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天井裏の散歩者
●オープニング【0】
「ふーむ……おかしいのぉ」
4月のある日のこと、あやかし荘の廊下に居た嬉璃は天井をじっと睨み付けていた。
「どうしたの?」
と声をかけてきたのは、あやかし荘管理人である因幡恵美だ。嬉璃は恵美の方へ振り返って答えた。
「それがのぉ、数日前から天井裏で何か動いてる気配があるように思えるんぢゃが……虫ぢゃろうか」
首を傾げる嬉璃。すると恵美が思い出したように尋ねてきた。
「あ、そうだ。戸棚のお煎餅食べた?」
「……何ぢゃそれは。知らぬぞ、そもそも戸棚にあったことさえ知らぬ」
「そう? おかしいなあ……どこに置いたんだろう」
恵美も首を傾げる。どうやら戸棚に入れておいたはずの煎餅がいつの間にやらなくなっていたようである。
「それよりもぢゃな。誰かに天井裏を見てもらった方がよいと思うのぢゃが。虫が居るのなら退治してもらわんといかんぢゃろう?」
「うん、そうよね。春になって動き出してきたのかもしれないし……」
嬉璃の言葉にこくこく頷く恵美。かくして天井裏を調べてもらうべく、人が呼び集められるのであった。
●あれこれ想像してみる【1】
「どうぢゃ?」
嬉璃は呼ばれてやってきたソール・バレンタインに向かって声をかけた。ソールは廊下にて立ち、天井をじーっと見つめていた。
「別に音は聞こえないね、今は。何か動いてるような気配もないし」
天井を見つめたまま答えるソール。
「ふむ。どこかに移動しとるのぢゃろうか」
「普通に考えれば鼠か何かなんだろうけど。僕のアパートも、天井裏から鼠が走る音が時々するんだ」
ソールが苦笑いを浮かべる。どこもこういうことには悩まされているようで……。
「ほほう、そっちも大変ぢゃなあ」
「うん。もしそうだとしたら、天井裏は鼠の糞でいっぱいかも……」
ソールはそう言って軽く顔をしかめた。そういうのはあまり見て気持ちのいいものではない。
「衛生上もよくはないのぉ。もしそうぢゃったら、しかるべき業者を呼ぶのもやむなしぢゃな」
「うん、お金かかるけど」
嬉璃の言葉にぼそりとつぶやき頷く因幡恵美。管理人としてはあまり金のかかることは好ましくないのだろうが、もしそういう状況が天井裏に広がっているのであればそうも言ってはいられない。いくら恵美が掃除をしても、根本が解決されなければ無意味になってしまうのだからして。
「でも」
思案顔になり、ソールが嬉璃の方へ向き直って尋ねる。
「戸棚にあったお煎餅がなくなっているんだよね?」
「うむ。そうぢゃったな、恵美よ?」
「うん。確かに戸棚に入れておいたはずなんだけど……」
嬉璃が確認すると、恵美はこくこくと頷いた。
「それでちょっと思い出したことがあって」
「何を思い出したというのぢゃ?」
怪訝な表情で嬉璃がソールを見る。
「んー、前にテレビで見たんだけどね」
と前置きしてからソールが話す。
「愛人を夫に内緒で20年も匿ったなんて話が……」
「……20年ともなると、とっとと別れるなりした方がと思うのぢゃが」
いやいや嬉璃さん、この話の論点はそこじゃないです。
「えっ。20年も天井裏に住んでた……ってこと?」
恵美が思わず天井に視線をやった。そんな恵美に対し、ソールが少し声のトーンを落として話を続ける。
「……まさか誰か人間が隠れてるなんてことはないよね? その人が時々下に降りてきて何か食べてるとか」
「やだ怖い!!」
ぶんぶんと頭を振る恵美。そりゃ怖いだろう。幽霊とかならあやかし荘の場合まだよくある話だが、さすがに生身の人間となると……。
「まあ天井裏を人が歩く話は小説でもあるくらいぢゃからのぉ。否定は出来んのぢゃが」
「ただ、より現実的に考えるならもう1つ可能性はあるよ?」
「可能性ぢゃと?」
聞き返した嬉璃に対し、ソールはさらりとこう答えた。
「うん。ほら、いつだったかのスライムの生き残りが居るとか」
「む!」
目を見開く嬉璃。スライムといえば柚葉曰く『ぬるぬるのどろどろがずりゅんずりゅん』で、以前あやかし荘に棲みついたそれは衣服を溶かすタイプだった。そしてそれを退治に行ったソールの知り合いのとある魔法少女も、終わった時には全身は何かにまみれたようにぬるぬるしてねばねばしてどろどろといった有り様だった記憶がある。
「あれだったら隙間から入れるし、湿気の多い天井裏を好みそうだよね……はははー。いや、まさかね……」
言いながら乾いた笑いを見せ、すぐさまその自分の言葉を打ち消そうとするソール。
「だとしたら、またあの魔法『少女』を呼んでもらわねばならぬ訳ぢゃが」
