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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route6・護るために…… / 宵守・桜華

 ある昼下がりの出来事だった。
「買い物に付き合え」
 喫茶『りあ☆こい』を訪れようとした宵守・桜華は、その声に思わず足を止めた。
 たった一言。
 この一言をかけた人物に、桜華は飛びあがらん勢いで喜んだのをまだ鮮明に覚えている。
 そしてそれから数分後が、現在だ。
「蜂須賀……これは、なんでしょう?」
 両手いっぱいに抱えたビニール袋。腕から下げた紙袋にも、ビニール袋の中同様に、たくさんの荷物が詰まっている。
 それを見下ろしてから、桜華の目が目の前の菜々美を捉えた。
「買い物だ。他に何に見える」
 淡々と返された言葉に、口元が引きつった。
「そりゃ、見りゃわかるんだが……こりゃ、どうみても店のだろ」
 袋の中に納まるのは、業務用の雑貨だ。
 中には調味料などもあり、どう考えてみても普通の買い物ではない。そもそも量が半端でないのが痛い。
「見てわかるだろうが、今日は荷物が多くてな。役立てるだけ有難いと思え」
「有難くって……」
 いったい何様でしょう。
 桜華の口がわなわなと震え、彼の目が点を捉えた。
 そして――。
「親父殿、お袋様! 息子は今日も元気に丁稚に使われてるよ――……って、あだぁ!!」
 思わず叫んだ声に、痛烈な打撃が襲う。
「それを拾ってさっさと来い。次はあの店だ」
「拾ってって……ジャム」
 目を落とせば視界に入る、イチゴジャムの瓶。
「これを投げたのか……俺、良く死なないな」
 ゾッと背筋を寒い物が駆け巡る。だがまあ、菜々美に抗議したところでそのほとんどは無意味だ。
「仕方ないか」
 ひょいっと爪先で瓶を蹴りあげて荷物に放る。
 そうして歩き出しながら、菜々美の後を追いかけた。
 そんな彼女の服装は、メイド服でもなければ、学生服でもない。ジーンズにシャツと言ったシンプルな格好に、少し大きめなバッグを肩から下げている。
 その中には、『アレ』とか、『ソレ』とか、『あんな物』とか入っているんだろう。
「ぶるぶる、想像したらいかん!」
 想像するだけで何だか悪寒が込み上げてくる。ここは是非とも華麗にスルーすべきだ。
 桜華は菜々美の隣に並ぶと、視界に入ったショーウィンドウを見た。
 そこに映る自分と菜々美の姿に、思わず顔が歪む。
「……うん、まあ……これも広義の意味で解釈すればデートだ」
 そう考えれば乱雑に扱われたって頑張れる。
 もちろん、荷物持ちなのは変わらない。だが見方によっては恋人同士に見えなくもないのだ。
「うんうん、悪くない。うん? あの店は……」
 コクコク頷き前を向いた彼の目に飛び込んできた眩い世界。それを目にした桜華の目が輝いた。
「蜂須賀、その店の後はランジェリーショップに……――っ、冗談、です」
 ヒンヤリ冷たい感触に頬が揺れる。
 それもその筈、額に触れているのは、菜々美愛用の銃だ。しかもかなりな割合で見慣れていて、その威力は折り紙つきである。
「ち、ちょっと口が滑っただけだ。他意はない」
「……」
 じっと見つめ合う――もとい、睨み合うこと僅か。
 菜々美の銃が下げられた。
「馬鹿は休み休みにしろ。次はないぞ」
 冷たく言い放ち、雑貨店に入ってゆく。
 その姿を見ながら、桜華の口から僅かに息が漏れた。
「……大丈夫、みたいだな」
