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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 拒絶 -

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「あなたと一緒に行きたいところがあるの」
 妖艶な笑みを浮かべ、チェルシーは、そう言った。
 わかった、いいよ。だなんて、そんな返答できるはずもない。
 クロノハッカーの誘いにホイホイ乗るだなんて、そんなマヌケな真似できるはずがない。
 当然のごとく、断った。嫌です、行きませんって、はっきりと、バッサリと拒絶した。
 で、今に至る。
「ついてきてくれるだけで良いのよ。危害は加えないから」
 さっきから、同じ台詞の繰り返し。何もしないから、大丈夫だからって、そればっかり。
 信じろっていうんですか。その台詞を、その言葉を鵜呑みにして、まんまと罠にかかれって言うんですか。
 冗談じゃない。絶対に嫌です。信じるもんか。ついて行くもんか。応じるもんか。
 って、何度も断り続けているのに、チェルシーは退かない。
 性格面だけを取り上げて言えば、チェルシーも千華と一緒でサバサバしてる。
 しつこく言い寄ったり、何かに固執・執着したりするだなんてことは、ないはずだ。
 だから、妙だと思った。いつもと雰囲気が違うような。随分と躍起になっているような、そんな気がした。
「ねぇ、お願いよ。今日だけ、我儘をきいて」
 下手に出てるつもりなんだろうけど、その言い草は傲慢そのもの。
 今日だけ、だなんて、よくもまぁ、そんなこと言えるもんだ。今日に限らず、いつも我儘ばかりじゃないか。
 クロノハッカー連中は、いつだって自己中心的。自分勝手な人ばかりじゃないか。
「ねぇ、お願い。こんなことしてまで、あなたを追いつめたくないの」
 申し訳なさそうな表情を浮かべて言うチェルシー。
 でも、言ってることと、やってることが真逆。あのね、そういうの、矛盾って言うんですよ?
「ねぇ、聞いてる?」
 確認しながらも、光の魔法で、こちらの視力を奪ってくるチェルシー。
 確かに、攻撃の意思は感じない。目くらましの意図で光の魔法を放つばかりだから。
 危害を加えないっていうのも、あながち嘘じゃないのかもしれない。
 でも、やっぱり …… 信じるわけにはいかないんです。
 ごめんなさい。

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 小さな声で謝罪し、自身の身体を闇で覆った慧魅璃。
 グルグルと渦巻く闇は、自らを護るためのものではない。悪魔たちを護るために出現させたもの。
 チェルシーが放つ光の魔法は、一時的に視力を奪う程度のものだが、それでも、光の魔法であることに変わりはない。
 存在そのものが闇である悪魔たちにとっては、大したことないその魔法も脅威。
「えみりさんだって …… 守られてばかりじゃないんです」
 ポツリと、そんなひとりごとを呟いて、逃げ出す慧魅璃。
 無論、チェルシーはその後を追い、お願いだから、と繰り返す。
 向こうが攻撃してこない以上、こちらから攻撃をしかけるわけにはいかない。
 でも、このまま逃げていても埒が明かない。チェルシーは、依然として後を追ってくる。
 ときどき振り返って確認する度、慧魅璃は、何とも言えぬ切ない感覚に囚われた。
 お願い、待って、と繰り返すチェルシーの表情に、悲痛が溢れているからだ。
 そんな顔で、そんな目で見ないで。わからなくなる。どうすればいいのか、わからなくなるから。
 逃げているのに、一定の距離を保ちつつ逃げているのに、追いつかれる気配はないのに。
 慧魅璃は、一心不乱に逃げた。ちょっとでも気を抜けば、すぐに捕まってしまう。
 捕まる気配なんぞないのに、そんな恐怖に駆られて。
 慧魅璃が、意識下に "一旦止まれ" という声を捉えたのは、その最中のこと。
 指示というか命令に近いその声に、動揺していた慧魅璃は、無意識のうちに応じる。
 後を追ってくるチェルシーは、まだ遠く。とはいえ、立ち止まれば、たちまち追いつかれてしまう。
 みるみる狭まっていく距離。だが、慧魅璃に "止まれ" と命じた存在は、これだけありゃあ十分だと不敵に笑んだ。
 言われたとおり、ピタリと立ち止まった慧魅璃。その意識下、紅妃が声をかける。
 入れ換わってしまえば、こんなまどろっこしいことしなくて済むのだが、残念ながら、まだ入れ換わりの時間まで間がある。
 強制的に表に出ることも可能だが、例によって、慧魅璃の精神に多大な負荷をかけてしまう。
 それに、動揺している状態の慧魅璃を、無理くり裏に引っ込めてしまうのは危険だ。
 紅妃は、過去に一度、たった一度だけ、やむをえず、動揺する慧魅璃を丸ごと裏に引っ込めたことがある。
 護るために取った行動が、まさか、あんな惨劇をもたらしてしまうだなんて、思いもしなかった。
 過去に実行したことがあり、なおかつ、もう二度とやるまいと後悔しているからこそ、紅妃は抑えたのだ。
 すぐにでも、慧魅璃を裏に引っ込めて、自分が直接、奴等に言い聞かせてやりたい。その、あらぶる想いを。

