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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離 第二章】



「アマンダの家族は寛大だな」
 そう言って遅めの朝食をとっているのはアトロパ=アイギスと名乗った少女だ。
 一ヶ月前、鳳凰院アマンダが連れ帰ったこの少女は、この家に世話になっている。
 自分の家のようにとアトロパに言ってみたが、彼女は怪訝そうにしただけだった。
「好きなだけいてもらっていいのよ」
「むぅ。この大変なご時勢になんと寛大な……」
 ぴくぴくと眉間に皺が寄っている彼女は、最近ワイドショーにハマっている。
 向かいの席に座って頬杖をつき、アトロパを眺めるアマンダの視線に、彼女は平然としている。
「ねえねえ、そろそろ考えてくれたかしら?」
「アマンダの娘や息子と一緒の学校に通うことか? それは無理だな」
「あら。どうして?」
「そもそもアトロパには戸籍がない」
「はい?」
 いきなりの言葉にアマンダは目を丸くする。
 今まで自分から素性を明かそうとしなかったのに、いきなり過ぎる。
「戸籍がない?」
「と、聞いている。アトロパは狙われているから、学校という人の多いところには行かないほうがよいだろう」
 もぐもぐと食べる彼女はにこっと微笑む。
「それに学生服が似合わない」
「ぷっ。そこなの? 一番の問題って」
 くすくす笑うと、アトロパはしごく真面目に頷いた。



 朝食の食器を片付けて、窓の外をぼんやり見ているアトロパにアマンダは近づいた。
「何か見える?」
「ん?」
「この一ヶ月、外ばかり見てたじゃない?」
「なにも見えないから見ていただけだ」
 ……この娘は時々、奇妙なことを言う。
 アトロパの視線がテレビ画面へと戻った。
「しかし世間というのは忙しない。やはり救いが必要のようだ」
「なんだか宗教の一環みたいな言い方よ?」
 皮肉でもなく、単にそう思ったからつい洩らしてしまったが、アトロパは気にしていないようだった。
「まだ日本は平和なほうだ。世界を救うという使命は、重いものだな……」
 ぼーっとしたように呟くアトロパは、むぅ、と悩むように眉間に皺を寄せる。
「アマンダには世話になっているが、来たるべき時がいつかわからない以上、あまり迷惑をかけるわけにもいかぬ」
「そんなこと気にしないで!
 それに、あなたのことに興味があるもの。どうやって世界を救うかとか」
「……それは禁則事項だ」
「ふふっ。そうね。禁則事項だって言ってたわね」
「そうだ」
 けれどもその禁則事項を話して、アマンダが誰に罰則を受けさせられるというのだろうか?
 彼女の背景にある……組織とか?
 だがここまで彼女を放置する組織があるだろうか?
「アトロパちゃんてどこから来たの?」
「来たるべきところからだ」
 この質問も、この一ヶ月間で変化はない。
 彼女はやはり常人より少々逸脱しているようで、かなり変わっているのだ。
 しかし彼女を守るためにも、より深く知っていかなければいけないので根気の要ることだと思う。
「親や兄弟とかはいないの?」
「おらんな」
「生い立ちは?」
「人間の腹から生まれたに決まっているだろう!」
 なにを当たり前なと不思議そうに言うアトロパに、アマンダは苦笑しか返せない。
 わざとズレた答えを返しているわけではないようで、彼女はいつも真面目だ。つまり、本気でそう思っているということになる。
 この一ヶ月、アトロパは「世話になる」と家族全員にぺこりと頭を下げたが、それっきりほとんど外へは出ようとはしなかった。
 窮屈、ではないのだろうか?
 たまにアマンダが買い物に出かける時など連れて出るようにしているが、それ以外は自発的に外に出ないのだ。
(狙われてるって誰に、かしら? それとも、本当にどこから、なのかしら?)
「アトロパちゃんは、狙われてることに思い当たることはあるの?」
「ん?」
「誰に、とか……どこに、どか……」
 アトロパはアマンダの問いかけに「うーん」と悩んだ。
「誰に、というのはわからんな。どこに、か……。それは世界を滅ぼそうとしている者たちだろう」
「それは、かなりの広範囲になりそうねぇ……」
 ふぅ、と溜息をつくアマンダに、アトロパは「う?」と首を傾げる。
 相手はわからない。だが狙われていることは確かだ。彼女の傍を離れないように努めているが、常にとはいかないだろう。
 これからのこともきちんと考えなければならない。
「でも……よく今まで無事だったわねぇ」
「追っているのは妙なヤツなのだ」
「妙なヤツ? 一人ってこと?」
「いや、一人かはわからんな。アトロパはべつに戦士でもその手の嗅覚が強いわけでもないからな」
 堂々と言うので、やはり敵の人数はわからないのだとアマンダは判断した。
 けれども今の彼女の言葉は気になる。
「妙って、どういうこと?」
「『能力者』だと思われる」
「能力者?」
「この世には超常現象が存在する。その片鱗を持つ者だ。
 ……と、アトロパは学習した。よくわかっていないが、特殊な攻撃をしてくるのだが、アトロパはその攻撃に当たったことがないからよくわからん」
「特殊な攻撃……」
 それは自分たちのような……「特殊」さなのだろうか?
 この東京には、いや、日本……それどころか世界各地にさえ、隠れ潜んではいるが人間ではない者は大勢いる。
(つまり、アトロパちゃんは普通の攻撃じゃ、殺せないってこと? それとも別の理由が?)
 うーんと呟いた後、アマンダは軽く首を傾げる。
「どうしてアトロパちゃんは使命を持ってるの? 誰かに言われたの?」
「アマンダは質問ばかりだ」
 ぷぅっとほっぺを膨らませるアトロパだったが、すぐに真面目な表情になる。
「なるべくしてそうなった、としか言えぬ。世界を救おうというのだ。悪いことではあるまい?」
「そりゃ、そうだけど」
(たった一人にそんな重たい使命、おかしいと思うのが普通じゃないかしら?)
 よほど何か特別な理由があるとしか思えない。
「世界を救うことを邪魔する輩は大勢いるだろう」
 ふいに、彼女はそう呟いた。アマンダが目を見開く。ヒントになるかもしれない、彼女を守るための。
「それは、どうしてそう思うの?」
「世界が救われれば、世界を滅亡させようとする者たちにとっては邪魔にしかならぬ」
「…………」
「それに、一般の者でさえ、よくは思わぬだろう」
「一般人が?」
「そうだ。……難しいゆえ、アトロパにもよくわからんが、警察が追うような凶悪な犯罪者にとってはアトロパは邪魔であろうな」
「…………」
 それはそうかもしれない。
 戦争がなくなれば、武器などを扱う商人たちは困る。それと同じことではないのか?
 平和を求める者もいれば、そうではない者もいる。当然のことだ。
 だがアトロパの存在は表立って知られていない。来たるべき時、というのもよくわからない。
 どういうことだろう? 謎ばかりが増えていく。