 零した声には安堵が含まれている。
 その脳裏によぎるのは、先日の菜々美の姿だ。
「あのときは、随分とピリピリした空気が流れてたからな。でもまあ、今の感じなら問題ないだろ」
 確かに、先日会った菜々美はずいぶんとピリピリしていた。
 だが今は違う。若干柔和されて落ち着いた雰囲気が流れている。
 菜々美のことだ。
 きっと桜華のそうした心配を聞いたら、「貴様の気にすることではない」と一掃するに決まっている。
 だからこそ、ここは1つ……。
「このナイスガイを見て、癒されるしかない! 蜂須賀、俺を見ろ!」
 顎に手を添えて、キラーンと歯を光らせてポーズをとる男。
 明らかに不審者にしか見えない彼に、周囲の目が突き刺さる。
「……し、しまった……」
 かあっと顔全体が熱くなる。
 冷静に考えても、冷静に考えなくても、ここは公衆の面前。こんな態度をとれば、周囲の視線が集まるのは当然のことだ。
「穴があったら入りたい……うん?」
 その場に蹲りそうな彼のズボンを誰かが引いた。
 目を下ろせば、幼い男の子がたっている。しかも何処となく懐かしい雰囲気を漂わせる子だ。
「どうした、坊主」
 しゃがんで目を合わせれば、青っ鼻が目に飛び込んでくる。しかも頭は丸刈りの坊主だ。
「随分と昔懐かしいガキンちょだな」
 ニンマリ笑うと、男の子もニカッと笑った。
 そして鼻水を大仰に啜ると店の外を指差す。
「眼鏡のねえちゃんが、前の店に戻るって言ってたぞ」
「へ?」
 どうやら桜華が馬鹿をやっている間に、菜々美は別の店に行ってしまったらしい。つまり、完全にピエロ状態と言うことになる。
 だが、考えようによってはこの場から逃げる良いチャンスではある。
 桜華は男の子の頭にポンッと手を置くと、店の外に出て行こうとした。だが、その足が不意に止まる。
「?」
 妙な違和感が彼を襲った。
 首筋に走る奇妙な感覚。目が回るような、不思議な感覚に目が動く。
「これは……っ!」
 その目に飛び込んできたのは、時間の止まった空間だ。
 先程、桜華に声をかけた男の子も、駆け出す前の格好で止まっている。
「こいつはいったい――ッ!」
 状況を判断しようと思考を巡らせた桜華に、再び異変が襲う。
 耳を切り裂くような異音が彼を襲ったのだ。
 その音に思わず荷物が落ちる。そして、耳を塞いだ彼の視界がグニャリと歪んだ。
 マーブル状に代わってゆく景色。それが落ち着くと、彼の状況は大きく変わっていた。
「ここは……」
 彼が今置かれている場所は商店街ではない。
 周囲を木々に囲まれた不思議な空間だ。
 それを見回すと、ある一定の場所で目が止まった。
「ようこそ、宵森桜華君」
 視界に映る朱の着物。それを着こむのは病弱な印象を与える男だ。
「――窮奇」
 桜華の呼び声に、窮奇と呼ばれた男はゆったり微笑んだ。そして今にも折れそうな足を、1つ前に伸ばす。
「私の招待を拒否しないで貰えて、嬉しいですよ」
 紡がれる静かな声に、桜華の眉が潜められる。
「行き成り招いて拒否しろって方が、無理だろ」
「君ならできるでしょうに」
 クツリと笑った窮奇に、桜華は呆れた息を吐いた。
「……まぁ、監視されるのも飽きてきたとこだし、折角の招待だ。お招きにあずかろう」
 クイッと眼鏡を指で押し上げて、迎撃の態勢をとる。だがそんな桜華に、窮奇は意外な行動をとった。
「あん? 何だその手は」
 差し出された骨ばった手。そこに不可解な視線が落ちる。