「 …… 紅妃から、伝言です」
 チェルシーの目をジッと見据え、伝えてくれと言われたメッセージを、そのまま伝える慧魅璃。
 お前ら、いい加減にしろよ。まさか、忘れたわけじゃねぇだろうな? こっちは、吐き気がするほど鮮明に覚えてる。
 あの日、あの夜、あの、嵐の夜。お前らが、慧魅璃に何をしたか。
 騙されないぞ。傷つける気はないだなんて、そんな言葉。だって、お前らは、あの夜も、そう言ったじゃねぇか。
 絶対に、行かせねぇ。例え、慧魅璃が、あの夜と同じように、お前らの言葉を信じて、要望に応じたとしても、
 俺が、俺達が、止めてやる。お前の息の根を止めて、命もろとも、その願いを絶ってやる。
「 …… だ、そうです」
 そっくりそのまま伝えたものの、慧魅璃には、そのメッセージの意味がわからない。
 過去、自分が、チェルシーたち(クロノハッカー)に、何かをされたらしきことくらいは、さすがにわかるが、
 実際に、何をされたのかまではわからない。そもそも、自分は覚えていないのに、何故、悪魔たちが、それを知り得ているのだろう。
 その疑問は、ずっとある。初めて、クロノハッカーという存在と接触した日、カージュが部屋にきた、あの夜。
 あの夜から、悪魔たちの機嫌がすこぶる悪い。中でも、紅妃の機嫌の悪さは異様だ。
 先程、意識下で行われた会話にしてもそう。
 元々、紅妃は気が強く、粗暴な性格をしているけれど、誰にでも噛みつくような真似はしない。
 海斗や梨乃と接するときは、至って普通。まぁ、多少の口の悪さは残るが、仲良くやっている。
 でも、相手がクロノハッカーになると、とたんに辛辣化。その態度には、深い恨みが満ちているように思える。
「そう …… 。 とことん、嫌われてるわね …… 」
 慧魅璃伝いに、紅妃からのメッセージを受け取ったチェルシーは、距離を保ったまま苦笑い。
 その悲しい笑顔に、また、慧魅璃の心がキュッと鈍く痛む。
 どうしてなのか。どうして、悪魔たちは、これほどまでにクロノハッカーを嫌うのか。
 確かに、彼等は異端な存在であり、問題を引き起こす厄介な存在。
 海斗や梨乃、マスターにも、そのあたりの注意喚起は、耳にタコができるくらい聞かされている。
 事実、彼等は、おかしな言動が多い。今現在のチェルシーの言動にしてもそうだ。
 彼等は、いつも、こちらの都合なんてお構いなしに、自分たちの目的ばかりを果たそうとする。
 そのあたりは、確かに、改善すべきところだと思う。だが、慧魅璃は、嫌うことが出来ずにいる。
 確かに、何を考えているのかわからないし、怪しいし、関わるべきではない存在だとは思う。
 でも、嫌いになれない。何度、嫌な目に遭わされても、嫌いになれない。
「 …… ここじゃ、駄目ですか?」
 小さな声で呟いた慧魅璃。
 本当に何も危害を加えないというのなら、誘いに応じても良い …… というのが本音。
 でも、それは、慧魅璃だけに限った想いであり、悪魔たちは、慧魅璃と真逆の想いを抱いている。
 気にせず誘いに応じることもできるが、自分の身を案じてくれている悪魔たちを邪険に扱うことなんぞできない。
 だから、慧魅璃は、この場で事を済ませることは出来ないだろうかと、そう申し出た。
 話を聞くだけ。この場で話を聞くだけなら、悪魔たちも納得してくれるはずだ、と。
「えみりさんは、傷つけたくないんです」
 俯き、涙声で呟く慧魅璃。
 例え、相手が誰であろうと、慧魅璃のその意思は変わらない。
 目元にうっすらと涙を浮かべたのは、その想いに反してしまう可能性があるから。
 意識下、一字一句漏らさず伝えろと言った紅妃は、怒りに満ちていた。姿こそなくとも、声色でわかる。
 慧魅璃が、逃げる最中に抱いたあの得体の知れぬ恐怖は、紅妃の怒りが深く関与している。
 こんなことが今後も続けば、間違いなく、紅妃の怒りが爆発してしまう。
 そうなったら、慧魅璃には、どうすることもできない。
 きっと、慧魅璃の意思なんてお構いなしに、紅妃は、慧魅璃を裏に閉じ込めて …… 暴れてしまう。
 慧魅璃が抱く恐怖は、怒りによって我を忘れた紅妃が "暴走してしまうこと" にあるのだ。
 そりゃあ、そうだ。人を殺した事実を、覚えてません。なんていう状況、誰が好き好むものか。
「 …… 慧魅璃ちゃん」
 クスンクスンと鼻をすする慧魅璃を前に、葛藤するチェルシー。
 手を、伸ばしたい。泣かないでって、ごめんねって、頭を撫でて抱きしめたい。
 でも、それは叶わぬ望み。いいえ、叶えてはいけない望み。
「 …… 出直すわ」
 すぐにでも駆け寄って抱きしめたい、その衝動を堪えながら、チェルシーは言った。
 目元をコシコシ擦りながら慧魅璃が顔を上げたときには既に、チェルシーは、遥か彼方。
 遠のいていくチェルシーの背中に、とめどなく溢れでる涙。
 どうして、こんなに哀しいんだろう。どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。
 重く、ずっしりと圧しかかる切なさ、その理由を尋ねるかのように、慧魅璃は呟いた。
「もう、嫌です。こんなの、嫌です …… 」
 何度も何度も、呟いた。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / チェルシー / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。