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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 神に祈る時間を -

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 梨乃が攫われた。
 攫ったのは、当然、クロノハッカー。
 どうやら、トライって奴が単独で犯行に及んだ模様。
 奴は、東京という世界にある空き家に来いと記したカードを送りつけてきた。
 空き家の在りかを示した地図と、ご丁寧なことに、捕らえた梨乃の写真も添えて。
 写真の梨乃は、全身を鎖のようなもので拘束され、ひどく痛めつけられていた。
 梨乃が本気を出せば、こんな鎖くらい、すぐに破壊できるはず。
 そうしない、できない理由は、ふたつ考えられる。
 ひとつは、鎖に何らかの仕掛けが施されていて、能力そのものが使えないのではないかという可能性。
 もうひとつは、トライの何らかの発言によって、梨乃の感情が抑制されているのではないかという可能性。
 例えば …… ありがちだけど、暴れれば仲間に危害が及ぶ。だからおとなしくしていろ、とか。
 何にせよ、梨乃は、ああ見えてプライドが高く、負けず嫌いなところもある。
 ただ黙って、おとなしく捕らえられているような、そんな女の子じゃない。
 もう、明白だ。あいつが、梨乃を拘束しているんだ。あらゆる意味で。

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 深夜零時、東京。
 トライが指定してきた空き家へとやって来た慧魅璃は、躊躇なく、ツカツカと最上階へ向かった。
 根拠はないけれど、最上階にいるという、そんな気がしたのだろう。いわゆる、勘というやつだ。
 身体に纏わりつく蜘蛛の巣を払いながら、少し急くようにして、不気味に軋む階段を上る。
 慧魅璃の左手には、トライが送りつけてきたカードと写真。
 ギュッと強く握られたそれは、もはや、ただの紙くずと化していた。
「思いのほか、早かったな」
 クッと笑い、梨乃の顔を床に押し付けるトライ。
 それとほぼ同時に、慧魅璃が、勢いよく扉を開け、いささか乱暴に入室してくる。
 トライが待機していた空き家の最上階は、大量の書物・書類で埋めつくされていた。
 そこらじゅうに散乱するそれらを踏みつけ、慧魅璃は、脇目も振らず、トライへと歩み寄る。
 無感情、無表情。人形のほうが、まだ生気があるのではないかというくらい、慧魅璃は冷めきった顔をしていた。
 その表情や雰囲気もさることながら、トライは、慧魅璃が "無傷であること" にも、驚かされる。
 致命傷を負わせるまではいかずとも、多少の傷を負わせることはできるであろう程度の罠を、トライは仕掛けていた。
 歓迎と挨拶、そういう想いをこめた罠が、空き家の入り口から、この部屋に到着までの間、十五ほど仕掛けられていたはず。
 それなのに、いったい、どういうわけか。慧魅璃は、かすり傷ひとつ負っていない。
 トライは、梨乃を床に押し付けたまま、苦笑して尋ねた。
「解除はできないはずなんだがな?」
「さぁ、何のことです?」
 ジッとトライを見据えながら返した慧魅璃。
 淡々としつつも、妙に力のこもったその口調に、トライは更に苦笑した。
 小馬鹿にされたような気がしたのだ。あんなもの、罠と呼ぶに値しない愚技だと、そういう風に。
 おそらく、トライが仕掛けた罠は、間違いなく発動している。慧魅璃を認識し、すぐに発動したはずだ。
 無傷のままここに辿り着けたのは、威圧。慧魅璃の全身から放たれている威圧の成せる業なのではないかと思う。
 つまり、憤怒に満ちた慧魅璃の威圧によって、仕掛けた罠が発動して間もなく、すぐさま掻き消されてしまったということ。
「言うねぇ」
 くっくっと笑いながら肩を竦めるトライ。
 そんなトライに対し、慧魅璃は、左手に握りしめていたカードと写真を、ゴミのように、トライの顔面めがけて投げつけた。
 至近距離で投げつけたにも関わらず、トライは、スッとそれを避けたが、避ける際に、ほんの一瞬、隙が生じる。
 その僅かな隙を見逃さず、慧魅璃は、囚われていた梨乃を抱きかかえて後退し、トライと距離を置いた。
「慧魅璃ちゃん …… 」
 体中に巻かれていた鎖を外してやると、梨乃は、ホッとした表情を浮かべ、慧魅璃の名を呼んだが、
 助けに来てくれてありがとう、迷惑かけてごめんね、そうお礼と謝罪を述べる前に意識を失い、その場に崩れてしまった。
 慧魅璃は、虚脱状態となった梨乃を、すぐさま漆黒の煙で覆い、宙に浮かせた状態にしてから、キッとトライを睨みつける。
 一瞬の出来事だった。つい先ほどまで、この手で梨乃の顔をグッと床に押し付けていたのに、もういない。
 隙が生じてしまったことは認めるが、その刹那に奪い返され、更に距離を置かれてしまったことには納得がいかない。
「用件を伝える前に先手を取られてしまうとは、俺もまだまだ甘いな」
 やれやれといった様子で溜息を吐き落とすトライ。
 だが、そうして自分自身に呆れたのも束の間で、トライは、すぐさま動いた。
 あっさりと奪い返されてしまった梨乃を、再び人質として手中に収めようと、風の魔法を連発する。
 無数のカマイタチ。モロに食らえば、無残に切り裂かれてしまうであろうその攻撃を、
 慧魅璃は、梨乃を庇いながら、ギリギリのところで、全て避けた。
 一発たりとも掠りもしなかったのもまた、予想外。
 トライは、ニヤリと笑い、手加減なんぞしている余裕などないのだと悟った。
 ザッと後退し、今度はトライから距離を置く。そして、トライは、指先で空中に紋様を刻み始めた。
 蜘蛛を模ったかのような不気味な紋様は、微風を伴いながらボンヤリと光り、その発光度合いを増していく。
 ピリピリと辺りの空気が張り詰めていく様に、慧魅璃もまた、戯れている余裕も暇もないと、そう悟る。
 ここでその魔法を放たれてはマズイ。おそらく、ここは、跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
 空き家に踏み入ったときから闇の力で身体を覆っているから、さほどのダメージは受けないと思うが、
 魔力の枯渇により憔悴している梨乃を庇いながらとなると、無傷でやり過ごすのは至難の業だ。
 そもそも、慧魅璃は既に気付いている。
 梨乃を使ってまで呼びつけた、トライのあくどい目的。
 でも、気付いたからといって、じゃあ、はい、どうぞ、と自分の身を差し出すことはできない。
 そんなことをしたら、みんなを悲しませてしまうから。みんなに叱られてしまうから。
 ならば、どうするか。いかにして、この悪状況を打破するか。手段はひとつだ。
「トライ」
 冷たく、突き刺さるような声で名前を呼び捨てた慧魅璃。
 紋様の刻印と詠唱に集中していたトライが、ふと意識を向けた矢先のこと。
 慧魅璃は、身の丈の何倍もある巨大な刀を手元に出現させ、その切っ先をトライの喉元にビタリとあてがった。
 刀の名はルシィ。普段は使わない、使いたがらないその凶悪な武器を出現させたことからも、慧魅璃の怒り、その度合いが窺える。
 刀の切っ先を喉元にあてがわれているのにも関わらず、トライは不敵な笑みを浮かべ、刻印と詠唱を止めない。
 そんなトライの態度に、慧魅璃は眉を寄せ、躊躇なく、サクリと刀を突き刺した。トライの、肩に。
 あらゆる邪負に満ちた刀、ルシィによる攻撃は、斬撃ながら、流血を伴わない。
 ただ、ルシィが触れた部位に、抉られるような激しい痛みが走るだけ。
 肩から全身を巡る痛みと痺れ。非常に不快なその痛みに、トライは、片目を閉じてチッと舌打った。
 ルシィによる攻撃は、もうひとつ、特異な効果がある。攻撃された側が "痛い" と感じているその間、身動きできなくなる呪縛効果。
 トライが悔しそうに舌を打ったのは、ルシィに備わっているその効果・性能を知り得ていたからである。
 油断なんて、していなかった。刻印と詠唱も、十秒あれば終えることができた。
 敗因は至って簡素。全てにおいて、慧魅璃の "速さ" が勝っていただけ。ただ、それだけの話。
「御用の時は、直接、私をお呼び下さい。拒んだりしませんから」
 ルシィを消し、ポツリと呟く慧魅璃。
 身動きできないトライをここで仕留めることは容易いが、慧魅璃は、それに至らなかった。
 初めから、その気もなかったのだ。ただ、慧魅璃は、梨乃を、仲間を救い出しに来ただけだから。

