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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ラストファイナルエンディング


 世界の終わりが何かと問われれば。
 ある者は隕石の衝突と答え、またある者は太陽の爆発と叫び、その者は電磁波の超嵐を唱え、彼は死神一人の犯行と呟き、彼女は全て己が母の責任と咽び泣き、犬は食らうがゆえと、猫は眠気に従うからと、オウムは繰り返すからと、人は人だからと。
 十があれば十、百ならば百、京ならば京、星々の煌めきに全く似ていた、それぞれの意味を良く知れた。
 ならば、
 ならば草間武彦にとってのそれは――
「煙草が吸えなくなる事か」
 彼が答える頭上には、
 大きい、大きい隕石が一つあって。
 ヤクザ三十人相手をたかが人間の癖にまけるけども、
 流石にこれは荷が重すぎるのに、
 煙草の霞を、隕石の表面に触れさせるようにしている程の余裕、

 零がやってきた、
 義理の妹は怨霊を金槌とノミにして、
 ポイントブレイク、砕けさせる。

 花火のようにバラバラ散らばって、嘘っこみたく薄く消えていく欠片。
 草間興信所屋上の風景、全ての非日常に送る唄だのに、まるで日常のように謳歌する。怪奇探偵の呼び名を忌み嫌っても、他人事は喋る、それが君だよ。
 全く迷惑な話だと顔をしかめながら、戻ってきた義理の妹の頭を撫でながら、ながら、
「俺の死が世界の終わりだなんて」
 隣に、話しかけた。
「一体何処の馬鹿が考える」
 さすれば隣は、碇女史としての機能を果たす、応答って奴。
「あら、貴方ならそれくらい推理(わか)るでしょうに」
「……」
 世界が、正しいと間違いでなく、ましてや、善いと悪いでなく、
 好きか嫌いの二つで織られた絨毯だとするなら、
 ただ好きという事で全てを優先するならば――
「草間興信所を、ただの興信所にしてしまえば、という事か」
 そうね、と、彼女は答える、
 事前に高峰に取材した所によれば、世界がやたらに敏感になってるらしく、
 世界重複、次々と望みに呼応して世界が創られ、融合しようとして、異物として存在したりして、もっと端的に言えば兵器のようにも機能して。
 くあら、と、彼は欠伸する。悲しくもないのに瞳は涙ぐみ、それを人差し指の腹は掬った。
「首だけで夢を見そうな奴の考えそうな事だ」
 溜息と紫煙が混ざって大気を汚した、
 そんな罪を犯しながら彼は生きているけど、もしそんな彼が死んでしまえば、数多くの運命は途切れてしまう、……少なくとも、そう考えている、テロリズムという馬鹿野郎。
 しでかした事は、
「幾重にもある世界を」
 パラレルワールド、
「人の数だけ量産し、使い捨てる」
 ワールドエンド、
「貴方へ向けて」
 エンドロール。
 酸の雨を妨げる傘を、零は怨霊で構成する。肉体再生や時間停止に並ぶ最強能力の一つ万物創造、
 それを駆使してでも、自分を、世界を、
 守る術を、
「全く」
 持っているから彼、携帯電話で連絡を取り始める、メール、
 ニコチンを糖のように求める、細った血管が張り巡された脳は、依頼の解決が為ぐるぐるぐる回転して。
 ――一切合切特殊能力皆無
 何故逃亡可能悪漢三十人から――
 探偵、
「すまないがどうやら」
 推理。
「世界が終わるらしい」
 億千万の依頼それなりな全て解決してきた頭脳は、ただ日常を事務的にこなして、そして、
 零に言うのだ。
「……揃いも揃って、報酬にプラス打ち上げの宴会を希望だ」
 返信の悉く、文末に、義理の妹は、苦笑、した。
「お酒、足りそうにないですよ」
「第三のビールでいいよ」
 そう答えながら、背後から襲いかかってきた自分の影を、屋上から突き落とした。
 久しぶりに特集を組めそうと言って、碇は屋上から去っていった。
 テレビが異常を伝えている、東京の危機で騒いでる、誰一人喜ばない祭りのよう、生贄、草間武彦を貫く過程としてある者。
 癪に障った。
「怒ってもいいよな、零」
 かくして感情の発露を端に、
 最後の依頼が幕開く。


◇◆◇


 普通じゃなかった常態。
 普通になりたかった羨望。
 普通を遠ざける拒否。
 ――貴方は普通じゃないの
 そもそも基準が無い。
 特別じゃなくまともを求めて上京。
 彼女には縁が無い。
 ――そもそも普通って何?
 人種国境種族を超えて仲間外れにされない為のルール。
 酷く酷く憧れる場合もあるが。
 嫌で嫌でたまらない場合もある例えばバンドで一旗あげる為の上京、いや彼女の事じゃない、忍だ彼女。
 ――ねぇ
 んー?
 え、何かな?
 ……?
 ――普通の人ってどこにいるの?
 ……。
 ……。
 ……、

「そんな人は……居ない」
 寡黙が、小さく、呟いた。
 彼の写真が好きなら、尚更に。
 まして人ですら無いモノに触れてすら居るのなら。


◇◆◇


 沈黙が金ならばこの世界はまだ少し静かだろうけれど。
 実際はそうはいかない、答えを出さぬ者に報酬は支払われず、ハンバーガーを注文した時ポテトはいかがと言わなければ利益が減る。沈黙を破る事でバスガイド達は命を繋ぎ、後ろ後ろと揃って連呼せねばハリセンで芸人は叩かれる。
 寡黙が罪な世の中、ただ人と話す事だけが苦手というだけで、笑顔は前提という暴力的な常識の所為で、人、人を知らぬ間に陥れる。
 だから寡黙は、この世を渡っていくのは難儀、人と人の間に居るからこその人間だから。よって、
 白藍泪にとって、東京という人の坩堝の中に生きるのは、それだけで厳しいはずである。
 まして己を忍として高めようとするならば――
 、
 忍。刃で心を押さえつけると書いて。そんなもの、2000年の未来に旅しているの? ええ、此処に居る、少なくとも、
 彼女の親交深き繋がりとしては一人と一人。
 己含めれば三人居る、その内の一人、花鳶梅丸の存在は、白藍泪にとっては有益だ、心情の支えとして機能し、社会的な立場も保たれる。忍としての振る舞いの奥にある彼女の地、高校生らしい感情と、昨今には珍しいお人好しを、人の表に引きずり出した事に、梅丸も加担している。単純、草間武彦を前にしてこんなやりとりをしたから。忍としての任務をせがむ彼女に負けた梅丸は、興信所で「草間さん使ってくれませんか」と、言った梅丸の横顔に泪は、「……興信所との連携……これが現代の忍者」と呟いて、「だから僕は忍者じゃない」と返されて、「……でも梅丸先輩は」と、「僕は平々凡々の一般人だ」に、「そんな事……」と、
 食い下がる様子、ああ、子供らしいなと草間武彦にクスリと笑われていた。泪は、普通の人らしからぬ蒼く澄んだ銀髪に、青というよりは透明というよりは涙色の瞳をした彼女は、まるで普通の女子高生のように、照れるよう目を背ける。口は、結んで。
 家且つ忍、呪いを背負った人物の行動は二種類、受け入れるか逃げ出すか。彼女は前者、梅丸と違って。それゆえに創り出された他人との距離を置くという癖は未だ機能しているが、中身はそうまで冷たくないと、認識する人は増えてきて。刃で心を押し付けても、心は冷えず暖かくなる時だって。仮定の話、転んだクラスメイトを助けるような事があれば、それだけで、見た目は冷たいがとんだ良い人だ、と。
 人との関わりを避ける、という生き方を貫くには、白藍泪は暖かった。他人に興味があるから、梅丸に、聞いた事だってある。
 何故先輩は後者なのだろうか、忍者というものを辞めようとしているのか。(心が冷たかったらこうはいかない、他人に興味がある人物の心は《ひらがな》で《あたたかい》)
 明確に答えは返された、嫌だったからと、店、戦闘した後でもないのに擦り切れたジーンズを整理する彼から。
 僕は普通の人生を望む――そう言う彼に、酷く、酷く違和感を覚えたのは確かである。最初。
 だって梅丸を慕う切欠は忍者だったからでなく、彼の写真が好きだったから。
 難儀な趣味の持ち主と、自分に罪悪を多少なり覚える彼の被写体は、特別。
 悪趣味ではあるがそれが何処まで倫理に関わるか、少なくとも、彼の性格的に、その被写体の人生を侮辱したり貶めたりする意図は無いのだろう、撮り上げられた写真の表情は、それを如実に伝えている、と思う。写真は彼女と同じく寡黙だから、雄弁に語ってると感想抱いても、見当違いかもしれない。
 でも、白藍泪は、梅丸の写真が好きだ。
 普通でない事が普通という伝言を潜在しているからなのか、単純に奇異ゆえに好んでいるのか、あるいは全てか、彼女自身仔細を語った訳じゃないから解らないけれど。アメリカで70年代に建てられたアパートの部屋の中心、からっぽのバスタブに彼の写真を満たし、そのまま鎖骨まで浸かってもいいと思うくらいには。妄想だから、現実にはどうだろうと、思わなくもないが。
 梅丸の写真が好きだった。
 その梅丸が自分と同じ忍者だった。彼自身は否定するが。
 運命のような物を、感じない訳じゃない。
 ……ただ、ただそれは、恋情、には、接続、しない、しない、そういうのじゃない、
 マッタクのハジメテだったらワカラナイけれど、だって、もう随分前から、
 もう一つの運命が大きくあったから。
 もう一人の忍――

