心を支配した。
だがその瞬間には再び銃声が唸り、何とかそれを避けた先で見たのは、たった今いた場所が、男を含めて蜂の巣にされた光景だった。
駐車場内は所々に柱があるだけで基本的には開けており、出入り口と搬入口は一本道、こうなるともう器用に立ち回れるような状況ではない。
潤の反対に隠れていたクドウが、腕を突き出し銃を撃った。
すぐさま身を収めると、そこに大量の銃痕ができた。

必要なのは選択する事で、潤のそれは決して遅くはなかった。
クドウの応戦に対する報復が行われる時、男達の視界を黒い影が横切った。
靴底が地面を摩擦し、その音で振り返った一人が、顔面をまともに蹴られてもんどりうった。
潤はその蹴りの回転のまま、裏拳でもう一人吹き飛ばした。
後方からまだ奥に残っていた者達がやってきたが、この入り乱れての戦いではさすがに銃器を使う事が得策には見えなかった。

しかし、クドウは躊躇なく連射した。
潤の力を解釈しているからなのか、彼の動きを掴めていないのか、また別の意志があるのかは分からない。
だが問題はなかった。
拳と鉛弾が飛び交う中を、黒い影は踊るように抜けていった。
やがて立っている者が少なくなってくると、サブマシンガンを持っていた男が狂乱し、めちゃくちゃに周りを撃ち始めた。
素早く柱の影に逃げ込むと、視界の端でクドウがやりにくそうに狙いを定めていた。
潤は飛び出し、地面すれすれに姿勢を低めながら疾駆して、身体をひねるように男の顎を蹴り上げた。
骨が砕けたかも知れない。
が、クドウの目先にいた彼にとっては、身体に風穴を開けられるよりはましだっただろう。

やがて戦闘は収まった。
それでもその残響が消えるまでには長くかかった。
二人はゆっくり落ち合うと、下に寝ている連中を見渡した。
その数は十五、転じてまだ薄暗い奥に意識を集中すると、一人だけそこに残っているようだった。



男は警戒を解いた訳ではなかったが、心配もしていなかった。
途中の通信報告で襲撃者はたったの二人と分かっていたし、部下を全て向かわせたのだ。
音がやんだ時、その結末を思慮する必要などどこにも見当たらなかった。
だからそのオレンジ色の闇も堂々と近付く足音も、恐ろしさなど微塵も生まなかった。

だがその先から現れたのは、黒服を纏った細身の男と、サングラス姿の武装した男の二人だった。
生温い危機感が、じっとりと思案を包み込んでいった。
二人は物言わず淡々と歩いてくる。
重々しい右手の拳銃をやっとの事で持ち上げると、前を歩いていてた黒服を撃った。
ゆらりと黒が捻れて、瞬きなどしてもいないのに、彼は既に目の前にいた。
その顔は美しく、聡明さを感じさせた。
それなのに、男はだらしなく目と口を開け、吐き気を催すような恐怖に襲われていた。

世間ではまことしやかな噂話に過ぎない異能者と呼ばれる異形の事も、社会の裏に暮らす人間であれば、それより幾分かはましと言える、知識と呼ぶくらいには知っていた。
人ではない、力持つ者共。
絶対的な能力を有する、知性ある生命。
自分達とは異なるその存在は、目の前の現実的な危険よりも、その向こう側でじっとこちらを見ている力そのものへの異様な怖れをかき立てた。

手に握られていた銃は指の間を滑り落ち、乾いた音を立てた。
代わりにサングラスを取りながら後から歩いてきた男が、拳銃を眉間に突き付けてきた。
カズヤ、と自分の喉から掠れた声が漏れたのを聞いた。

「オヤジ、聞いたよ。あの時本当は、ミキ、売られたんだってな。母さんになってくれる人が見つかったって言うのは、嘘だったんだってな。なあ?」

引き金は今すぐにでも引かれそうだった。
それを止めたのは、黒の異能者だった。
彼によって、男にはほんの一欠片の、現実味の薄い生が与えられた。

「あんたとこの男の関係は知らないが、無闇に殺すのはよせ。警察で自首させなければならないんだ」
「さっきのを見ただろ? そんな事をしたって、トカゲの尻尾みたいに切られておしまいだ。こいつらは何があったって、この屑みたいな事を繰り返していくんだ」
「それでも、公権力は人がより良い社会を目指す上で作られたものだ。そこから外れてこんな解決を成すべきじゃない。それに、魅了を使えば多少は上手くいく」

男は、額にひんやりとした死を感じ続けていた。
死にたくなかった。
しかし、魅了と言うひどく場違いに聞こえる言葉にも、言いようのない気味の悪さを覚えた。
銃を持つ男もまた、はっと表情を変えた。

「……化け物が。人より上に立って、人より冷静に眺めて、お前らがこの世界を調整しているつもりか? それなら、俺の事だって魅了して止めればいい」

彼は皮肉めいた笑みを浮かべると、その頬に汗が伝った。
耳をすませてみても、何の音も聞こえない夜だった。
闇色の時間は長く、それは止まったかのように、なかなか流れていかなかった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7038 / 夜神・潤(やがみ・じゅん) / 男 / 200 / 禁忌の存在】


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■         ライター通信          ■
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設定を通して身に付けられた数々の絶大な力を手に、一体どのように日常と言う世界に、予定調和とすら言える数々の物語に関わっていくのか。
多くの事が可能であると言う事実を前に、善悪や種々の常識、ルール、もしくは個人の感情と言った様々な基準の中で、何を選び取り物事を成していくのか。
こうした選択の一つ一つが面白いのではないかと、考えています。
いずれにせよ、この東京怪談に存在する人々とは、人間ではないのですから。

ご意見ご感想ありましたら、是非お寄せ下さい。
ありがとうございました。