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第4夜 双樹の王子
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午後4時10分。
放課後、明姫クリスが渡り廊下を歩いていると、彼女より幼い女子生徒達がきゃっきゃと噂話をしているのが耳に入る。
「海棠先輩の事新聞部で記事にするためネタを募集してるんだって」
「新聞部が許可出したんだから、生徒会とかに怒られる事もないよね?」
女子生徒達がきゃっきゃと笑いながら通り過ぎるのを、クリスはふむと唸る。
確か前に小山君も言っていたけれど、やっぱり後輩には人気みたいねえ。
でも私の学年だとあんまり聞かないのよね海棠君の話。だから最近まで海棠君の事あんまり知らなかった訳だけれど。
あまりに無愛想な人だったから、小山君が言ってたみたいに親切な人とは思わなかったわ。後輩に人気なのはそう言う所だったりするのかしら? まあ。
「あの人がどんな人か、ちょっと興味が沸いたのは事実なのよねえ」
そう言いながら渡り廊下を渡り切る。
その先の図書館に入った。
クリスは図書館の奥に入り、新聞や音楽雑誌のバックナンバーを取り出した。
「海棠秋也、海棠秋也、と……」
バックナンバーの数が足りない。多分自分と同じく海棠の事を調べている生徒が持っていってしまったのだろう。
クリスがバックナンバーに目を通している間もバックナンバー棚の新聞や雑誌は生徒達が持っていったりする。皆、クリスより下級生のようだ。
あらら?
クリスは首を傾げた。
ファンじゃなくても、怪盗の情報がただでもらえるんだったら、調査するって思ってたんだけど。
さすがに誰1人同学年とすれ違わないのは、流石におかしい。
おかしいと言ったら、バックナンバーもである。
「何か、一部明らかに海棠君関係なさそうなものが抜けてるんだけど……」
小山君も情報規制が入ってるとは言っていたけど、海棠君以外にも規制されているものがあるって言うのかしら?
クリスはとりあえず、関係ありそうな事だけはざっと目を通した。
海棠君は、何故か賞は全く取ってないわねえ。変なの。確かに世の中たくさん巧い人はいるけれど、海棠君が参加したコンクール、全部最終選考に残っているのに、何の賞にも引っかかってない。流石にそれが3年以上も続くのは……。前に定期演奏会でどこかの楽団の人が彼に留学の話持ってきたとは書いてるけど、そこから先の話は聞かない。取りやめになった? いい話だとは思うんだけど……。
まあ、全部推測の域は出ないわね。
図書館を後にする。
後は、インタビューかしら。
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午後4時50分。
既に部活に入っている生徒以外は下校していてもおかしくない時間なのだが、中庭はやたらと生徒が多い。
この子達、皆海棠君に話を聞きに来た子達かしら。
「海棠先輩みつからないねー」
後輩達の言葉を耳に入れつつ、クリスは理事長館にベルを鳴らしてから入る。
もしかすると理事長なら海棠君どこにいるか知っているかもしれないし。
それに。
最近よく会う女の子。あの子は海棠君について詳しそうね。音楽科の人に聞いても「知らない」って言ってたから、他の科の子なのかしら? 理事長を「栞さん」って呼んでたから、ここに遊びに来ているといいんだけど。
「すみません、誰かいませんかー」
返事がない。
まあ理事長も仕事の時はいないだろうし、理事長がいないなら、あの子も来ている訳はないか。
クリスはそう納得し、理事長館から出ようとした時だった。
「……理ですっっ」
「いいからやれ」
えっ……?
理事長館の部屋の1つから、擦れた声が聞こえた。
この声は、海棠君と……あの子?
「いいからもう少し足を開け」
「ちょ……いや……痛っ……」
掠れて、息を切らした声が聞こえる。その声は悲鳴に近い。
これは……まさか……まずい現場に直面した!?
クリスは迷わずドアを開け放った。
「ちょっと! 一体何をして……って、あら?」
「あ……こんにちはー……」
「………」
その部屋は、大きな鏡にバーが設置してあった。バレエの練習場である。
ああ、そう言えば。
理事長館は基本生徒なら誰でも好きに出入りしていい。
時々バレエを人前で練習するのが嫌な子が、理事長館に練習に来るって聞いてたけど。
それかあ……。
クリスは脱力した。
女の子はレオタード姿で、バーに捕まって柔軟体操をし、海棠はその正面で脚を上に持ち上げていた。ああ、痛いって柔軟体操のせいか……。
「あら、ごめんなさい。てっきり……」
「先輩にバレエ見てもらってただけですが」
「え? 海棠君ってバレエ見れるの?」
「………」
海棠はいつもの仏頂面でクリスを一瞥した。
海棠君練習を見れるって事は、バレエしてた経験あるのかしらね。
「ねえ、海棠君」
「……さっきから知らない連中がここに来るんだが、お前もそれか?」
「えっ?」
「海棠先輩、新聞部の募集で自分の事を知らない内に募集されてたって、最近ここにもなかなかいられないみたいで……」
「えっ、ちょっと待って。私も変だなって思ったけど、新聞部の子が確かに本人から許可取ったって」
「……ああ。あいつか」
確かに小山君の事は知ってるみたいだけど、許可出した覚えは、ない?