 恋心を覚えるその彼を殺すため上京した彼女が、携帯へのメール着信音に気付きつつ、放課後に寄ったコンビニから出ると、
 花鳶梅丸の腹が、血も流さずぽっかり開いていた。


◇◆◇

 その穴越しに見える光景、
 牛の骨のような仮面を被った黒スーツの男が手に持ったバズーカーを、

 花鳶梅丸が腕ごとに切り落としていた。
 ほぼ同時に、回し蹴りで仮面を粉砕しながらこめかみを居抜き、
 腹に穴が開いた梅丸に、「梅ちゃん先輩ひでーよ!?」と、腹に力を入れる事が出来ない身で叫ばれ、て、
 え、

「……え?」


◇◆◇


 さて、幾分か前の時間。
 人間社会は名前で構成される、名前で全てを把握する。ライオンは自分で自分をライオンと名付けないし、ライオン助など名乗る事も無い。人は違う、人は名前をつける、天は天、地を地、人は人、その人すらも男と女と分けて呼び、生まれた場所や肌の違い等で更に分類し、笑いあい、殺し合い、理解しあい、殺しあい、だがそれすらを無効化にする個人名まで捻り出し、タロウとメアリーが結婚する世界も作り出して。そしてその能力はますますに磨きがかかり、存在しないはずの未来にすら、明日という名前をつけて誰にも有り得るようにして。共通の認識すれば、この世に存在しないものすら人は生み出せるようになった。神様が居る事も居ない事もある理由、だから、
 梶浦濱地という名前がある限り、彼はこの世に存在する事が出来て、
 だからこうやって、梅丸の前でうどんをすすっているのだ。
 うどん――
「梅ちゃん先輩これうまいねー」
「ん、良かった」
 軽く返事をして、器の縁に唇をあて、東京都庁の面影など無い黄金色に澄んだ汁を一口飲み、其の侭うどんを一筋箸で手繰り寄せる。
 今のうどんは、讃岐が主流だ。そして、さぬきうどんの頭には、ヴァーサス(VS)が良く似合う。
 白く太くたくましいそいつが、大振りな器にでんと盛られ、上、ネギとオロシにキジョウユを連れてやってきた瞬間、対峙者の喉はごくりと打ち鳴る。割り箸をその名の運命に従い勢い良く割ったなら、脳内でゴングを慣らし一気呵成、猪突猛進でうどんをすすりこむ。口の中で暴れ回り跳ねるコシの強さ、噛めば噛むほど増す味、薬味と醤油と渾然一体になり、喉を下した時の快感は、全身に生気が溢れるほど。喰い、喰い、喰い、箸をおいた時、挑戦者は敗者であり勝者である、その無条件な旨さに対する降伏と、これを食せる我が身の幸福を。
 しかしそれでも、時に、偶に、うどんに癒されたいと思う時に。その時に、京風うどん。
 京都のうどんは、あくまで優しい。
 麺は柔らかい、だけど、芯の一つにしっかりとコシが残っているし、そこまで歯が辿り着く弾力なる過程はぐちゃりと崩れる訳じゃなく、まるで赤子の頬のように、しっとりと柔らかい。
 鰹と昆布の出汁は薄くみえるが、味はしっかりと溶けだしており、その汁気もささたと蓄えたうどんは、柔らかく、甘く、そして美味しい。
 つるりと喉へ吸い込めば、その黄金の出汁もついてくる。口の中で噛みしめれば、優しく、穏やかに、味が拡がる。
 その上に、細く刻まれたあげや、感触を残したワカメが乗っていれば言う事は無い。讃岐とは違った趣が、京のうどんにはあって。
 だから時々無性に食べたくなって、
 ぶらりと寄ろうと思った時、ふと梶浦濱路が気になって、
 そしたら彼はそういう特性だから、ひょこりと逆さまで現れて、
 一緒に、ごはん。
「それにしても」
 腹八分目に食べ終えて、今日はいい子だよなとでかかった言葉を止める、
「どっしたの梅ちゃん先輩?」
 文字通りに悪影響を与える存在が居ないからと気づいて、それをわざわざ説明するのもおかしな話で、
「なんでもないよ」
 と言ってから、そろそろ行こうかと立ち上がる、両手をあげて席から腰を離す彼の頭を、くしゃり、撫でた後、物腰の柔らかな初老の女性に感情を済ませて、さて外へ出ようとした時、
 梅丸の携帯がバイブでブルリと震え、その後ろでピリリと着信音が鳴った。
「……梶浦くんが携帯電話?」
「あ、そういえば草間んに渡されたの忘れてた」
 そういうのも設定されるのか、相変わらず雲を掴むような存在だなと自動ドアを潜り、
「二人同時にメールが着いたって事は、十中八九草間さんの」
 自動ドアが、
「依頼」
 閉まった瞬間。
「……」
 ……、
 、

「……ナンセンスだ……」

 例えばそれは空が桃黒い紫色な事であり、
 ビルが軒並みピサの斜塔の如く傾いてる事であり、
 瓦礫がまるで雨のように降り、無人の廃墟と化した其処に蔓延る、
 殺し屋と異形と隠密に適さない姿をした忍者、忍者、
「草間さん!」
 今度は僕を何に巻き込んだと叫んだ瞬間、バズーカの砲撃がやってきたので、身の丈の三倍を飛び、そのまま崩れかけてる壁を走り、屋上まで駆け上がる――
 振り、して、最上階の窓へと入り込み、自分を追って屋上まで辿り着いた集団の後ろへ回り込んで、首をゴキリと捻り落とす。絶命の瞬間霧のように消えていく、
 尚、この一連の動作を、梶浦濱路の首根っこを掴んでやっていたので、
「ぉぉぉぉのおおおお」
 うずくまくって滅茶苦茶呻く彼に、ごめん、本当にごめん、と薄く目を閉じて片手で拝んで謝り、
 それを隙に見せかければ、ホイホイと敵が突っ込んでくるから、足下の汚れを足踏みで巻き上げ相手の目の表面を痛めさせて、飛びかかりながら相手の首を巻き込んであぐらをかき、捻りをくわえながらキリモミ其の侭頭蓋をコンクリートへ直行。
 嗚呼、でもまだ敵が居る、徒手空拳と環境だけじゃ足りない、武器が欲しい、武器、
「……」
「う、梅ちゃん先輩、これどういう事、なんかもう俺こんな事よりおうどん食べた」
「梶浦君」
「ん?」
 両手で拝んで謝った後、四方八方から襲い来る敵を、
 梶浦濱路の足を掴んで振り回して撃退した。「ちょお!?」
 梶浦濱路という名前を持つモノは、者であるし、物にもなるし、「あ、う、梅ちゃ」頭を喋れない鉄球にもなり、胴体を伸縮自在の鎖にも、ハンマー投げ選手のように放り投げた、3メートルの鮫の怪人を滅ぼした。
 想像具現化能力。ただし、他者に呼応しての比率がほとんど。
 他者の想像に余りに容易く影響されて、まるで誰かに利用される為に使われ、ギブアンドギブとテイクアンドテイクの関係にされてもおかしくない彼で、
 一杯のうどんが、どこまで彼へのテイクになってるか解らない、それでも命のやりとりを強制されるこの現場では、
「ごめん、梶浦君!」
 謝れれば、謝られる身体に彼は変化する、梶浦濱路に戻る、回されて放り投げられて、すっかり参って倒れてる彼に、
「し、死ぬー、いやもう、痛くない体に想像し、て」
「本当、ごめん!」
 蛙に、蛙になってとイメージ、ぎゃあという叫びがゲコォに代わって、その背にのってビルから跳ねさせながら、十二匹の狂鳥達を、ポケットに詰め込んだコンクリートの破片で撃ち落として、「ああ、全く!」
 僕は忍者じゃないんだぞ、という嘆きの叫びが桃紫の空に浮かぶ赤白い月に届いて、
 蛙は、梶浦は地面に激突した、いててだよ〜としてたら手を引っ張られて起こされる、梅ちゃん先輩さっきから酷いってあれ目線が全く同じこっちの方が背低いはずなのに――
 痛みを感じない、梅丸の体をしたモノは、
 身代わりとなってバズーカーで穴を開けられ、ああこの仕打ちには、流石にこの仕打ちには、
 泣きました。
「梅ちゃん先輩ひでーよ!」
 後ろから、自動ドアの開く音がしても、そして白藍泪が立っても、目の前の抗議は止まらず、両手をぎゃんぎゃんアメリカンクラッカーのように振った。
 その滑稽さくらいには、
 梶浦濱路の存在は巫山戯ていて、
 本人は至って真面目なのが、
 また、
 また。