「宵守君。君は菜々美の傍にいるべき人ではない。君の様に優れた者は、私の様に優れた者と行動を共にすべきです」
 自己陶酔――そう言っても過言ではない言葉に、思わず鼻で笑う。
「確かに俺はナイスガイだ。それは認めよう。だが、優れてるのは俺よりも蜂須賀の方だろうよ」
「君は十分優れています。それは私が保証しましょう。そもそも、何故君の様に優れた人間が、菜々美なんかの傍にいるのか」
 全くわからない。そんな風に首を竦める窮奇に、桜華の眉が揺れる。
「菜々美は確かに優秀です。ですが、あれは未熟すぎる。今のままでは限界は見えています。そうは思いませんか?」
「未熟上等。未熟故に上昇するものもある。蜂須賀はこれからだ。アンタの物差しでアイツを見るな」
 桜華はそう呟き、取っていた構えを解いた。
 その事に窮奇が心底不思議そうに眉を潜める。
「……君なら見えているでしょうに」
 窮奇は桜華に伸ばした手を下げると、右手で悠然と五芒星を刻んだ。
「今のままでは、あの子の限界は見えています。それに気付かない君ではないはず。それでも私を拒否するのは、私の実力を疑っているからでしょう」
「あん?」
 窮奇は五芒星を刻み終えると、別の指を唇に添えて言霊を吹き込んだ。
 その動きは滑らかで、並の術者でないことは伝わってくる。そして、彼の瞳が伏せられた。
「九字法――『者』の神、不動明王招致!」
「っ、五芒星に九字法だと!? っ、く……なんて無茶苦茶なっ!」
 五芒星に触れた指。そこから光が溢れ、信じられないような突風が吹いて来た。
 それを両腕で遮りながら叫ぶ。そもそも五芒星は西洋の術式で、九字法は東洋の術式として確立している。
 洋と和。決して相容れぬ訳ではない。しかし、簡単に交わるものでもないのだ。
 だが――。
「……マジに、出た」
 呆然とする桜華の前に現れたのは、周囲の木々と同じくらいの大きさをした人間だ。
 しかも右手には宝剣を、左手には縄を持っている。そして瞳は怒りに満ち、真っ直ぐに桜華を見据えている。
 その姿は、本などでも良く目にする、不動明王そのものだ。
「私が操るのは九字法の神そのもの。菜々美の様にまがい物を扱うことはしません。これで私の実力がわかっていただけたでしょう。さあ、私と共においでなさい」
 再び差し伸べられた手。
 それを見て桜華の口から「ハッ」と息が漏れた。
「だから何だ?」
 響く声に、窮奇の目が驚いたように見開かれた。
「俺は蜂須賀が強いから一緒にいるんじゃない。強さは関係ないんだ。アイツが本気で笑ってる顔さえ見たい。まずはそれが目標なんだよ」
 桜華はチラリと不動明王を見ると、その身を返した。
「宵守君、どこに行くつもりかね! そうだ。もし私と共に来れば、菜々美の事をもっと教えてやろう。何ならあの子の生い立ちも含め――」
「必要ない」
 首だけを巡らせ、キッパリと答える。
「アンタの事も含め、蜂須賀の事は詮索する気はない。蜂須賀が自分から話してくれるまで知る必要もない。けどまあ、『何』か、は、薄々か」
 思わず苦笑いが口を吐く。
 そう言えば昔、似たような馬鹿が1人いた……そうは思うが、それは口に出さなかった。
「アンタを倒すのは俺の役目じゃない。だから、手は出さない」
 じゃあな。そう言って歩き出した彼の手が周辺を探りだした。
 結界の綻びと、抜け出す道を探そうと言うのだ。しかし、その手が止まる事態が直ぐに起きた。
――ベキッ……ベキベキ……ッ。
 ガラスにヒビが入るような、そんな音が響く。
 その事に桜華は勿論、窮奇も動きを止めた。
――バリンッ!
