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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離 第二章】



 宗像か。
(変わった男だったわね)
 真実と虚偽をうまく混ぜてひとを欺くような……そんな様子が。
(興味がますます湧いたわ)
 それに…………。
 宗像に見せられたあの写真の娘。
(アティにもね)
 見た目は可愛い女の子だった。可愛いというよりも、質素というか、簡素というイメージが一番強いかもしれない。
 口元が少しにやけてしまった。
(ちょっと……食指が動くかも)
 男性よりも女性のほうが好ましいローザ・シュルツベルクは慌てて口元を引き締めた。
 とりあえずはアティという少女を探すことに時間を費やすことになりそうだ。
「世界を滅ぼす、ね」
 そんなことが、本当に真実なのだろうか?



 独自のネットワークを使っても、アティのことも、宗像のこともまったく情報に出てこなかった。
 おかしなことである。
「そんなことってありえるの?」
 ただの家出娘なら、アティの情報は簡単に出てくるはずだ。それなのに……。
 宗像に関してもそうだ。騙そうとしている可能性もあるから裏を取ろうとしたのに、あの男、どこの関係者でもないのか、まったく情報がつかめない。
(まずあの名前はやっぱり偽名なのね)
 それだけははっきりした。アティという名も嘘に違いない。
「世界を……滅ぼす……」
 もしも宗像の言っていたことが真実ならば……そう思うとゾッとした。嘘まみれの中の真実だとしたら!
「もしそれが、そんなことがあるというなら私には防ぐ義務があるわ……」
 真実ならば、だ。嘘かもしれない。
 なんだか自分が踊らされているようで気味が悪かった。
(……力ある者は、そうでない者を守る義務があるはずよ)
 向かった先は草間興信所だ。これでは埒が明かない。草間興信所に特別料金を払って調べてもらおう。
 この手の、怪奇な噂や調査はあそこが得意だろう。

 日本の様々な業界にはローザの親衛隊を忍び込ませてあるので、至るところに彼女の配下がいると思っていいだろう。
 親衛隊の面々はいずれも美女で、男たちから情報を引き出すなどお手のものだ。だがそれでも、アティの情報は入ってこない。
(こうなったらコネもお金も全て使ってやるわ!)
 自棄になったわけではないが、いくらなんでもこれはおかしい。
 どんなレーダーにも引っかからないなんて!
 携帯電話が着信を知らせて出ると、宗像を見かけたとの知らせが入った。そんなことはどうでもいい!
 まだアティを見つけていないのに会ってどうするというのか。
「…………ちょっと待って」
 見かけた場所はひと気のない住宅街だったらしい。気になるので、ローザはそちらに向かった。

 なるべく目立たないような衣服に着替え、宗像のもとへと向かう。
 高貴な血筋とはいえ、ここは日本。あまりに目立つと警察が来て面倒なことになる。職務質問などされて無駄な時間を食らうのは面倒だ。
 宗像の姿がない。確かに住宅街だと聞いてやって来たというのに。
 シャツにジーンズ、キャップ帽という出で立ちのローザはやたらと悔しい気分になり、あちこちを見回した。
 すると、ちょうどダンボールがずずず、と通りを過ぎていくのが見えた。
 え。なにあれ?
 一瞬、目を疑って瞼を擦るローザだったが、確かに左から右へと、ダンボールの小さな家が移動したのが見えた。
 あれはなんだ? 子供の秘密基地にしてもお粗末すぎる! ホームレスの移動中なのだろうか?
 不思議に思ってそちらに近づくと、「おい」と声をかけられた。
(えっ?)
 驚くと、すぐ背後に宗像が立っている。帽子の陰から、虚ろな瞳でこちらを見下ろしていた。
「本当に見つけるとは恐れ入ったが、ちょっと邪魔しないでもらえるかい、お嬢ちゃん」
「え?」
 宗像は素早くそこから歩き出した。どうやらあの正体不明のダンボールを追っているようだ。
「ちょっと宗像! 説明しなさい!」
「…………」
 無視された。
 ローザは頭に血がのぼりかけるが、なんとか理性で鎮める。ここで彼を怒鳴っても、事態は良くはならない。
 通りを曲がるとダンボールの塊ではなく、折りたたまれたダンボールを抱えて歩く少女だった。
(あれ……アティ?)
 こんなところに!
 なぜ見つからなかったのかこれでわかった気がする。薄汚い彼女は本当に浮浪児のようで、あの写真のような綺麗な印象がまるでないのだ。
 宗像をほうをふいに見ると、彼はいつの間にか銃を構えている。
 銃の種類ははっきりとはわからない。かなり改造をされているようで、原型がないのだ。
 それでも、なぜこの日本で、しかも堂々と彼は構えているのか。
 周囲には彼ら以外の姿はない。だが銃声がすればさすがに家の中から住民が出てくるはずだ。
「宗像! なにを!」
「黙れ」
 短く制され、ローザは黙るしかない。のらりくらりとした印象はこの時に粉砕された。彼は……彼は怖い人間だ。
 銃口は真っ直ぐにアティに向けられている。彼女はこちらに気づいていない。
 トリガーにかかった手が動き、弾丸が発射される。
(嘘!)
 ただの家出娘を捕まえるのに、こんなことまでするの?
 呆然とするローザがさらに驚いたのは、宗像がアティの頭目掛けて銃弾を発射したからだ。
 音に気づいてアティが振り返る。
 凄惨な状況が一瞬で脳裏に過ぎり、ローザは目を見開いた。瞼を閉じるべきか、迷う。
 だが。
 アティには銃弾は当たらなかった。ばちん! と目の前で弾かれたのが見えただけで、どこにもケガがないように見える。
 彼女は事態に気づいて俊敏な動きでダンボールを捨て去ると、そのまま民家の庭へと平気で逃げ込んでしまった。
 動きがまるで猫のようで、完全に逃げられたとローザは悟る。
 横の宗像を非難の眼差しで見上げると、彼はもうぼんやりとした目つきに戻り、銃も持っていなかった。
(今の、どこへ?)
「宗像! なんであんなことをするの! 危ないじゃないの!」
「そうだなぁ」
 さっさと歩き出した宗像の歩調は速く、ローザはついて行くので精一杯だ。途中で小走りになってしまった。
 宗像はずんずんと、まるで目的地があるように進んでいくが、徐々に人の多い繁華街へと向かっていることに気づいた。
(どういうこと?)
 ローザにはさっぱりわからない。
「銃で狙うなんて信じられないわ! あの女の子、何者なの?」
「…………なんだ」
 彼はぴた、と足を止めたので、その背中にローザは衝突してしまう。意外に鍛えてあってびっくりした。
「まだついて来ていたのか、お嬢ちゃん」
「私はお嬢ちゃんじゃないわ。ローザよ」
 ちゃんと自己紹介したのに、この男は!
 宗像は帽子のつばを人差し指でくいっと押し上げ、「ふぅん」と怠惰な声でローザを眺めた。
 こんな男には会ったことがない。妙だ。妙過ぎる。
(面白そうとかいうレベル、超えてるわ!)
 困惑した瞳で応じると、宗像はちょっと考えて「ん」と顎で示した。そこはファーストフード店だった。