◇◆◇


 生きてる事に答えなんてないという当然が、梶浦濱路には通用しない。根本の命を確立する過程が、余りにも希有だから。
 夢の産物。
 そしてそれは現に老若男女が指標とする夢でなく、眠りに訪れる意識の夢。その個人による知識の集合体。零から踏み出さなかった、だからそれは天然自然たる出産からは程遠く、存在意義について悩まざるを得なくなったのだ、嗚呼、夢の主は何処に、と。
 風でくらりと世を漂い、霧散しそうな己を意識なる縄で形作るよう自己と他者で縛りながら、梶原濱路という形に想像されるのを待機し、例えそれがうどんを食べる付き合いなる理由からでも、形成されれば現実になり、飯を奢ってくれる相手に喜んで、犬ならば尻尾を振ったような態度で、尻尾を振るみたいだなと梅丸に思われれば、本当に尻尾を生やしながら、
 出鱈目。
 雄と雌の間に生まれたという時間があれば、ホモサピエンスって片仮名も、無機質じゃなく彼に優しいはずなのに。雌雄すら他者に委ねられなければならない、いやそもそも存在すら、シュレディンガーの猫なる悪趣味な実験みたいに。
 名前が、名前だけがたった一つの。
 梶浦濱路という名前だけが、日本人っぽくって、どうやら男らしくって。そうだ男だ、どうやら自分は男らしい、怖いヤクザにはめそめそ泣きそうになるけど、自分にうどんを食べさせてくれる梅丸と同じ性別、男は女性の裸を見たら怒られると、もう一人の知り合いからも良く知ってる、観察と経験によって身に付けていく常識、どうにか、こうにか、そうやって、生きて、生きて、
 生きて。
 ……生きて、……生きて、生きて、生きて、生きて……、
 生きてるのかどうかさえ、他人に決めてもらえなければ危うくて、だって核戦争が起きたら人は死ぬけど、その時梶浦濱路はどうなるのか、誰にも想像されずくらりくらりと、宇宙人でも来ない限り、
 いや、仮に宇宙人がこの地に来て、想像された時、それは彼なのか――
 嗚呼、確定されない、バラバラ千切れそうになる、緩めれば直ぐにでも消えてしまいそうになる、人との間に居るから、かろうじて人間では居られる、普通で居られる、ああでもその普通も、心許ない事を、彼はまるで知らないように、アメリカンクラッカーみたく腕を振って。そんな彼を、

 隙間から覗く彼をみつめる瞳。
 まるでそっくりだ。


◇◆◇


 逃げ回る、走り回る、ビルの影から影へと移り、屋上から屋上へと飛び回り、時には壁すら駆け上がって、その壁を打ち抜いて、マキビシ代わりに瓦礫を巻いて、霧隠れを小麦粉や石灰の粉塵によって、そんな事が出来る自分が嫌で堪らないけど、残念ながらそれを愚痴るような余裕は無い――そう嘆きながら走り、目の前に現れた敵を跳び箱のようにいなし、時には白藍と梶浦の視界からも消え失せながら屠り、まき散らしながら縦横無尽に駆け回る、梅丸。
 その様を見る彼女だって、自分の身軽さには自信が有るが、梅丸の動きは速さだけでなく機への適応力が凄まじいと、そこら中に転がってる、パイプ、紐、ガソリンに至るまで用いて、騒乱の中一瞬の静寂を狙い、確実に仕留めていく様を――矢張り憧れだと、感嘆しながら、鋼糸を綾取りのように扱い、何人かの首を落として来た、泪。
 梅丸の服の裾を掴み、鯉のぼりのようにはためきながら着いていく――濱路。三者がそして行き着く場所と状況は、
「携帯のメールは、全員草間さんから、件名は……」
「……巻き込ませて……もらうって」
「草間さん超ずるいよなー、上から言うだけでー」
 今にも崩れそうなビル群に囲まれた自分達を取り囲む黒尽くめの典型的な忍者達、対抗して、背中合わせで死角を無くす泪と梅丸。その二つの頭で、まるで紙のように体重が軽い濱路が逆立ちする。
「メールを送った相手を、強制的に異界に巻き込む……って、荒唐無稽だよ」
「……依頼の数だけ世界がある」
「ああそれもそうか、って納得する所じゃないよ、白藍クン」
 忍者なのに……? という瞳を彼女はしたけど、背中合わせじゃ伝わらない、アイコンタクト以上の意思疎通を二人は構築していない。とりあえず三人、宴を希望と文末に添えて、依頼を受諾した旨の返信を完了。
 人の数だけある世界の終わりを、異界の形にして草間武彦に襲わせるという誰かの計画、武彦が取った手段は、メールによって依頼者に分配するという方法。“世界の終わりを退治する為の異界”を、人の望みである依頼の形によって生み出し、現実世界の現象を全部異界に押しつけて、なんて、
「無茶苦茶、としか思いようが……」
「……忍者なのに?」
「なんで忍者なら納得出来るのか、聞いておこうかい?」
 目の前で起きる事から目を背けるな、己の中の常識をまず疑え、と、発声により大気を通してその意志は伝わるから、腹立たしくも認めようか。それが忍の心得だと――
「うわぉ!?」
 頭上をくるくると回っていた濱路を乗せた侭、屈伸もせず踵と親指の力だけで跳躍、四人がかりの攻撃を避けながら「白藍クン!」慌て一緒に飛んでいた彼女の名前だけを呼んだ、具体的な行動を指示しなくても、忍者なら、
 腹立たしい忍者なら、自分の想像で鉄のコンテナに変化した梶浦君を、紙一重で避けその壁を足で踏み跳躍する事など、
 出来るだろうと、出来てしまう自分を恨めしく思いながら、出来た白藍の方向へ向けば、四人はそのまま潰され黒煙のように消滅した。直ぐさま梶浦濱路の姿に戻る彼、ピーギャーと言おうとしたようだが、直ぐ、刃物を持った人間からスプリンターの走り方で逃げ回り始める。藍、それを見て、反射的に彼を庇おうとして、
 200メートルの距離を、得物の一つである銃弾みたく一瞬で詰める、
 瞬間移動にすら例えられる、馬鹿げた脚力による愚かな行為、
 濱路に振り下ろされた刃は、立ちふさがった彼女の脇腹を貫いたが、
「大丈夫……?」
 と。

 激痛は覚える、血も流れる、だが、
 寧ろ相手に貫かせ、その右手を固定させながら、
 口付けのように、袖から出したくないで頸動脈を切断する。

「わ、わー!? わー!?」
 思わず大声をあげて、血を吹き出しながらも霧のように消えていく男で無く、腹に刃物を刺された彼女に驚く、濱路、が、その刃物も男と共に消えた瞬間、まるで巻き戻しのように傷がふさがっていく光景で、「……えええ!?」
 さっきの驚きを覆す更なる驚きをする濱路に、少し目を細めて、「ええ……と……」と言葉を濁そうとしたが、
「いくら白藍クンが、不死身に近いからって、両手足縛られて埋められたら終わりだろ?」
 油断するなと言いながら、地中から襲いかかろうとしてた敵を、そこらへんに転がってたパイプで釣り上げ空中に放り投げる。泪からくないを借りて、方向転換もままならない敵の心臓を貫き、消して、落ちてきたくないを受け取り、その侭彼女に返して。
 まるで呼吸と同化してるような梅丸の動きは、四肢ですら憧れを抱きそうに、本当、
「変化の術まで使える仲間が居て……凄い……」
「え、あのー、俺忍者じゃってうわ」
 彼女の想像通り梶浦濱路が彩られるより前、
「二人とも、油断しない」
 全員一斉に襲いかかってくるから、花鳶梅丸は、
 さっき敵が掘ったばかりの穴に、ライターの火をつけたまま落とす――

 穴を掘り始めるであろう位置に倒していたガソリンは、紐のように垂れてきていて、点火すればビルまで穴を通じて焔は一直線に辿り着き、
 逃げ回りながら過剰に巻き起こしていた粉塵に着火すれば、周囲のビルは根本から崩れる。
 その時には梅丸は、空中、白藍泪の身体的な瞬発力を超える、機への呼応、計画性。多数の敵を生き埋めにしながら、
 本物の忍者ならば生き残ってしまう状況に、忍者と、梶浦濱路を晒して、嗚呼、
 どうして忍以外に依頼したと、疑問に思うには世界が激しすぎた。


