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+ とてもあま〜い罠 +
基本的に長い黒髪なのだが、前髪の一部だけが綺麗な紫をしている事がとても印象的な竜族の少女――ファルス・ティレイラは本日も師匠の魔法薬屋へと手伝いに来ていた。
いつも通り接客し、特になんの問題もなく業務を終えると師匠と共に店仕舞いをし、閉店する。師匠はといえばその後外に出かけると言うので、彼女は一人留守番することを言い付けられた。
師匠のお見送りをした後、彼女は一人何か遣り残したことはないかと意識を巡らす。けれど本日は本当に順調に業務は進んでいたし、師匠もまた彼女に何か特別なことを言いつけることはなかった。
「今日は本でも読もうかな。あ、これって確か新刊の絵本だって師匠が言って――」
カタン。
絵本を手に取ろうとした瞬間、彼女の小指に何かが引っかかる。あわてて視線を落とせば其処には瓶が倒れており、しかも中身の液体が溢れ出し絵本へと被ってしまっているではないか。
これはまずい!
彼女はひぃっと一瞬にして表情を凍らせると一先ず絵本がそれ以上濡れないように机の端の方へと寄せ、ほぼ中身が空になってしまった瓶を起こし、何か拭くものはないか顔を左右に動かす。だが視線が届く範囲内にはそれらしいものはない。
「うわーん、このままじゃ怒られちゃうよ〜っ!!」
絵本を濡らしてしまった事、それから何の液体かは分からないがそれを思い切りぶちまけてしまった事、床を汚してしまった事などなど、彼女が怒られる要因は沢山ある。
ちょっと本を手にとって見たかっただけなのに! と彼女は嘆きながら彼女は飛び出すように部屋を出た。
――ところで、異変とは突然起きるものである。
絵本に被った液体は実は師匠が作った「具現化魔法薬」で、それを具現化したい物が描かれた絵などに掛けると、現実化してしまうというなんとも魅力的で厄介な代物だった。
そしてティレイラが居ない間に絵本に掛かってしまった魔法薬はその効能を見事に発揮し、液体が被った場所――お菓子の水飴を正確に具現化させ始めてしまったのだ。
とろり、どろぉり……。
絵本から溢れ出して来る大量の桃色の水飴はやがて机を覆うだけじゃ足りず床へと零れ落ちていく。甘い香りが充満した部屋にティレイラがタオルを持ち、戻ってくる頃には床一面が粘着質のそれで覆われてしまっていた。
「さあ、これで拭いて無かった事にしちゃ、――ん、きゃぁっ!? 何、なにこのねばねば!?」
戻ってきたまではいい。
扉を開いたまでは良かっただろう。
ただ、走りこんできたのが悪かった。
彼女は一瞬にして足を捕らわれ、そのまま一気に上半身をもバランスを崩し倒れこんでしまう。四つん這いにも似た状態になってしまった彼女には自分の身に一体何が起こっているのかさっぱり分からない。だがまるで虫のように捕らわれてしまった事は理解した。
慌てて手足を引き抜こうと力を込めるが、水飴は性質上綺麗に伸びるだけで彼女を放そうとはしない。むしろ肌を覆い膜でも張るかのように纏わりついてくる。それでもめげずにティレイラはもがき続けるが、体勢は更に崩れて悪化する一方だった。
「い、一体、何が、どうなって、こんな大量な水飴が出現して……っ、ぅうう、怒られること確実だよぅ〜」
やがて細かな息を吐き出し、疲弊した身体をどうにか休ませようと一旦身体の力を抜く。
ところが、魔法薬の効果は水飴を意志の有るものへと変えたようで、水飴はチャンスとばかりに彼女の身体を這い上がってきたではないか。
生温かく粘着質な水飴が服の隙間や布、肌をくまなく覆いつくそうとその身体を広げ彼女を捕獲する。
「うそ、やぁ、やだぁああっ、気持ち悪ぅ、んっ、ん、あま、あまぁ……ぁ、ぁ……んぁ………」
助けを求める口にも、必死に扉へと伸ばす手にも、逃げようと突っぱねる足にも、水飴は、容赦なく襲い掛かる。
苦しい、と彼女は唇を動かすがその喉にすら水飴は入り込み声を塞いでしまった。
甘い香りはまるで虫を誘う花のよう。
捕まったティレイラはその水飴から逃れる術なく、やがて涙すら零せぬまま意識を手放す。やがて水飴は冷え、その場に残ったのはある一つの飴細工。
静かな部屋。
誰も助けになど来ない、その部屋に師匠が帰ってくるまで愛らしい少女飴細工は在り続ける。
甘い。
甘い。
まるでそれは「罠」。
元凶の絵本の表紙には主人公の少女が美味しそうに水飴に舌を伸ばしている姿が描かれていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、またの発注有難うございました!
個人的に水飴好きなのですが、大量の水飴だと大変なことになりますよね。あのねばねば感が個人的には好みで大好きなのですが(笑)
どうかお師匠様に助けていただけることを祈ります!
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