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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 天使と悪魔の研究書 -

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 天使と悪魔。
 対なる存在。言うなれば、善と悪、光と闇。
 実在しない、空想上の存在だなんて、そんな虚しいこと言っちゃあ、元も子もない。
 それに、事実として、天使も悪魔も実在している。事実として、そういう世界だって存在している。
 時狭間、時の扉を経由すれば、いつだって、その事実を確認できる。
 そんなの存在しないだなんて言うのは、貧困な頭の持ち主だけ。
 奇跡や神を信じられない、下賤で不憫な輩だけ。
 別に、求めろだとか信じろだとか、そういうことを強要するつもりはない。
 ただ、事実として存在しているものを否定するだなんて、そんな愚かな行為は避けるべきだという忠告。
 頑なに否定するというなら、それもまたよし。ただ、ひとつだけ、言っておきたいことがある。
 天使や悪魔、それだけに限らず、精霊や妖精など、そういう存在を認めぬという行為は、
 自らの価値を下げるばかりだということ。それだけは、覚えておくべきだと思う。

「ん〜 …… あとは、イメージや古今東西の逸話を盛り込めば、様になるかな」
 自室のデスクにて、クルクルと指先でペンを回しながら思案している藤二。
 彼は今、マスターに頼まれ、天使と悪魔の研究書なるものを制作している。
 既に八割近く研究書は完成しており、藤二は、残り二割を埋めることに奮闘中。
 天使や悪魔について、その一般的なデータ・情報を纏めるのに、八割を費やしてしまった。
 これだけだと、随分と堅苦しい内容で、読破するのはちょっと苦痛。肩が凝り過ぎるというか。
 まぁ、研究書というからには、堅苦しい内容になって当然かもしれないが、藤二は、それを嫌がる。
 そこで彼は、残りの二割を、面白おかしく、小説や絵本のようにとっつきやすい内容で纏めることにした。
 とはいえ、藤二自身の頭では、これ以上の記事を書き上げることは困難。
 彼の性格上、手元にある資料を参考にしてしまう傾向にあるため、結局、堅苦しくなってしまう。
「よし、と。んじゃあ、インタビューに出発しますか」
 半分ほどまで吸った煙草を、グイと灰皿に押しやって、席を立った藤二。
 彼は、これから、メモを片手に仲間達の部屋を回る。
 それぞれが抱いている天使・悪魔のイメージや、知り得ている逸話などを聞かせてもらい、
 それを参考にしつつ、残りの二割を書き上げ、研究書を完成させようとしているのだ。
 こんなときのための仲間。ここで頼らなきゃ、どこで頼るんだって話。らしい。