◇◆◇

 夢。

◇◆◇


「ごめん」
 と手を合わせた、全身骨無しになるよう想像されていた梶浦濱路は、筋肉が痛くて泣いてた。
「ひっで! ひで! もう、ひでぇ! なんで俺、こんな目にー……、泣く、もう泣くからーッ」
 うえーんと雄叫びあげる、ビルの瓦礫で出来たピラミッドの頂上、とりあえずは殲滅出来たかと思いながら、流石にくたびれた梅丸も、あぐらを掻いて座り込む、肩で息をする彼を、複雑骨折を一分で再生した白藍泪は羨望の目で。それに気付く、作り物みたいな紅い月の下の梅丸。
「何度も言うけど、僕は忍者じゃないし」
「……先輩……あの」
「なんだい?」
「どうして先輩は……忍者である事を嫌がる……?」
「ナンセンスだから」
 嫌とかそういう問題じゃ、と、濱路の泣き声を背後に流しながら、泪、
 嫌じゃなくて、ナンセンスって言ってたんだ、と、ごめんだってと濱路に手を合わせながら、梅丸、
「21世紀にもなって、やれ血族がどうとか、しきたりがどうとか、そんなの不合理だろ。人権も親の義務も何も無いよ」
「……」
「それがまともな反応だと思うけど」
「私は……」
 忍として完成されているのに、心がけは不遜な彼、
 忍としてまだ未熟だが、心はその字面通りの彼女、
 どちらが正しいのか間違いなのか、
 いや好き嫌いの問題なのか、
 その答えを、
「あ」
 仰向けになって芝居みたく泣いていた梶浦濱路の、みつめた先、
 空で無く、巨大な足の裏が遮って、

 梅丸が瓦礫を掘り逃れるより、泪の体が反射するよりは先に、
 梶浦濱路の掌が、
 巨大に変化するよう願った掌が、風圧ごと受け止める。

 他者の想像に影響される彼、
「たぁ、いぃ、ほぉ、うぅぅ!」
 だが自分自身の想像によっても変化し、
「いっぱぁぁぁっつぅぅ!」
 少なくとも振り上げた腕を、
「に、二発、三発、よんはぁつぅ!」
 実際の大砲にして、
「ちょ、う、梅ちゃん先輩! と死なないキミ、俺を助けよう! って潰れる潰れるやばいやばいやばい!」
 時間稼ぎくらいは出来るから、爆風と熱でよくも死なない梶浦濱路を、二人がかりで救い出す。泪が頭、梅丸が足をもって。その侭の勢いで立ち止まれれば慣性の法則で濱路は浮き上がりそうになったので、両人真上に彼が行くよう手を離し、そのまま直下して来た濱路を、梅丸が猫にするよう受け止めて。
「ああもうやだー、なんで俺こんな目にあってんのー……」
 ヘロヘロになった彼に目をやりながら、「ああ確かに」適材適所の四字熟語の意味を辞典より理解してる草間武彦にしては、「なんでまた梶浦くんを」とこの時、疑問に思い、
「……え」
 そしてその答えは呆気なく、
「どうしたの白あ」
 目の前に、質量として、
「……何、これ」
 これ、

 虚ろな瞳をした梶浦濱路が、巨人として其処に居て。
 虚ろな瞳、した、濱路が、巨人で。

「え――」
 目の前に巨人が居た。
 けど一瞬でそれは消えた。
 世界ごと、位置的な隣人二人ごと消えていった。
「何――」
 他者の世界の終わりを、悉く他人が跳ね返した時、
 この異変の主が、予定調和として、一人ずつに送る異界、
「これは――」
 一人の、一人の、一人の、
 世界が構築されていく、
 世界の終わりが構築されていく、
「嘘――」
 空、空気、余り変わらない、ビル、ビル瓦礫、同じく、けれど、
 目の前にあるのは、余りに、
 自分にとっての世界の終わりで、
「そんな――」
 ――、
(“――”は圧縮された時間か、発声の余韻つまりはたなびきか、言葉にならない感情の意味合いか、―(読み、ダッシュ)二つ連ねて、何を言いたい? ただ単語を重ねるだけでは、到底、それらの目の前を表せない?
 華美な脚色かもしれない、幼い腕が用いる駄の技術かもしれない、けれど、それでも、
「え、何、これは、嘘、そんな」
 だなんて、だなんて、在り来たりで、それよりは、
「え――何――これは――嘘――そんな――」
 と。無量大数が一の可能性でこの状況が一つの物語ならば、そう、それほどに)
 一人一人の目の前に現れた物は、


◇◆◇

 夢、敵はオリジナルの濱路(普通の一般人)。
 夢、『顔を半分まで隠した忍装束のどう見ても忍者な自分』。
 夢、【宿命の相手の姿や行動を模倣した影で出来た偽物】。

◇◆◇


「空想具現化、そうそうある能力じゃあない」
 興信所の、屋上で、
 あらゆる世界の終わりが、草間の依頼者に押しつけられたおかげで、すっかり静寂に包まれた世界で、
「……他人の意志で生み出されるモノってなると、咄嗟に思いついたのは、濱路だったからな」
 草間武彦の右手が、懐を探ろうとするのを、声で制止する人が居て。
「結論を先にした穴埋めの推理だ、本来なら好まれる事じゃあ無い」
 世界を殺そうと、
「だが、そうなんだろう、お前が使っているのが」
 草間武彦を殺す為に、
「梶浦濱路」
 利用しているのは、
「その、本人」
 本人。
「……人なんてものは、人間の脳の中でしか存在出来ない。目の前に漂う煙草の煙も、俺の脳の中でしか存在出来ない。だから他人にとっての煙草の煙と、俺にとっての煙草の煙は、同じように見えて実際は絶望的に違う事になる」
 ましてやそれが人間となれば、見た目だけでは中身がようと知れない人間となれば。
 そして、
 人間ですら無かったのなら――
「見る奴の数だけ、梶浦濱路は存在する」
 白藍泪を冷たいと思う男と、
 白藍泪を暖かいと思う女と。人間なら、その範囲、けれど、
「濱路を男に思えば男に、女と思えば女に、獣と思えば獣に、無機物と思えば無機物に」
 出鱈目なのは、夢想だから、一人一人の存在だから。
「……梶浦濱路がそういう能力をもってるんじゃない、言ってしまえば、梶浦濱路事態が能力そのものだ」
 データーベースに登録するなら彼の名前、人名欄には記さない、人間なべての能力欄に梶浦濱路と記す。
「他人にすら使えるんだから、ややこしくなっている、じゃあ」
 その大本の能力者は、誰だ?
 梶浦濱路という能力を最初に持った人物は、誰か、
 、
 家族。
「名前だけじゃなく、梶浦という名字がある限り、家族という可能性が恋人と同じくらいに高い。父か、母か、兄か、妹か、そこまでは解らないが」
 梶浦濱路はその家族が産み出した者で――
 ――それじゃあ
 今の状況を展開させているのは、誰だ。
 梶浦濱路は、側にいる人間の想像でしか変化しない、一人くらいまでしか願いを反映されない。
 ところがこの異常は、東京中の人口の想像を反映している、規模が桁違いだ、
 それだけの数の人間の、世界の終わりを具現化したり、
 草間武彦のメールの誘導で、異界を幾つも量産出来る程の力の持ち主となれば、
 まっすぐに考えて――
「……夢じゃない現実の、梶浦濱路本人、と思いついたんだが」
 けして誰にも見える事が無い、東京を覆うくらい大きな梶浦濱路。
 おそらくは悪霊の類、生身じゃなく霊体でもなければ、精神体たる夢の梶浦濱路みたいに漂えないし、東京中のあちらこちらに存在出来ない。……仮説通り霊の身の丈が、東京都同じなら漂う必要は無かったんだが。
「どうやっても気づけない、想像できないその霊に、お前は気づいた。一回気づいて、想像してしまえば、俺達の知ってる梶浦濱路と一緒で、その梶浦濱路を創造出来る」
 見えなくなるまで極限に薄くなるまで拡散し東京を包んでいた梶浦濱路本人の霊体を、人それぞれの世界の終わりのイメージに呼応して変化しろ、と指示したか呪ったのが、世界に対してのテロリスト。
「そう、俺は推理してるんだが」
 どうなんだと、聞かれた相手は、
 冷や汗を流してるから、
「……当たったのか、最初から最後まで、全部適当だったんだが」
 探偵は、
「まぁ今回は偶々さ、何時もこんな風に当てられる訳が無い、さて」
 時間稼ぎをしていた探偵は、
「俺としてはその銃を、下ろしてくれれば嬉しいんだが」
 草間零すらこの者の策略に隔離された探偵は、
「……、そうか」
 懐に忍ばせていたそれを、けして、
 取り出す事は出来なかった。