何それ。どう言う事?
クリスは思わず女の子の方を見るが、彼女も本当に困ったような顔をして首を傾げるだけだった。
海棠は無表情だったが、既に女の子置いてさっさとここを出ようとしている。
「あっ、1つだけ質問させて」
「……?」
海棠はクリスを見た。
本当に女性受けしそうな顔なのに、後輩にだけ人気があり、同学年以上には無視される海棠。何かあったらしいのだが、その事はあまり大きく触れ回ってはいけないらしい。
「怪盗について、どう思う? 彼女、バレエの名手らしいんだけど。バレエ教える位には知識あるみたいだし、海棠君からしたらどう見えるのかなって」
「………」
思惑顔。
珍しく海棠が目を伏せ思案する様を見て、女の子はおろおろとクリスと海棠の顔を見比べていた。
「……踊りの重心がおかしい」
「えっ?」
全然期待していた答えではなく、クリスは目を瞬かせた。
てっきり巧いとか下手とか言うと思っていたから……。
「どう言う意味?」
「バレエは年を取れば重心を変えないと身体を壊す。特に10代の時は年ごとに肉付きが変わるから、その都度調整しないといけない。あの踊り方はバレエを覚えたての子供の踊り方だ。確かに子供なら身体の負担はかからないだろうが、俺と同い年位であの踊り方は、その内身体を壊す」
「まあ……」
怪盗の踊りを少し見ただけで、そこまで判断するなんて……。
それにしてもそこまで分かるなんて、この人相当バレエに詳しいんじゃ……。
なら、何で今はバレエに関わっていないのかしら? 身体を痛めた……とかじゃなさそうねえ。この子にバレエ教えてた位だし。
クリスが訝しがっている間に、海棠は女の子も置いてさっさと練習場を後にしてしまった。
「ああ、先輩っ!」
「あら……私のせいで練習の邪魔して。ごめんなさい」
「いえ、先輩いつもバレエの話を長い事したら怒り出すんで。今日はたまたま機嫌がよかったみたいだから、練習見てくれましたけど」
「あら……そう言えば、私貴方の名前まだ聞いてないけど」
「あっ、そういえば自己紹介まだでしたね。私、楠木えりかバレエ科です」
「あら……明姫クリス普通科よ」
「変ですね。ずっと会ってたのに名前知らなかったなんて」
「そう言えばそうね」
クリスと女の子改めえりかは笑い合った。
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午後5時50分。
クリスは新聞部に赴き、先程見た光景を連太にかいつまんで説明した。
海棠はバレエに造詣が相当詳しい事、後輩の面倒を見る位には優しい事、特に楠木えりかと言う少女とはバレエの練習に付き合う位には仲いいけれど、恋愛関係かどうかは分からないと。ただ海棠の「知らない」発言は保留する事にした。
「ああ、楠木さんですか。確かによく一緒にはいますね。一緒に練習しているとは知りませんでしたし、先輩がバレエに詳しい事までは知りませんでしたが」
「あら、あの子と知り合い? 小山君」
「……腐れ縁と楠木さんが友達なんです」
「なるほど」
「はい。お疲れ様です。これで記事が無事書けそうです。お礼ですがこちらを」
「あら? 何」
連太が差し出したのは1枚の写真だった。
宝剣? レプリカみたいだけれど。
「おそらく次の怪盗の狙う品です」
「これ、うちの学園にあるの?」
「はい。フェンシング部にある品ですね。怪盗の盗むものの共通点は、調べた所古くて、何らかの形で学園の生徒が関わっているものですから。こちらの宝剣も、卒業生が作ったものと聞いています」
「なるほど」
前に怪盗がイースターエッグを消したのを思い出した。
これもまた、消さないといけないものなのかしら?
そこまでは、まだ分からなかった。
<第4夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8074/明姫クリス/女/18歳/高校生/声優/金星の女神イシュタル】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
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■ ライター通信 ■
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明姫クリス様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
女の子の正体判明おめでとうございます。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
第5夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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