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「あ、いたいた。慧魅璃ちゃん」
 聞き覚えのある声。時狭間の居住区、リビングにて、慧魅璃は、ふと顔を上げた。
 慧魅璃の膝の上には、赤い目をした小さな悪魔(ベブ)が、猫のように丸くなっている。
「こんにちは。お仕事は終わったのですか?」
 藤二が、マスターに頼まれて研究書を作成していたことを知っていた慧魅璃は、にこりと微笑み、そう尋ねる。
 ストンと慧魅璃の隣に腰を下ろし、懐からメモを取り出して、ポリポリと頬を掻く藤二。
 苦笑というか何というか。そんな藤二の表情を見た慧魅璃は、
 お仕事がうまくいっていない、あるいは手詰まりなのであろうかと、そう判断した。
「何かお困りですか?」
 首を傾げて慧魅璃が尋ねると、藤二は、待ってましたと言わんばかりに、慧魅璃に頼みこむ。
 天使と悪魔。対なる存在とされる、彼らについて、何か知っていることがあれば、教えてほしい。
 常日頃から悪魔という存在が身近にいる慧魅璃ちゃんに話を聞くことができれば、一気に作業が進むんだけどなぁ?
 いつもの調子、いつもの笑顔で頼みこむ藤二。手慣れているというか何というか。
 いつも、そうやって女の子に声をかけているのだろう。
 まぁ、情報を聞き出す仕事の時なんかは、すごく役立ちそうな特技ではあると思うけれど。
「この子達はお友達です。でも、勘違いされやすい存在とも言えますね」
 少しだけ寂しそうな表情をしながら、膝の上で丸くなるベブの背中を優しく撫でる慧魅璃。
 いつも傍にいるこの子達は、確かに "悪魔" と呼ばれる存在ではあるけれど、
 その言葉で一纏めにしてしまうのは、いけないこと。
 この子達も一己の生命であり、意思や心を持ち合わせている。
 悪魔といえど、年がら年じゅう恐ろしいことを考えているだとかそんなことはなく、
 彼等も悩んだり、笑ったり、怒ったり、泣いたりする。ヒトとは呼べない存在だけれど、ヒトと何ら変わりない。
「そういう意味では、藤二さんも、この子達に似ている存在と言えますね」
 にこりと微笑みかける慧魅璃。
 確かに、藤二ら、時の契約者は、ヒトとは呼べない存在。
 マスターが生み出した思念体であり、存在そのものを隠ぺいすることができたり、
 普通の人間には使えない特殊な能力(魔法や魔力)が、生まれながらにして備わっていたりする。
 慧魅璃は、じっと、藤二の瞳を見つめながら、尋ねた。
「藤二さんは、ヒトではないことに引け目を感じたりしますか?」
 愚問だと言わんばかりに、すぐさま答える藤二。
「いや。一度も」
「ふふっ。同じですよ。この子達も同じです」
「なるほど。慧魅璃ちゃんの中では、悪魔も人と同等な立場にあるんだね」
「そう、ですね。悪魔だからどうこうということはありません。みんな、大切なマイフレンドです」
「そっかそっか。誤解か …… まぁ、確かにそれはあるかもね。一般的に、悪魔は悪い奴だってイメージが強いもんなぁ」
「えぇ。特にサタ、ルシィ、レビィ、フェー、マモ、ベブ …… 向こうで七つの大罪と呼ばれる子達は、ちょっと癖がありますしね」
 慧魅璃が悪魔を連れているところや、今現在のように悪魔と一緒になってくつろいでいるところなど、
 そういうシーンを実際に目で見て確かめているからこそ、その説得力が増す。
 事実、いま慧魅璃の膝の上で丸くなっているベブは、悪魔というよりかは、猫のよう。
 絵本の続きを呼んでくれと、慧魅璃の長い髪をツイツイ引っ張る仕草なんかは、小さな子供によく似ている。
 聞かせてもらった貴重な意見、慧魅璃の気持ちや見解を、サラサラとメモして書き留める藤二。
 ふと目に入ったその記述に、慧魅璃は、ちょっとした意外性を感じた。
 藤二の書く文字が、ものすごく可愛らしかったからだ。
 少し丸みを帯びた読みやすい文字。何だか女の子の書く文字みたい。
 そんなことを考えつつ、藤二の手元をジーッと見つめる慧魅璃。
 メモを取り終えた藤二は、クルクルと指先でペンを回し、次の質問へと移る。
「じゃあ、天使は? 慧魅璃ちゃんにとって、天使っていうのは、どういう存在かな?」
 悪魔についてのお話は、もうじゅうぶん。これ以上訊くのは野暮ってもの。だから、次は天使のお話。
 藤二からの質問に、慧魅璃は、少しばかり考え、もっとも適しているであろう言葉を選ぶ。
「えみりさんは、こういう立場にありますから、天使との面識はゼロです」
 悪魔を従える主である以上、天使とは相容れない。
 禁忌ということでもないのだが、立場上、それは許されぬこと。
 でも、慧魅璃本人は、できうることなら、天使とも仲良くしたいと思っている。
 天使とて、悪魔と同じ。意思や心を持ち合わせる一己の生命であることに変わりはないであろうから。
 関わりたくても関われないのは、慧魅璃の立場に依存する。魔界を統べる存在である以上、秩序を保たねばならない。
 慧魅璃の他、魔界を統べるもう一人の大いなる存在、悪魔王が天使を毛嫌いしていることもまた、その理由のひとつといえる。
 自由奔放に悪魔と戯れているように思えて、慧魅璃は、かなり複雑な立場・環境にあるのだ。