 探偵は推理している、
 依頼の解決を願った者達が、終わる事を。


◇◆◇


「な  ん で お    れ」
 声と心 が  千切れ 飛 ぶ  ような世 界 で、
「    俺 が  居る  っ   て」
    何を 信じ    れば い いん   だろう か  。
「!               」
 何も 無い 世  界 で  目の前の 自分 が、  変化していくこ れは、な、あ、
「うわあ」
 それは恐怖よりも感嘆に似た声で、少しばかり梶浦濱路をまともに戻した。目の前の自分がぶくりと膨れあがって、
 ギザギザの牙を持つ巨大な怪獣は、確かに恐ろしかったけれど、
 本当の自分を見せつけられるよりかは、平常を保てたから、腕をあげて、赤いまだらがまとわりつく銀色のヒーローになって巨大化する、子供だったら血湧き肉躍るだろう、梶浦濱路だったら、威勢良く調子にのって叫んでいただろう、名台詞の類を。
 だけどそれは余りに、淡々としていた。
 怪獣の牙が肩をえぐる、激痛のようなものを覚え、皿のような目から涙を流しなが、必殺技を三分もしない内に使う、爆発する怪獣、その中から現れる妖怪の群、百鬼夜行、
 《自分がまともに》《大地に直立しているかも》《良く解らない》
 巨大だった侭のヒーローは発光し、背中のチャックが勝手に下ろされ、脱皮してきた大天使の羽は、7258枚に達し、それから放たれる口にするにも恐れ多い神の裁きに、妖怪達は全滅し、
 《そもそも何処が》《空なのか》《陸も海も見失って》
 焼け野原に桜が咲く、桜が宙に浮いたノミで掘られ、○と△と□になり、さすれば三千世界の鴉は一矢も乱れず、
 《大きいのか》《小さいのか》《中くらいなのか》
 抉る、人間の拳が、鳩尾を抉る、濱路の足がロケットになれば、大気圏まで突入する、
 《白いのか》《黒いのか》《グレーなのか》
 仮面のドラゴン、
 《熱いのか》《暗いのか》《寂しいのか》
 絵の中に閉じ込められたとて、自転車の車輪がぐるぐる回る、夜明けに近く朝には遠く、喉元に食らいつく水の刃、
 《誰なのか》《誰》《俺》
 梶浦濱路は、梶浦濱路は、梶浦濱路は、
 《あ》《あ》《あ》
 濱路は、
 《あ》

 気がつけば泣いていた、
 けどその次には、何処にも居なかった、
 また気がつけば、泣いて、泣いて、泣きじゃくっていた、
 けど涙を流す“それ”が自分なのか、それとも相手なのかも解らなくて、また消えかかってしまう、
 流れ込んでくる意識、自分か相手のか解らない思考、
(嗚呼、蝶になる。千の夜をも貫く程の寿命をもった、黄金と虹に煌めく蝶に)
 梶浦濱路は昔母と生き別れている、だから、梶浦濱路は、母親が生き別れた息子を思って見た夢。そして梶浦濱路は、老衰によって死んだけれど、母への愛情は深く、未練で、悪い幽霊になって残ってしまっていて、けど自分の息子を夢にして世界に放り出すような人の血を引いてたから、夢のように漂う事になってしまって、
(声を揃えて二人で泣いていけるけど、でも梶浦濱路の左腕と、梶浦濱路の右手は、鉄砲になってバンバン撃ち合い)
 梶浦濱路は何処にも居て、何処にも居ない、シュレディンガーの猫なる悪趣味な実験結果、ならばその猫に化けている、声を張り上げ泣いている、それをミルクに満たしたカップが飲み込む、
 涙は不安の所為かもしれない。
 所詮夢にしか過ぎない自分の前に現れた、本当の自分。
 自分が偽物だと思うには十分な条件。
 そしてそれが、生存理由の消失に繋がって、人間なら、それでも生きる、生きざるを得ない、それこそれが人間の幸運と不運。
 人外である梶浦濱路には、
 元人間の幽霊じゃない梶浦濱路には、
 もう、
 酷い。
 ……、
 ……、
 ……、
 淡々と、
 発光もせず、振動もせず、
 梶浦濱路は消失した。
 梶浦濱路は泣いていた。


◇◆◇


 最後の敵は自分自身、過去なる果てから語り継がれてきた王道部類。
 まともじゃあないと、普通とは違うと、
 竹林の中、月から風がやってきそうなくらい、精錬とした夜に包まれながら、目の前の、自分を見る。逃げたはずなのに追ってきた、置き去りにしたのにやってきた、
 逃避は愚かだなんて、大人が子供を操る為の呪文だのに。
 その報いと言いたいのか、これは、
「ナンセンスだ」
 二度、言おう。
「ナンセンスだと、言っているんだ」
 もう口癖のようになってしまったこの言葉を、歌にして唄ってやってもいい。つむじから爪先まで同じ178cmが、スウェットもジーンズも身に付けずに闇に融ける黒一色のいでたちである事に、足の動きを読まれない為に袴を履いていた武道者達と異なり、背後からの不意打ちを念頭に置き機動を邪魔立てしない下衣である事に、苛立つ、とてもとても心がざわめく、目の前の自分に、
 忍者同士の対峙、理由もとても私闘に近く、忍の本分からは随分とズレていた。それが、救いか。
 幼少の頃から思い知らされている不合理、
 忍者という生き方をするには、花鳶梅丸には疑問があって、
 その問いかけに一生悩むのも、自分なりに答えを出すのも、拒否するのは当然で、
 だから、「何か、言ったらどうだい」自分が正しいと思ってるから、「僕じゃない、僕」迷いは無い、「さぁ」無い、
 ――愚者
「それがどうした」
 目の前に一瞬で距離を詰めた相手に、一歩踏み出す、幻覚だろう。この竹の間その速度で駆け抜けて、笹の葉がざわめかないはずが無い、
 ――矛盾
「何が矛盾している」
 案の定自分の姿を月の光で増しただけの影法師で、遅れてやってくる攻撃の手元を握り、露わになっている額に頭突きする、
 ――普通じゃない
「普通だよ」
 火花が飛び散るような衝撃に、人間は目を瞑る、その一瞬の闇の中を自在に動き、するりと、懐に忍ばせているクナイを奪い取って、
 ――嘘を吐くな
「動揺すると思うか」
 頸動脈をプツリ切れば、それで終わり、
 ――、

 プラスチックで出来た先の丸いくないでは、如何に人の肌が柔らかくても裂けず、
「」
 ガラ飽きになった肋骨は、手首の付け根で金槌のように叩かれ、折れて、みしりと、崩れそうになる、

 痛みというのは残酷に左右する、脳内麻薬で麻痺しない限り、意識の断絶で生命を維持しようとしない限り、信念や執念場合によっては友情と愛をも虚仮にする。心臓に銃を突きつけられる事より、爪を剥がされる事に脅えるのは、自然に近い。
 その痛みは言葉を失わせるくらいには。だって、一歩飛び退くだけで雷のよう痛覚が奔って、呼吸が侭ならない、やばい、見定めている、猫に追い詰められた鼠だ、自分は、
 追い詰められて猫を噛もうとすれば、そこに牙を突き立ててくるだろう、
 かといってこの世界には、何処にも逃げ場所が無い、花鳶梅丸のセンス、《逃げ》の値がマイナスまで補正された。他ならぬ自分だからこそ、最初に奪おうとしたのは。
 チンケな言葉に対し、相手を過小評価しようとした、
 今の自分が正しいとして、余裕ぶって切り抜けようとした、相手の攻撃を受け流し、反撃一回で全てを終了させようとした。
 最初に認めた通りの愚か者は、それでも、ゆっくり身体をよろめかせる、竹と竹の間に、波のように漂おうと、ああ、脂汗が浮く、こんな綺麗な月の夜に、その輝きを掬い上げるのが、激痛に堪えて浮かび出る汗、
 ――死と死を交換する普通があるか
「な、に」
 ――アンナノと同居する普通があるか
「黙れ、何の意味も無い会話だ」
 ――あんな写真を好む普通があるか
「関係ないだろ今そんな事はッ」
 ――日常を取り戻すだなんて、そんなもの
「……」
 ――取り戻す前から、生まれた時から無いじゃないか
「……ぁ」
 ああ、
「あああぁあぁああぁぁああぁぁああぁッ!!」
 右に脇腹に奔る激痛が、咆哮によって薄れる、感情の激しさと、聴覚への振動と、足を踏みしめていた、子供のような地団駄を、何度も何度も踏んでいた、幾重の竹は盾となり、相手への距離は遠いから、この余りに無様な姿も隙にはならない、

