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<東京怪談ノベル(シングル)>


天使の悩み 杞憂の朝
 カチカチカチ、と壁に掛けられた時計が時を刻む。
 その時計の針は10時をさしている。
「……」
 三島玲奈(みしま・れいな)は時計と同じく、壁にかけられた制服を一瞥して、再び枕に顔を埋めた。
 机の前の時間割に目を向ければ、すでに2時限目の体育が始まっている時刻。
 玲奈の格好は体操服。なんとか気力を振り絞ってそこまで着替えたはいいが、登校するまでに至らない。

 原因は…

 時計をちらと見ると、死者の苦悶の表情から骸骨へと朽ちていく様がありありと表面に浮かんで見えた。
「なんで見ちゃうかなぁ」
 枕に顔を埋めたまま、玲奈は盛大にため息をついた。
 予知夢を見た。
 それは生徒が屋上から投身自殺をする、というもの。
 玲奈の能力なら十分に助けることが出来る。
 しかし新学期が始まり、クラス替えが行われたばかり。自分の本来の姿をさらすには抵抗があった。
 例え周りで怪奇な出来事が日常茶飯事に起きているような昨今だとしても。
「…はぁぁぁぁぁぁぁ」
 玲奈は息を大きくすって立ち上がり、壁の制服を無造作にとると、袖を通して一気にスカートまではく。
 女子にとってスカートをはく事は一大儀式。素足を晒して歩くことへの抵抗感をなくす為に、勇気を振り絞ってテンションを高めることが重要。
 本日何度か目に玲奈の部屋を覗きに来た母親を横目に、玲奈は通学鞄を左手に持ち、通学路を急いだ。

 学校につき、そーっと教室へと侵入を試みたが、どこかにレーダーでもついているのか、あえなく御用。丁度担任の教科だった為、捕まってお説教。
 玲奈は気が気じゃなく、窓の外を何度も眺め、それがまた気持ちがここにない、とお説教を長引かせる結果になった。
「全く新学期早々遅刻して来たかと思えば…」
 同じ話がループになった頃、『それ』は訪れた。
 怒る担任の肩越しに、転落する生徒の姿が見えた。
「!」
 考えるより先に身体が動いていた。
「おい!」
 と引き留める担任の手をすり抜けて、換気の為に開けてあった窓から飛び出した。
 背後で起こる悲鳴と驚愕の声。
 刹那、玲奈の背中に鮮やかな純白の翼が広がり、突然広げた為、羽根が雪のように空を舞った。
 玲奈はしっかりと生徒を抱き留め、グラウンドに舞い降りると、そっと地面に生徒を寝かせた後、尖った耳の先まで真っ赤にして、気を失った。

 見られちゃった見られちゃった見られちゃった。
 ほとんどどうやって帰ってきたのか記憶にないまま、玲奈の頭の中は上記の言葉でいっぱいだった。
 同級生に、自分の翼を見られてしまった。
 深々と頭まで布団を被り、玲奈は呪文にように「見られちゃった」と繰り返す。
 翌日からすっかり登校拒否になってしまった玲奈を、母親はため息混じりに起こすが、布団の中から出てくる気配がない。
「もう! いい加減にしなさい!」
 布団を引きはがそうとするが、全然布団から引きはがすことが出来ない。
「おはようございます!」
 玄関に朝の挨拶を告げる声がいくつも聞こえた。
 母親は玲奈の布団を離すと、玄関へと向かう。
 挨拶の声は、布団の中で丸まっている玲奈には聞こえない。
 今度は「お邪魔します」という声がいくつもあり、部屋のドアが開かれ、複数人の足音が入ってきた。
「三島さん」
 誰かの声が聞こえるが、玲奈は返答しない。
「布団から全然出てこなくて…」
 困ったような母親の声。布団から引きはがす事も出来ないのよ、という言葉に、窒息しちゃうよ! と心配する声があがる。
 その声を幕開けに、幾人かが玲奈の布団に手をかけ、一斉に引き上げた。
「!!!???」
 あっさりと掛け布団は剥がせたが、敷き布団に鬼のような形相でしがみつく玲奈の姿が皆の目に飛び込んできた。
 その姿を見て、おかしい、と感じた数人が『梁守サイキックリサーチ』の名前を出し、そこに連れて行ってみよう、という事になった。
 敷き布団にしがみついたままの玲奈を、男子数人で母親の運転する車に乗せると、学校に行くメンバーと付きそうメンバーとにわかれた。
 普通ならサイキックリサーチ、などというところに頼るものでもないが、玲奈の様子がおかしかったのと、【おかしい】が起こってもそれが平然と受け入れられてしまうご時世故かもしれない。

