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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離 第一章】



 その男はくたびれたスーツ姿と、帽子姿だった。帽子の下はくせのある天然パーマ。
 二十代後半のその男は、咥えている煙草には火もつげず、ただ唇の動きで上下に揺らしているだけだ。
「あ〜……参ったねぇ。もうちぃっとだったのに」
 ぶつくさと独り言を呟く男は物思いにふけるようにぼんやりと、焦点の合っていない目を彷徨わせた。



「まったくぅ!」
 腰に両手を当てて、ずんずんと店内の奥へと進むローザ・シュルツベルクは悪態をつく。
「最近は退屈! 私をワクワクさせるようなことがないかしら!?」
 ドン! と片足を強く床に叩きつける様にしてから、立ち止まって店内を見回す。
 そんなローザの様子に身を竦めている者もいれば、物珍しそうに好奇の視線を遣ってくる者もいる。
 街中を歩いていても寄ってくるのはこんな感じの男や、つまらないナンパ男ばかり。それにスカウト? なんのスカウトだかわかったものじゃない。
 それにしてもこんな小さな島国なのだから当然かもしれないが……自分の顔の認知度と言ったらかなり低い。
(まぁ……アメリカ副大統領の顔もあやふやに憶えられてるようなこの国なら仕方ないけど)
 適当に男たちをあしらって入ったバーの中……その最奥に、一人で飲んでいる男がいる。これだけ注目を浴びているローザのほうを、見向きもしていない。
「………………」
 その珍しい反応を気に入って、ローザは近づいていく。
(なにか気になるわね。外見は……)
 よれよれのシャツとスーツで少し小汚いが。
(雰囲気が、気になる)
 ローザの瞳に興味と好奇心が沸き上がり、爛々と輝いた。
 もしかして、私の退屈を紛らわせてくれるかもしれない。
 近づき、堂々と見下ろす。帽子の陰で男の表情はうかがえないが、咥えている煙草がゆっくりと上下していた。
「ねえ、そこのあなた」
 高圧的な言い方ではあるが、ローザにとってはそれが普通なのである。
 ローザはシュルツベルク公国の公爵令嬢なのだ。日本には存在しない地位だが、ローザには当たり前の世界の話なのである。
 そしてその地位に加えて、ローザは誰もが振り返るようなスタイル抜群の美女だ。
 声をかけたのだが、男は無関心なのか……ローザを無視した。
 片眉を軽くあげ、ローザはバーテンダーのほうを振り返り、素早く指図した。
 バーテンダーが用意したものを、ウェイターがそそくさと持ってくる。そして男の座る小さなテーブルの上に置いた。
「こ、こちらのお客様からです」
 ひょろっと背の高いその小間使いの男はローザのほうを怯えたように見て、説明する。
 そこでやっと、帽子の男が動いた。ああん? と低い声を洩らし、ローザのほうを見てきたのだ。
 ……端的に表現するならば、男の瞳は。
(……なんか、死んだ魚みたいな目ね……)
 濁っている、という表現がぴったりだ。
 自分の顔を知っているかと少しどきどきしてみたが、男は興味がないようで「ありがとさん」と呟いて、また顔を伏せた。
(……わ、私の顔を知らないうえに、その態度!)
 ちょっとどころか信じられない。自分が美人だと自負しているし、無視できるような存在でもないはずなのに!
 向かい側の席に無理やり腰をおろし、正面から見る。男はちらりとこちらを見たが、視線を斜め上にあげて「めんどくせーなぁ。どーすっかなぁ」と洩らしている。
(面倒くさい? この私が?)
 いくらなんでもそれはない! ひどい。年頃の女性に対する態度じゃないわ!
 なんだか泣きそうな気持ちになってきたローザは、持っていた自分の鞄からノートパソコンを取り出す。かなりの小型のものだが、使うには充分だ。
 ネットに繋いで、自国のHPを開いて見せた。
 男はこちらに向けられた画面を再び見て、「ん〜?」とやる気のない態度で眺め、ローザと画面を見比べて「はぁ」と洩らした。
「それで? 金持ちのお嬢ちゃんが俺になんの用だ?」
 コーヒーを飲んで、男は瞬きをする。どうやらパソコンの画面が眩しいらしい。
「なにか隠してるでしょ」
 いきなり切り込んでみると、男は「はあ?」と、またもや気の抜けるような声で応える。
「そりゃあ、俺だっていい年したおっさんだからな。秘密の一つや二つはあるとも」
「私を利用できるとは思わない?」
「利用?」
「それなりにネットワークもあるし、あなたの手伝いができると思うの」
「…………なんでそんなこと言うんだか……。最近の若い娘の考えることはわからんね」
 コーヒーをすする男はくたびれたように言う。なんというか、若さがない男だ。しかし外見はどう見積もってもローザとそう変わらないのに。
「あなたが変わってるから」
「変わってる? 変人てことか。おっさんに変態は多いもんだ」
 淡々と言う男に、ローザは呆れて鼻を鳴らした。
「そうじゃなくて、死んだ魚みたいな目をしてるのに、狩人みたいに何かを狙ってる感じがするの」
「ほぉ〜。面白いこと言うなぁ」
 少しだけ愉快そうに口元を歪め、男はローザを見た。今度はきちんと、興味を示した視線だ。
「それじゃあそのお嬢さんが気に入るかはわからないが、事情を話そうか」