 目の前で崩れる景色。
 まるでパズルのピースがパラパラと零れ落ちるような、そんな光景に桜華の口角がゆっくりと上がった。
「漸くのお出ましか」
 呆れ半分、喜び半分。そんな呟きに答えるよう、清廉とした声が響く。
「白獅子、そのまま不動明王を打ち砕くぞ!」
 色がなくなり、無と化した空間に白獅子が飛び込んでくる。そしてそれは真っ直ぐに、不動明王を目指した。
「よお、蜂須賀」
 隣を見れば、白獅子に印で指示を出す菜々美がいる。
 彼女は横目に桜華を確認すると、呆れたような息を吐いた。
「何処に行ったかと思えば……愚か者が」
「悪い」
 素直に詫びるのは、菜々美が心配してくれたことに気付いたからだ。そしてその声を受け、微かにだが彼女の唇に笑みが乗る。
「白獅子に新たな法を付加。一気に蹴りをつける」
 菜々美の声に白獅子が咆哮を上げた。
 そして新たに放たれた弾丸を受けて、白獅子が加速する。
――オオオオオッ!!!
 勇ましい叫びに、迎え撃つ不動明王は身動きをない。それどころか、視線は白獅子ではなく、桜華に向けられたままだ。
「御前を越えなきゃ、アイツが前に進めないのなら。俺は、天を喰らい散らしてでも、御前に菜々美を轟かせる。あっちの目が俺にあるなら、このまま惹きつけるまでだ!」
 桜華の声に不動明王の目が光った。
「!」
 一瞬の出来事だった。
 不動明王が手にする縄が迫る白獅子を絡め取り、難なくその身を縛りあげると、地面に叩き落としたのだ。
 勢いをなくした白獅子は、低い唸り声を上げて姿を消してしまう。
「赤子の手を捻るも同然ってか……だが、蜂須賀もここで終わるはずがない! 堪えてやろう!」
 そうして前に出ると、桜華は真正面から不動明王の攻撃を受けようとした。
 翳した両の腕に、不動明王の宝剣が迫る。
 その勢いは半端ではない。
 下手をすれば怪我ではすまない勢いだ。
 だが、これを受け止めれば相手に隙が生まれ、菜々美が前に出ることが出来るかもしれない。
 桜華は迫る刃を受け止める腕に、気を集中させた。そうすることで少しでもダメージを減らそうと言うのだ。
 しかし、宝剣が触れることはなかった。
「――……蜂須賀ぁッ!!!」
 僅かな間を縫って、菜々美が宝剣と桜華の間に入ったのだ。
 そして2丁の銃を宝剣に向け、無数の弾を放つ。
「九字法全解除!」
――ドオオオオオオンッ!
 凄まじい音と共に、辺りが光りに包まれる。
 そこに上がる螺旋文字の竜巻。その中で不動明王がもがいているのが見えた。
 だがそれも一瞬のこと。
 螺旋文字の竜巻が消えると同時に、不動明王の姿が消えたのだ。
「……蜂須賀?」
 光が消え、視界がクリアになると、桜華の目に思わぬものが飛び込んできた。
 その瞬間、彼の背に寒い物が走る。
「まがい物は壊れましたか。これで菜々美も終わりですね」
「窮奇ッ!!!」
 窮奇の前に倒れる菜々美。それを悠然と見下ろす相手に、桜華の拳が迫る。
 だが、それが届く前に彼は姿を消した。
 後に残されたのは、地面に倒れた菜々美と、その傍に佇む桜華だけだ。
「こいつは、蜂須賀の……」
 足元に視線を落とした桜華の目に、部品らしきものが見えた。
 良く見れば、菜々美が普段使用している銃だ。
『菜々美も終わりですね』
 窮奇の声がよみがえる。
「……終わりじゃないだろ。まだだ……」
 桜華はそう呟くと、残骸と菜々美を腕に、空間を後にしたのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 窮奇 / 男 / 31歳 / 欲鬼僧 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ6へご参加頂き有難うございました。
色んな意味で、大変お待たせしました!
大事な武器が壊れ、今後彼女がどんな風に変わってゆくのか……
今後の展開を想像しつつ、楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。