 店内にはまだ夕方に遠いこともあって、それほど客はいない。
 宗像は適当にコーヒーとポテトを頼んだので、ローザもそれに倣ってジュースと、ハンバーガーを一つ頼んだ。
 店に入ってポテトだけ注文するなんて……居心地が悪すぎることをこの男はわかっていないのだろうか?
「どういうことなのか、ちゃんと説明して」
 ローザの要求に、宗像はポテトをむしゃむしゃと食べているだけで、応えない。
「宗像!」
「そう大声を出すな。血気盛んなお嬢ちゃんだなぁ」
 ま、またお嬢ちゃんって言った……!
 屈辱に顔をしかめると、宗像は死んだ魚のような目をこちらに向けてくる。
「依頼主は、あの娘の生死までは関係ないということだから……手っ取り早くしようとしたんだ」
「? なに言ってるのよ。連れ戻すのが最優先じゃないの? ケガまでさせたらいくらなんでもひどいわ」
「でもケガはしなかっただろ」
「え?」
 そう言われればそうだ。
 アティに迫る弾丸は、まるで何かのシールドに阻まれるように跳ね返されてしまった。
 無言になってもくもくとポテトを食べている宗像を、ローザはじっと観察する。
 彼もまた、見つけるのに時間がかかったタイプだ。そして……ローザには見つけられなかったアティを発見して追いかけていた。……何者だ?
「しかし本当にあの女を見つけることができるとは思わなかったな……。侮っていた、お嬢ちゃんのこと」
 いきなり凡庸とした口調で言われたので、言葉に気づかなかった。
 ローザは偶然とは言えずに口ごもる。
「あれだけ目立つ容姿をしていても、見つけるのは至難だったろうに」
 宗像はコーヒーをすすった。
「手伝うって言ったじゃないの」
「そうかね。俺の邪魔をしそうだった」
 冷静に見られて、ローザはぐっと歯を食いしばった。
「ただの家出した女の子を撃とうとするからよ」
「そうだな」
「私に信用を置いてないのはわかってるわ。でも」
 この男のことを、もっと知りたい。一体、何者なのか? あの少女はなんなのか?
「本当のことを教えて……くれるわけないわよね」
「……本当のこと?」
「あなたのこともだけど、あの少女のこともよ」
 弾丸を弾き返したあの光景は、まだくっきりと脳裏に残っている。
「それは…………深入りするってことか?」
 軽く首を傾げられ、濁った目で見られた。底知れない、不気味な瞳だ。
 この男には感情があるのだろうか。対峙していると疑問になってくる。
「まぁ……脅すつもりはないから」
 右の掌をこちらに向けて、いきなりおどけた宗像に拍子抜けした。なんだかつかめない。
「もし手伝うんなら、高貴とかわーけのわかんないこと言ってないでお嬢ちゃん自身で協力してくれたら、考えないでもないかな」
「……? どういうこと」
「色んなコネや金持ちなんだろうが、そんなの、俺にはまったく魅力に感じないんでねぇ」
 薄く笑う宗像は、どうやらローザがアティを発見したわけではないと気づいているようだ。
「余計なもんぶらさげてたら、あの女を捕まえるのは至難だ」
 飄々とそう言って、彼はコーヒーを飲み干した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像に信用してもらうにはまだまだ障害がありそうです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。