「久々にお買い物に行きましょ」
 そう言って彼女を連れたって外に出て数分後のことだ。
 狙われる気配がないことに、アマンダは安堵した。今日もなんとか無事に済みそうだ。
「アトロパちゃん、ちょっとお手洗いに行って来るわね」
 5月の気温変化の激しさに、今日は用心をして少し厚着をしてきたのが失敗だった。
 せめて上のカーディガンだけでもとアマンダが彼女をベンチに座らせ、その場を少しだけ離れた。

 ほんの数秒のことだ。
 アトロパは飛来してくるナイフに気づき「あ」と呟いた。
 当たる寸前に、何かに防御されているように弾かれる。ナイフはそのまま消える。
「………………」
 無言でアトロパは周囲を見遣った。
 ちょうどアマンダが戻って来るところだったので、アトロパは立ち上がる。
 刹那だ。
 大量のナイフがアトロパに向けて飛来してきたのだ。
「アトロパちゃん!」
「アマンダ、伏せるのだ!」
 同時に叫び、アトロパに当たるはずだった攻撃はまたも弾かれた。弾かれたものがすべてアマンダのほうへと飛んでいく。
 アマンダは全てよけたが、そのナイフは地面に突き刺さると同時に影も形もなくなり消滅してしまった。
(消えた……)
 この大きなデパートの中で狙うとは……。
 アマンダが冷汗をかいていると、ふいに気づいた。
 アトロパたち以外、ちょうどこの空間だけ断絶されたかのように人の気配がないのだ。
 人払いをわざとされたはずがない。では、この瞬間だからこそ、狙われたのだ!
(一般人を巻き込むのを良しとはしないってこと……? それとも騒ぎが大きくなるのを恐れてかしら?)
 どちらともとれそうだ。
 いくら金狼騎士の自分でもこんな一般人の多い中で変身などできない。変身せずども護衛はできるとは思うが……相手はどうも只者ではなさそうだ。
(また姿を現さない)
 何者だろう? そして何人?
 襲ってくる気配はもうない。というか……殺気がないのだ。それが一番恐ろしかった。
 佇むアトロパにアマンダはすぐに駆け寄り「大丈夫?」と尋ねる。
 やはり彼女は無傷だ。
 まるで何かに守られているように……無傷だった。
(やっぱり……アトロパちゃんも何かあるんだわ)
「無事だ。アマンダは無事か?」
「無事よ。私を誰だと思っているの? 牙なき人の楯となるのを使命としているのよ?」
 微笑んで言うと、アトロパは困ったように眉をひそめた。
「あのナイフ、今までと何か違う」
「え?」
「今までは全部銃弾だったのだ」
「銃?」
 おそらく他の者への被害を考えて、と思えば……今回ナイフが攻撃武器になっていることも納得できるような気がする。
 無音で飛んでくるナイフのほうが、周囲に気づかれる確率が低くなるからだ。
(それとも……気づかれたくないのかしら、周りには)
 アトロパの存在も、そして追跡者のことも。
 知っているのは今のところアトロパを送り出した場所と……人かもしれないが、それと、追跡している者……組織かもしれないそこだけだ。
 世界を巻き込むことのはずなのに、こんなに小規模で事が進んでいる。なんだか気味が悪かった。
(追跡者はあくまで冷静だわ)
 姿を現さない。それゆえに、アマンダはいまだに何も知ることができていない――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鳳凰院様。ライターのともやいずみです。
 いまだ解明されないアトロパの謎の数々、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。