嬉璃がしれっと言い放つ。『少女』の所に微妙にアクセントが入ってるのは気にしちゃいけません、もはやいつものことですので。
「危険が待ち受けているのなら、その方がいいのかも……」
と答えながら、ソールはこんなことも考えていた。
(ちょうど、服が汚れるのは嫌だなあ……って思ってたんだよね)
普通に天井裏を這いずり回れば当然ながら衣服は汚れるが、それが変身する魔法少女であるならば変身を解けばコスチュームの汚れは自動的に落ちる訳でして。ゆえに嬉璃の言葉は非常にタイミングのよいものだったのだ。
「じゃあ今すぐ呼んでくるよっ!」
ソールはそう言ってすぐさま廊下を駆け出していった。そして数分後、代わってやってきたのは――。
「またのご指名ありがとうっ、太陽と月の女神ソルディアナ……参上!!」
溜めをしっかりと作ってからポーズを決めてみせたのは着替えを済ませたソー……もとい、ソールに連絡を受けやってきた魔法少女のソルディアナである。
「おお、ソー……いや、ソルディアナよ、久し振りぢゃのう。また今回もお主に迷惑をかけることになるのぢゃが」
「話は聞いています! ……あの生き残りが居るかもしれないんですね」
天井を睨み付けるソルディアナ。蘇るのはあのスライムとの戦いの記憶……もし仮に相手がそうだとするならば、一瞬の隙でこちらの意識を持ってゆかれることになりかねない。
「お風呂も用意しておきますから」
「ありがとうございます!」
その恵美の言葉ににっこりと微笑みを返すソルディアナ。風呂が準備されているのなら、憂いなく戦うことが出来る。あとは天井裏に入って全力を尽くすのみだ。
「太陽と月のパワーで……天井裏に光を!!」
別のポーズを決め、ウィンクと投げキッスをソルディアナはしてみせたのだった。
●いざ天井裏へ【2】
さて、恵美に100円ショップでランタン型の電灯を買ってきてもらい、それを手にいよいよソルディアナは天井裏へと入っていった。
まずすべきことは周囲の確認だ。電灯を掲げ、ゆっくりと周囲を見渡す。人影のような物は見えず、懸念された鼠の糞も別段見当たらない。積もっているのは埃ばかりなりだ。その積もり具合から見ても、この辺りを何かが歩いたような痕跡はない。何かが歩いているならば、埃の積もり具合に差が出ているはずなのだから。
(差し当たっての危険はなさそう……)
と考えたソルディアナは、いったん電灯を天井裏から降ろしてみせた。途端に天井裏は暗闇に包まれる。そんな状態でソルディアナは再び周囲を見回してみた。
「あっ」
短く声を漏らすソルディアナ。暗闇の向こう側に、うっすらと上から細い明かりのような物が差し込んでいるのである。上からということは2階からということになる。
ソルディアナは部屋に降り立つと、急いで階段の方へと向かった。嬉璃がその後を追いかけてゆく。
「どうしたのぢゃ!」
「2階から明かりが漏れて……! ひょっとするとそこに隠れているのかも!!」
嬉璃の質問に答えながら2階へと向かったソルディアナ。そして先程明かりの見えた方角から部屋の場所を特定し、静かにその部屋へと近付いてゆく。
「その部屋なら空き部屋ぢゃから、鍵はかけておらぬぞ」
嬉璃がソルディアナにこっそり教える。鍵がかかっていないのは突入するのに好都合である。
(この部屋のはず)
ソルディアナは身を屈めたまま部屋の前に行くと、扉に耳をつけて中の様子を窺った。……何だか微妙に羽音のような物が聞こえてくる。よもや虫の化け物が居るのではなかろうかと一瞬思ったが、しかしもしそうだとするとさほど大きな相手ではないのかもしれない。何故なら音が小さいのだ。もっとも小さいから弱いなどとは限らないのだが……。
(3……2……1……!)
ソルディアナは心の中で3つ数えてから、一気に扉を開いて部屋の中へと転がるように躍り込んだ。
「きゃ〜っ!!」
その途端、女の子のような声が聞こえたかと思うと、押し入れへと何かが逃げ込む気配があった。すぐさま後を追うソルディアナ。見れば押し入れの床が外されている、そこから天井裏へ逃げ込んだようだ。
「逃がしません!」
ソルディアナも天井裏へと滑り込むように入っていった。そして羽音を耳で追い、どちらの方角へ逃げているのかを確定させる。
「あっちですね!!」
暗闇の中、狭い天井裏を追いかけてゆくソルディアナ。相手も頑張って逃げているようで、音との差はさほど近付いてゆかない……と思っていたら、途端に音が近付いてきたではないか!
どうやら相手はソルディアナの居る所を強硬突破しようと考えている様子。しかしそうはさせないと思ったソルディアナは、音が十分と近くなった所でこの技を発揮したのである。
「サン……ライト!!」
ソルディアナがそう叫んだ瞬間、その場に真昼のごとき光が生まれた!!