 だから、天使については、イメージでしか語ることができない。
「えみりさんと紅妃のようなものなのではないかと、そう思っています」
 鏡合わせの存在。いついかなるときも、対なる存在。そして、あらゆる状況で比較される存在。
 悪魔が闇に生きる存在だというのならば、天使は、その逆、光に生きる存在。
 漆黒の闇は、どんな光も覆い隠すし、眩い光は、どんな闇も打ち消してしまう。
 優劣なんて、ありはしない。どちらも同じ。ただ、住む世界・守るべき世界が異なるだけの話。
 けれど、人というものは、どうしても優劣をつけたがる。
 どちらが正しいのか、どちらが間違いなのか、そこを明確にしたがる。
 人の心ほど迷いやすく乱れがちなものなどないであろうに、そういう時だけ、はっきりさせたがる。
 少し昔の話になるが、まだ、祖母が生きていたころ、慧魅璃は、祖母に連れられて、とある世界へ赴いた。
 当時、祖母は、どうしても、この世界を統べる王に伝えておきたいことがあるのだと言っていたけれど、
 実際のところ、祖母が、何を伝えたかったのか、その目的は未だにわかっていない。
 祖母と一緒に赴いたその世界は、東と西が一触即発。
 世界を東西に分かつ巨大な壁があり、そこを境に、東と西で、まったく異なる文化が定着していた。
 東は天使、西は悪魔。それぞれが、天使か悪魔を神とあがめ信仰する。
 東部で暮らす者にとっての神は天使であり、それは決して揺るがない。
 西部で暮らす者にとっての神は悪魔であり、それも決して揺るがない。
 崇める対象、神とする象徴・存在が異なってしまえば、どう足掻いても相容れることはできない。
 自身の崇める神を冒涜されているも同然となり、結果、争いを生む。
 その世界において、優劣は明確にされており、正しき者は、東部で暮らす者とされていた。
 つまり、天使を信仰する者こそが正しく、悪魔を信仰する者は、異端であると認識されていたのだ。
 その証拠として、分かつ壁は、世界の中心にあるというのに、人々の棲息は、東に大きく偏っていた。
 分かち、持ちえる世界の広さは同じだというのに、そこで生きる決断をする者の差が激しく、閑散とする西部。
 慧魅璃と祖母は、その立場上、東部ではなく西部へと迷うことなく赴き、悪魔を信仰する者たちの心を癒す。
 明確にされた優劣によって、自分達が過ちを犯しているのかと、そんな罪悪感に襲われていた西部の人々。
 中には、その苦痛に耐えきれず、悪魔に対する信仰を捨て、東部へ移住してしまう者もいた。
 こんなの、おかしい。どちらが正しいかだなんて、そんなこと、決める必要ないじゃないか。
 幼いながらも、ヒトの愚かな部分を垣間見て、悲しみを覚えた慧魅璃。
 慧魅璃は、祖母と一緒に、争いの無意味さ、儚さを説いた。
 こんなことをしても何にもならない。誰も救われない。迷う者を生んでしまうだけだと。
 だが結局、その世界における東西の争いは治めることができなくて、慧魅璃と祖母は、後ろ髪を引かれつつ、その世界を去った。
 おそらく今もなお、あの世界では、東西、天使と悪魔の争いが続いているのだと思う。もう、歯止めが効かないのだと思う。
 天使が善く、悪魔が異端。罪と罰。人が人を制裁する愚かな行為。良いも悪いも人の主観。
 押しつけがましいその行為を信仰というのなら、こんなに哀しいものはない。
 そうして過去を思い返しながら静かに語る慧魅璃は、寂しい笑顔を浮かべていた。
 そんな顔をさせるため、話をきいたわけじゃないのに。悲しい思いなんてさせたくないのに。
 そうは思いつつも、藤二は、メモに書き留めることを決して止めなかった。
 実体験を交えて語る慧魅璃の話を、聞き流すわけにはいかなかったから。
 その悲しみを何らかの形で残すべきだと、そう思ったから。
 作家でも学者でもない自分が、そんな大層な義務感を覚えるだなんておかしな話だ、なんて思いながら。

 *

「藤二さん」
 小さな声で呼びとめた慧魅璃。
 うん? と首を傾げて藤二が振り返ると、慧魅璃は、にこりと微笑んで、お願いをした。
 確かに、天使と悪魔は対なる存在で、何かと比べられてしまうことが多いけれど、
 彼らを乏しめるような、比較するような、そんな悲しい内容にはしないで下さい。
 あなたが、そんなことをする人だとは思っていないけれど、それでも少し心配だから。
 小さく些細なことも含めれば、何度も何度も、もう数えきれぬほど、目耳にしてきたから。
 天使と悪魔。対なる存在に優劣がつき、比較されてしまう、そんな哀しく憐れな物語を、何度も。
「完成したら、えみりさんにも読ませて …… くれますか?」
 慎重に、探るかのように、小さな声で尋ねた慧魅璃。
 藤二は、メモをそっと懐にしまい、慧魅璃の頭をくしゃりと撫でた。
 無駄にはしない。できるはずもない。約束するよ。哀しいお話も、とびっきり素敵なお話にしてあげる。
 絵本のように優しくて、どこか和む、そんな天使と悪魔の研究書。きっと、マスターも驚くよ。
「もちろん」

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。