 けれど忍者は、もう一人の自分は、
 背に隠していた日本刀で、竹を薙ぎ倒しやってくる、

 梅丸の目の前の竹がスラリと斬られ、その侭、切っ先が喉元へやって来る。



◇◆◇


 シルエットの後に、ロマンスとは続かない、恋愛小説で書かれはしないし、名曲としてラジオで流れない。目の前にある影は《女子高生に相応しく》に悉く接続せず、ただ一つの影として、告げる、告げる、殺せ、殺せと。
 誰の言葉か解らなくて戸惑っている事が重りになって、家の者からの言葉なのか自分からの言葉なのか解らなくて、重りになって、動けない自分に、
 どうしてゆっくり歩いてくるのだ、《一瞬で距離を詰めて》も《気がつけば背後に居た》も《ナイフは正確に眉間を狙う》も使わずに、歩行、まるで生ゴミを水曜日に捨てる程度の用事しか、ぶら下げてない様子、
 唇がわなわなと震える、四肢が愚鈍へ堕落する、理由? だって目の前の対応は、きっと本物と同じだろうから。
 白藍泪が、此の、何処にでもあるような放課後の、無人のコンビニを背後にアスファルトの上で茜夕焼けの下に居る状況で、全くの架空で思い知らされる現実、宿命としての隔たり、技量としての隔たり。
 動かなきゃいけないという精神、けど、上辺の言葉だけでは、心の底から奮い立てない、そもそも言葉は切っ掛けに過ぎず、通信手段以外の用途では、その動作が保証されない。冷静と情熱を用いなければ、プログラムが出来上がらないような物。今の白藍泪に、一歩、一歩、あの影に近づかれる彼女に、そんな“言葉”は全く無い。
 感情の浮き沈みが、肉体の再生に準拠する彼女にとっては、余りこの現状は厳しくて、
 とうとう目の前ににこりも出来ない彼の影に、彼女は、
「私」
 愚かに話しかけても、自分の愚かさが解って話しかけても、
 無言でナイフを突き立てくる、予想した通りにナイフを突き立ててくる、
 あばらを滑るよう横に突き立てられ、そのまま薙ぐように動いた刃は、痛みを火薬に。ようやく動けた身体が、いくら速かろうと、臓器をすっかり割ってしまって、呼吸が詰まる、神経を直接分断され、体中のあらゆるなにやらが、感覚、喉から飛び出しそうになる。直ぐ始まる再生、直ぐやってくる攻撃、屈み丸まる藍の手に、クナイと鋼糸、
 それらをきちりと結びつけ、クナイをアスファルトに突き立てて、線を張りながら後退する、首や足を切られては堪らぬと、不自然な態勢でそれを交わし詰め寄ってくる影に――腕を取られた。体術、腕ごと回転させられ地面に叩き付けられる、
 その直前に、自分の腕ごと相手の腕を切断した。
 鮮やかに切断された自分の腕を、これは当たり前の事と信仰心に匹敵する思い込み、ぴたりと切断し、赤子なら死にそうな痛みに歯が軋ませながら、なんとか二つある方の残った方で繋いで、自分の脚力でその腕がこぼれ落ちて仕舞わないようしっかり支えながら上空へ。
 彼に飛び道具の類は一切無い、ナイフの投擲、は可能だが、それならば自分の銃弾、あるいは手裏剣で防げる、つまり、
 彼はこの空中に来るしか無く、果たしてそれは現実で、親指の踏ん張りが聞かない宙ならば、体術主体の彼相手でもいけるはずだって、思いながら、落ちながら戦う、地面に接触する時間は僅か、飛びあい、交差しあい、すれ違い様の攻撃、片腕の無い相手と、
 足と足を絡ませて、一緒にアスファルトへ墜ちようとした影、その足を蹴って、更に高くへ飛び手裏剣を雨にして振らす。ナイフでの防御で急所へは至らず、だがその腕に三つ深く刺さる、
 だが垂直に飛んだのは、何時もならしないはずの失敗――
 後ろへ飛ぶようにならX軸は変わる、だがY軸がいくら大きくても、元の場所である事には変わらない。ならばそこで待ち受けられた、
 両腕を広げて、待ち受けられたら、
「……私……は」
 身体を球体のように屈めた、しっかりと強張った、願ったのは、相手に間接を取らせない事、そして自分が相手を殺す鉄球になる事、例え己の頭蓋が割れても、脳に至らなければ再生出来るから、
 願った訳じゃない、
 抱擁って奴を、
 恋人同士でする、あの行為を、
 願ったって、それはけして、
 許されない、
「……」

 例えば何時もの放課後で、二人一緒にコンビニに寄って、
 彼は本を読む、私は手持ち無沙汰になる、
 ……美味しいチョコレート出てるかなって、棚に向かって、
 新発売の商品を見つけたけど、余りに想像出来ない味付けだったから自重して、
 そこに彼がやって来て、言う、ごめん、
 きっと私は苦笑する、どうして謝るのよ、って一言を、零すのにも苦労する自分だから。
 無口な私は、表情しか使えない、
 笑う事でしか、伝えられない、
 好きだって。

 だから、身体を丸くしながら笑っていた泪だけど、
 ばさりと舞う青銀の髪を握られて、そのまま引っ張られ、頭皮に雷を感じながら地面へ叩き付けられる、背面への衝撃で呼吸する機能を無くされて、仰向けで髪を握られた侭、駄目押しに喉仏を踵で潰される、
 肉体の再生は可能でも、肉体の反応までは誤魔化せない、抓られたら痛いのが健康な身体、
 不死には近い、けど不死じゃない、
 単純に考える事が止まってしまえば、そしてずっと、この異界に留まり続けるならば、あの世に居るのと同じ事、意識、
 使命という理性、愛情という本能、のたうち回って、絡まって、
 そしてまた、愚か者が出来た。
 白藍泪は、動かない。
 例え偽物の片手あるナイフが、心臓へ落ちて来ようとも。


◇◆◇

 草間武彦が死んで――

◇◆◇


 ……鳥が飛ばなくなって、
 テレビが映らなくなって、
 投稿文が雑誌に載らなくて、
 ゲームのボタンが壊れて、
 カーテンが締まらなくて、
 卵から孵らなくて、
 アイスが溶けてしまって、
 カレンダーがめくられなくて、
 ポラロイドカメラが店頭に並ばなくなって、
 ギターの弦が切れて、
 雑木林が燃えてしまって、
 羊の毛が苅られて、
 太陽を雲が隠して、
 零れた水を誰も拭かなくて、
 おつりが出てこなくて、
 命が戻らなくて、
 愛が歌えなくて、
 意味なんて何も無くて、
 ――そして

 着信音が鳴る。


◇◆◇

「俺を殺したら世界が終わる、か」
 草間武彦は、懐から手を取り出さない、
「馬鹿だよお前」
 その手に握ってるのは、
「俺は主役じゃあ無い」
 銃じゃない。

 携帯電話。

◇◆◇


 ――それでも世界は終わらない

 件名:もう少し頑張れ
 送信者:草間興信所


◇◆◇


 依頼に世界は反応する、“終わりは始まり”を奏で出す。
 消えてしまった梶浦濱路が、
 携帯の着信音に気付く、唯、それだけの事で、
 携帯をとれる手が出来る、携帯を見る目が出来る、誰の意志、
 本人の意志で。
「……ああ」
 草間さん、ひでーよと言う口が出来て、なんにもない世界を、踏みしめる足が出来る、
 誰の意志でも無い、本人の意志で。
 梶浦濱路は、泣いている梶浦濱路は、泣いていた。うずくまって、悲しくて、
 その声を聞く為耳が出来て、梶浦濱路はようやく濱路らしくなって、そして、
 どうすればいいか、考えた後、
 発光も、振動もせず――
「ねぇ」
「うあぁ、ふわ、うぇ、ふえぇあ」
「こっち」
「えぐ、え、あ、……、……ぇ」
 声をかけながら、母親の姿になったから
 悪霊は、本物の梶浦濱路は、
「え」って言った。
「……母さん?」って言った。
「母さんなの?」って。

「違うよ俺は」
 梶浦濱路は、笑わずに言った。
「偽物だよ、キミの母さんの」

「母さんじゃ、無いんだ」
「……ああ」
「そっか、母さんじゃ無いんだ」
「うん」
「母さん」
「……」
「母さん」
 一度そう呼ぶ都度に、一歩近づいてくる、自分と同じ顔をした者を、
 両手も広げずに、唯無言の侭、みつめるだけで、
 そして良く知っている自分の額が、彼の母親の胸に落ち着いても、
 その頭を、撫でたりはしなかった。
 母親じゃないから、
 梶浦濱路だから。
 他者でなく本人が願って、この姿をとったのは、
 言ってあげなきゃいけないと思ったから、この世の何処にも、
 キミの母親は居ないから、って。
 姿だったらいくらでも、でも、心までとなると、どんな願いでも、それは適える事が出来ないって。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
 嘘だなんて言わない、
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
 現実を認めない訳じゃない、
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
 現実を認めて泣いている、
「嫌だ」
 やっと、悲しんでいる。
 悲しむ事が、出来る。