「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
次の瞬間悲鳴が聞こえたかと思うと、どすっと何かが落ちる音も聞こえてきた。見れば天井裏で、体長50センチほどの背中に蝶のような羽根のある生物がじたばたと目元を押さえて苦しがっているではないか。
「痛いよ〜、まぶしいよ〜、痛いよ〜、まぶしいよ〜、ちかちかするよ〜……!」
「……よ、妖精?」
思わずソルディアナからそんな言葉が口を突いて出た。容姿からそんなイメージが出てきたのだが、ツインテールで小麦色の肌で、なおかつ露出度高めの衣服を着ている妖精など居るのであろうか……?
●意外なる正体【3】
妖精らしき生物を捕まえたソルディアナは管理人室へ戻り、嬉璃や恵美にその生物を引き合わせていた。ちなみに逃げ出したりしないよう、その生物の身体はソルディアナによってしっかと確保されていたりする。
「さてと……お主の名前と素性を話してもらおうかのぉ」
「……アズはね、アズ・ウェンリっていうんだよ〜。アズはアズだけど、妖精さんって呼ばれるかな〜?」
嬉璃の質問に案外素直に答える妖精――アズ・ウェンリ。まあソルディアナに確保されているから、素直に答えざるを得なかったのかもしれないが。
「ほほう、妖精なのぢゃな。で、どうしてその妖精とやらが、天井裏に居たのぢゃ」
「んっとね〜……ニーベルちゃんがアズに構ってくれなくなったから、退屈になっちゃって旅に出たんだよ〜」
誰ですか、『ニーベルちゃん』って。だがその時、ソルディアナの表情が険しくなった。
「ニーベルちゃん……?」
「ニーベルちゃんはニーベルちゃんだよ〜。何かね〜、若い日本人の人とあれこれ話してたの〜。何やってるのか、アズにも教えてくれないんだよ〜!」
ソルディアナに問いかけられたと思ったのか、アズは答えにならぬ答えを返してくる。まあ、妖精に普通の答えを期待するのが間違っていると言われればそれまでだが。ソルディアナの今のつぶやきは、そういう意味などではなく――。
「……虚無の境界……」
ぼそりとソルディアナの口から出たのは、ある組織の名前であった。
「え〜、どうして知ってるの〜?」
アズが不思議そうにソルディアナを見上げた。『虚無の境界』――それはソルディアナが、いやソールが去年に関わった出来事で聞いた組織の名前。『ニーベル・スタンダルム』という名とともに、草間武彦が語ってくれたのだ。
とすると、このアズは虚無の境界の関係者ということになる訳で……。
「それでね〜、地図でここ見て面白そうだったから旅の目的地をここにしたんだよ〜。屋根があって、食べ物もあって、お風呂もあって、過ごしやすかったよ〜☆」
「む、地図で見たぢゃと?」
楽しげに語るアズの説明を聞いた嬉璃が怪訝な表情になった。地図で見たということは、虚無の境界があやかし荘に対して何か目的があったということなのか……?
「うん、そうだよ〜。名前の所、横線で消されてたけどね〜」
そう答えるアズに嘘を吐いている様子は見られない。とすると、何かあったのかもしれないが、向こうの予定からは外れたということだろうか。
「ねえねえ、アズしばらくここに居てもいいでしょ〜? これあげるから〜」
アズは何やら小さな袋を取り出すと、そこから小さな石を出して嬉璃に見せた。緑色の石だが……。
「……ほほう、もしやこれはエメラルドぢゃな?」
「綺麗でしょ〜☆」
嬉璃の言葉に答えず、にこにこ笑顔となるアズ。宝石が対価ならば、しばしあやかし荘に置くことはやぶさかではない。
「よし、悪さをせぬというのなら置いてやってもよいのぢゃ。構わぬな、恵美よ?」
「あ……うん」
嬉璃に聞かれこくんと頷く恵美。これで話は成立だ。
「今日からはお主もここの住人ぢゃ。とりあえず2人とも汚れておるのぢゃから、風呂に入ってくるがよい」
「お風呂の用意は出来てますよ」
確かに、天井裏で追いかけっこをしていたソルディアナとアズの2人の身体は汚れていた。早く汚れを落としてさっぱりとしたい所ではあった。
「ありがとう。じゃあ一緒に……」
ソルディアナはそのままアズを連れて風呂へと向かった。少しして、風呂の方からはアズの驚きの声があったとかなかったとか……。
【天井裏の散歩者 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7833 / ソール・バレンタイン(そーる・ばれんたいん)
/ 男 / 24 / ニューハーフ/魔法少女? 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、天井裏に潜む何かを捕まえる模様をここにお届けいたしますが……何か意外なのが出てきましたねえ。
・とりあえずこの妖精の正体については、高原のNPCの情報を見ていただければもうちょっと詳しく分かるかなと。ともあれ単独では害はない存在ではあります、はい。
・ソール・バレンタインさん、7度目のご参加ありがとうございます。天井裏に居たのは鼠でも人でもスライムでもなく、まさかの妖精でしたが……妙な所で妙な情報が出てきちゃいましたねえ。それからファンレターどうもありがとうございました、多謝。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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