「…話はわかりました」
 梁守圭吾が笑顔で頷くと、生徒達は安心したように安堵の息を漏らした。
 そして未だ敷き布団にしがみついたままの玲奈の傍にしゃがみ込んだ。
「やめてよ! みんなあたしの事笑いに来たんでしょ! 翼があるなんておかしい、って!」
 皆の視線を蔑視に感じ、玲奈は怒鳴る。
 その声は嗄れていて、いつもの玲奈の声ではなかった。
「そんな事ないよ! 今日は三島さんにお礼を言いたくて来たんだよ? あの日から学校に来ないから心配で!」
「嘘っ! どんな姿してるか確認に来ただけでしょ! それでまた、笑うんだ…」
 女生徒が否定の言葉を発するが、玲奈は何を言われても聞く耳を持たない。
「これがその、現場にあった人形ですか?」
 一人の生徒が持っていた人形を圭吾が手に取ると、その人形は命を得たように圭吾の手のひらに立ち上がった。
「綺麗な翼のお姉ちゃんだ!」
 ぴょん、と人形は手のひらから飛び降りると、玲奈の横に立ち、翼が綺麗だった、と格好いい、可愛い! と大絶賛。
「え? そ、そお…?」
 さすがに人形に言われて、玲奈は態度をかえる。
 瞬間、同級生数人が敷き布団を引きはがしにかかるが、玲奈は益々力を強めて敷き布団に執着する。
「いい加減、離れた、方が、いいよっ!」
 思い切り男子生徒が布団を引っ張ると、玲奈は布団ごと床を転がり、テーブルの足に頭をぶつけた。
 そんなに勢いよくぶつかったわけではないが、長いこと憑依されていたせいで、体力が落ちていた玲奈は、あっさり気絶してしまった。
「いまのうちに」
 圭吾に促されて、敷き布団と玲奈を引き離す。
 瞬間、布団は窓から身投げをするかのように落ちて行った。
「……あそこなら通行人の邪魔にはなりませんね」
 良い天気ですし、湿気を飛ばしてくれるでしょう、と圭吾は笑んだ。
 抑圧された敷き布団の怨念が、引き籠もりの執念だった。しかし干せば湿気とともに疑念はとんでいく。
 除霊などしなくても、勝手に昇華されていくだろう。

「大丈夫、三島さん?」
 ソファに寝かされた玲奈は、大勢の同級生の視線に囲まれて目を覚ました。
「え、あ、あれ!?」
 今度はパジャマ姿の自分に気が付いて真っ赤になってソファの上で丸くなる。
 それに圭吾はそっと大きめの上着を玲奈にかけた。
「三島さん、この間はありがとう!」
「え……?」
 てっきり翼があるなんておかしい、と非難されるとばかり思っていた玲奈は、目を点にして同級生を見回した。
「飛び降りた子、私の友達だったんだ。今は大事をとって入院してるけど、かすり傷ひとつなくて元気だよ」
 女の子の一人が玲奈の前にしゃがみ、そっと手を握った。
「あの後、まともに話も出来なくて、三島さん、「見られちゃった」って言いながら帰っちゃったから、心配だったんだよ。翌日から学校出てこないし」
「だ、だって、翼、が…」
 茫然としながら玲奈は口をパクパクさせる。
「それだけど…」
 いいにくいように女生徒が言うので、玲奈はやっぱりおかしいんだ…とうつむく。
「なんて言っていいのかわからないけど…すごく綺麗だよね!」
「え、ええ!?」
 驚愕に顔をあげる。
「なんかうまい言葉が浮かばないんだけど、すっごく綺麗な翼で、羨ましい!」
 この言葉を皮切りに、あちこちから綺麗、格好良い、可愛い、という声が次々とあがる。
「あ、あたし…おかしくないの?」
「全然! すっごく素敵だと思うよ……玲奈☆」
 名前を呼ばれて、玲奈は全開の笑みを浮かべた。

 引き籠もる理由も、学校を避ける理由ももうない。
「よしっ、完璧♪」
 スカートをはくと、姿見の前でポーズ。
「行ってきま〜す☆」
 今日も素足にスカートで、玲奈は通学路をかけて行った。