「さようなら」
 きっかけとなるワード。
 離別を口にした瞬間、それまで慧魅璃の腰元に巻きついていた黒い鎖、レビィがブゥゥンと音を立てながら弧を描きだす。
 あらゆる物質を任意の場所へと転移させる性能を持つ漆黒の鎖、レビィ。
 過去、慧魅璃は、クロノハッカーに襲われたとき、レビィの持つこの性能を用いて、彼等を時狭間の果てに飛ばしたことがある。
 つまり、物だけに限らず、人間など、生物に分類される存在も移転させることが可能なのである。
 まぁ、レビィの意思的には、人間などの生物も "物質" に変わりないと捉えている節があるようだが。
 ワードを口にすれば、レビィの転移効果は、すぐに発動される。
 数えて五秒。空中にて弧を描くレビィは、更にそのスピードを速め、やがて、紫色の霧を放ちながら消えていく。
 慧魅璃と梨乃もまた、その紫色の霧に乗じるかのようにして、ふっと姿を消してしまう。
 だがまぁ、五秒もあれば、無理やりにでも、どうにかできたはずである。
 傷が浅いこともあり、トライが肩に負った傷、その痛みは、既に引いていたから。
 それなのに、トライが何もせず、その場から動かなかった理由。
 その理由は、消える間際、ほんの一瞬だけ、慧魅璃が慧魅璃ではなくなったことにある。
 去り際の一瞬だけ、表に出た紅妃。慧魅璃の内に眠る、もうひとりの慧魅璃。
 その紅妃が、残していった言葉。
「お前らなんぞに慧魅璃は渡さねぇ。もう二度と」
 それは、警告の要素を多く含む捨て台詞。その言葉が、トライの思考を阻んだ。
 とはいえ、怯えただとか震えあがっただとか、そういうわけではない。むしろ、逆である。
 不用意に馴れ馴れしく近付くなと、そう忠告されればされるほど、ゾクゾクするから。
 慧魅璃に付けられた傷は、決して癒えない。いつまでもいつまでも、そこに在り続ける。
 その証拠として、トライの肩には、もうひとつ。
 遠い過去、慧魅璃に付けられた傷が今もなお残っている。
 まぁ、あの時と今回では、怒らせた理由が少し異なりはするけれど。
「難しければ難しいほど、燃えるんだよ、慧魅璃。特に俺は。忘れたのか?」
 一人、空き家の最上階に取り残されたトライは、不敵な笑みを浮かべていた。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / トライ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。