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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


この場で、私の居ない間に。

 何処とも知れぬ場所。
 そう見える、その空間。

 …そこが。
 シリューナ・リュクテイアの魔法薬屋の一室であるのだとは、改めて言われなければわからないような事実で。
 まず、店の一室だとはとても思えない程、天井が高い。
 場の雰囲気も同様。まるで、とても荘厳な神聖な静謐な――神殿ででもあるかのような。
 そんな雰囲気の、大きな大きな広間のような場所。

 そして――あたかもここが『神殿』であるなら、まるで『御神体』ででもあるかのように、巨大な水晶が置いてある。

 この空間の源は、その水晶。
 シリューナはこれを用い、同族であり弟子でもあるファルス・ティレイラの魔法訓練の為に、一時的にこの特殊な空間を作り出している。
 ティレイラにしてみれば、訓練の内容も当然だが、この魔法空間自体にも興味がある。凄く広い上にそれまで居た筈の店の一室とは全く異質な空間、ついでに魔法訓練に使用したあれこれの魔法物質が当然のように周囲にある。
 となると、それらを作り出していると思しき水晶にも、俄然興味が湧いている。
 …が、それはそれ。
 まずは訓練。
 ティレイラはそう思い直し、極力気を散らさないようにして、頑張る。

 一通り終わって切りが付いたところで、お姉さまの――シリューナの表情が、幾らか柔らかくなる。
 そして、そろそろおやつの時間にしましょうか、とシリューナはティレイラに。
 勿論、ティレイラに断る理由は無い。
 …と言うよりむしろ、お待ちかね――である。
 疲れている中にも関わらず、はいっ、と元気に同意して頷くティレイラを見、シリューナは微かに笑むとその魔法空間から姿を消す。
 ティレは休んでいなさい、とだけ言葉に残して。
 ティレイラは師匠のその言葉に甘えて、部屋の中で――魔法空間の中に居るままで、一人、休憩。



 …魔法空間内に微かな熱気が籠っている気がするのは、その場で一通り魔法訓練を行った後であるからか。
 ちょっと汗ばんでいる気がする。
 後でシャワーを浴びよう。
 思いながら、ティレイラは、ふー、と息を吐く。
 疲れた。
 師匠な時のお姉さまは、厳しい。
 全力を出さないと、付いていけない。
 でも、それは自分の為だから。
 折角付き合えてもらえているのだから。
 有難い事だと、思う。

 ティレイラは休憩と言う事で少し脱力して、ほけ〜、としてみる。
 と、視界の隅に、件の巨大な水晶が入って来た。
 訓練中から、どうにもずっと気になっていたそれ。
 どういうものなんだろうと思う。
 きっと凄いものなんだろうな、とは思う。
 …ほけ〜としていた場所から移動してみた。
 それで、その巨大な水晶に近付いてみる。
 間近で見れば見る程、興味深い。
 見ていると、何だか吸い込まれそうな気がする。
 …気が付いたらその水晶に指先を伸ばしてしまっていた。
 まだ触れる前、自覚した時点でびくっとその指を引っ込める。
 それで、きょろきょろと思わず周囲を見てしまう。
 …いや、今は私一人だけだから誰にも見られている訳も無いんだけど。…そして何も悪い事してる訳でも無いんだけど! …つい。
 何となく後ろめたくなってしまっている。
 でも。
 その水晶には、何だか凄い引力があって。
 …思った時には、今度こそその巨大な水晶に指先が触れてしまっていた。

 ――――――ひんやりしている。

 その感触に気付いた時点で、わ、と思い、ティレイラは慌てて水晶に触れてしまっていた指を引っ込めた。
 が。
 水晶の様子は、特に変わらず。
 それを確認してから、気にし過ぎだったかな、と安堵しつつも――いや安堵してしまったからこそ、更なる興味がむくむくと首を擡げて来る。
 また、触れてみた。
 今度は、結構平気で触っている。…さっき指先でちょっと触っただけじゃ何も起きなかったし変わらなかったから。
 きっと大丈夫だろうと少し調子に乗って、す、と水晶の表面を撫でてみる。
 …それで、お姉さまはどんな風にこの水晶を使っていたっけ、と思い出そうとしてみる。
 自分でもこれを使って何か出来るかな? と考えるだけ考えてみる。
 お姉さまに習った魔法。…火の系統以外の――私があまり得意でない魔法。
 勿論、実際にやろうとは思っていない。
 さすがに、魔法のお師匠さまなお姉さま――この水晶の持ち主不在の間に勝手にやってしまってはまずいと思うので。
 でも。
 考えるだけならきっと大丈夫だろう、とも思う。
 実行さえしなければ。
 そう思う。
 そうだよね? と自分の胸に訊いてみる。
 うん。と頷く。

 で。

 改めて、水晶の前に立ってみる。そして、両手で触れて――どうやって使うのかとか、ひんやりしてて気持ちいいなあとか、つらつらと考えてみる。

 と。

 …水晶の使い方を考えてしまっていたそこで。
 ず、と指先から違和感がした。
 例えるなら、何かが流れ込んでくるような。
 何だろう? と疑問に思う。
 思った途端に、その答えに気が付いた。
 この水晶に籠められている魔力だ、と。
 気が付いた時点で血の気が引く――同時に、慌てて指を離そうとする。
 が。