 母親の偽物を目にして、やっとその事実を知った彼は、泣きながら、泣きながら消えていった。
 未練が消えても、彼は笑顔を浮かべる事は無い、悲しんだ顔で、泣いた侭で、
 それが普通だと思った。それが死ぬ事だと思った。

 梶浦濱路が、そう思った。


◇◆◇


 依頼に世界は反応する、“終わりは始まり”を奏で出す。
 地団駄を踏んでいた足は、激痛に耐えながら地面を蹴っていた足は、

 刀で切断された事によって出来た竹槍を、そのまま相手側へ倒す事が出来て。

 地下茎に縛られて、掘り出せはしない、それでも、
 急所ばかりを狙い、無駄なく物事を終わらせようとする自分の思考を持った偽物の攻撃は読める、のけぞって屈んで、相手が地上に固定されてる竹槍を紙一重で躱している隙に、
 切られた竹の上の方――異常に長く笹を付いたままの竹槍を片手で万力のように握り、足で小突いて軌道修正、その重さを相手の腹へ目掛け投げた。貫く、腹の5センチまでめりこみ、柄の部分が鹿威しのように動いたせいで、腹をグリイと抉る、耐えられない痛み、のけぞる身体、
「ああ」
 肋骨が痛まないような動きで近づき、
「しんどい」
 トン、とその身体を押した。
 背後には当然、自分の距離を詰める為に作られた竹槍が、地上から伸びていて、落下して来たそいつを背中を傷つける。
 貫きはしないが、それでも、傷は痛い。血が出る傷は大抵痛い、痛みは厄介、身体を縛るしやる気も削ぐ、……なのに、
 さほどうずくまる様子も無く、立ち上がる、
「……まだ僕を殺そうというのか」
 ゆっくりと姿勢を元に、痛みなんて気にしないように、
「痩せ我慢してるだけだろ、ナンセンスなんだ」
 忍者の自分の目が見開く、
「愚か者の癖に」
 動きが止まる、
「矛盾してる癖に」
 震えている、
「普通じゃない癖に」
 布で顔を覆ってるのに、
「まともじゃない事を嘘で塗り固めて」
 なんとも言えない表情してるのが解るくらいで、
「殺し合いも平然とこなして」
 違うと言ってる、
「あんな厄介とルームシェアまでして」
 違うと言ってる、
「かなり特殊な写真を撮って」
 違う、
「日常を取り戻す、そんなもの」
 違う!
「取り戻す前から、生まれた時から無いじゃないか」
 違ぁうッ!
 ――攻めるよりも受け流す事に重点を置いた戦闘能力

 激昂と共に飛びかかってくる相手は、本当に容易くて、
「あんな困った幼なじみも居るんだぞ」
 今度こそ、大地の竹槍に、身体を貫かすのも出来て。

 ……クッシ刺シ、血をどくどくと流して、痙攣している自分の身体、瓜二つだから、正直気持ちいい物ではない。
 ふと、携帯の着信が鳴いていた事を思い出して、取り出す、見る、画面を、
「……」
 、
「……草間さん」
 慰めのつもりですか、と思いながら、天を仰いだ。溜息を吐いた。痛恨だ、自分が自分を殺せたのは、自分の弱点を突いたからに他ならなく、普通じゃないと言い切ってしまって、けど、
「……普通であろうとしている分」
 マシだよね、と、理屈をつけて、
 それどうにか、日常に程遠い激痛を感じながらも、やっていけて。


◇◆◇


 依頼に世界は反応する、“終わりは始まり”を奏で出す。
 だから着信音が鳴れば、それだけで、
 影にナイフで貫かれた白藍泪は、生きるしかしょうがなくなって。
「……あ」
 ナイフを取った腕をとる、
「ああ……」
 そしてその侭、仰向けで、
「あああ……、……あぁっ!」
 暴れ出した――相手の身体を巻き込んで、押さえつけられても、関節が決められても、まるで線香花火のように滅茶苦茶に、
 瞬間移動したかのように見えるスピードを行使する身体能力、
 それが一直線でなく、拡散されるように震われれば、巻き込まれる方も、そして巻き込む方の身も保たない、だが、泪の身体は再生する、そして影は再生しない、
 コンビニの中にガラスを破って入り、スーパーボールのように二人もろとも跳ね回り、棚の全てが崩れ、雑誌や商品が散乱した時になって、片腕の影はとうとう力尽き、藍だけがコンビニの外へ、
 素早く携帯を取り出す、
 確認しなければいけない、それ次第で、
 考えるのを止めるか、
 止めないか、
「……」
 ……果たして、携帯の画面には、
「……了解」
 ボロ雑巾のようになった身体を、起立させるくらいには理由があって、
「使命を……」
 任務、
「……全うします」
 受諾。

 白藍泪は笑わない。

(コンビニの本棚の隙間から飛んでくるナイフを、身体の前面で受け止める)
 好きで好きで堪らないのに、
(臓器に至ったナイフを、無造作に抜く、そして)
 どうしてこんな顔をしなきゃいけない、
(鋼糸を身体を切らないよう編んで、それで、ナイフを身体に固定した)
 どうして、鬼のような顔にならなきゃいけない。
(相手が間接を取ってくるなら、相手が身体を殴ろうとしたら)
 なんでこんな矛盾に、叩き込まれなければならない、
(残りの腕が傷つく、単純な展開)
 葛藤する、
(相手は近づかず、様子を伺う)
 ぐるぐる迷う、
(コンビニに引きこもっている)
 迷いを殺す方法、
(だから)
 単純、
(行く)

 脚力。
(再びコンビニに突っ込んだ)

 コンビニの中に居る相手の身体へ確実に激突し、巻き付けた刃ごと抱きしめた、もがく、もがくが、ならば自分ももがいて、
 刃を避けて伸びる腕、その動きを見てから動作は間に合い、
 後出しのじゃんけんみたい、十割の勝率、スピードは何も、遠距離の為だけじゃない、攻防、そして、その零距離の嵐に、意識的に作る相手の隙、
 片腕が跳ね上がって、彼の胸ががら空きになって、そして、
 笑わずに、クナイを胸に、
 心に刃を押し当てた。
 影から血は流れない、けれど、まるで役者の台本みたく、痙攣した後、とてもらしく停止した。
 突き立てたクナイが、からりと音を立てて落ちたのは、その影がその止まりから十秒後消えたから。
 今にも崩れそうなコンビニで、彼女一人、
「……何時もと同じ……放課後」
 けど、今日は違って、
「……キミが居て」
 偽物だけど、って、身体の動きに比べたら、とてもゆっくりとした調子で呟く。ああ、架空ですらこんなので、嘘っこでもしんどくて、
 真実だったら私は、
「……」
 どうなるんだろうって、考えるのも嫌で、
 一人がとてもきつくって。
 彼の名前を呟いていた。


◇◆◇

 終わりが終わり、始まりが始まって。

◇◆◇


「梅ちゃん先輩、元気ないけどー?」
「……梶浦くん、普通の人間はあんな目にあったら、死にかけてて当然なんだよ」
「梅丸先輩……病院は……?」
 あの後、《梶浦濱路の悪霊》を材料に《草間武彦が依頼する事により》作られた《世界の終わりを終わらせる異界》が《梶浦濱路の悪霊の成仏》によって消えるという、ややこしい状況の後、這々の体で三人が帰ってきたら、屋上で草間武彦が拳銃を突きつけられた侭、何やら語っていて、
 ……アイコンタクトしたから、白藍泪がその男を気絶させて、「いや、正直やばかった、助かった、話が保たなくなってきてたから」と、携帯に入ってない反対側の懐に入ってた、煙草を吸いながら感謝される事になって。拳銃で命を狙われてる状況を、話術だけで何処まで引き延ばしていたんだろうかと梅丸が冷や汗をかいて思った時、高速で草間零が飛んで来て、他に依頼された人物も、と。
 東京の人口は1300万人、単純にその分だけ世界の終わりが出来たとすると、
 その世界の終わりを全部叩きつぶしたのは、今、宴会に参加している二十人くらいという計算で。
 誰もが具現化する程世界の終わりを願ってる訳じゃないとか、そもそも世界の終わりが全部殺す事を目的にしてる訳で無いとか、実際はそう単純じゃないだろうが、と思いはしても、それを誰かと会話する元気が無くて、当然酒もつまみも食らう気力が無い。
「病院じゃ間に合わないよ……明日バイトのシフト入ってるから」
 さっき、草間さんに治癒能力の持ち主を呼んでもらったと言い、肋骨のヒビ(ヒビだけと思いたい)を治してもらわなくては、と言って、
「そっか、じゃあしゃーないよなー」
 梅丸の為皿に盛って持ってきたつまみを、ざあと口の中に流し込む、鳥の肉団子とアスパラガスの味噌漬けと柿の種が、口の中で渾然一体になって、微妙になる。
「病院じゃないけど」
 濱路が顔をうーとしかめている中、
「白藍クンは、帰らなくていいのかい?」
 梅丸が話しかければ、泪は一瞬ハッとして、視線を下に落とす、
「……その今日は……あの」
 泪、
「……一人が嫌で」
 沈んでいる。
「……そっか」
 聞かない方がいい、と、梅丸は思って、こういう時は、
 そっとしてあげる事しか出来なくて、
「あ、そーだ! 泪」
「え……濱路……濱路先輩……?」
「ちょっとこっち、なぁ、一緒に来てって! ゴーゴー!」
「あ……あの」「ちょ、ちょっと濱路君?」
 有無を言わさず背中を押して、白藍泪を外に連れ出して、止めようと立ち上がろうとしたが、骨のヒビで激“痛”が“痛”い。
「あち、ち……全く」
 何を考えてるんだろうなと思おうとしたが、最早口に出すどころか、考える事も辛いくらい疲労に身体が渦巻いて、目を瞑って、宴の喧噪に耐えながら、草間が呼んだ人が来るのを待ち続けて。
 ――屋上で
「濱路……、濱路先輩……」
 どっちで呼ぶか迷ったが、正直それを決めるより、疑問をぶつける方が優先される状況、
「どうして……、……ここに」
 相変わらずゆっくりで、静かで、喜色の無い喋り方に対しても、梶浦濱路は何時もの調子で、
「えーちょっとさぁ」
 返事して、
「元気なさそうだったから」