「話してくれるの?」
 驚いて目を見開く。
 どう考えてもこの男、一筋縄ではいかないはずだ。
「迷子の女子高生を探しててな」
「…………あなた、探偵じゃないでしょう?」
 人探しをこの男が? 似合わない。
 タバコを上下に揺らしつつ、男は目を細めた。
「家出娘で、連れ戻せと親元から依頼されてるんだ。ついこの前、やっと見つけたんだが、逃げられちまったってわけ」
 低く笑われて、嘘だとすぐにわかった。だがなんだろう、完全に嘘、とも思えないような……?
(変な男だわ。明らかに嘘なのに、嘘っぽく聞こえない……)
 気持ちの悪い感覚がぞわりと湧き上がってくる。
「あなた、探偵なの?」
「まあ、この件に関しちゃ、そうかもな」
 なぜ今回に限ってははぐらかすような口振りなのだろう?
 妙だ。妙な男だった。
 のらりくらりと喋るくせに、つかみにくくて……まるで煙みたいだ。
(……そういえば、この男の格好、それっぽいと言えばそれっぽいけど)
 昔の探偵ドラマに出てくるスタイルに近い衣服や髪型……のような気がする。日本という国のことをよく知るためにと観たドラマの中にこんな姿の人を見たことがあるような……。
 古臭い、男だ。
「……わくわくできそうかい?」
 かわかうような口調で尋ねられ、ローザはムッとしたがすぐに表情を戻した。
「それは関わってから私が決めることよ。
 ところで、あなただけ私のことを知っているのは不公平だと思わない?」
「名乗るなら名乗れってことか? なかなか礼儀正しい娘さんだな」
 バカにされてる……?
 半眼になるローザから視線を外し、男はタバコを今度は左右に揺らし、口を開いた。
「宗像だ」
「ムナカタ? ファミリーネームは?」
「ただの宗像」
「???」
 日本語はこういう時、難しいと思う。ローザの機嫌が悪くなったのを見て、宗像と名乗った男は楽しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあムナカタね! わかったわ」
 それで。
「家出した女の子って? どこにでもありそうな理由よね」
 面白そうだと思った自分の直感は外れたのだろうか? そんなばかな……。
 そもそも宗像はまっとうな探偵には見えない。
「一緒に探してくれるのか?」
「……気になるからしょうがないわ」
 肩をすくめてみせると、宗像はやれやれというようにふところから写真を取り出す。
 エメラルド色の長い髪。こちらを睨むように見てくる無表情な美貌。暗い金色の瞳がなんだか怖い。
 着ているのは患者服のようだが、もしや病院から抜け出したのだろうか?
「西洋人っぽいけど、顔立ちがアジアの感じもあるわね。名前は?」
「アティ」
 さらりと言ってのける宗像は、写真をすぐに戻してしまう。
 だが印象の強い娘だったので、ローザの脳裏にきっちり焼きついた。
「でも本当にただの家出なの? とてもそうは見えないわ」
 あなたも。
 続けて言うと、宗像は小さく笑った。
「そうだな。そうだろう。そういうもんだ」
「? あなたって、言い方が意地悪ね」
「……実はこの娘、このまま放置しておくと世界を滅ぼすんだ」
 茶化すように笑みを浮かべたまま言う宗像の言葉に、ローザはきょとんとしてしまう。
 いきなりなんだ? 突拍子もない。
「今の女の子が? どう見てもただの女子高生じゃないの」
「だろう?」
「…………」
 なんだろう? 話がかみ合っていない。わざとかみ合わせないようにしている?
 ローザは頬杖をつき、眉をあげつつ宗像を睨み上げた。
「なるほどね。それが『あなた』のスタンスってわけね? 面白いわ、とっても」
「お嬢さんを愉快にさせる趣味はないんだ」
「ううん、面白い。本当のことを言ってるようにも、そうじゃないようにも思えるもの」
 こんな奇妙な人間、初めてかもしれない。
 ただ裏があるだけの人間じゃない。裏さえもあるかどうかわからない。
「いいわ。手伝う。決めた!」
「俺の許可は?」
「そんなの関係ないわ。私が手伝ったほうが、その女の子も早く見つかるはずよ」
「……そうだといいんだがねぇ」
 視線を彷徨わせる宗像は、小さくまた笑った。



 宗像と別れ、再び会う約束をした。勿論、連絡先も無理に聞き出した。
 彼はどういう人間なのだろう? そしてアティと呼ばれるあの少女はただの家出少女なのか?
(そもそも世界を滅ぼすなんて、核兵器じゃあるまいし)
 いくらなんでもひどい嘘だ。……でも。
(嘘、よね?)
 真実はわからない。それに宗像は詳しいことを喋る気はないようだ。
 とにかくあの少女を探そう。まずはそれからだ。
 手に持つ携帯番号とメールアドレスの書かれた紙を大事に握り締め、待ち受けるであろう面白そうな出来事に、ローザは瞳を輝かせた。
「さて、と」
 まずは――。
「アティって名前が本当かどうかわからないけど、あの外見の子を見つけるのは簡単そうだわ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初めましてローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像との初の遭遇と関わりでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。