 離れない。

 ええ!? と思う。
 離れないまま、指先から何かが流れ込んでくる――いつもなら魔力は魔法として使う為に放出する事が多いので逆流しているような感覚とでも言うべきなのだろうか――とにかくその感覚に、ティレイラは困惑する。
 流れ込んで来たその魔力が、自分の体内を満たしていく事すら、感じる。
 けれどその魔力は――自分でどうこう出来る感じじゃなくて。
 ただ、翻弄されてしまう…気がした。
 どうしようどうしようと内心慌てているところで、やっと自分の指先が目に入る。
 水晶から離せないその指先。

 その指先が。

 ――――――銀色に変わり始めていた。

 表面からと言うよりもう内側から、その金属の色に輝き始めている。
 ただ金属、ただ銀の色…とも何かが違う。
 もっとずっと、鈍く、深い色。
 その分――神秘的な色でもあり。
 ティレイラには、その色をしているものに見覚えがある。
 と言うか、見覚えどころか今もなお目の前にたくさんある。

 ――――――訓練用に使った、魔法物質で出来ているモノ。

 見ている間にも、己が身のその銀色部分は徐々に増えて行く。指先から掌、手首、腕…。色が変わって行くに従い、奇妙な感覚がそこを満たしたかと思うと――固まって動かなくもなっていく。
 さすがにそろそろ、自分の身に起こっている事にも察しが付き始める。
 水晶を使って――と言うか、良くわからないままに『使えてしまった』のだろう訳で。
 お姉さまの居ない間に。
 勝手にしてはいけない段階にまで踏み込んでしまった、と自覚する。
 でも。
 止めようがない。
 …うわあああんどうしようっ、と、とにかく焦る。
 指――はもう駄目だから次は手を、腕を動かせるだけは動かしてみる――何とかしようと抗ってはみるが、意味は無い。試みる傍から何処も動かなくなっていく。
 自分の身体に、銀色が満ちて行く。

 あたふた騒ぐが、変わらない。
 …これはある意味、いつものパターン。



「お待たせ、ティレ――」
 と。
 シリューナはおやつの準備を終え、魔法空間内に再び戻って来ている。
 が。
 肝心の、そこで休憩中な筈のティレイラが居ない。
 あら? と思う。
 どうしたのか。
 何処かへ行ってしまったのか、それとも何かあったのか――可能性を色々考えながら、シリューナは魔法空間内を滑るように移動して様子を確かめている。
 訓練に使った魔法物質の影に寄り掛かって眠ってしまっているのかしら?――それで隠れてしまっているのかしら? とも思い、探す。
 が、どうもそうでもない。
 ざっと近場の魔法物質の影を探したが、ティレイラの姿は見当たらない。
 顔を上げる。

 と。
 この魔法空間を作るのに利用した水晶の方が視界の隅に入った。
 同時に、そのすぐ側にある魔法物質にも気付く。
 そんなところに訓練用に作った魔法物質なんか置いておいたかしら? とも俄かに疑問に思う。
 思った途端に――その、魔法物質の正体に気が付いた。
 なんてこと、と息を呑む。

 ――――――ティレイラ。

 よくよく見れば、他の魔法物質なんか足元にも及ばない。
 ティレイラの形をした、銀の像。
 シリューナはどうしようもなく高揚し、気が急いてしまい――思わず、その頬を指先で触れてみる。
 正面からよく見る。
 ティレイラ。
 間違いなく、そう。
 一度触れた指先を離す事すら名残惜しい。
 そのまま、シリューナはうっとりと目を閉じ、感触を確かめる。
 ティレイラ。
 ああ、と溜息にも似た感嘆を吐いてしまう。

 ――――――なんて、素敵なの。

 この場で、私の居ない間に。
 何が起きたのか。
 シリューナには察しはついている。
 ティレイラの格好と、位置関係。
 恐らくは、ティレイラがこの水晶に興味を持ち、触れている内に、水晶に籠められていたままだった魔力を解放して――そのままの形で、己に取り込んでしまったのだろう。
 …ほんの少し、目を放していた隙に、こんな。
 ああ、と、シリューナはまた感嘆。

 すっと伸びる手足。
 筋肉の張り具合。
 艶やかな長い髪。
 柔らかそうな頬。
 憂いを帯びた瞳。

 …その造形と神秘的な銀色の調和。
 なんて素敵なのだろう。
 言葉でどんな形容をしても陳腐に聞こえてしまいそうなティレイラのその姿。

 …戻すのが勿体無いくらい。
 ずっとこのままにしておきたいくらい。
 でも、そうしたら…くるくるよく動く可愛いティレイラは見る事が出来ない。
 …でも、戻したら。
 今のこの姿は、見られなくなる。
 …それは、また同じ事をやってみると言う手はあるけれど、初めてである『今』とは、違ってきてしまうのは確かで。
 今、のこの状態は、『今』だけしか、有り得ない。
 本気で悩ましい。

 …。

 なら、今だけは。
 せめて、心行くまで、堪能させてもらいましょう。

 思いながら、シリューナはティレイラの頬に触れていた指先を、首筋――そして身体の線をなぞるようにして、ついと滑らせる。
 その感触も堪らない。
 シリューナはじっくりとティレイラの像を撫でながら――うっとりと、その感触と眼福に浸る。

 暫くは、このままで。
 時間よ止まれとそう願う。
 けれど。
 時間は経つ。
 残念だけれど、仕方がない。

 …元に戻したら、お茶もお菓子も新しく用意しないといけない。
 可愛い可愛いティレの為に。

 一応、その事を心の隅には置いておく。
 ――――――もっとも、それがいつになるかは、わからないけれど。

【了】