 変化する、
 白藍泪の愛しの彼に。

「……」
 影じゃなくて、顔の一つ一つが解る、そのもので、
 こんな風に人懐っこく笑う事なんて絶対無いから、偽物だと解って、
 偽物だと解っても、それでも、
「……濱路」「あれ、俺と同じ名前なの? ドッペルケンガー、……違うか」
「……、こんなの……悪趣味……」
「え、あ、そうなの? ……うわやべ、まずった? なんか何時もこれでなんとかなってた気がしたから」
 どうしようと狼狽える様も、全く彼とは違う、違うけど、
 それでも、
「……」
 瞬間移動なんてしない、一歩一歩、近づいていく、
 愛しの彼の偽物に
「……笑いたい」
「……ん?」
「笑うのが……夢だから……、彼には」
「んー、だったら笑ったら、練習? 本番前の」
 それが、
 来るはずもない運命だとしても、
「スマイル?」
「……」
 白藍泪は笑ってみた。
 たくさんたくさん泣いたりしたその日の最後に、
 白藍泪は、笑っていた。

 梶浦濱路も笑っている。


◇◆◇


 草間武彦が死んだって、
 例え自分が死んだって、
 この世界が終わらない真実は、何時だって、何時だって。
 世界を地球にしたとしても、
 世界を宇宙にしたとしても、
 ここに生きる今が終わらない現実は、何時だって、何時だって。
 何時も世界は続いている、
 何時も世界は生きている、
 だから、
 今日も興信所の依頼を、受諾する。
 永遠なんて無いかもしれない、けれど、
 存在しない明日を、明日があるという言葉だけで創り出す彼らに、
 有るかもしれないと、笑って言うくらいには、
 この世界は続いている。


◇◆◇


 讃岐のうどんはヴァーサスが似合う事、
 そして、京都のうどんはあくまで優しい事、
 花鳶梅丸の気分が、その日は後者を選んだ時、店へ向かう足取りの隣、
「梶浦濱路を……濱路と呼ぶか……濱路先輩と呼ぶか……」
 白藍泪が、そう言って。うどんが食べたいなと思った時、想像より前に彼女とすれ違って、
「それは確かに悩む所かも」
 年齢なんて気にしない、とするべきか、少なくとも最初の内は、敬意を表すべきではないかとか、「……梶浦くん本人に聞くのが、一番早そうだけど」
「……」
 こくりとうなずけば、泪の髪もそれに伴い、ふわり揺れる。
 何の依頼も無く、トラブルも無い、この前みたいに帰りの扉を開けたら異常、なんて展開はごめんだなと思いながら、
 うどん屋の入り口を開けてみれば、
「……」
 泪はともかく、
「……」
 梅丸も沈黙、異常、
 ただそれは、災難とかそういう類じゃなくて、
「あ、梅ちゃん先輩と、泪?」
「梶浦くん? どうしたの」彼が、メニューを持って、
 机についているという事は、「誰かと一緒に」
「俺一人だけど」
 梅丸は、少し驚いた。
「ここのうどんうまかったからさぁ、また食べたくなって」
 ……白藍泪は、まだ梶浦濱路との付き合いが浅いから、梅丸の驚きに訝しげだけど、少なくとも濱路を前から知っている者にとっては、
 誰かの願いにばかり付き合ってきた彼が、自分の願いで、
 うどんを食べたくって、梶浦濱路になって、いや、
 なるとかそうじゃなくて、それが梶浦濱路なのか。
「……本当、驚いた」
「……梅丸先輩?」
 驚いたと言いながら、笑顔を浮かべる彼に、また訝しげ。けど梅丸はそれに答えず、
「梶浦くん、一緒に座っていいよね」
「もちオッケ、まだ何頼むか決めてないし」
「……お邪魔します……えっと、……梶浦、……先輩?」
 なんで疑問系と聞いて、迷っていてと言う、どっちでもいいけどと返す、寧ろ決めていただくと小さな声、じゃあ梅ちゃんが先輩だし俺はノー先輩でとか言う、梅丸はメニューを眺めて、さぁ、何を食べようか――
「んじゃ梅ちゃん先輩の奢りだし、俺天麩羅セットで」
「ちょっと梶浦くん!?」
「……ご馳走様……です」
 今日も世界は続いている。






◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 7483/梶浦・濱路/男/19/夢人
 7492/花鳶・梅丸/男/22/フリーター
 8202/白藍・泪/女/18/高校生兼忍者

◇◆ ライター通信 ◆◇
 ここに何を書けばいいんだろうと。
 結構色々考えてました、まずは、この依頼に参加してくれた事に対する感謝から初めて、その後は色々と……、今まで何度も納品を遅刻してきた事とか、でもそういう話を無理に聞かせるのは失礼だから、それはブログにして、ここは簡素に、とか、やっぱり最初から最後まで感謝を伝えるべきだとか。本文の作成よりも前に、つらつらとここに書く部分を、何度も頭でタイプしていました。馬鹿な話なんですが。

 二言にしてしまえば、ごめんなさいとありがとう、です。

 梶浦濱路のPL様、彼の区切りを自分の筆で書かせていただいてありがとうございます。偽物とか影とかそんなんじゃなく、梶浦濱路本人となっていたので、じゃあこれをいっそ元凶にしちゃおうかって感じにさせていただきました。ぶっちゃけた話こんな解釈でええんかなぁ、と思う部分もありましたが; あんまり派手でない淡々とした化け合戦は、変な単語を連ねるだけで脳がこなれてヒャッホイ出来て楽しくて。自己の確立ってなると、美味しい食べ物をまた食べたい、って気持ちかなと思って、そういう形でまとめました。
 花鳶梅丸のPL様、今までご贔屓してくださってありがとうございました。スタイリッシュ汚い忍者アクションのプレイングだったので、楽しんで書かせてもらいました。能ある鷹が爪バリバリっていうのが中二的で心地よく。あと、薄暗い趣味とか色々共感を持てる子だったので、正直、自分の経験を色々詰め込みすぎたやもしれません; 彼らしくなくなってる部分があったら、申し訳ない。
 白藍泪のPL様、最後に新しいキャラで参加していただいてありがとうございます。プレイングだけでは情報が足りなかったので、キャラデーターとかから単語的なものを引っ張り出させていただきました、でもぶっちゃけ涙色ってどんなのだろう、透明じゃなくて凄く綺麗な感じの色だと思うんですが、クレヨンには無い系の。楽しかったです。
 楽しかったです、ありがとうございました。
 嬉しかったです、ありがとうございました。
 ご迷惑おかけしました、ありがとうございました。
 色々と、色々と、ありがとうございました。
 小説ってものを……、正直、仕事にすると考えるともう、呼吸が多少乱れるくらいの心になってまして、またOMCに戻るっていうのは、三割くらいな気がします。(結構あるじゃないか
 毎日毎日書かなきゃいけないなとか、忘れてるつもりでも片隅で仕事として意識する事が、ちょっとしんどいです。
 なんで、ネット落ちする訳でも死ぬ訳じゃないんですけど、これでさよならにしときます、帰ってきてたらえーと、いや特になんもしなくてええです。
 という訳でさようなら、
 たくさんの人たちにごめんなさい、
 そして本当にありがとうございました。

 エイひと